1. はじめに
点眼・点鼻・点耳は、眼科・耳鼻咽喉科領域だけでなく、一般病棟でも頻繁に実施される基本的な看護技術です。これらの技術は、局所的な治療効果を得るために薬物を直接患部に投与する方法であり、全身への副作用を最小限に抑えながら、効果的な治療を可能にします。
実習現場では、「薬液が目からこぼれてしまった」「患者さんが嫌がって協力してもらえない」「正しい滴下位置が分からない」といった悩みを持つ学生さんが多くいます。しかし、これらの技術は正しい知識と手順を身につけることで、患者さんにとって安全で快適なケアを提供できるようになります。
患者さんからは「目薬が顔にたれて気持ち悪い」「鼻に入れる時に痛い」「耳の奥まで入ってしまって心配」といった不安の声をよく聞きます。看護師として、これらの不安を取り除き、正確で安全な投薬技術を身につけることは、患者さんとの信頼関係を築く上でも重要な要素となります。
この記事で学べること
- 点眼・点鼻・点耳の正しい実施手順と根拠
- 患者さんの不安を軽減する関わり方
- 安全で確実な薬物投与のポイント
- 各技術における観察とアセスメントの要点
- よくあるトラブルとその対処法
2. 点眼・点鼻・点耳の基本情報
定義
点眼・点鼻・点耳とは、治療目的で薬液を眼・鼻腔・外耳道に直接滴下投与する看護技術
技術の意義と目的
これらの技術の最大の意義は、局所的な治療効果を得ながら全身への影響を最小限に抑えることができる点にあります。経口薬と比較して、薬物が直接患部に作用するため、少量の薬剤で高い治療効果を期待できます。
患者さんにとっては、痛みや不快症状の直接的な軽減が得られ、看護師にとっては比較的簡単な手技で確実な治療効果を提供できる重要な技術です。また、患者さん自身が退院後に継続して行う必要がある場合も多く、正しい指導を行うことで在宅での治療継続を支援する役割もあります。
実施頻度・タイミング
点眼薬は通常1日2-6回、点鼻薬は1日2-3回、点耳薬は1日1-3回の頻度で実施されることが一般的です。医師の指示に基づき、薬剤の種類や患者さんの症状に応じて調整されます。投与タイミングは、薬剤の効果持続時間や患者さんの生活リズムを考慮し、等間隔で実施することが基本となります。
3. 必要物品と準備
基本的な点眼・点鼻・点耳用品
薬剤関連
- 指示された点眼薬、点鼻薬、点耳薬各1本
- 薬剤確認用の指示書または与薬カード
清潔用品
- ディスポーザブル手袋(必要に応じて)
- 滅菌ガーゼまたは清潔なティッシュペーパー各5-10枚
- 滅菌生理食塩水(洗浄が必要な場合)
安全管理用品
- 懐中電灯またはペンライト1本
- 薬液受けとなるタオルまたは防水シーツ1枚
感染対策・特殊状況対応用品
感染対策用品
- 使い捨て手袋
- 手指消毒剤
- 使用済み物品入れ(感染性廃棄物用袋)
安全管理用品
- 点眼・点鼻・点耳後の観察記録用紙
- 緊急時連絡先一覧
特殊状況対応用品
- アレルギー反応出現時の対応薬剤
- 眼帯(点眼後に必要な場合)
- 鼻腔吸引器具(点鼻後に分泌物除去が必要な場合)
物品準備のポイント
物品準備では、患者さんの個別性を十分に考慮することが重要です。高齢の患者さんでは手の震えがある場合があるため、安定した体位を取れるよう枕やクッションを準備します。小児の場合は、動きを制限する必要があるため、保護者の協力を得られるよう事前に説明を行います。
感染リスクの高い患者さんでは、より厳重な感染対策用品を準備し、免疫抑制状態の患者さんでは薬剤の温度管理にも注意を払います。また、複数の薬剤を使用する場合は、投与順序と間隔を明確にし、薬剤間の相互作用を避けるための準備を行います。
4. 点眼・点鼻・点耳の実施手順
事前準備とアセスメント
まず、実施環境を整備します。十分な明るさを確保し、患者さんが安楽な体位を取れるよう椅子やベッドを調整します。プライバシーを保護するため、必要に応じてカーテンやスクリーンを使用します。
患者さんへの説明では、実施する技術の目的と効果、予想される感覚について丁寧に説明し、同意を得ます。この際、「少し冷たく感じるかもしれません」「一瞬しみるような感覚があります」など、具体的な感覚を伝えることで、患者さんの不安を軽減できます。
患部の状態を観察し、炎症の程度、分泌物の性状と量、皮膚の状態を確認します。また、患者さんの既往歴、アレルギーの有無、現在の症状を再確認し、実施に支障がないことを確認します。
基本手順
点眼の実施 手指衛生を行い、必要に応じて手袋を装着します。患者さんには軽く上方を見てもらい、下眼瞼を軽く引き下げて結膜嚢を露出させます。点眼薬のボトルは眼球から1-2cm離して保持し、結膜嚢の外側1/3の部分に薬液を滴下します。
滴下後は、患者さんに軽く眼を閉じてもらい、内眼角を軽く圧迫して1-2分間保持します。これにより薬液の鼻涙管への流出を防ぎ、眼球内での薬液の滞留時間を延長できます。余分な薬液は清潔なガーゼで拭き取ります。
点鼻の実施 患者さんには座位または半座位をとってもらい、頭部を軽く後屈させます。点鼻薬のボトルは鼻腔から0.5-1cm離して保持し、下鼻甲介の下方に向けて薬液を滴下します。滴下後は頭部の後屈位を2-3分間保持してもらい、薬液が鼻腔全体に行き渡るようにします。
点耳の実施 患者さんには健側を下にした側臥位をとってもらいます。成人では耳介を後上方に牽引し、小児では耳介を後下方に牽引して外耳道を直線化します。点耳薬のボトルは外耳道から0.5cm離して保持し、外耳道の壁に沿って薬液を滴下します。滴下後は5-10分間側臥位を保持してもらい、薬液の流出を防ぎます。
実施中の観察ポイント
実施中は、患者さんの表情と反応を継続的に観察し、痛みや不快感の有無を確認します。薬液滴下時の反応、眼瞼や鼻翼の動き、呼吸状態の変化に注意を払います。
異常な反応として、強い痛み、発赤の増強、分泌物の急激な増加などが見られた場合は、直ちに実施を中止し、医師に報告します。また、薬液が適切な部位に滴下されているか、規定の量が投与されているかを確認し、必要に応じて追加投与を行います。
5. 特殊な状況での点眼・点鼻・点耳
小児への実施
小児では恐怖心が強く、動きが予測できないため、保護者の協力を得て安全に実施することが重要です。年齢に応じた説明を行い、「お薬の雨を降らせるよ」「魔法の水を入れるよ」など、親しみやすい表現を使用します。実施時は保護者に患児を抱いてもらい、看護師が確実に薬剤を投与できる体位を工夫します。
高齢者への実施
高齢者では視力低下や手の震えがある場合が多く、自己投与が困難な場合があります。認知機能の低下がある場合は、繰り返し説明を行い、安心できる環境を整えます。また、皮膚の乾燥や眼瞼の下垂などの加齢変化を考慮し、より丁寧で時間をかけた実施を心がけます。
感染症患者への実施
感染性の眼疾患や副鼻腔炎の患者さんでは、厳重な感染対策が必要です。使用済みのガーゼや手袋は感染性廃棄物として処理し、実施後は十分な手指衛生を行います。また、薬剤容器の汚染を防ぐため、容器の先端を患部に接触させないよう特に注意します。
意識レベル低下患者への実施
意識レベルが低下している患者さんでは、咳嗽反射や嚥下反射が低下している可能性があります。特に点鼻時は薬液の誤嚥リスクがあるため、頭部の位置を適切に保持し、少量ずつ慎重に投与します。実施後は口腔内の観察を行い、薬液の流入がないことを確認します。
6. 点眼・点鼻・点耳中の観察とアセスメント
実施中の観察では、患者さんの主観的な訴えと客観的な症状の両方を総合的にアセスメントすることが重要です。
点眼時の観察項目 眼瞼の発赤・腫脹の程度、結膜の充血状態、分泌物の性状(漿液性、膿性、血性など)と量、角膜の透明度、瞳孔反応を観察します。患者さんの「しみる」「痛い」「見えにくい」といった主観的症状も重要な情報です。薬液投与後の症状変化を時間経過とともに観察し、治療効果を評価します。
点鼻時の観察項目 鼻腔粘膜の色調(正常なピンク色、発赤、蒼白など)、腫脹の程度、鼻汁の性状と量、鼻中隔の偏位の有無を観察します。呼吸パターンの変化、嗅覚の改善度も重要な評価項目です。「鼻がすっきりした」「においがわかるようになった」などの患者さんの声は、治療効果の指標となります。
点耳時の観察項目 外耳道の発赤・腫脹、耳垢の状態、鼓膜の色調と透明度、外耳道からの分泌物を観察します。聴力の変化、耳鳴りの改善、平衡感覚の状態も継続的にアセスメントします。「耳の詰まり感が取れた」「音が聞こえやすくなった」などの主観的改善も記録します。
7. 看護のポイント
主な看護診断
- 感覚知覚障害:視覚・嗅覚・聴覚
- 急性疼痛:炎症による痛み
- 不安:治療や症状に対する心配
- セルフケア不足:薬物投与技術
ゴードンの機能的健康パターン別観察項目
健康知覚・健康管理パターンでは、患者さんの疾患理解度と治療への取り組み姿勢を評価します。「なぜこの薬が必要なのか」を理解し、継続的な治療の重要性を認識できているかを確認します。また、感染予防に対する意識や、症状悪化時の対応方法についての知識も重要な評価項目です。
認知・知覚パターンでは、視覚・聴覚・嗅覚などの感覚機能の変化を詳細に観察します。これらの感覚は日常生活に直接影響するため、ADLへの影響度を評価し、必要に応じて代償手段を検討します。また、痛みや不快感の程度、部位、性質を具体的に把握し、治療効果の判定に活用します。
活動・運動パターンでは、感覚障害によるADLへの影響を評価します。特に視覚障害は転倒リスクを高めるため、安全な移動方法の指導が必要です。また、自己投薬能力の評価を行い、患者さんが安全に薬剤投与を継続できるかを判断します。
ヘンダーソンの基本的欲求からみた看護
安全の欲求に対しては、薬剤投与時の安全性確保と、感覚障害による日常生活上の危険回避が重要な看護介入となります。転倒防止のための環境整備、薬剤の適切な保管方法の指導、緊急時の対応方法の説明を行います。また、感染予防のための手技指導により、安全な自己投薬を支援します。
学習の欲求に対しては、疾患と治療に関する正しい理解を促進し、患者さんが主体的に治療に参加できるよう支援します。薬剤の作用機序、期待される効果、起こりうる副作用について、患者さんの理解度に合わせて説明します。また、症状改善の兆候や悪化のサインを見極める方法を指導し、適切な時期に医療機関を受診できるよう支援します。
正常発達の欲求に対しては、感覚機能の回復により、患者さんが年齢に応じた社会生活を営めるよう支援します。特に小児では、視覚や聴覚の障害が学習や発達に与える影響を最小限にするための環境調整や学習支援を行います。成人では、職業生活への復帰を念頭に置いた機能回復訓練を計画します。
具体的な看護介入
不安軽減への介入が最も重要な優先事項です。患者さんの不安の原因を具体的に把握し、個別的な対応を行います。実施前の十分な説明、実施中の声かけ、実施後の経過観察により、患者さんが安心して治療を受けられる環境を整えます。また、治療効果が現れる時期や期待される改善の程度について現実的な見通しを説明し、過度な期待や失望を防ぎます。
感覚機能改善への支援では、薬剤の効果を最大限に発揮するための環境調整と生活指導を行います。点眼後の光刺激の調整、点鼻後の鼻かみ方法の指導、点耳後の外耳道の清潔保持など、具体的で実践的な方法を指導します。また、症状の改善度を客観的に評価するため、定期的な機能測定を実施し、治療効果を可視化します。
自立支援への介入では、患者さんが退院後に安全に自己投薬を継続できるよう、段階的な指導を行います。まず看護師が実演し、次に患者さんに実施してもらい、最終的に独立して行えるまで継続的に支援します。家族への指導も併せて行い、在宅での治療継続を支えるサポートシステムを構築します。
感染予防への介入では、薬剤容器の清潔保持、手指衛生の徹底、使用済み物品の適切な処理について指導します。特に感染性疾患の場合は、二次感染防止のための具体的な方法を指導し、家族や周囲への感染拡大を防止します。
8. よくある質問・Q&A
Q:点眼薬が目からすぐに流れ出してしまいますが、効果はありますか?
A: 少量流れ出ても心配ありません。結膜嚢には約10μlの薬液しか保持できませんが、通常の点眼薬は1滴約25-50μlなので、一部が流出しても十分な量が眼内に残ります。流出を最小限にするため、点眼後は内眼角を軽く押さえて1-2分間眼を閉じておくことが大切です。また、一度に何滴も点眼するのではなく、1滴を確実に投与することの方が重要です。
Q:複数の点眼薬を使用する場合の間隔はどのくらい空けるべきですか?
A: 異なる点眼薬を使用する場合は、最低5分間の間隔を空けることが推奨されます。これは、先に投与した薬剤が洗い流されることを防ぎ、それぞれの薬剤が十分な効果を発揮するためです。投与順序は、一般的に水性→油性、治療薬→保護薬の順で行います。医師から特別な指示がある場合は、その指示に従ってください。
Q:点鼻薬使用後に喉に薬の味がしますが、正常ですか?
A: これは正常な現象です。鼻腔と口腔は咽頭でつながっているため、点鼻薬の一部が喉に流れることがあります。ただし、大量に流れ込む場合は投与方法に問題がある可能性があります。点鼻時は頭部を適度に後屈させ(45度程度)、薬液を下鼻甲介の下方に向けて投与することで、喉への流入を最小限にできます。苦味が強い場合は、点鼻後に水で軽くうがいをしても構いません。
Q:点耳薬が冷たくて不快ですが、温めても良いですか?
A: 薬剤を体温程度に温めることは可能です。容器を手のひらで包んで人肌に温めるか、37℃程度のぬるま湯に数分間浸けて温めることができます。ただし、電子レンジやドライヤーなどで急激に加熱することは避けてください。薬剤の成分が変性する可能性があります。また、温めすぎると火傷の危険があるため、投与前に必ず温度を確認してください。温度に敏感な薬剤もあるため、医師や薬剤師に確認することをお勧めします。
9. まとめ
点眼・点鼻・点耳技術は、正しい知識と手順を身につけることで、患者さんにとって安全で効果的な治療手段となります。これらの技術の成功の鍵は、患者さんとのコミュニケーション、適切な体位の保持、正確な投与部位の確認、そして継続的な観察にあります。
覚えるべき重要数値・基準
- 点眼:眼球から1-2cm離して結膜嚢外側1/3に滴下
- 点鼻:鼻腔から0.5-1cm離して下鼻甲介下方に滴下
- 点耳:外耳道から0.5cm離して外耳道壁沿いに滴下
- 異なる点眼薬の投与間隔:最低5分間
- 点眼後の内眼角圧迫時間:1-2分間
- 点耳後の側臥位保持時間:5-10分間
実習・現場で活用できるポイント
実習では、まず健康な同級生同士で練習し、手技に慣れることから始めましょう。患者さんに実施する際は、必ず事前に指導者に手順を確認してもらい、初回は必ず指導者の立ち会いのもとで行います。
臨床現場では、患者さんの個別性を十分に考慮し、年齢、疾患、理解度に応じた柔軟な対応が求められます。特に、患者さんの不安や恐怖心を軽減するための関わりは、技術的な正確性と同じくらい重要です。
これらの技術を通じて、患者さんの症状改善と生活の質向上に貢献できる看護師として成長していきましょう。継続的な学習と実践により、必ず確実な技術を身につけることができます。に寄り添い、小さな改善も認めることで継続への意欲を支援します。正しい手技の習得により症状が改善した体験を共有し、治療への自信と自己効力感を育んでいきましょう。や反応を常に観察しながら実施することで、患者さんに信頼される看護師として成長できるでしょう。
免責事項
本記事は教育・学習目的の情報提供です。
・一般的な医学知識の解説であり、個別の患者への診断・治療の根拠ではありません
・実際の看護実践は、患者の個別性を考慮し、指導者の指導のもと行ってください
・記事の情報は公開時点のものであり、最新の医学的知見と異なる場合があります
・本記事を課題としてそのまま提出しないでください
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