1. はじめに
「息が苦しい」「呼吸が浅くて不安」といった患者さんの訴えを聞いたとき、看護師として適切な酸素療法を提供できることは、患者さんの生命と安全を守る重要なスキルです。酸素療法は病院で最も頻繁に実施される治療の一つであり、適切な管理により患者さんの呼吸状態を改善し、全身の酸素化を維持することができます。
酸素療法は単に酸素を投与するだけではなく、患者さんの病態に応じた最適な酸素濃度と投与方法を選択し、継続的に効果を評価しながら調整していく高度な看護技術です。鼻カニューラやマスクなど、それぞれの投与方法には特徴があり、患者さんの状態や快適性を考慮した適切な選択が求められます。
実習では様々な疾患で酸素療法を受けている患者さんと出会い、その管理方法や観察ポイントに戸惑うことも多いでしょう。しかし、酸素療法の基本原理と各投与方法の特徴を理解することで、患者さんにとって安全で効果的なケアを提供できます。適切な知識と技術により、患者さんの呼吸困難感を軽減し、治療への安心感を提供することが可能になります。
この記事で学べること
- 鼻カニューラとマスクの適応と使い分けの判断基準
- 酸素流量と酸素濃度の関係および安全な調整方法
- 呼吸状態の適切な観察とアセスメントのポイント
- 酸素療法に伴う合併症の予防と早期発見
- 患者さんの快適性を重視したケア方法
2. 酸素療法の基本情報
定義
酸素療法とは、大気中の酸素濃度(21%)よりも高い濃度の酸素を投与することで、血中酸素濃度を改善し、組織への酸素供給を維持・向上させる治療法です。
技術の意義と目的
酸素療法の主要な目的は、低酸素血症の改善と組織への十分な酸素供給の確保です。呼吸器疾患、心疾患、手術後、急性期の患者さんなど、様々な病態で酸素需要が増加したり、酸素取り込みが障害された状況において、生命維持に不可欠な治療となります。
適切な酸素療法により、患者さんの呼吸困難感が軽減され、心臓への負担が軽くなり、全身の臓器機能が維持されます。また、酸素化の改善は創傷治癒の促進、感染抵抗力の向上にもつながります。看護師にとって酸素療法は、患者さんの生命を直接支える重要な治療手段であり、その効果を最大化するための適切な管理が求められます。
実施頻度・タイミング
酸素療法の実施は医師の指示に基づき行われますが、看護師による継続的な観察と評価が不可欠です。パルスオキシメーターによるSpO₂測定は2-4時間毎、患者さんの状態変化時には随時実施します。血液ガス分析は医師の指示により実施し、酸素療法の効果判定を行います。
酸素流量の調整はSpO₂値、呼吸状態、全身状態を総合的に評価し、医師と相談して行います。急性期では頻回な調整が必要な場合もあり、慢性期では安定した流量で継続することが多くなります。
3. 必要物品と準備
基本的な酸素療法用品
酸素療法には酸素供給システムの確実な準備が必要です。酸素流量計、酸素ボンベまたは配管システム、加湿瓶、蒸留水は基本的な構成要素です。投与器具として鼻カニューラ、単純マスク、リザーバー付きマスクを患者さんの状態に応じて選択します。
モニタリング機器ではパルスオキシメーター、血圧計、体温計を準備し、継続的な状態評価を行います。記録用紙や観察チェック表も準備し、正確な記録管理を実施します。予備の投与器具も準備し、器具の交換や患者さんの状態変化に対応できるようにします。
状況別対応用品
感染対策では使い捨て投与器具、手指消毒薬、マスクを使用し、院内感染の防止に努めます。皮膚トラブル予防として保護パッド、スキンケア用品、固定用テープを準備し、長期装着による皮膚障害を防ぎます。
緊急時対応ではアンビューバッグ、吸引器具、気管内挿管セットを準備し、急変時に備えます。移動時には携帯用酸素ボンベ、移動用カートを使用し、継続的な酸素投与を確保します。
物品準備のポイント
酸素流量と投与器具の選択は、患者さんの病態、酸素化の程度、快適性を総合的に考慮して決定します。鼻カニューラは1-6L/分での使用が一般的で、マスクは6-15L/分の高流量での使用に適しています。加湿の必要性も流量や投与時間に応じて判断し、適切な加湿システムを準備します。
4. 酸素療法の実施手順
事前準備とアセスメント
酸素療法開始前に、患者さんの呼吸状態、SpO₂値、血液ガス分析結果、既往歴を詳細に評価します。呼吸回数、呼吸の深さ、呼吸パターン、呼吸音を聴診し、ベースラインを把握します。患者さんには酸素療法の目的と方法を説明し、協力を得ながら不安の軽減を図ります。
酸素供給システムの点検を行い、酸素残量、流量計の機能、加湿瓶の水量、接続部の気密性を確認します。投与器具の清潔性と機能を点検し、患者さんに適したサイズと形状を選択します。
基本手順
鼻カニューラの場合:鼻腔内にカニューラの先端を1-1.5cm挿入し、鼻翼に沿って固定します。耳介周囲での固定は圧迫による皮膚障害に注意し、適度な緩みを持たせます。酸素流量は通常1-6L/分で設定し、1L/分で約4%の酸素濃度上昇が期待できます。
単純マスクの場合:マスクを顔面に密着させ、鼻と口を完全に覆うよう装着します。固定用ストラップは適度な張力で調整し、皮膚の圧迫を避けます。酸素流量は6-10L/分で設定し、約35-60%の酸素濃度を得ることができます。
リザーバー付きマスクの場合:リザーバーバッグが1/3程度膨らむ流量(10-15L/分)に設定し、60-90%の高濃度酸素を投与します。バッグの膨らみを定期的に確認し、適切な酸素供給を維持します。
実施中の観察ポイント
酸素療法中は患者さんの呼吸状態、SpO₂値、意識レベル、皮膚色を継続的に観察します。投与器具の位置ずれ、皮膚の発赤や圧迫痕、鼻腔の乾燥にも注意を払い、快適性の維持に努めます。酸素流量計の設定値と実際の流量に乖離がないかを確認し、安全な酸素投与を継続します。
5. 特殊な状況での酸素療法
COPDなど慢性呼吸不全の場合
COPD患者さんではCO₂ナルコーシスのリスクがあるため、酸素投与は慎重に行います。SpO₂を88-92%に維持することを目標とし、過度な酸素投与は避けます。低流量(1-2L/分)から開始し、血液ガス分析でCO₂分圧の上昇がないことを確認しながら調整します。
急性呼吸不全の場合
急性期ではSpO₂ 96%以上の維持を目標とし、必要に応じて高流量・高濃度の酸素投与を行います。リザーバー付きマスクやネーザルハイフローなどの使用も検討し、適切な酸素化を図ります。人工呼吸管理への移行時期を見極め、医師との連携を密にします。
小児の酸素療法
小児では体重あたりの酸素消費量が多く、成人よりも低酸素に陥りやすい特徴があります。投与器具のサイズ選択に注意し、鼻カニューラでは1-3L/分程度の低流量で開始します。小児用マスクを使用し、恐怖心を軽減するよう配慮します。
在宅酸素療法への移行
慢性呼吸不全患者さんの在宅酸素療法では、酸素濃縮器や液体酸素の使用方法、メンテナンス、緊急時の対応について詳細な指導を行います。外出時の携帯用酸素ボンベの使用方法や、日常生活での注意点についても説明し、QOL向上を支援します。
6. 酸素療法中の観察とアセスメント
酸素療法の効果判定では、客観的指標と主観的症状の両方を評価することが重要です。SpO₂値は最も重要な指標で、95%以上(COPD患者では88-92%)の維持を目標とします。ただし、SpO₂値のみに依存せず、呼吸回数、呼吸努力、意識レベル、皮膚色も総合的に評価します。
正常な反応として、酸素療法開始後15-30分以内にSpO₂値の改善が見られ、患者さんの呼吸困難感の軽減、呼吸回数の減少が期待できます。皮膚色の改善、意識レベルの向上も良好な反応の指標となります。
異常所見として注意すべきは、SpO₂値の改善が見られない、意識レベルの低下、呼吸回数の異常な増加などです。これらは酸素療法の効果不十分や基礎疾患の悪化を示唆するため、速やかな医師への報告と対応が必要です。
CO₂ナルコーシスの徴候として、意識レベルの低下、呼吸抑制、頭痛、発汗に注意を払います。特にCOPD患者さんでは、酸素投与により呼吸中枢の刺激が低下し、CO₂が蓄積する可能性があるため、慎重な観察が必要です。
患者さんの主観的な症状として、「息が楽になった」「胸の苦しさが取れた」といった改善の訴えは重要な評価指標です。逆に、「息苦しさが変わらない」「頭痛がする」などの訴えは、治療効果の見直しや合併症の可能性を示唆します。
7. 看護のポイント
主な看護診断
- 非効率的呼吸パターン
- ガス交換障害
- 活動耐性低下
- 不安
ゴードンの機能的健康パターン別観察項目
健康知覚-健康管理パターンでは、患者さんの酸素療法に対する理解度と受け入れ状況を評価します。酸素療法の必要性、安全な使用方法、異常時の対応について分かりやすく説明し、患者さんが主体的に治療に参加できるよう支援します。在宅酸素療法に移行する場合は、セルフケア能力の向上と家族への教育も重要です。
活動-運動パターンでは、酸素療法中の安全な活動レベルを設定します。労作時呼吸困難の程度、運動耐容能、ADLの自立度を評価し、患者さんの状態に応じた活動制限や段階的な活動拡大を計画します。酸素チューブの長さや携帯用酸素の使用により、可能な限り日常活動を維持できるよう工夫します。
睡眠-休息パターンでは、酸素療法が睡眠に与える影響を評価します。夜間の酸素化状態、睡眠中の呼吸パターン、起床時の状態を観察し、必要に応じて夜間の酸素流量調整を検討します。投与器具による不快感が睡眠を妨げる場合は、適切な調整を行います。
ヘンダーソンの基本的欲求からみた看護
呼吸の欲求に対しては、効果的な酸素療法の提供を最優先課題として位置づけます。患者さんの病態に最適な投与方法と流量を選択し、継続的な効果評価と調整を行います。呼吸困難感の軽減により、患者さんが安心して治療を受けられる環境を提供し、呼吸機能の改善を支援します。
苦痛の回避と除去では、酸素療法に伴う身体的・精神的不快感の軽減を図ります。鼻腔の乾燥、皮膚の圧迫、投与器具による不快感などの身体的苦痛を予防・軽減し、呼吸困難に伴う不安や恐怖などの精神的苦痛にも共感的に対応します。快適な酸素療法の提供により、治療への協力と効果向上を図ります。
安全の欲求に対しては、酸素療法の安全管理を徹底します。酸素の可燃性に関する安全対策、投与器具の清潔管理、適切な流量設定により、事故や合併症を防止します。また、患者さんや家族に対する安全教育も重要で、火気の取り扱いや器具の管理方法について具体的に指導します。
具体的な看護介入
呼吸状態の継続的監視と評価では、SpO₂モニタリング、呼吸音聴診、血液ガス分析を適切なタイミングで実施し、酸素療法の効果を客観的に評価します。患者さんの主観的症状も重視し、呼吸困難感の程度や改善度を定期的に聞き取ります。異常の早期発見と迅速な対応により、最適な酸素化を維持します。
皮膚トラブルの予防と対策では、長期間の投与器具装着による鼻翼や耳介周囲の皮膚障害を防ぎます。定期的な皮膚状態の観察、適切な固定方法の調整、保護パッドの使用により、患者さんの快適性を維持します。
患者・家族への教育と支援では、酸素療法の目的と方法、安全な取り扱い、異常時の対応について段階的に指導します。特に在宅酸素療法では、機器の操作方法、メンテナンス、緊急時の連絡先、火気使用の注意について詳細な説明と実技指導を行います。
多職種との連携強化により、医師、呼吸療法士、理学療法士などとの情報共有を密にし、患者さんにとって最適な呼吸管理を実現します。酸素療法の効果や問題点について定期的にカンファレンスを行い、治療方針の見直しや調整を行います。
8. よくある質問・Q&A
Q:SpO₂が目標値に達しているのに、患者さんが「息苦しい」と訴える場合はどう対応しますか?
A: SpO₂値が正常でも呼吸困難感を訴える場合は、呼吸仕事量の増大、心理的不安、疼痛などが原因として考えられます。まず、呼吸パターン、呼吸音、全身状態を詳細に観察し、SpO₂値以外の評価も行ってください。体位の調整、呼吸法の指導、不安の軽減などの非薬物的介入も効果的です。改善しない場合は医師に相談し、血液ガス分析など詳細な評価を検討します。
Q:鼻カニューラとマスクの使い分けはどのように判断すればよいでしょうか?
A: 鼻カニューラは軽度から中等度の酸素化障害(1-6L/分)に適しており、会話や食事が可能で患者さんの快適性が高い特徴があります。マスクは中等度から重度の酸素化障害(6L/分以上)に適しており、より高い酸素濃度を得ることができます。患者さんの酸素化の程度、快適性、ADLへの影響を総合的に考慮して選択し、状態変化に応じて適宜変更することが重要です。
Q:酸素流量を調整する際の判断基準を教えてください
A: 酸素流量の調整は医師の指示の範囲内で行い、SpO₂値、呼吸状態、全身状態を総合的に評価して判断します。一般的にはSpO₂ 95%以上を目標としますが、COPD患者では88-92%が適切です。流量変更後は15-30分後に効果を評価し、段階的に調整します。1L/分ずつの調整が安全で、急激な変更は避けてください。不明な点は必ず医師に確認することが重要です。
Q:在宅酸素療法に移行する患者さんへの指導で重要なポイントは何ですか?
A: 在宅酸素療法では安全管理が最重要です。火気の取り扱い禁止、換気の確保、機器の適切な管理について具体的に指導してください。酸素濃縮器や液体酸素の操作方法、定期メンテナンス、故障時の対応も重要です。外出時の携帯用酸素の使用方法、流量設定、緊急時の連絡先についても説明し、QOL向上を支援します。家族への教育も含めた包括的な指導を行ってください。
9. まとめ
酸素療法は患者さんの生命維持と回復を支える重要な治療法です。適切な投与方法の選択と継続的な効果評価により、患者さんの呼吸機能改善と快適性向上を実現できます。
覚えるべき重要数値・基準
- 目標SpO₂値:一般的に95%以上、COPD患者88-92%
- 鼻カニューラ流量:1-6L/分
- 単純マスク流量:6-10L/分
- リザーバー付きマスク流量:10-15L/分
- 酸素濃度上昇:鼻カニューラ1L/分で約4%上昇
- 効果判定時間:投与開始・変更後15-30分
- SpO₂測定頻度:2-4時間毎
実習・現場で活用できるポイント
酸素療法では「患者さんの状態を読む力」が最も重要です。SpO₂値だけでなく、呼吸状態、意識レベル、患者さんの主観的症状を総合的に評価し、適切な判断を行いましょう。また、投与器具による不快感や皮膚トラブルにも注意を払い、患者さんの快適性を重視したケアを心がけてください。安全管理を徹底し、多職種との連携により最適な呼吸管理を提供することが大切です。的な呼吸管理を提供することを大切にしてください。つけることを目標とし、多職種連携の重要性も常に意識して患者ケアに取り組んでください。
免責事項
本記事は教育・学習目的の情報提供です。
・一般的な医学知識の解説であり、個別の患者への診断・治療の根拠ではありません
・実際の看護実践は、患者の個別性を考慮し、指導者の指導のもと行ってください
・記事の情報は公開時点のものであり、最新の医学的知見と異なる場合があります
・本記事を課題としてそのまま提出しないでください
正確な情報提供に努めていますが、内容の完全性・正確性を保証するものではありません。


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