1. はじめに
病気やけがにより長期間ベッド上で過ごす患者さんを看護していると、「最近、足の力が弱くなってきた気がする」「体を起こすのがつらい」といった声を聞くことがあります。これらは廃用症候群の兆候かもしれません。
廃用症候群は、長期間の安静や不活動により全身の機能が低下する状態で、現代医療において重要な課題となっています。看護師は、患者さんの回復を支援する専門職として、この予防に中心的な役割を担っています。
廃用症候群予防は単なる技術ではなく、患者さんの生活の質を維持し、早期回復を促進するための包括的なケアアプローチです。実習では、理論に基づいた系統的な予防策を学び、患者さん一人ひとりの状態に応じた個別性のあるケアを提供することが求められます。
この記事で学べること:
- 廃用症候群の定義と発生メカニズムの理解
- 効果的な予防技術と実施手順の習得
- 患者の状態に応じた個別的なアプローチ方法
- 多職種連携による包括的予防策の実践
- 実習現場で活用できる具体的な観察・評価技術
2. 廃用症候群予防の基本情報
定義
廃用症候群予防とは、長期間の安静や不活動により生じる全身機能の低下を防ぐための計画的で系統的な看護援助
技術の意義と目的
廃用症候群予防は、患者さんの自立した生活への復帰を支援する重要な看護技術です。長期臥床により、筋力低下、関節拘縮、心肺機能低下、認知機能低下など、全身に様々な影響が現れます。これらの変化は2週間程度の安静でも始まるとされており、早期からの予防的介入が不可欠です。
患者さんにとっては、身体機能の維持により早期回復と生活の質の向上が期待でき、看護師にとっては、科学的根拠に基づいた看護実践により、患者さんの最適な健康状態の維持・促進が可能になります。
実施頻度・タイミング
廃用症候群予防は24時間継続的に実施される看護援助です。具体的な介入は、日中は2-3時間おき、夜間は4時間おきを目安に実施します。患者さんの状態や医師の指示に応じて頻度を調整し、入院初日から退院まで一貫して継続することが重要です。
3. 必要物品と準備
基本的な廃用症候群予防用品
リネン類
- 体位変換用枕(大小各2-3個)
- タオル(関節保護用、清拭用)
- シーツ(摩擦軽減のため清潔なもの)
器具類
- 血圧計、体温計、酸素飽和度測定器
- 関節可動域測定器(ゴニオメーター)
- 筋力測定器(握力計など)
- 車椅子、歩行器(状態に応じて)
- フットボード(足関節保護用)
安全管理用品
- 転倒・転落予防用品(ベッド柵、センサーマット)
- 皮膚保護用品(除圧マット、エアマットなど)
- 関節保護具(クッション、スプリントなど)
状況別対応用品
感染対策用品
- 手指消毒薬
- 使い捨て手袋
- マスク(必要時)
記録・評価用品
- 廃用症候群評価スケール
- 日常生活動作評価表
- 体位変換記録表
物品準備のポイント
患者さんの年齢、疾患、身体状況、認知機能を総合的に評価し、個別性を考慮した物品選択を行います。特に高齢者では皮膚の脆弱性、関節の可動域制限を考慮し、若年者では筋力維持に重点を置いた物品準備が必要です。
4. 廃用症候群予防の実施手順
事前準備とアセスメント
環境整備では、室温を22-24℃、湿度を50-60%に調整し、十分な照明と静かな環境を確保します。患者さんには予防の必要性と具体的な方法を分かりやすく説明し、協力を得ることが重要です。
アセスメントでは、意識レベル、バイタルサイン、筋力、関節可動域、皮膚状態、栄養状態を評価し、廃用症候群のリスク評価を実施します。特に筋力低下の程度、関節可動域の制限、皮膚の脆弱性を重点的に観察します。
基本手順
体位変換の実施 2時間おきに体位を変換し、同一部位への持続的圧迫を避けます。側臥位では30度側臥位を基本とし、圧迫部位の除圧を確実に行います。体位変換時は患者さんの呼吸状態、顔色、疼痛の有無を観察します。
関節可動域訓練 医師の指示に基づき、他動的関節可動域訓練から開始し、患者さんの状態改善に応じて自動介助運動、自動運動へと段階的に進めます。各関節を10回程度、ゆっくりと可動域全体にわたって動かします。
呼吸器系の機能維持 深呼吸練習を1日3-4回実施し、必要に応じて咳嗽指導や体位ドレナージを行います。呼吸筋力維持のため、腹式呼吸の指導も効果的です。
循環器系の機能維持 下肢の筋力向上運動や足関節の背屈・底屈運動を実施し、深部静脈血栓症の予防を図ります。弾性ストッキングの着用も有効です。
実施中の観察ポイント
運動中は呼吸困難、胸痛、めまいなどの症状出現に注意し、心拍数が安静時の20%以上上昇した場合は運動を中止します。皮膚の発赤、疼痛の訴え、関節の腫脹なども重要な観察項目です。
5. 特殊な状況での廃用症候群予防
認知症患者への対応 認知機能低下のある患者さんには、短時間で理解しやすい説明を繰り返し行い、馴染みのある動作を取り入れた運動を実施します。家族の協力を得て、患者さんが安心できる環境での実施を心がけます。
呼吸器疾患患者への対応 酸素療法中の患者さんでは、酸素飽和度を継続的に監視しながら、無理のない範囲での運動を実施します。呼吸苦の増強がないか常に観察し、必要に応じて酸素流量を調整します。
循環器疾患患者への対応 心疾患のある患者さんでは、心電図モニター下での実施が原則です。運動強度を段階的に増加し、胸痛、動悸、冷汗などの症状出現時は直ちに中止します。
手術後患者への対応 術後の患者さんでは、創部の状態と疼痛の程度を評価し、医師の許可のもとで段階的に運動を開始します。深部静脈血栓症の予防を重視し、早期離床を目指します。
6. 廃用症候群予防中の観察とアセスメント
身体的観察項目 筋力の変化では、握力測定値の低下(週に5-10%の低下は要注意)、関節可動域の制限(特に肩関節、股関節の可動域制限)、皮膚状態の変化(発赤、硬結、水疱の出現)を重点的に観察します。
機能的観察項目 日常生活動作の変化では、起き上がり動作、立ち上がり動作、歩行能力の評価が重要です。認知機能では、見当識、注意力、記憶力の変化を継続的に観察し、家族からの情報も活用します。
心理社会的観察項目 患者さんの意欲、自信、不安レベルの変化を観察し、「動くのが怖い」「疲れやすくなった」などの訴えに注意深く耳を傾けます。社会的な関係性の変化も重要な観察ポイントです。
7. 看護のポイント
主な看護診断
- 身体可動性障害
- 活動耐性低下
- 皮膚統合性障害リスク状態
- 転倒リスク状態
ゴードンの機能的健康パターン別観察項目
活動・運動パターンが最も重要な観察領域となります。患者さんの運動習慣、現在の活動レベル、疲労の程度、呼吸循環機能の状態を包括的に評価します。日常生活動作の自立度の変化、筋力や関節可動域の変化、バランス能力の変化を継続的に観察し、個別的な運動プログラムを立案します。
栄養・代謝パターンでは、筋肉量の維持に必要な蛋白質摂取状況、体重変化、血清アルブミン値などを評価します。廃用症候群予防には適切な栄養状態の維持が不可欠であり、管理栄養士との連携による栄養管理が重要になります。
認知・知覚パターンでは、疼痛の有無と程度、感覚機能の変化、認知機能の変化を観察します。特に長期臥床による感覚刺激の減少は認知機能低下のリスク要因となるため、適切な刺激提供が必要です。
ヘンダーソンの基本的欲求からみた看護
身体の位置を変え、よい姿勢を保持する欲求に対しては、適切な体位変換の実施と関節可動域の維持が中心となります。患者さんが自分で体位を変えられるよう、段階的な自立支援を行います。ベッド上での座位保持から始まり、立位、歩行へと段階的に進めることで、患者さんの自信回復にもつながります。
歩行や望ましい体位の変換などによって身体を動かす欲求では、患者さんの運動への意欲を支援し、無理のない範囲での運動継続を促進します。運動の効果を患者さんと共有し、小さな改善も認めることで、継続への動機づけを図ります。
正常な呼吸をする欲求に対しては、呼吸筋力の維持と肺機能の改善を目指した呼吸訓練を実施します。深呼吸や咳嗽訓練により、肺炎などの合併症予防にもつながります。
具体的な看護介入
段階的運動プログラムの実施が最優先となります。患者さんの身体状況と回復段階に応じて、ベッド上での他動的関節可動域訓練から始まり、自動介助運動、自動運動、座位保持、立位、歩行へと段階的に進めます。各段階で患者さんの反応を慎重に観察し、無理のない進行を心がけます。
多職種との連携による包括的アプローチでは、理学療法士、作業療法士、管理栄養士、薬剤師などとの情報共有により、統一したケアプランを実施します。特に理学療法士との連携では、専門的な運動療法の指導を受け、看護師が実施可能な範囲での継続的なケアを提供します。
患者・家族への教育と動機づけでは、廃用症候群の予防効果と重要性を分かりやすく説明し、患者さん自身の主体的な参加を促進します。小さな改善や努力を認め、継続への自信をつけられるよう支援します。家族にも予防方法を指導し、退院後の継続的な予防に備えます。
8. よくある質問・Q&A
Q:患者さんが「疲れるから動きたくない」と言われた場合、どう対応すればよいですか?
A: まずは患者さんの気持ちに共感し、疲労感を否定しないことが大切です。「確かに体を動かすのは疲れますね」と受け止めた上で、「少しずつでも動かすことで、逆に疲れにくい体になっていきます」と説明します。最初は5分程度の短時間から始め、患者さんが「これならできそう」と思える範囲で実施し、徐々に時間を延ばしていくことが効果的です。
Q:関節可動域訓練中に患者さんが痛がった場合、どこまで続けてよいですか?
A: 痛みの訴えがあった時点で直ちに中止します。痛みの性質(鋭い痛み、鈍い痛み)や部位を詳しく聞き取り、関節の腫脹や発赤がないか観察します。引き続ける痛みや腫脹がある場合は医師に報告し、指示を仰ぎます。再開時はより小さい可動域から始め、患者さんの表情や呼吸も観察しながら慎重に実施します。
Q:認知症の患者さんが運動を拒否する場合はどうすればよいですか?
A: 拒否の理由を考察することが重要です。恐怖心、混乱、疲労など様々な要因が考えられます。馴染みのある動作(洗顔の真似、手を振るなど)から始めたり、家族の写真を見せながら話しかけて気分を和らげることが効果的です。また、患者さんの生活リズムに合わせ、機嫌の良い時間帯を選んで実施します。無理強いは逆効果なので、短時間でも協力が得られた時は十分に褒めることが大切です。
Q:夜間の体位変換で患者さんを起こしてしまうのが気になります。睡眠を優先すべきでしょうか?
A: 褥瘡予防の観点から体位変換は必要ですが、実施方法を工夫することで睡眠への影響を最小限に抑えられます。照明は最小限にし、ゆっくりとした動作で実施します。患者さんに事前に「夜中に体の向きを変えさせていただきます」と説明しておくことも重要です。皮膚状態が良好で医師の許可があれば、体位変換の間隔を延ばすことも可能ですが、必ず医師と相談して決定します。
9. まとめ
廃用症候群予防は、患者さんの生活の質向上と早期回復を支援する重要な看護技術です。単に身体機能の維持だけでなく、患者さんの尊厳と自立性を尊重した包括的なアプローチが求められます。
覚えるべき重要数値・基準
- 体位変換:2時間おき(日中)、4時間おき(夜間)
- 関節可動域訓練:各関節10回程度、1日2-3回
- 運動中止基準:心拍数が安静時の20%以上上昇
- 筋力低下の危険域:握力が週に5-10%低下
- 廃用症候群発症リスク:2週間程度の安静で開始
- 室内環境:室温22-24℃、湿度50-60%
実習・現場で活用できるポイント
実習では、患者さん一人ひとりの個別性を重視し、ゴードンの機能的健康パターンとヘンダーソンの基本的欲求を活用した系統的なアセスメントを実施します。理学療法士や作業療法士との連携により、専門的な視点を学び、多職種チームの一員としての役割を理解することが重要です。
患者さんとのコミュニケーションでは、予防効果を分かりやすく説明し、小さな改善も一緒に喜ぶことで、継続への意欲を支援します。安全性を最優先とし、常に患者さんの反応を観察しながら、科学的根拠に基づいた個別的なケアを提供していきましょう。「ありがとう、楽になりました」という言葉を聞けた時、看護師としての大きなやりがいを感じることでしょう。一人ひとりの患者さんに最適なケアを提供できる看護師を目指して、継続的に学習を重ねていきましょう。摂食支援を提供していきましょう。言語聴覚士や医師との連携を大切にし、専門的な評価や治療が必要な場合は積極的に相談することが重要です。常に観察しながら実施することで、患者さんに信頼される看護師として成長できるでしょう。
免責事項
本記事は教育・学習目的の情報提供です。
・一般的な医学知識の解説であり、個別の患者への診断・治療の根拠ではありません
・実際の看護実践は、患者の個別性を考慮し、指導者の指導のもと行ってください
・記事の情報は公開時点のものであり、最新の医学的知見と異なる場合があります
・本記事を課題としてそのまま提出しないでください
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