事例の要約
統合失調症の陽性症状が顕著な急性期患者への看護という事例。介入日は4月15日(入院12日目)である。
A氏は28歳男性で、3か月前から被害妄想と命令的幻聴が出現し、統合失調症(妄想型・急性期)と診断された。「食べ物に毒が入っている」「看護師が監視している」などの妄想により、食事摂取量の著しい減少と1か月で5kgの体重減少を認める。完全な病識の欠如により「薬に毒が入っている」と服薬を強く拒否し、治療への協力が得られない状況である。現在はリスペリドンによる薬物療法を開始し、興奮状態は軽減しているが、幻聴・妄想は持続しており、安全確保のため病棟内での行動制限が継続されている。
基本情報
A氏は28歳の男性で、身長170cm、体重65kg(入院前より5kg減少)である。家族構成は父親(55歳・会社員)、母親(52歳・パート勤務)、妹(25歳・看護師)の4人家族で、キーパーソンは母親である。職業は大手商社の営業部で5年間勤務していたが、症状悪化により2か月前から休職中である。性格は幼少期から内向的で真面目、完璧主義的な傾向があり、責任感が強く周囲からの評価を気にしやすいと家族は述べている。大学時代は成績優秀で、就職後も上司からの評価は高かった。感染症の既往はなく、薬物アレルギーも特に認められない。認知力については、幻聴や被害妄想により現実検討能力が著しく低下しており、時間や場所の見当識は保たれているものの、病識は全くない状態である。MMSEは18点と軽度の認知機能低下を示しており、特に注意力と抽象的思考能力の低下が顕著である。
病名
統合失調症(妄想型・急性期)
既往歴と治療状況
既往歴に特記すべき身体疾患はない。大学時代に軽度のうつ状態で学生相談室を利用した経験があるが、治療は受けていない。家族歴では、父方の叔父に統合失調症の既往がある。3か月前頃から「会社の同僚が自分の悪口を言っている」「上司が自分を陥れようとしている」といった被害妄想が出現し始めた。2か月前からは「携帯電話が盗聴されている」「部屋に監視カメラが設置されている」という妄想が加わり、さらに「お前を殺してやる」「会社を辞めろ」という命令的幻聴も出現した。当初は家族も仕事のストレスと考えていたが、症状が悪化し日常生活に支障をきたすようになったため、母親の勧めで精神科外来を受診した。外来では抗精神病薬の処方を受けたが、服薬拒否が強く症状の改善は認められなかった。
入院から現在までの情報
入院当日は著明な興奮状態で、救急外来では「看護師が毒を盛ろうとしている」「この病院は自分を殺すために連れてこられた」と大声で叫び、医療者への攻撃的な言動も認められた。病棟到着後も「部屋に盗聴器や監視カメラが仕掛けられている」と訴え、壁や天井を執拗に調べる行動が見られた。幻聴は持続的で、特に夜間に増強し、「逃げろ」「戦え」といった命令的な内容のため、不安と恐怖で眠れない状態が続いた。入院2日目には興奮がピークに達し、隔離室での管理が必要となった。入院3日目頃から抗精神病薬(リスペリドン)の効果が現れ始め、興奮状態は徐々に軽減した。現在(入院12日目)は一般病室に戻っているが、依然として被害妄想と幻聴は持続しており、「薬に毒が入っている」「看護師が自分を監視している」と訴えることがある。病識は全くなく、「自分は正常で、周りの人間がおかしい」と主張している。治療への協力は得られにくく、服薬も看護師の見守りがなければ拒否する状況である。
バイタルサイン
来院時は血圧145/90mmHg、脈拍110回/分、体温37.2℃、呼吸数24回/分、SpO2 98%であり、興奮状態による交感神経刺激に伴う頻脈と軽度の発熱を認めた。発汗も著明で、顔面紅潮も見られた。現在は血圧125/75mmHg、脈拍85回/分、体温36.8℃、呼吸数18回/分、SpO2 99%と安定している。ただし、幻聴が聞こえる際には軽度の頻脈(95-100回/分)となることがある。
食事と嚥下状態
入院前は食事摂取量が著しく減少しており、「食べ物に毒が入っている」「料理に盗聴器が仕込まれている」という妄想のため、1日1食程度しか摂取できていなかった。体重は1か月で5kg減少していた。水分摂取も「水道水に毒が混入されている」という妄想により制限されていた。現在は看護師の見守りと説明のもとで食事摂取を行っており、摂取量は6-7割程度まで改善している。ただし、薬物混入への妄想は持続しており、時々食べることを拒否する場面も見られる。嚥下機能に問題はなく、咀嚼も正常である。喫煙歴は1日10本を8年間継続しており、現在は病棟の喫煙時間に合わせて1日5本程度に制限している。飲酒は週末に缶ビール2-3本程度の機会飲酒であった。
排泄
入院前は排泄パターンに大きな変化はなかったが、不安や緊張、食事摂取量減少により便秘傾向であった。また、「トイレに監視カメラがある」という妄想により、排泄を我慢することも多かった。現在も便秘が続いており、3日に1回程度の硬便となっている。腹部膨満感を訴えることもある。下剤としてマグミット330mgを1日2回服用しているが、効果は限定的である。排尿に関しては回数、量ともに正常範囲内であるが、「尿検査で毒物検査をされる」という妄想により、時々尿検査を拒否することがある。失禁や残尿感は認められない。
睡眠
入院前は幻聴や被害妄想により睡眠時間が2-3時間程度と著しく短縮していた。「夜中に侵入者が来る」「監視されている」という妄想や、持続的な幻聴により入眠困難と頻回の中途覚醒が見られた。日中も仮眠を取ることができず、慢性的な睡眠不足状態であった。現在は眠剤としてゾルピデム5mgを就寝前に服用しており、5-6時間程度の睡眠が確保できているが、依然として中途覚醒が2-3回認められる。朝の覚醒時には「夜中に誰かが部屋に入ってきた」と訴えることがある。日中の傾眠傾向は軽減している。
視力・聴力・知覚・コミュニケーション・信仰
視力、聴力に器質的な問題はない。ただし、知覚については持続的な幻聴が認められ、主に男性の声で命令的または脅迫的な内容である。「お前を殺してやる」「逃げろ」「薬を飲むな」といった内容が多く、特に静かな環境で増強する傾向がある。コミュニケーションは言語的には可能であるが、被害妄想により医療者への強い不信感があり、質問に対して警戒的な態度を示すことが多い。会話の途中で幻聴に注意が向くことがあり、急に会話を中断することもある。文字の読み書きは可能である。信仰は特にないが、「神様が自分を守ってくれる」と述べることがある。
動作状況
基本的な日常生活動作(歩行、移乗、排泄、入浴、衣類の着脱)は身体的には自立している。しかし、妄想により一人での行動を強く拒否することがあり、特に入浴時には「監視カメラに撮影される」という妄想により介助者の同席を嫌がる。歩行は安定しているが、幻聴に反応して急に立ち止まったり、振り返ったりする行動が見られる。転倒歴は特にないが、注意散漫により転倒リスクは高い状態である。衣類の着脱は可能だが、「服に盗聴器が仕込まれている」と言って同じ服を着続けようとすることがある。
内服中の薬
- リスペリドン 2mg 1日2回(朝・夕食後)
- ゾルピデム 5mg 就寝前
- マグミット 330mg 1日2回(朝・夕食後)
- ロラゼパム 0.5mg 頓用(興奮時)
服薬状況
現在は完全に看護師管理となっており、毎回の服薬確認と口腔内確認を行っている。服薬拒否は依然として強く、「毒が入っている」「意識を奪うための薬だ」と主張することが多い。説得に時間を要することがあり、時には隠し持って後で吐き出すこともある。自己管理は全く困難な状況である。
検査データ
項目 | 入院時 | 最近(4月10日) | 基準値 |
---|---|---|---|
WBC | 12,500/μL | 8,200/μL | 3,500-9,000 |
RBC | 450万/μL | 435万/μL | 400-550万 |
Hb | 11.8g/dL | 13.8g/dL | 12.0-16.0 |
Plt | 28万/μL | 25万/μL | 15-35万 |
AST | 48U/L | 38U/L | 10-40 |
ALT | 55U/L | 41U/L | 5-45 |
BUN | 18mg/dL | 16mg/dL | 8-20 |
Cr | 0.9mg/dL | 0.8mg/dL | 0.6-1.2 |
Na | 138mEq/L | 140mEq/L | 135-145 |
K | 4.2mEq/L | 4.0mEq/L | 3.5-5.0 |
CRP | 2.8mg/dL | 0.3mg/dL | <0.3 |
血糖 | 110mg/dL | 95mg/dL | 70-110 |
プロラクチン | – | 45.2ng/mL | 1.4-14.6 |
今後の治療方針と医師の指示
当面は抗精神病薬による薬物療法を継続し、症状の安定化を図る方針である。リスペリドンの用量調整を検討しており、効果不十分な場合は他の抗精神病薬への変更も考慮される。病識の獲得と治療への動機づけを目的とした精神療法も並行して実施する予定で、まずは治療関係の構築から開始する。家族への疾患教育も重要な要素であり、統合失調症の病態、経過、治療法について詳しく説明し、退院後の生活支援体制の構築を進める。安全確保のため、当面は病棟内での行動制限を継続し、外出や面会についても慎重に検討する指示が出されている。また、社会復帰に向けて作業療法やデイケアの導入も将来的に検討される。
本人と家族の想いと言動
A氏は「自分は病気ではない、正常だ」「この病院が異常だ」と繰り返し述べており、治療への拒否的な態度を一貫して示している。「早く退院して仕事に戻りたい」「家族が騙されて自分をここに入れた」と主張し、時には「弁護士を呼んで訴える」と興奮することもある。看護師に対しては「あなたたちは敵だ」「監視をやめろ」と敵意を示すが、時折「家に帰りたい」と涙を流すこともある。
母親は「息子の変化に気づくのが遅れて申し訳ない」と強い自責の念を抱いており、「もっと早く気づいていれば」「私の育て方が悪かったのではないか」と自分を責めている。同時に「元の優しい息子に戻ってほしい」「普通の生活を送れるようになってほしい」という強い願いを持っている。面会時には息子の言動に戸惑いながらも、温かく接しようと努力している。
父親は息子の病気に対する理解が不十分で「気の持ちようではないか」「しっかりしろ」と叱咤激励しようとして、かえって息子を興奮させてしまうことがある。「なぜこんなことになったのか」「仕事のストレスが原因なのか」と困惑している様子が見られ、病気の受容には時間がかかると予想される。
妹は看護師として働いているため疾患についての知識はあるが、身内の病気として受け入れることの難しさを感じている。「兄の将来が心配」「結婚や仕事はどうなるのか」という不安を抱えており、両親の精神的支援も担っている。面会時には兄に対して自然に接するよう心がけているが、時折見せる兄の変わり果てた姿に心を痛めている。
アセスメント
疾患の簡単な説明
A氏は統合失調症(妄想型・急性期)と診断されており、この疾患は脳内のドパミン系やグルタミン酸系の神経伝達物質の異常により、現実認識や思考過程に障害をきたす慢性の精神疾患である。統合失調症は陽性症状(幻覚、妄想、思考の障害)と陰性症状(感情の平板化、意欲の低下、社会的引きこもり)、認知機能障害に分類される症状群を呈する。A氏は現在急性期にあり、陽性症状が極めて顕著な状態である。具体的には「お前を殺してやる」「逃げろ」「薬を飲むな」といった持続的な命令的幻聴と、「看護師が自分を監視している」「薬に毒が入っている」「部屋に盗聴器が仕掛けられている」といった系統的な被害妄想が認められる。これらの症状により現実検討能力が著しく低下し、日常生活機能が大幅に障害されている状態である。統合失調症は適切な抗精神病薬治療と心理社会的支援により症状の安定化が期待できる疾患であるが、急性期においては病識の完全な欠如により治療への協力が得られないことが最大の治療阻害因子となっている。発症年齢が28歳であることから、典型的な発症パターンに合致しており、家族歴に統合失調症の既往があることから遺伝的素因の関与も示唆される。
健康状態
A氏の身体的健康状態は基本的には良好であるが、精神症状による二次的な身体への影響が多方面にわたって認められている。入院時の血液検査では軽度の炎症反応上昇(CRP 2.8mg/dL)と肝機能の軽度上昇(AST 48U/L、ALT 55U/L)、軽度の貧血(Hb 11.8g/dL)が認められた。これらの異常値は長期間にわたる精神的ストレス、栄養摂取不足、睡眠不足の複合的な影響によるものと考えられる。現在は改善傾向にあるが、継続的な監視が必要である。最も深刻な問題は急激な体重減少であり、入院前の1か月間で70kgから65kgへと5kgの減少が認められている。これは妄想による食事摂取量の著しい減少が原因であり、「食べ物に毒が入っている」「料理に盗聴器が仕込まれている」という妄想により、1日1食程度しか摂取できていなかった状況が続いていた。
バイタルサインについては、入院時の興奮状態では交感神経刺激による頻脈(110回/分)と軽度高血圧(145/90mmHg)、発熱(37.2℃)が認められたが、現在は安定している。ただし、幻聴が聞こえる際には軽度の頻脈傾向が見られ、精神症状と身体症状の相関が明確に認められる。睡眠時間は入院前の2-3時間から現在の5-6時間へと改善しているが、依然として正常範囲を下回っており、慢性的な睡眠不足による免疫機能の低下や認知機能への悪影響が懸念される。また、興奮状態や不安により発汗が多く、脱水のリスクも存在する。抗精神病薬の副作用として、プロラクチン値の上昇(45.2ng/mL)が認められており、性機能や骨密度への長期的な影響について注意深い観察が必要である。
受診行動、疾患や治療への理解、服薬状況
A氏の受診行動は極めて消極的かつ拒否的であり、完全な病識の欠如が最大の問題となっている。統合失調症という診断に対して「自分は正常で、この病院が異常だ」「家族が騙されて自分をここに入れた」と強く反発し、精神科での治療の必要性を完全に否定している。疾患に対する理解は皆無であり、症状についても「現実に起こっていること」として捉えており、幻聴や妄想を病的な症状として認識していない。医療者に対しては「敵」「監視者」として認識し、強い不信感と敵意を示している。
治療に対する態度は一貫して拒否的であり、「薬に毒が入っている」「意識を奪うための薬だ」「病院が自分を殺そうとしている」という妄想により、すべての医療行為を拒否する傾向がある。服薬については最も困難な課題となっており、現在は看護師の厳重な管理下で毎回の服薬確認と口腔内確認を実施している。それでも服薬拒否は頻繁に発生し、説得に30分以上を要することも珍しくない。さらに深刻な問題として、一見服薬したように見せかけて口の中に隠し持ち、看護師が去った後で吐き出すという行為も確認されている。このような状況により、確実な服薬確保が困難であり、治療効果の低下と症状の遷延化が懸念される。リスペリドンの血中濃度測定も検討されているが、採血自体も拒否することがあり、治療効果の客観的評価も困難な状況である。
身長、体重、BMI、運動習慣
A氏の身長は170cm、現在の体重は65kgでBMI 22.5kg/m²と数値上は標準範囲内であるが、入院前の1か月間で70kgから65kgへの急激な体重減少が最も重要な問題である。この5kgの減少は体重の約7%に相当し、短期間での著明な体重減少として栄養状態の深刻な悪化を示している。体重減少の主因は妄想による食事摂取量の著しい減少であり、「食べ物に毒が入っている」「料理に盗聴器が仕込まれている」「水道水に毒が混入されている」という妄想により、食事だけでなく水分摂取も制限されていた状況が続いていた。
現在の摂取量は看護師の見守りにより6-7割程度まで改善しているが、依然として十分とは言えず、継続的な栄養状態の悪化リスクが存在する。また、食事内容についても偏りが見られ、特に「怪しい」と感じる食材を避ける傾向があるため、栄養バランスの偏りも懸念される。
運動習慣については、発症前は通勤時の徒歩(往復約40分)程度の軽度な日常的活動は行っていたが、特別な運動習慣やスポーツ歴はなかった。発症後は外出を避けるようになり、入院後は病棟内での生活となっているため、活動量が著しく低下している。1日の大部分を病室で過ごし、廊下の歩行も短時間に限られている。この状況が長期間続くことにより、筋力低下、心肺機能の低下、骨密度の減少などの廃用症候群のリスクが高まっている。また、活動量の低下は便秘の悪化や睡眠の質の低下にも関連しており、包括的な身体機能への悪影響が懸念される。
呼吸に関するアレルギー、飲酒、喫煙の有無
A氏に呼吸器系のアレルギーは認められず、気管支喘息、花粉症、アトピー性皮膚炎などのアレルギー疾患の既往もない。薬物アレルギーについても現在まで特記すべき事項はないが、今回初めて抗精神病薬を使用しているため、新規薬物に対するアレルギー反応の可能性について継続的な観察が必要である。特にリスペリドンによる皮疹、錐体外路症状、悪性症候群などの副作用について注意深い監視が求められる。
飲酒歴は週末に缶ビール(350ml)2-3本程度の機会飲酒であり、1週間のアルコール摂取量は約20-30g程度と軽度である。アルコール依存や問題飲酒の傾向は認められず、飲酒による健康への直接的な害は少ないと考えられる。しかし、アルコールと抗精神病薬の相互作用について注意が必要であり、退院後の飲酒について適切な指導が必要である。
喫煙歴は1日10本を8年間継続しており、総喫煙量は約30pack-yearとなる。これはニコチン依存の形成と、将来的な呼吸器疾患や循環器疾患のリスク増加を示している。現在は病棟の規則により1日5本程度に制限されているが、この急激な減少によりニコチン離脱症状(イライラ、不安、集中困難)が出現している可能性がある。統合失調症患者の喫煙率は一般人口の約3倍と高く、ニコチンが精神症状の自己治療的役割を果たしている可能性も指摘されている。そのため、急激な禁煙がストレス増加や精神症状の悪化を招くリスクがあり、慎重な対応が必要である。また、将来的な健康リスクを考慮すると段階的な禁煙支援が重要であるが、現在の急性期においては精神症状の安定が優先される。
既往歴
A氏の身体的既往歴に特記すべき重大な疾患はないが、心理的既往歴として大学時代(21歳時)に軽度のうつ状態を経験し、学生相談室を3か月間利用した経験がある。この時の主症状は気分の落ち込み、意欲低下、集中困難であり、就職活動のストレスが主因とされていた。薬物治療は受けておらず、カウンセリングのみで改善したが、この経験はA氏の精神的脆弱性とストレス耐性の低さを示唆する重要な情報である。また、この時期から完璧主義的傾向が強まり、他者からの評価を過度に気にするようになったと家族は振り返っている。
家族歴では父方の叔父に統合失調症の既往があり、40歳代で発症し現在も治療を継続している。この事実は統合失調症の遺伝的素因の存在を強く示唆しており、A氏の発症に遺伝的要因が関与している可能性が高い。統合失調症の遺伝率は約80%とされており、一親等の血族に患者がいる場合の発症リスクは一般人口の約10倍に増加することが知られている。
A氏の性格特性として、幼少期から内向的で人見知りが激しく、新しい環境への適応に時間を要する傾向があった。学業成績は優秀であったが、完璧主義的で自分に厳しく、失敗を極度に恐れる性格であったと両親は述べている。青年期以降はこの傾向がさらに強まり、仕事においても過度な責任感から長時間労働を続け、上司や同僚からの評価を常に気にする状態が続いていた。これらの性格的要因がストレス脆弱性を高め、統合失調症の発症に寄与した可能性が考えられる。
また、発症前の3か月間は業務量の増加と新しいプロジェクトの責任者に任命されたことによる強いストレス状況にあり、睡眠時間の減少(1日4-5時間)と食欲不振が認められていた。この時期の心理社会的ストレスが発症の誘因となった可能性が高く、ストレス-脆弱性モデルに合致する経過を示している。
健康管理上の課題と看護介入
A氏の健康管理上の最重要課題は完全な病識の欠如による包括的な治療拒否である。この根本的問題が他のすべての健康管理課題の基盤となっており、解決なくしては効果的な治療は困難である。病識の獲得に向けては、まず信頼関係の構築が絶対的に必要であり、A氏の訴えや感情を否定せず、共感的な態度で接することから開始する。具体的には、「大変な思いをされていますね」「不安な気持ちはよく分かります」といった感情的な支持を提供し、段階的に現実検討能力の回復を促進する。直接的な病識の押し付けは逆効果となるため、症状による生活の不便さや困り感に焦点を当てた動機づけを行う。
服薬管理については現在最も困難な課題となっており、確実な服薬確保のための多角的なアプローチが必要である。まず、薬物に対する妄想的不安を軽減するため、薬の効果や安全性について患者が理解できる言葉で繰り返し説明する。「症状を和らげるための薬」「不安を軽くする薬」といった表現を用い、「毒」や「危険」という認識を徐々に修正する。服薬場面では複数の看護師で対応し、口腔内確認を確実に実施するとともに、服薬後30分程度は継続的な観察を行う。また、リスペリドンの血中濃度測定により治療効果を客観的に評価し、必要に応じて剤形の変更(液剤や口腔内崩壊錠)も検討する。
栄養状態の改善は緊急性の高い課題であり、食事に対する妄想を軽減させるための環境調整が重要である。食事の準備過程を可能な限り患者に見せることで透明性を確保し、「調理過程に問題がないこと」を実際に確認してもらう。また、患者が安心できる食材から段階的に摂取を増やすアプローチを取り、無理強いは避ける。栄養士との連携により、患者の嗜好を考慮した食事内容の調整を行い、必要に応じて栄養補助食品の使用も検討する。体重測定は週2回実施し、BMI 20kg/m²を下回る場合は積極的な栄養介入を開始する。水分摂取についても同様の配慮が必要であり、1日の摂取量を正確に記録し、脱水の早期発見に努める。
睡眠パターンの正常化に向けては、規則正しい生活リズムの確立が基本となる。起床・就寝時間を一定にし、日中の活動量を段階的に増加させることで自然な睡眠リズムの回復を促進する。睡眠環境については、幻聴や妄想が増強しやすい夜間の不安を軽減するため、適度な照明の確保と定期的な巡視を実施する。睡眠薬の効果と副作用について継続的に評価し、必要に応じて医師と相談の上で用量調整を行う。また、日中の過度な臥床を避け、適度な活動を促すことで夜間の良質な睡眠を確保する。
喫煙に関しては、急激な禁煙によるストレス増加を避けながら段階的な減煙を支援する必要がある。現在の1日5本から徐々に減量し、最終的には禁煙を目指すが、急性期においては精神症状の安定が優先される。ニコチン離脱症状が精神症状に与える影響について継続的な観察と評価を実施し、必要に応じてニコチン代替療法の導入も検討する。将来的な健康リスクについて患者と家族に情報提供し、動機づけ面接技法を用いた禁煙支援を行う。
薬物副作用の監視は継続的に必要であり、特に錐体外路症状、代謝系への影響、内分泌系への影響について定期的な評価を実施する。プロラクチン値の上昇が認められているため、性機能や月経への影響、骨密度への長期的な影響について注意深く観察し、必要に応じて薬剤の変更や対症療法を検討する。
長期的な視点では、家族への包括的な疾患教育を通じて退院後の健康管理体制の構築を図る必要がある。統合失調症の病態、経過、治療法、再発予防について詳しく説明し、家族が適切な支援を提供できるよう支援する。服薬継続の重要性、定期受診の必要性、再発の早期兆候の認識について具体的な指導を行う。また、社会復帰に向けた段階的なリハビリテーションとして、作業療法やデイケアの導入を検討し、活動量の増加とストレス管理能力の向上を図る。
継続的な観察が必要な項目として、精神症状の変化、服薬状況、栄養状態、睡眠パターン、薬物副作用、自傷他害のリスクについて毎日評価を実施する。特に急性期から回復期への移行期においては症状の変動が大きいため、細心の注意を払った観察が必要である。また、治療関係の構築状況や病識の変化についても継続的に評価し、個別性を重視した看護介入の修正を適宜行う必要がある。
食事と水分の摂取量と摂取方法
A氏の食事摂取状況は統合失調症の精神症状により著しく障害されている。入院前は「食べ物に毒が入っている」「料理に盗聴器が仕込まれている」という妄想により、1日1食程度しか摂取できない状況が1か月間継続していた。特に調理済みの食品や他人が準備した食事に対する警戒心が強く、コンビニエンスストアの個包装された食品のみを摂取することが多かった。現在は看護師の見守りと説明により摂取量は改善しているが、依然として6-7割程度の摂取量に留まっている。食事時間は不規則であり、妄想による不安が強い時には完全に摂取を拒否することもある。食事の摂取方法については、看護師が食事の安全性について説明し、可能な限り調理過程の透明性を確保することで、患者の不安を軽減させている。
水分摂取についても同様の問題が認められ、「水道水に毒が混入されている」という妄想により摂取量が制限されている。入院前は1日500-700mL程度の摂取量であり、明らかに不足していた。現在は看護師の説明により1日1200-1500mL程度まで改善しているが、依然として推奨摂取量(約2000mL)を下回っている。ペットボトルの水や個包装された飲料に対する信頼度が高く、これらを活用した水分摂取の促進が効果的である。
好きな食べ物と食事に関するアレルギー
A氏の食事の嗜好について、発症前は和食を中心とした一般的な食事を好んでおり、特に魚料理と野菜料理を好む傾向があった。米飯を主食とし、味噌汁、焼き魚、煮物といった伝統的な日本の家庭料理を好んでいた。しかし現在は妄想により食材に対する選択的な拒否が見られ、「怪しい」と感じる食材(特に調味料が多く使用されているもの、色が濃いもの)を避ける傾向がある。比較的受け入れやすいのは、白米、茹でた野菜、焼いた魚などのシンプルな調理法の食品である。
食事に関するアレルギーは現在まで認められていないが、新規の食材や調理法に対する警戒心が強いため、アレルギー反応と妄想による拒否の鑑別が困難な場合がある。家族からの情報によると、これまでに食物アレルギーの既往はなく、多様な食材を摂取していた経験がある。ただし、現在の精神状態では新しい食材の導入は慎重に行う必要がある。
身長・体重・BMI・必要栄養量・身体活動レベル
A氏の身長は170cm、現在の体重は65kgでBMI 22.5kg/m²と数値上は標準範囲内であるが、入院前の1か月間で70kgから65kgへの急激な体重減少が最も重要な問題である。この5kgの減少は体重の約7.1%に相当し、短期間での著明な体重減少として栄養状態の深刻な悪化を示している。
28歳男性の基礎代謝量は約1680kcal/日と推定され、現在の身体活動レベル(病棟内での軽度な活動)を考慮すると、必要栄養量は約2200-2400kcal/日と算出される。しかし、現在の摂取量は約1400-1600kcal/日程度と推定され、明らかに必要量を下回っている。この状況が継続すると、さらなる体重減少と筋肉量の減少、栄養失調の進行が懸念される。
身体活動レベルは発症前の通勤を含む日常活動(身体活動レベルII:1.75)から、現在の病棟内での軽度活動(身体活動レベルI:1.50)へと著しく低下している。この活動量の減少により必要栄養量は減少しているが、それでも現在の摂取量は不足している状況である。
食欲・嚥下機能・口腔内の状態
A氏の食欲は統合失調症の精神症状により著しく低下している。妄想による恐怖感が食欲低下の主要因であり、生理的な食欲はある程度保たれているものの、心理的な要因により摂食行動が阻害されている。食事の時間になっても空腹感を訴えることは少なく、「食べたくない」「怖い」という発言が多く聞かれる。
嚥下機能については器質的な問題は認められず、咀嚼・嚥下の協調性は正常である。食事中の誤嚥や咳嗽は観察されておらず、水分摂取時の問題もない。しかし、妄想による緊張状態では口腔内の乾燥が認められることがあり、これが嚥下の違和感として訴えられることがある。
口腔内の状態については、現在のところ大きな問題は認められないが、食事摂取量の減少と口腔ケアの不備により今後の悪化が懸念される。歯肉の軽度の発赤は認められるが、出血や腫脹は認められない。舌苔の軽度の付着があり、口腔乾燥感を訴えることがある。歯の状態は比較的良好であるが、精神症状により口腔ケアに対する関心が低下しており、継続的な支援が必要である。
嘔吐・吐気
A氏に器質的な原因による嘔吐や吐気は現在認められていない。しかし、妄想による心理的な不安や恐怖が身体症状として現れることがあり、「食べ物が怖い」「気持ち悪い」という訴えが聞かれることがある。これらの症状は主に食事前や食事中に出現し、実際の嘔吐に至ることは稀である。
抗精神病薬(リスペリドン)の副作用として嘔気が報告されているが、現在のところ明らかな薬剤性の嘔気は認められていない。ただし、服薬時に「毒が入っている」という妄想により心因性の嘔気を訴えることがあり、実際の副作用と妄想による症状の鑑別が重要である。
今後、薬剤の増量や変更により嘔気が出現する可能性があるため、継続的な観察と評価が必要である。また、栄養状態の悪化により胃腸機能の低下が生じる可能性もあり、包括的な消化器症状の評価が求められる。
皮膚の状態、褥創の有無
A氏の皮膚の状態は現在のところ比較的良好であるが、栄養状態の悪化と活動量の低下により今後の悪化が懸念される。全身の皮膚は軽度の乾燥傾向にあり、特に四肢の皮膚で顕著である。これは水分摂取不足と栄養不良の初期症状と考えられる。皮膚の弾力性は現在のところ保たれているが、継続的な栄養不足により今後低下する可能性がある。
褥創については現在認められていないが、体重減少により骨突出部での圧迫リスクが増加している。特に仙骨部、踵部、肩甲骨部での皮膚の発赤に注意が必要である。病棟内での活動が制限されており、ベッド上で過ごす時間が長いため、体位変換の必要性が高い。
皮膚の色調は軽度の蒼白傾向にあり、これは貧血(Hb 11.8g/dL)と栄養不良の影響と考えられる。爪の状態も栄養状態を反映しており、軽度の脆弱性が認められる。毛髪についても光沢の低下と軽度の脱毛傾向が見られ、これらは蛋白質やビタミン不足の兆候と考えられる。
血液データ
A氏の血液データは栄養状態の悪化を示す複数の指標が認められる。アルブミン値についてはデータが不足しているため追加検査が必要であるが、総蛋白値の評価により蛋白質栄養状態の把握が重要である。
赤血球系の数値では、入院時にHb 11.8g/dLと軽度の貧血が認められたが、現在は13.8g/dLまで改善している。これは栄養摂取の改善と水分バランスの正常化による効果と考えられる。しかし、依然として栄養摂取量は不十分であり、継続的な監視が必要である。
電解質については、Na、Kともに正常範囲内であるが、これは主に水分摂取量の改善によるものと考えられる。脂質代謝や糖代謝に関するデータ(TG、TC、HbA1c、BS)については現在不足しており、栄養状態の包括的評価のために追加検査が必要である。特に長期間の栄養不良により、糖代謝異常や脂質代謝異常が生じている可能性がある。
炎症反応(CRP)は入院時の2.8mg/dLから0.3mg/dLまで改善しており、これは感染症の改善と栄養状態の回復を示している。しかし、栄養不良による免疫機能の低下により、今後感染症のリスクが高まる可能性がある。
栄養代謝上の課題と看護介入
A氏の栄養代謝上の最重要課題は妄想による食事摂取拒否と急激な体重減少である。この問題に対しては、まず食事に対する妄想的不安を軽減することが最優先である。具体的には、食事の準備過程を可能な限り患者に見せることで透明性を確保し、「調理過程に問題がないこと」を実際に確認してもらう。また、患者が安心できる食材から段階的に摂取を増やすアプローチを取り、個包装された食品や患者が信頼できる食材を活用する。
栄養摂取量の改善に向けては、高カロリー・高蛋白質の食品の導入を検討し、少量でも効率的に栄養摂取ができるよう工夫する。栄養補助食品やプロテイン飲料の使用も有効であるが、患者の受け入れを考慮して慎重に導入する。食事回数を増やし、1回の摂取量を少なくすることで心理的負担を軽減する方法も効果的である。
水分摂取の促進については、患者が信頼できるペットボトルの水や個包装された飲料を活用し、1日の摂取目標量を設定して段階的に増加させる。水分摂取量の記録を正確に行い、脱水の早期発見に努める。
体重管理については、週2回の定期的な体重測定を実施し、BMI 20kg/m²を下回る場合は積極的な栄養介入を開始する。栄養士との連携により、患者の嗜好と妄想の内容を考慮した個別的な食事計画を作成する。
皮膚の状態については、栄養不良による皮膚トラブルの予防が重要である。皮膚の保湿ケアを定期的に実施し、褥創予防のための体位変換を2時間ごとに行う。皮膚の色調や弾力性の変化を継続的に観察し、栄養状態の改善効果を評価する。
血液データの監視については、アルブミン、総蛋白、脂質、血糖値の定期的な測定により栄養状態を客観的に評価する。特にアルブミン値は栄養状態の指標として重要であり、3.5g/dL以下の場合は積極的な栄養介入が必要である。
継続的な観察が必要な項目として、日々の食事摂取量と水分摂取量の正確な記録、体重の変化、皮膚の状態、血液データの推移について毎日評価を実施する。特に栄養摂取量が1500kcal/日を下回る場合は医師と相談の上で積極的な栄養介入を検討する。また、妄想の内容や強さが食事摂取に与える影響についても継続的に評価し、精神症状の改善と栄養状態の回復の相関を把握することが重要である。
排便と排尿の回数と量と性状
A氏の排便状況は入院前から著しく悪化しており、現在も深刻な便秘状態が継続している。入院前は「トイレに監視カメラがある」「排泄音が盗聴されている」という妄想により排泄を我慢することが多く、3-4日に1回程度の排便頻度であった。便性状は硬便が多く、排便時に努責を要することが多かった。現在も便秘は改善されておらず、3日に1回程度の硬便という状況が続いている。1回の排便量は約150-200g程度と推定され、正常範囲を下回っている。便の性状はブリストル便性状スケールで1-2に相当する硬便であり、色調は茶褐色で正常範囲内であるが、水分含有量の不足が明らかである。
排尿については回数、量ともに比較的正常範囲内であるが、「尿検査で毒物検査をされる」という妄想により、時々排尿を我慢する行動が見られる。1日の排尿回数は5-7回程度で、1回の排尿量は約200-300mLと推定される。尿の性状は淡黄色透明で、混濁や血尿は認められない。しかし、水分摂取量の不足により尿の濃縮傾向が見られることがあり、特に朝一番の尿で顕著である。排尿時の痛みや残尿感は訴えておらず、泌尿器系の器質的な問題は認められない。
下剤使用の有無
A氏は現在、便秘治療としてマグミット(酸化マグネシウム)330mgを1日2回(朝・夕食後)服用している。しかし、下剤の効果は限定的であり、十分な排便効果が得られていない状況である。これは主に水分摂取量の不足と食物繊維摂取量の減少、活動量の低下が複合的に影響していると考えられる。
マグミットは浸透圧性下剤として腸管内に水分を引き込むことで便を軟化させる作用があるが、水分摂取量が不足している現状では十分な効果が期待できない。また、患者が「薬に毒が入っている」という妄想により下剤の服薬も拒否することがあり、確実な服薬確保が困難な場合がある。
今後、より強力な下剤の使用や浣腸の実施が必要になる可能性があるが、患者の妄想により医療行為への拒否が予想されるため、慎重な対応が必要である。また、長期間の下剤使用による電解質異常や依存性についても注意深い観察が必要である。
in-outバランス
A氏のin-outバランスは現在軽度の負のバランス傾向にある。水分摂取量(in)は現在1200-1500mL/日程度であり、推奨摂取量(約2000mL/日)を明らかに下回っている。一方、水分排出量(out)は尿量が1000-1200mL/日、不感蒸泄が約800-1000mL/日と推定され、総排出量が摂取量を上回る状況が続いている。
この負のバランスは軽度の脱水状態を引き起こし、便秘の悪化、皮膚の乾燥、血液濃縮などの症状として現れている。特に精神症状による発汗の増加や、興奮状態での頻呼吸により不感蒸泄量が増加することがあり、水分バランスの悪化が急速に進行するリスクがある。
血清ナトリウム値は現在正常範囲内(140mEq/L)であるが、これは軽度の脱水状態でも維持されることがあるため、他の指標との総合的な評価が必要である。尿比重や血中尿素窒素値の測定により、より正確な水分バランスの評価を行う必要がある。
排泄に関連した食事・水分摂取状況
A氏の排泄機能に影響を与える食事・水分摂取状況は多方面にわたって問題がある。食物繊維の摂取量が著しく不足しており、野菜や果物の摂取を妄想により拒否することが多い。特に「野菜に農薬が使われている」「果物に注射器で毒が注入されている」という妄想により、便秘改善に有効な食材の摂取が困難な状況である。
水分摂取については前述の通り大幅に不足しており、「水道水に毒が混入されている」という妄想が主要な摂取阻害因子となっている。腸管内での便の軟化に必要な水分が不足しているため、マグミットの効果も限定的となっている。
また、食事摂取量の全体的な減少により腸管への刺激が不足し、腸蠕動の低下を招いている。正常な排便には一定量の食物残渣が必要であるが、現在の摂取量では十分な腸管刺激が得られていない状況である。脂質の摂取も不足しており、これは便の潤滑性の低下にも関連している。
安静度・バルーンカテーテルの有無
A氏の安静度は現在病棟内歩行可能となっているが、実際の活動量は著しく制限されている。1日の大部分を病室で過ごし、廊下の歩行も短時間に限られているため、運動不足による腸蠕動の低下が便秘の一因となっている。重力や腹筋の収縮による排便促進効果も得られにくい状況である。
バルーンカテーテルは現在留置されておらず、自然排尿が可能である。しかし、妄想により排尿を我慢する行動が見られるため、膀胱炎や尿路感染症のリスクが高まっている。また、長時間の排尿我慢により膀胱機能への悪影響も懸念される。
病棟内での活動制限により、トイレでの正常な排泄姿勢を取る機会が減少していることも排泄機能に悪影響を与えている。ベッド上での過ごし時間が長いことで、腹筋や骨盤底筋の筋力低下も進行し、これが排便困難に拍車をかけている。
腹部膨満・腸蠕動音
A氏は現在軽度から中等度の腹部膨満を呈している。視診では腹部の軽度膨隆が認められ、触診では腸管内容物の停滴を示唆する硬い塊を触知することがある。患者自身も「お腹が張る」「重苦しい」という不快感を訴えることが多い。
腸蠕動音については、聴診により減弱した腸蠕動音が確認されている。正常であれば5-10回/分の蠕動音が聞かれるべきであるが、A氏では2-3回/分程度の頻度でしか聴取されない。これは腸管の運動機能低下を示しており、便秘の病態生理を裏付ける所見である。
腹部の打診では鼓音が優位であり、腸管内ガスの貯留が示唆される。これは便秘により腸管内容物の停滞が生じ、細菌による発酵や腐敗が進行していることを意味している。患者が時折訴える腹痛は、このような腸管内圧の上昇によるものと考えられる。
血液データ
A氏の腎機能に関する血液データは現在正常範囲内であるが、継続的な観察が必要である。BUN 16mg/dL、Cr 0.8mg/dLと正常値を示しているが、水分摂取不足による軽度の血液濃縮の可能性がある。GFRについてはデータが不足しているため、推定糸球体濾過量の算出により腎機能をより詳細に評価する必要がある。
現在の腎機能データが正常範囲内であることは、脱水の程度がまだ軽度であることを示している。しかし、水分摂取不足が継続すると腎機能への悪影響が生じる可能性があり、特に長期間にわたる脱水は腎前性腎不全のリスクを高める。
また、マグミットの長期使用により高マグネシウム血症が生じる可能性があるため、血清マグネシウム値の定期的な測定が必要である。特に腎機能低下がある場合は蓄積しやすいため、注意深い監視が求められる。
排泄上の課題と看護介入
A氏の排泄上の最重要課題は妄想による排泄行動の制限と慢性便秘である。便秘の改善に向けては、まず水分摂取量の増加が最優先である。患者が安心できるペットボトルの水や個包装された飲料を活用し、1日2000mL以上の水分摂取を目標として段階的に増加させる。水分摂取量の記録を正確に行い、摂取パターンと排便状況の関連を評価する。
食事療法については、食物繊維を多く含む食材の段階的な導入を図る。患者の妄想の内容を考慮し、受け入れやすい形態(個包装された食品や調理過程が見える食材)から開始する。バナナ、りんご、白米に雑穀を混ぜるなど、比較的受け入れやすい食材を活用して食物繊維摂取量を増加させる。
運動療法については、病棟内での歩行時間の延長を段階的に実施する。1日30分以上の歩行を目標とし、腹筋運動や深呼吸などの排便促進運動も取り入れる。ベッド上でも実施できる腹部マッサージを指導し、腸蠕動の促進を図る。
薬物療法については、現在のマグミットの効果を評価し、必要に応じてより強力な下剤の追加を検討する。センノシドなどの刺激性下剤や、ルビプロストンなどの新しい作用機序の薬剤の使用も選択肢となる。ただし、患者の服薬拒否を考慮し、液剤や坐剤の使用も検討する。
排泄環境の整備については、患者の妄想に配慮したプライバシーの確保を行う。トイレの使用時間や頻度について患者の希望を可能な限り尊重し、安心して排泄できる環境を提供する。必要に応じて個室トイレの使用や、排泄時の見守り方法について調整を行う。
継続的な観察が必要な項目として、排便回数と性状、腹部症状の変化、水分摂取量とバランス、腸蠕動音の変化について毎日評価を実施する。特に3日以上排便がない場合は積極的な介入を開始し、浣腸や摘便の必要性を評価する。また、腹部膨満の増強や激しい腹痛が出現した場合は、腸閉塞などの合併症の可能性を考慮し、速やかに医師に報告する。血液データについても定期的に評価し、腎機能や電解質バランスの変化を早期に発見することが重要である。
ADLの状況、運動機能、運動歴、安静度、移動・移乗方法
A氏の日常生活動作(ADL)は身体的には自立しているが、精神症状により著しく制限されている状況である。基本的なADL(食事、排泄、更衣、整容、入浴、移動)については身体機能上の問題はなく、発症前は完全に自立していた。しかし現在は「監視されている」「危険な場所がある」という妄想により、一人での行動を強く拒否することが多い。特に入浴時には「監視カメラに撮影される」という妄想により介助者の同席を嫌がり、時には入浴自体を拒否することがある。
運動機能については、筋力、関節可動域、バランス機能ともに正常範囲内であるが、1か月間の活動量低下により軽度の筋力低下が始まっている。特に下肢筋力の低下が顕著であり、階段昇降時の息切れや長時間の立位保持での疲労感が認められる。協調運動や巧緻動作に問題はなく、神経学的な異常所見は認められない。
運動歴については、学生時代にテニス部に所属していた経験があるが、社会人になってからは特別な運動習慣はなかった。発症前は通勤時の徒歩(往復約40分)と休日の軽いジョギング(月2-3回、30分程度)を行っていた程度である。体力レベルは年齢相応であったが、特に優れた運動能力は持っていなかった。
現在の安静度は病棟内歩行可能となっているが、実際の活動範囲は病室とデイルームに限定されている。幻聴や妄想により外部への恐怖感が強く、病棟外への外出は完全に拒否している。移動・移乗については身体的な支援は不要であるが、安全確保と精神的な支援のため看護師の同行が必要な状況である。車椅子や歩行器などの補助具は必要としていない。
バイタルサイン、呼吸機能、職業、住居環境
A氏のバイタルサインは現在安定しているが、活動時の変動に注意が必要である。安静時の血圧125/75mmHg、脈拍85回/分、体温36.8℃、呼吸数18回/分、SpO2 99%と正常範囲内である。しかし、幻聴が聞こえる際や妄想による不安が強い時には軽度の頻脈(95-100回/分)と血圧上昇(135-140/80-85mmHg)が認められる。運動耐容能については、病棟内の歩行程度では明らかな症状は出現しないが、階段昇降や長時間の活動では軽度の息切れと疲労感を訴える。
呼吸機能については器質的な問題は認められないが、喫煙歴(1日10本を8年間)による軽度の影響が懸念される。胸部X線検査では明らかな異常所見はないが、肺機能検査は実施されていないため詳細な評価が必要である。不安や興奮状態では呼吸数の増加(22-26回/分)が見られることがあり、過換気症候群のリスクも存在する。
職業については、大手商社の営業部で5年間勤務しており、主にデスクワークと外回りの営業活動を行っていた。身体的負荷は中等度であり、1日8-10時間の勤務で月20-30km程度の歩行を含む活動を行っていた。職場環境は比較的良好であったが、営業成績に対するプレッシャーと長時間労働によるストレスが蓄積していた状況である。
住居環境については、両親と妹との4人家族で2階建ての一戸建て住宅に居住している。A氏の部屋は2階にあり、日常的に階段の昇降が必要であった。住宅周辺は住宅地で交通量は少なく、比較的静かで安全な環境である。最寄り駅まで徒歩15分程度の立地で、通勤には電車を利用していた。
血液データ
A氏の血液データのうち活動・運動に関連する項目では、現在改善傾向が認められている。赤血球数435万/μL、Hb 13.8g/dLと、貧血の改善により運動耐容能の向上が期待できる状況である。入院時のHb 11.8g/dLから現在の13.8g/dLへの改善は、栄養状態の回復と適切な治療の効果を示している。
CRP値は入院時の2.8mg/dLから現在の0.3mg/dLまで著明に改善しており、全身の炎症状態の改善により活動への影響も軽減している。炎症の改善は筋肉痛や関節痛の軽減につながり、運動への参加意欲の向上が期待される。
ただし、長期間の活動量低下により筋肉量の減少が進行している可能性があり、血液データだけでは評価困難である。CPK(クレアチンキナーゼ)やLDH(乳酸脱水素酵素)などの筋肉系酵素の測定により、筋肉の状態をより詳細に評価することが望ましい。
転倒転落のリスク
A氏の転倒転落リスクは中等度から高度と評価される。身体的要因としては、1か月間の活動量低下による筋力低下、特に下肢筋力とバランス機能の低下が挙げられる。また、5kgの体重減少により重心バランスが変化し、従来の身体感覚との乖離が生じている可能性がある。
精神的要因では、幻聴により急に動作が中断されることが最も重要なリスクファクターである。「逃げろ」「止まれ」といった命令的幻聴により、歩行中に急に方向転換したり立ち止まったりする行動が観察されている。また、被害妄想により周囲への過度な警戒状態が続いており、注意が散漫になりやすい状況である。
薬物的要因としては、リスペリドンによる錐体外路症状のリスクが存在する。現在明らかな症状は認められていないが、振戦、筋強剛、歩行障害などが出現する可能性があり、これらは転倒リスクを著しく高める。また、ゾルピデムによる翌朝の眠気やふらつきも転倒リスクとなり得る。
環境的要因では、病棟内の構造や他患者の存在に対する恐怖心により、慌てて移動する行動が見られることがある。特に夜間は幻聴が増強しやすく、暗い環境での移動により転倒リスクが高まる。
活動運動上の課題と看護介入
A氏の活動運動上の最重要課題は精神症状による活動制限と廃用症候群の予防である。まず、安全を確保しながら段階的に活動量を増加させることが重要である。病棟内での歩行時間を1日30分以上確保することを目標とし、看護師の同行により安全性を担保する。歩行時は患者の妄想や幻聴に配慮し、無理強いせず患者のペースに合わせて実施する。
筋力維持・向上のためには、ベッド上でも実施可能な運動療法を導入する。上肢・下肢の筋力トレーニング、関節可動域運動、深呼吸などを組み合わせ、1日2-3回実施する。理学療法士との連携により、個別的な運動プログラムを作成し、患者の状態に応じて調整を行う。
転倒予防については、多角的なアプローチが必要である。環境整備として、病室内の整理整頓、夜間の適切な照明確保、滑り止めマットの使用などを実施する。患者への指導として、急な動作の回避、手すりの使用、適切な履物の選択について説明する。また、幻聴出現時の対処方法を患者と共に検討し、安全な場所での一時的な休息を促す。
薬物による影響については、錐体外路症状の早期発見が重要である。毎日の観察により、振戦、筋強剛、歩行障害の有無を評価し、異常を認めた場合は速やかに医師に報告する。また、睡眠薬の効果と副作用を継続的に評価し、必要に応じて用量調整を検討する。
ADLの向上については、患者の自律性を尊重しながら段階的に支援を行う。まず、患者が安心できる活動から開始し、成功体験を積み重ねることで自信の回復を図る。入浴や更衣などのプライベートな活動については、患者の妄想に配慮した環境調整を行い、必要最小限の介入に留める。
継続的な観察が必要な項目として、日々の活動量と疲労度、筋力とバランス機能の変化、転倒転落のリスク要因の評価について実施する。特に幻聴の内容や頻度の変化が活動に与える影響を継続的に評価し、精神症状の改善と活動量増加の相関を把握する。また、週1回の体重測定と筋力評価により、廃用症候群の進行を早期に発見し、適切な介入を行うことが重要である。薬物の副作用についても毎日観察し、活動能力に影響を与える変化を見逃さないよう注意する。
睡眠時間、熟眠感、睡眠導入剤使用の有無
A氏の睡眠パターンは統合失調症の精神症状により著しく障害されており、現在も深刻な睡眠問題が継続している。入院前の睡眠時間は2-3時間程度と極度に短縮しており、これは「夜中に侵入者が来る」「監視されている」という被害妄想と、持続的な命令的幻聴による恐怖と不安が主要因であった。特に「逃げろ」「危険だ」といった内容の幻聴が夜間に増強する傾向があり、入眠することへの強い恐怖感を抱いていた。
現在は睡眠導入剤としてゾルピデム5mgを就寝前に服用しており、睡眠時間は5-6時間程度まで改善している。しかし、依然として正常範囲(7-8時間)を下回っており、中途覚醒が2-3回認められる状況である。中途覚醒時には「夜中に誰かが部屋に入ってきた」「物音が聞こえる」と訴えることが多く、幻聴や妄想が睡眠の質に大きく影響している。
熟眠感については著しく不良であり、「よく眠れた」と感じることは稀である。朝の覚醒時には「疲れが取れない」「頭がぼんやりする」という訴えが多く、睡眠による疲労回復効果が十分に得られていない。これは睡眠の深度が浅く、レム睡眠とノンレム睡眠のサイクルが正常に保たれていない可能性を示している。また、悪夢を見ることが多く、内容は被害的で恐怖感を伴うものが大部分を占めている。
睡眠導入剤の効果については、服薬により入眠時間の短縮(約30分から15分へ)は認められているが、中途覚醒の改善は限定的である。ゾルピデムの半減期は約2時間と短いため、夜間を通した睡眠維持効果は期待できない状況である。また、薬物に対する妄想(「意識を奪うための薬」「毒が入っている」)により、服薬拒否が時々見られることがあり、確実な服薬確保が課題となっている。
日中・休日の過ごし方
A氏の日中の過ごし方は入院により大きく変化し、現在は極めて受動的で活動性の低い状態である。発症前の平日は営業職として活動的に過ごしており、外回り営業、会議、資料作成などで忙しい日々を送っていた。休日は友人との外出、映画鑑賞、読書、軽いスポーツなど多様な活動を楽しんでいたが、発症後はこれらの活動への関心を完全に失っている。
現在の日中は病室で横になって過ごすことが大部分を占めており、積極的な活動への参加は見られない。デイルームでのテレビ視聴も短時間に留まり、他患者との交流も避ける傾向がある。読書や音楽鑑賞といった以前楽しんでいた活動も、「本に盗聴器が仕掛けられている」「音楽に暗号が隠されている」という妄想により拒否している。
日中の傾眠傾向は軽度認められるが、これは夜間の睡眠不足と精神的疲労の影響と考えられる。しかし、完全に眠り込むことは稀であり、常に周囲への警戒心を保っている状態である。この過覚醒状態の持続が夜間の睡眠にも悪影響を与える悪循環を形成している。
休日という概念も現在は希薄であり、曜日感覚の混乱も見られる。時間の構造化が失われ、1日の流れが単調で刺激の少ないものとなっている。これは概日リズムの乱れを助長し、睡眠覚醒サイクルの正常化を困難にしている要因でもある。
入院前の3か月間は症状の悪化により仕事を休むことが多くなり、自宅で過ごす時間が増加していた。この時期から昼夜逆転の傾向が現れ始め、夜間の覚醒と日中の軽度傾眠という不規則なパターンが形成されていた。家族によると、部屋に閉じこもり、カーテンを閉め切って外界との接触を避ける行動が見られていた。
睡眠休息上の課題と看護介入
A氏の睡眠休息上の最重要課題は精神症状による睡眠障害と概日リズムの乱れである。幻聴と妄想が睡眠に与える直接的影響を軽減するため、まず安全で安心できる睡眠環境の整備が重要である。具体的には、患者の妄想に配慮した環境調整(適度な照明の確保、プライバシーの保護、騒音の軽減)を行い、「監視されていない」「安全である」という感覚を提供する。
睡眠衛生の改善については、規則正しい生活リズムの確立が基本となる。起床時間を一定にし(午前7時)、就寝時間も可能な限り同じ時間(午後10時)に設定する。日中の活動量を段階的に増加させることで、夜間の自然な眠気を促進する。特に午後2時以降の昼寝は避け、覚醒レベルの適切な調整を図る。
睡眠導入剤の効果最適化については、現在のゾルピデムの効果と副作用を継続的に評価し、必要に応じて薬剤の変更や用量調整を検討する。中途覚醒の改善のため、より作用時間の長い薬剤(エスゾピクロンやスボレキサント)の使用も選択肢となる。また、服薬に対する妄想を軽減するため、薬剤の作用機序や安全性について患者が理解しやすい言葉で繰り返し説明する。
幻聴や妄想への対処については、睡眠時の症状出現時の対応方法を患者と共に検討する。中途覚醒時の不安や恐怖に対して、看護師への連絡方法を明確にし、速やかな支援体制を整える。また、リラクゼーション技法(深呼吸、筋弛緩法)の指導により、不安の軽減と入眠促進を図る。
日中の活動療法については、段階的な活動量の増加を通じて概日リズムの正常化を促進する。まず病棟内での短時間の散歩から開始し、徐々に活動時間と強度を増加させる。作業療法やレクリエーション活動への参加も、患者の状態に応じて検討する。ただし、強制的な参加は避け、患者の自発性を尊重したアプローチを取る。
光療法の活用も効果的であり、朝の自然光への曝露を促進することで概日リズムの調整を図る。可能であれば午前中の窓際での過ごし時間を増やし、体内時計のリセットを促す。夜間は過度に明るい照明を避け、メラトニンの自然な分泌を妨げない環境を整える。
継続的な観察が必要な項目として、睡眠時間と質の変化、中途覚醒の回数と原因、日中の覚醒レベルと活動量について毎日評価を実施する。特に幻聴の内容や頻度の変化が睡眠に与える影響を継続的に評価し、精神症状の改善と睡眠の質向上の相関を把握する。睡眠導入剤の効果と副作用についても毎日観察し、翌朝の眠気やふらつきの有無を確認して転倒リスクの評価に活用する。また、概日リズムの改善を客観的に評価するため、週単位での睡眠パターンの分析を行い、治療効果の判定と介入方法の調整を行うことが重要である。
意識レベル、認知機能
A氏の意識レベルは清明であり、見当識についても時間、場所、人物ともに基本的には保たれている。現在の日時、入院している病院名、自分の名前などについては正確に答えることができる。しかし、統合失調症の精神症状により現実検討能力が著しく障害されており、妄想と現実の区別がつかない状態が継続している。JCS(Japan Coma Scale)では0(清明)に相当するが、精神医学的には重篤な状態である。
認知機能については、MMSEが18点と軽度の認知機能低下を示している。特に注意力と集中力の著しい低下が認められ、会話の途中で幻聴に気を取られて話題が逸れることが頻繁にある。記憶機能については、即時記憶は比較的保たれているが、近時記憶と遠隔記憶に軽度の障害が見られる。これは主に注意力の低下と精神症状による情報処理能力の低下が原因と考えられる。
抽象的思考能力は著明に低下しており、具体的で単純な内容以外の理解が困難な状況である。論理的思考や問題解決能力も障害されており、複雑な説明や多段階の指示を理解することができない。計算能力については、簡単な四則計算は可能であるが、複雑な計算や暗算では誤りが多く見られる。
実行機能の障害も顕著であり、計画的な行動や目標に向けた継続的な活動が困難である。日常的な活動でも、手順を忘れたり、途中で他のことに気を取られて中断してしまうことが多い。これらの認知機能障害は統合失調症の中核症状の一つであり、社会復帰の大きな阻害因子となっている。
聴力、視力
A氏の聴力については器質的な問題は認められず、純音聴力検査でも正常範囲内である。しかし、持続的な幻聴により実際の音と幻聴の区別が困難な状況が続いている。幻聴は主に男性の声で、「お前を殺してやる」「逃げろ」「薬を飲むな」といった命令的または脅迫的な内容が多い。幻聴の特徴として、静かな環境で増強する傾向があり、特に夜間や一人でいる時に顕著である。
幻聴の現れ方は多様であり、耳元で囁くような小さな声から、大声で叫ぶような強い声まで様々である。時には複数の声が同時に聞こえることもあり、会話の内容に一貫性がないことが多い。患者は幻聴を現実の声として認識しており、「誰が話しているのか」「どこから聞こえるのか」と周囲を探す行動が頻繁に見られる。
視力についても器質的な問題は認められず、視力検査では正常範囲内である。眼科的な疾患や屈折異常もない。しかし、被害妄想により周囲への過度な警戒状態が続いており、常に周囲を見回したり、特定の場所を凝視したりする行動が見られる。「監視カメラがある」「盗聴器が仕掛けられている」という妄想により、視覚的な錯覚や誤認が生じることがある。
色覚や視野についても現在のところ問題は認められていないが、精神症状による注意力の散漫により、視覚的な情報処理能力が低下している。文字を読む際の集中力も低下しており、長文の理解が困難な状況である。
認知機能
A氏の認知機能は統合失調症により多方面にわたって障害されている。記憶機能については、短期記憶の保持時間が短縮しており、数分前の出来事を忘れることがある。長期記憶についても、病前の記憶は比較的保たれているが、発症前後の記憶には曖昧な部分が多い。これは精神症状による記憶の歪曲や、現実と妄想の混同が影響していると考えられる。
言語機能については、語彙力や文法的な理解は保たれているが、思考の混乱により会話の内容が論理的でなくなることがある。言葉の連想も病的であり、関係のない内容を突然話し始めることがある。文字の読み書きは可能であるが、集中力の低下により長時間の読書は困難である。
判断力と洞察力は著しく障害されており、危険な状況の認識や適切な行動選択ができない状態である。特に自分の病状に対する認識(病識)が全くなく、治療の必要性を理解できていない。社会的な判断力も低下しており、適切な対人関係の維持が困難になっている。
空間認知や時間認知については比較的保たれているが、精神症状による混乱により一時的な見当識障害が生じることがある。特に幻聴や妄想が強い時には、現在の状況や場所について混乱することがある。
不安の有無、表情
A氏は持続的で強い不安状態にあり、これは被害妄想と幻聴による恐怖感が主要因である。不安の内容は「誰かに監視されている」「毒を盛られる」「攻撃される」といった被害的なもので、現実的な根拠のない不安が大部分を占めている。不安の程度は重度であり、日常生活のあらゆる場面で恐怖感を抱いている。
身体的な不安症状として、頻脈、発汗、手の震え、筋緊張などが認められる。特に医療者が近づく際や、薬物を服用する際に不安が増強する傾向がある。不安により食欲不振や睡眠障害も悪化しており、全身状態への悪影響が認められる。
表情については、常に緊張し警戒した様子が見られる。眉間にしわを寄せ、目つきが鋭く、周囲を絶えず見回している状態である。笑顔を見せることは極めて稀であり、表情の変化に乏しい状態が続いている。感情の表出も制限されており、喜怒哀楽の表現が平板化している傾向がある。
幻聴が聞こえる際には、急に表情が変化し、恐怖や困惑の表情を示すことが多い。声の方向を探すように首を動かしたり、耳を澄ませるような仕草を見せる。時には幻聴の内容に反応して、怒りや恐怖の表情を浮かべることもある。
会話時の表情は硬く、医療者に対する不信感が表情に現れている。質問に答える際も警戒心を隠さず、真実を話すことへの躊躇が表情から読み取れる。しかし、時折見せる困惑した表情からは、自分の置かれた状況への混乱と苦悩が感じられる。
認知知覚上の課題と看護介入
A氏の認知知覚上の最重要課題は幻聴と妄想による現実検討能力の障害である。この問題に対しては、まず患者の体験を否定せず、共感的な態度で接することが重要である。「大変な思いをされていますね」「不安な気持ちはよく分かります」といった感情的な支持を提供し、治療関係の構築を図る。幻聴の内容について直接的な否定は避け、「そのような声が聞こえて辛いですね」という形で患者の苦痛に焦点を当てる。
認知機能の改善については、段階的な認知リハビリテーションを実施する。まず集中力の向上を目的として、短時間の単純な課題から開始し、徐々に複雑な内容に移行する。記憶力の訓練として、日々の出来事を記録する日記の作成や、簡単な記憶ゲームの実施も効果的である。ただし、患者の疲労や症状の悪化を避けるため、無理のない範囲で実施することが重要である。
幻聴への対処については、具体的な対応方法を患者と共に検討する。幻聴が聞こえた際の気晴らし方法(音楽を聞く、看護師と話す、深呼吸をする)を指導し、患者自身がコントロール感を持てるよう支援する。また、幻聴の内容や頻度を記録することで、症状の変化を客観的に評価し、治療効果の判定に活用する。
不安の軽減については、安全で安心できる環境の提供が基本となる。患者の妄想に配慮した環境調整を行い、プライバシーの保護と安全の確保を両立させる。リラクゼーション技法(深呼吸、筋弛緩法、グラウンディング技法)の指導により、不安症状の軽減を図る。
認知機能の評価については、定期的なアセスメントツールの使用により客観的な評価を行う。MMSEやHDS-Rを定期的に実施し、認知機能の変化を追跡する。また、日常生活場面での認知機能の発揮状況を観察し、実用的な能力の評価も重要である。
コミュニケーション支援については、患者の理解レベルに合わせた説明を心がける。複雑な内容は避け、短文で具体的な表現を用いる。視覚的な情報(図表、写真)も活用し、理解を促進する。また、患者の反応を確認しながら会話を進め、理解度を随時確認する。
継続的な観察が必要な項目として、幻聴の頻度と内容の変化、妄想の強さと内容の変化、認知機能の推移、不安レベルの変動について毎日評価を実施する。特に幻聴や妄想の内容が自傷他害に結びつく可能性について注意深く観察し、危険性の高い内容が認められた場合は速やかに医師に報告する。また、認知機能の改善や悪化の兆候を早期に発見し、治療方針の調整や介入方法の修正に活用することが重要である。抗精神病薬の効果と副作用についても継続的に評価し、認知機能に与える影響を把握する必要がある。
性格
A氏の性格特性は統合失調症の発症に関連する要因を多く含んでいる。病前性格として、幼少期から内向的で人見知りが激しく、新しい環境への適応に時間を要する傾向があった。学童期から青年期にかけては真面目で責任感が強く、学業成績も優秀であったが、完璧主義的な傾向が強く、失敗を極度に恐れる性格であった。周囲からの評価を過度に気にし、他者の期待に応えようとする努力家である反面、自分に対する要求水準が非常に高く、達成できない場合の自己評価の低下が著しかった。
対人関係においては、表面的には協調性があるように見えるが、内面では強い緊張感と不安を抱えていることが多かった。親密な関係を築くことに時間がかかり、少数の友人との深い関係を好む傾向があった。感情表現は控えめで、自分の本当の気持ちを表に出すことが苦手であった。ストレス耐性は低く、心理的な負荷に対して敏感に反応する特徴があった。
現在は精神症状により、これらの性格特性がより極端に現れている。疑い深さと警戒心が異常に強まり、すべての人を潜在的な敵として認識している状態である。以前の協調性や思いやりといった特性は影を潜め、自己防衛的で攻撃的な態度が前面に出ている。しかし、時折見せる困惑した表情や涙からは、本来の優しさや脆弱性が感じられる。
ボディイメージ
A氏のボディイメージは現在著しく歪んでいる状況である。1か月で5kgの体重減少により身体的な変化が生じているが、患者自身はこの変化を適切に認識できていない。鏡を見ることを避ける傾向があり、「鏡に映る自分が本当の自分ではない」「誰かが自分の体を操作している」といった身体に関する妄想的な認識を示すことがある。
身体的な感覚についても異常な認識が見られ、「体の中に何かが入っている」「血液が汚染されている」「内臓が監視されている」といった身体妄想が認められる。これらの症状は統合失調症に特徴的な身体境界の曖昧さを示しており、自分の身体に対する統合的な認識が障害されている。
衣服や身だしなみに対する関心も著しく低下しており、以前のように外見を気にすることがなくなった。同じ服を何日も着続けることがあり、「服に盗聴器が仕込まれている」という妄想により着替えを拒否することもある。整容行動も低下しており、髭剃りや爪切りなどの基本的なケアも促さなければ行わない状態である。
身体的な不調や痛みについても、現実的な訴えと妄想的な訴えの区別が困難な状況である。実際の身体症状も「毒による影響」「攻撃された結果」として解釈することが多く、適切な治療や対処を拒否する傾向がある。
疾患に対する認識
A氏の疾患に対する認識は完全な病識の欠如を示している。統合失調症という診断を全く受け入れておらず、「自分は正常で、周りの人間がおかしい」「この病院が異常だ」と一貫して主張している。精神科での治療の必要性も完全に否定しており「家族が騙されて自分をここに入れた」という被害的な解釈をしている。
症状についても病的なものとして認識しておらず、幻聴や妄想を現実に起こっていることとして確信している。「本当に誰かが話しかけている」「実際に監視されている」「薬に毒が入っているのは事実だ」と主張し、医療者の説明を全く受け入れない状態である。
入院に対しても「不当な拘束」「人権侵害」として捉えており、治療への協力意欲は皆無である。「弁護士を呼んで訴える」「早く退院して仕事に戻る」といった発言が多く、現実的な治療計画や将来への見通しを立てることができない状況である。
病気による生活への影響についても適切に認識できておらず、社会復帰への現実的な課題を理解していない。仕事への復帰についても「すぐにでも戻れる」「何も問題はない」と非現実的な認識を示している。
自尊感情
A氏の自尊感情は複雑で矛盾した状態にある。表面的には「自分は正常で優秀だ」という誇大的な自己評価を示すことがあるが、これは防衛的な反応であり、根底には深刻な自尊感情の低下が存在すると考えられる。病前の完璧主義的な性格により、現在の状況を失敗や挫折として内面的に受け取っている可能性が高い。
統合失調症の症状により、以前できていたことができなくなったり、周囲からの理解を得られなくなったりすることで、潜在的な自己価値感の低下が進行している。しかし、病識がないため、この感情を適切に言語化したり処理したりすることができない状態である。
対人関係における自信も著しく低下しており、「誰も信用できない」「みんなが敵だ」という認識により、他者との関係性から自己価値を得ることができなくなっている。以前は仕事や対人関係から得ていた達成感や承認欲求の充足が完全に失われている。
「自分は特別な存在で、特別な使命がある」といった誇大妄想的な内容を時折示すことがあるが、これも現実的な自尊感情の回復ではなく、病的な自己認識の現れである。真の自尊感情の回復には、病識の獲得と現実的な自己評価の再構築が必要である。
育った文化や周囲の期待
A氏は典型的な日本の中流家庭で育ち、教育を重視し勤勉さを美徳とする文化的背景を持っている。両親は共に真面目で責任感が強く、子どもたちに対しても高い期待を持って育ててきた。特に男性である長男として、家族を支える責任と社会的成功への期待が強く込められていた。
学業においては常に優秀な成績を求められ、「努力すれば必ず結果が出る」「失敗は努力不足の証拠」という価値観の中で育てられた。この文化的背景が完璧主義的な性格形成に大きく影響し、失敗に対する極度の恐怖心や自己責任感の強さにつながっている。
社会人になってからも、「男性は仕事で成功すべき」「家族を養う責任がある」という伝統的な男性役割への期待が強く、自分自身もこの価値観を内在化していた。営業職として成果を求められる環境で働き、数字による明確な評価を受ける中で、成功と失敗の二分法的思考がさらに強化されていた。
現在の状況は、これまで身につけてきた文化的価値観や周囲の期待と大きく乖離しており、アイデンティティの混乱と挫折感を引き起こしている。家族からの期待に応えられない現状に対する罪悪感や自己嫌悪も、病識のなさにより表面化していないが、潜在的に存在していると考えられる。
自己知覚自己概念上の課題と看護介入
A氏の自己知覚自己概念上の最重要課題は病識の欠如による自己認識の歪みである。この根本的な問題に対しては、直接的な病識の押し付けは逆効果となるため、段階的で間接的なアプローチが必要である。まず、患者の困り感や生活の不便さに焦点を当て、「睡眠が取れなくて辛い」「食事が美味しく感じられない」といった症状による苦痛への共感を示す。
自尊感情の回復については、患者の残存している能力や強みを見つけて承認することから始める。日常的な活動での小さな成功体験を積み重ね、「できている部分」に注目した肯定的なフィードバックを提供する。ただし、過度な称賛は妄想を助長する可能性があるため、現実的で具体的な承認を心がける。
ボディイメージの修正については、身体的な変化を客観的に評価できるよう支援する。体重測定や身体計測を定期的に行い、数値の変化を示すことで現実認識を促進する。身だしなみや整容についても、強制的ではなく、患者の自発性を尊重しながら段階的に改善を図る。
アイデンティティの再構築については、病前の肯定的な自己像と現在の状況を統合できるよう長期的に支援する。患者の価値観や人生目標について話し合い、病気があっても維持できる自己価値の源泉を見つける。文化的背景や家族の期待についても、現実的で達成可能な目標への修正を家族と共に検討する。
治療関係の構築においては、患者の自律性と尊厳を最大限に尊重する姿勢を示す。選択の機会を提供し、可能な限り患者の意思決定を支援する。信頼関係が構築されるにつれて、徐々に現実検討能力の回復を促進し、自己理解の深化を図る。
継続的な観察が必要な項目として、自己認識の変化、病識の発達程度、自尊感情の変動、身体的変化への認識について毎日評価を実施する。特に自己否定的な発言や自傷のリスクについて注意深く観察し、潜在的な抑うつ症状の出現を早期に発見する。また、治療関係の深化とともに現れる現実認識の変化を敏感に察知し、患者の混乱や不安を適切にサポートすることが重要である。家族との関係性の変化や、社会復帰への意欲の変化についても継続的に評価し、個別的な支援計画の調整を行う必要がある。
職業、社会役割
A氏は大手商社の営業部で5年間勤務しており、発症前は優秀な営業マンとして高い評価を受けていた。主な業務内容は法人営業であり、新規開拓から既存顧客の管理まで幅広い業務を担当していた。年間売上目標の達成率も常に上位を維持し、上司や同僚からの信頼も厚かった。しかし、責任感の強さと完璧主義的な性格により、常に高いプレッシャーを感じながら働いていた状況であった。
発症前の3か月間は新しいプロジェクトのリーダーに任命され、より大きな責任と業務量を担うことになった。この時期から症状が徐々に現れ始め、集中力の低下、判断力の低下により業務成績が悪化した。同僚との関係でも、「悪口を言われている」「陥れられようとしている」という被害妄想により協調性が失われ、チームワークに支障をきたすようになった。
現在は2か月間の休職中であるが、病識がないため復職への非現実的な期待を持っている。「すぐにでも仕事に戻れる」「何も問題はない」と主張し、現在の状態では業務遂行が困難であることを理解できていない。会社からは復職に向けた段階的な支援の申し出があるが、患者は精神科での治療を前提とした支援を拒否している。
社会的役割については、28歳の長男として家族を将来的に支える責任を強く感じていた。結婚への関心もあり、経済的基盤を築くことを人生の重要な目標としていた。地域社会での活動は限定的であったが、近隣住民との関係は良好であった。現在はこれらの社会的役割をすべて果たせない状況にあり、アイデンティティの混乱を引き起こしている。
家族の面会状況、キーパーソン
A氏の家族構成は父親(55歳・会社員)、母親(52歳・パート勤務)、妹(25歳・看護師)の4人家族であり、キーパーソンは母親である。母親は息子の病気に対して最も理解を示そうと努力しており、毎日面会に来ている。しかし、A氏は母親に対しても「騙されて自分をここに入れた共犯者」という被害的な認識を持っており、面会時の関係は非常に緊張したものとなっている。
母親の面会時には、A氏は「早く退院させてほしい」「自分は正常だ」と繰り返し主張し、母親の説明や説得を全く受け入れない。母親は息子の変化に困惑しながらも、温かく接しようと努力している。しかし、時折見せる息子の激しい言動に心を痛め、面会後に涙を流すことが多い。
父親の面会は週2-3回程度で、息子の病気に対する理解が不十分である。「気の持ちようではないか」「しっかりしろ」と叱咤激励しようとして、かえってA氏を興奮させてしまうことがある。父親自身も息子の変化を受け入れることができず、「なぜこんなことになったのか」と困惑している様子が見られる。
妹は看護師として働いているため疾患についての知識はあるが、身内の病気として受け入れることの難しさを感じている。面会は週1-2回程度で、兄に対して自然に接するよう心がけているが、時折見せる兄の変わり果てた姿に動揺することがある。A氏は妹に対して比較的穏やかであるが、「看護師だから病院の回し者だ」という妄想を示すこともある。
家族全体としての面会状況は良好であり、交代で毎日誰かが面会に来ている。しかし、A氏の病識のなさと被害妄想により、家族との信頼関係が著しく悪化している状況である。
経済状況
A氏の経済状況は現在不安定な状態にある。発症前は営業職として年収約500万円を得ており、経済的には安定していた。貯蓄も約200万円程度あり、将来への備えも考えていた。しかし、2か月間の休職により収入が大幅に減少し、現在は傷病手当金(給与の約6割)のみとなっている。
会社の健康保険組合からは手厚い支援があり、傷病手当金の支給期間も最大1年6か月まで可能である。また、復職に向けた段階的な支援制度も整備されているが、患者が精神科での治療を拒否しているため、これらの制度を活用できない状況である。
家族の経済状況は比較的安定しており、両親の収入と妹の収入により当面の生活は可能である。医療費についても、自立支援医療制度の活用により負担軽減が図られている。しかし、長期間の治療が必要な場合の経済的負担について、家族は不安を抱えている。
患者自身は経済的な問題を適切に認識できていない状況であり、「すぐに仕事に戻れるから問題ない」と非現実的な認識を示している。将来的な経済計画や治療費についても関心を示さず、現実的な話し合いができない状態である。
役割関係上の課題と看護介入
A氏の役割関係上の最重要課題は病識の欠如による家族関係の悪化と社会復帰への非現実的な期待である。家族関係の修復に向けては、まず家族への疾患教育を徹底的に行う必要がある。統合失調症の病態、症状、経過、治療法について詳しく説明し、患者の言動が病気による症状であることを理解してもらう。
家族の対応方法についても具体的に指導し、患者の妄想を否定せず、感情に共感するアプローチを教える。「大変な思いをしているね」「心配しているよ」といった感情的な支持を示し、病気についての議論は避けるよう助言する。また、家族自身のストレス管理も重要であり、家族会への参加や専門家への相談を勧める。
面会時の環境調整も重要であり、患者が安心できる環境での面会を設定する。長時間の面会は患者の疲労や興奮を招く可能性があるため、短時間で頻回の面会を推奨する。面会内容についても、病気や治療に関する話題は避け、日常的で親しみやすい話題を中心とするよう指導する。
職業復帰に向けては、段階的なリハビリテーション計画を立てる必要がある。まず病識の獲得と症状の安定化を図り、その後作業療法やデイケアでの訓練を経て、最終的に職場復帰を目指す。会社の産業医や人事担当者との連携も重要であり、復職に向けた支援体制の構築を図る。
経済的な問題については、社会保障制度の活用を積極的に進める。自立支援医療制度、精神障害者保健福祉手帳の取得、障害年金の申請などについて、家族と相談しながら手続きを進める。また、長期的な経済計画についても家族と話し合い、治療継続のための経済的基盤を確保する。
社会復帰支援については、地域の精神保健福祉センターや就労支援事業所との連携を図る。患者の能力と症状に応じた就労支援プログラムを検討し、段階的な社会参加を促進する。ただし、現在の病識のない状況では具体的な支援の導入は困難であり、まず治療関係の構築と症状の改善が優先される。
継続的な観察が必要な項目として、家族関係の変化、面会時の患者の反応、職業復帰への意欲の変化、経済的な問題への認識について評価を実施する。特に家族の疲弊や燃え尽きについて注意深く観察し、必要に応じて家族支援を強化する。また、社会復帰への意欲の変化は病識の発達と密接に関連するため、継続的に評価し、適切なタイミングでリハビリテーションプログラムを導入することが重要である。患者の妄想の内容が家族関係に与える影響についても継続的に評価し、家族関係の修復に向けた具体的な介入を適宜調整する必要がある。
年齢、家族構成、更年期症状の有無
A氏は28歳の男性であり、性的発達においては成熟期に相当する年齢である。生殖能力は生理学的には正常範囲内にあり、第二次性徴も正常に完了している。身体的な性的成熟に問題はなく、男性ホルモンの分泌も年齢相応と考えられる。しかし、統合失調症の発症により、性的な関心や機能に影響が生じている可能性が高い。
家族構成は両親と妹の4人家族であり、現在は未婚である。発症前は結婚への関心があり、将来のパートナーシップについて具体的な計画を持っていた。特定の恋人はいなかったが、職場や友人関係を通じて異性との交流があり、将来的な結婚への準備として経済的基盤の構築に努めていた。家族によると、20代半ばから結婚について具体的に考え始め、「30歳までには結婚したい」という希望を持っていた。
年齢的には更年期症状は該当しないが、抗精神病薬(リスペリドン)の副作用として内分泌系への影響が認められている。血液検査でプロラクチン値の上昇(45.2ng/mL、正常値1.4-14.6ng/mL)が確認されており、これは性機能や生殖機能に悪影響を与える可能性がある。プロラクチンの過剰分泌により、性欲の低下、勃起不全、射精障害などの性機能障害が生じるリスクが高い。
また、長期的には男性の場合でも女性化乳房や骨密度の低下といった身体的変化が生じる可能性があり、将来的な生殖能力への影響も懸念される。現在のところ明らかな身体的変化は認められていないが、継続的な観察と定期的な検査による評価が必要である。
性的関心と性機能の変化
A氏の性的関心は統合失調症の発症により著しく低下している。発症前は年齢相応の性的関心があり、将来の結婚やパートナーシップについて積極的に考えていた。雑誌やインターネットで異性に関する情報に関心を示し、友人との会話でも恋愛や結婚について話すことがあった。
現在は性的な話題に対する関心が完全に失われ、恋愛や結婚についての関心も示さなくなっている。これは統合失調症の陰性症状の一つである興味や関心の減退によるものと考えられる。また、被害妄想により他者への信頼感が失われ、親密な関係性を築くことへの恐怖感も強まっている。
性機能については、直接的な評価は困難であるが、プロラクチン値の上昇により機能低下が生じている可能性が高い。患者自身からの訴えはないが、これは羞恥心や病識の欠如により問題を認識していない、または表現できない状況と考えられる。朝勃起の有無や性的な夢の変化などの間接的な指標についても、現在の精神状態では適切な評価が困難である。
将来の生殖への影響と関心
A氏の将来の生殖に関する関心は、現在の病識の欠如により現実的な考慮ができない状況である。発症前は「子どもが欲しい」「家族を築きたい」という希望を持っていたが、現在はそのような将来への関心を示さなくなっている。
抗精神病薬の長期使用による生殖能力への影響が懸念される。プロラクチン値の上昇は精子の質や量に悪影響を与える可能性があり、将来的な妊孕性の低下が危惧される。また、薬物の直接的な影響や、疾患による全身状態の悪化も生殖能力に影響を与える可能性がある。
現在の患者の状態では将来設計について現実的な話し合いは困難であるが、家族は息子の将来の結婚や子どもについて強い関心と不安を抱いている。特に母親は「息子が普通の家庭を築けるのか」「孫を見ることができるのか」という心配を強く持っている。
プライバシーと尊厳の配慮
性に関する問題は患者の尊厳とプライバシーに深く関わるデリケートな領域である。現在の患者の精神状態では、性的な問題について直接的に質問することは適切ではなく、間接的で配慮深いアプローチが必要である。
医療者側も性に関する問題を扱う際の専門的な知識と配慮が求められる。患者の文化的背景や価値観を尊重し、必要に応じて専門家(泌尿器科医、精神科医、カウンセラー)との連携を図る必要がある。
家族への情報提供についても慎重な配慮が必要であり、患者本人の同意なしに詳細な性的情報を提供することは避けるべきである。ただし、薬物副作用としての一般的な情報提供は必要であり、家族の理解と協力を得ることが重要である。
性生殖上の課題と看護介入
A氏の性生殖上の最重要課題は抗精神病薬による内分泌系への副作用と精神症状による性的関心の低下である。プロラクチン値の上昇に対しては、まず定期的な血液検査による継続的な監視が必要である。月1回程度の頻度でプロラクチン値を測定し、数値の推移を追跡する。同時に、テストステロン値や他の性ホルモンの測定も検討し、内分泌系への包括的な影響を評価する。
薬物療法の調整については、現在のリスペリドンがプロラクチン上昇の主因と考えられるため、他の抗精神病薬への変更を検討する必要がある。アリピプラゾールやクエチアピンなど、プロラクチン上昇のリスクが低い薬剤への変更が選択肢となる。ただし、薬剤変更は精神症状の安定性を考慮して慎重に行う必要があり、主治医との十分な検討が必要である。
性機能への影響については、患者の羞恥心や抵抗感に配慮した評価が重要である。直接的な質問は避け、「薬の副作用で体調に変化はありませんか」「気になる身体の変化はありませんか」といった間接的なアプローチを取る。国際勃起機能スコア(IIEF)などの標準化された評価ツールの使用も検討するが、現在の精神状態では実施困難な可能性が高い。
身体的変化の観察については、女性化乳房の有無、体重変化、骨密度の変化などを定期的に評価する。特に女性化乳房は比較的早期に出現する可能性があるため、月1回程度の身体観察を実施する。必要に応じて乳腺超音波検査や骨密度測定も検討する。
将来的な生殖能力への影響については、患者と家族への十分な説明と相談が必要である。現在は病識がないため具体的な相談は困難であるが、症状が安定した段階で、結婚や妊娠・出産に関する将来設計について話し合う機会を設ける。必要に応じて生殖医療の専門家への相談も検討し、精子保存などの選択肢についても情報提供を行う。
精神症状による性的関心の変化については、疾患の自然経過として理解し、症状の改善とともに回復する可能性があることを家族に説明する。無理に性的な話題に触れることは避け、患者の心理的負担を軽減することを優先する。段階的な社会復帰とともに対人関係への関心も回復する可能性があることを説明し、希望を持ち続けられるよう支援する。
継続的な観察が必要な項目として、プロラクチン値をはじめとした性ホルモンの推移、性機能に関する副作用の有無、身体的変化(女性化乳房、体重変化など)の観察について定期的に評価を実施する。特に薬剤変更時には注意深い観察が必要であり、精神症状への影響と内分泌系への影響の両方を評価する。
また、患者の性に関する関心や不安の変化についても、治療関係の深化とともに評価し、適切な時期に専門的な相談や治療を提供することが重要である。将来的なパートナーシップや家族形成への希望についても、病識の回復とともに話し合い、現実的で達成可能な人生設計を支援する必要がある。
家族に対しては、性に関する問題についての正しい理解と適切な対応方法について教育を行い、患者の尊厳を守りながら支援できるよう指導する。また、将来の結婚や妊娠についての過度な期待や不安についても適切にカウンセリングし、現実的な見通しを持てるよう支援することが重要である。
入院環境
A氏にとって入院環境は極度のストレス源となっている。精神科病棟での入院自体を「不当な拘束」「人権侵害」として認識しており、環境に対する適応は全く図れていない状況である。病室については「監視カメラが設置されている」「盗聴器が仕掛けられている」という妄想により、安心して過ごせる場所として認識できていない。特に夜間は不安と恐怖が増強し、頻繁にナースコールを押したり、廊下に出て看護師を探したりする行動が見られる。
他患者の存在も大きなストレス要因となっており、「全員が敵の仲間だ」「監視役として配置されている」という被害妄想を示している。食堂やデイルームなどの共用スペースでの滞在時間は短く、常に警戒心を保ちながら過ごしている。他患者との会話や交流は皆無であり、集団での活動やレクリエーションには全く参加していない。
医療者に対しても強い不信感を抱いており、看護師や医師を「敵」として認識している。医療行為や日常的なケアも拒否的であり、特に薬物投与や身体的な検査に対しては激しい抵抗を示すことがある。このような状況により、治療的な環境としての機能が全く果たされておらず、むしろ症状を悪化させる要因となっている可能性がある。
病棟の構造や規則についても、自由を奪われていることへの強い憤りと不安を示している。外出や面会の制限、消灯時間や食事時間の規則などを「管理統制」として捉え、「早く脱出したい」「自由になりたい」という願望を強く持っている。この入院環境への不適応が、治療への協力を阻害し、回復を遅延させる大きな要因となっている。
仕事や生活でのストレス状況、ストレス発散方法
A氏の発症前のストレス状況を振り返ると、職場での過度なプレッシャーと責任感が主要なストレス源であった。営業職として常に数字による評価を受け、月間・年間の売上目標達成に向けた強いプレッシャーを感じていた。特に発症前の3か月間は新しいプロジェクトのリーダーに任命され、これまで以上の責任と業務量を担うことになった。
完璧主義的な性格により、失敗を極度に恐れ、常に最高の結果を求める傾向があった。同僚との競争意識も強く、他者からの評価を過度に気にしていた。長時間労働も常態化しており、平日は毎日9-10時間、時には12時間以上働くこともあった。休日出勤も月に数回あり、十分な休息を取れない状況が続いていた。
生活面でのストレスとしては、将来への不安と責任感が挙げられる。長男として家族を支える責任、結婚への準備、経済的な安定への願望などが心理的負担となっていた。一人暮らしではなく家族と同居していたが、仕事の忙しさにより家族との時間も十分に取れていなかった。
発症前のストレス発散方法は極めて限定的であった。週末の軽いジョギング、友人との飲み会(月1-2回程度)、映画鑑賞、読書などを行っていたが、仕事の疲労により積極的な活動は少なかった。趣味と呼べるような活動も特になく、ストレス発散の手段が不足していた状況であった。
現在はこれらの健康的なストレス発散方法を全く行っておらず、代わりに喫煙が唯一のストレス発散手段となっている。しかし、病棟での喫煙制限により、この方法も十分に活用できない状況である。新たなストレス発散方法を見つけることができず、ストレスが蓄積し続けている状態である。
家族のサポート状況、生活の支えとなるもの
A氏の家族サポートは物理的には良好な状況にある。両親と妹が交代で毎日面会に来ており、経済的な支援も受けている。母親は特に献身的で、息子の回復を信じて継続的な支援を提供している。父親も仕事の合間を縫って面会に来ており、妹も看護師としての知識を活かして家族をサポートしている。
しかし、A氏の受け取り方は全く異なっており、家族のサポートを「裏切り」「共謀」として認識している。「家族が病院と結託して自分を陥れた」「本当の家族なら自分を信じて退院させてくれるはず」という被害的な解釈をしており、家族の善意や心配を全く理解できていない。この認識の歪みにより、本来最大の支援源である家族関係が破綻している状況である。
面会時の家族との関係は非常に緊張したものとなっており、A氏は家族に対して「早く退院させろ」「なぜ信じてくれないのか」と責め立てることが多い。家族は困惑しながらも温かく接しようと努力しているが、息子の変化に深く傷ついている状況である。
生活の支えとなるものについては、現在のA氏は何も支えを感じられない状態にある。発症前は仕事での成功、家族からの信頼、将来への希望などが生活の支えとなっていたが、これらすべてが失われたと感じている。宗教的な信念も特になく、精神的な支柱となるものが見当たらない状況である。
唯一、「自分は正しく、周りが間違っている」という確信が心理的な支えとなっているが、これは現実的な支えではなく、むしろ治療の阻害因子となっている。真の意味での生活の支えや希望を見つけることが、回復に向けた重要な課題となっている。
コーピングストレス耐性上の課題と看護介入
A氏のコーピングストレス耐性上の最重要課題は病的なストレス認知と不適応的な対処方法である。現実のストレス源と妄想によるストレス源の区別ができておらず、適切なストレス評価ができない状況である。まず、現実的なストレス要因の同定から始める必要がある。入院環境、身体症状、家族関係の変化など、実際に存在するストレス要因を整理し、患者が理解できる形で説明する。
入院環境の改善については、患者の妄想に配慮した環境調整を行う。プライバシーの確保、適切な照明の調整、騒音の軽減など、可能な限り安心できる環境を提供する。また、患者の選択権を尊重し、可能な範囲で環境への要望を聞き入れることで、コントロール感の回復を図る。
健康的なコーピング方法の再構築については、段階的なアプローチが必要である。まず、現在唯一のストレス発散手段である喫煙について、適切な時間と場所での実施を支援する。その上で、リラクゼーション技法の指導(深呼吸、筋弛緩法、グラウンディング技法)を行い、不安や恐怖への対処能力を向上させる。
活動療法については、患者の興味や能力に応じた活動の導入を検討する。読書、音楽鑑賞、軽い運動など、発症前に楽しんでいた活動から段階的に再開を図る。ただし、妄想により拒否される可能性があるため、強制的ではなく患者の自発性を尊重したアプローチを取る。
家族関係の修復については、家族への支援と教育が不可欠である。家族に対して患者の状態と対応方法について詳しく説明し、現在の関係性の悪化が病気による症状であることを理解してもらう。面会時の対応についても具体的に指導し、患者の妄想を刺激しない関わり方を教える。
ストレス耐性の向上については、問題解決スキルの段階的な向上を図る。現在は妄想により問題解決能力が著しく低下しているが、症状の改善とともに現実的な問題解決方法を身につけられるよう支援する。認知行動療法的なアプローチも有効であり、専門家との連携により実施を検討する。
社会復帰に向けたストレス管理については、長期的な視点での支援計画を立てる。退院後の生活環境、職場復帰の準備、ストレス要因の予測と対策などについて、患者の回復段階に応じて段階的に取り組む。
継続的な観察が必要な項目として、ストレス要因の変化、コーピング方法の使用状況、家族関係の変化、新たなストレス発散方法の習得について毎日評価を実施する。特にストレス反応として現れる精神症状の悪化について注意深く観察し、適切なタイミングでの介入を行う。また、家族の疲弊やストレスについても継続的に評価し、家族支援の充実を図ることが重要である。患者の病識の発達とともに現れる現実的なストレス認知の変化を敏感に察知し、適切な支援とコーピング方法の指導を提供する必要がある。
信仰、意思決定を決める価値観・信念、目標
A氏は特定の宗教的信仰を持たず、世俗的な価値観に基づいた生活を送ってきた。しかし、現在は統合失調症の精神症状により、価値観や信念体系が大きく歪んでしまっている状況である。時折「神様が自分を守ってくれる」「天から特別な使命を与えられている」といった宗教的色彩を帯びた妄想的な発言をすることがあるが、これは一貫した宗教的信念ではなく、病的な思考の現れである。
発症前の価値観の基盤は、日本の伝統的な勤労観と家族主義にあった。「努力すれば必ず報われる」「責任を持って仕事に取り組む」「家族を大切にし、長男として責任を果たす」といった価値観を強く持っていた。これらの価値観は両親から受け継いだものであり、社会的成功と自己実現を同一視する傾向があった。
意思決定においては、論理的思考と社会的責任を重視する傾向があった。個人的な欲求よりも、周囲の期待や社会的な規範を優先する傾向が強く、時には自分の本当の気持ちを犠牲にしてまで「正しい」とされる選択をすることが多かった。この他者指向的な意思決定パターンが、ストレス耐性の低さと完璧主義的な性格形成に関連していた。
現在は精神症状により、現実的な価値判断ができない状態にある。「自分は特別な存在で、特別な使命がある」「周りの人間は敵で、自分だけが真実を知っている」といった誇大妄想と被害妄想が価値観を支配している。従来の社会的価値観や家族への責任感は影を潜め、自己中心的で現実離れした価値体系が形成されている。
目標設定についても現実性を欠いており、「すぐに退院して元の生活に戻る」「会社で昇進する」「家族に真実を理解させる」といった非現実的で短期的な目標のみを持っている。長期的な人生設計や現実的な課題への取り組みについては全く考慮できていない状況である。
価値信念上の課題と看護介入
A氏の価値信念上の最重要課題は病的な価値観の修正と現実的な価値体系の再構築である。この根本的な問題に対しては、直接的な否定や説得は逆効果となるため、長期的で段階的なアプローチが必要である。まず、患者の現在の価値観や信念を否定せず、その背景にある感情や体験を理解しようとする姿勢を示す。
病前の健康的な価値観の回復については、治療関係の構築とともに徐々に取り組む必要がある。患者が大切にしていた家族への愛情、仕事への責任感、社会への貢献といった本来の価値観を思い出せるよう支援する。ただし、現在の病識のない状況では具体的な取り組みは困難であり、まず症状の安定化が優先される。
意思決定支援については、患者の自律性を最大限に尊重しながら、現実的な選択肢を提示する。日常的な小さな決定(食事の選択、活動の選択など)から始めて、徐々に重要な決定への参加を促す。決定過程では患者の価値観を尊重し、強制的な決定は避けるよう注意する。
宗教的・精神的な支援については、患者の精神的ニーズに配慮した対応が重要である。特定の宗教を押し付けることは避けるが、患者が精神的な支えを求めている場合は、適切なスピリチュアルケアを提供する。チャプレンや宗教家との面談の機会を設けることも検討する。
目標設定の支援については、現実的で達成可能な短期目標から始めることが重要である。「今日一日を安全に過ごす」「食事を半分以上摂取する」「薬を服用する」といった具体的で測定可能な目標を設定し、成功体験を積み重ねる。長期的な目標については、病識の回復とともに段階的に取り組む。
価値観の探索については、患者の人生史や重要な体験について話し合う機会を設ける。発症前に大切にしていたもの、人生で意味のあった出来事、将来への希望などについて振り返り、アイデンティティの再構築を支援する。ライフレビューや回想法も有効なアプローチとなる。
家族の価値観との調和については、家族との価値観の共有と相互理解を促進する。患者と家族が共に大切にしてきた価値観や伝統について話し合い、病気があっても維持できる価値の核心部分を見つける。家族療法やファミリーカウンセリングの導入も検討する。
社会復帰に向けた価値観の再構築については、社会的役割と個人的価値の統合を図る。病前の「仕事第一」の価値観から、よりバランスの取れた人生観への転換を支援する。健康の維持、人間関係の重視、ストレス管理などの新たな価値観の導入を促進する。
継続的な観察が必要な項目として、価値観や信念の変化、意思決定能力の回復、目標設定の現実性、精神的ニーズの変化について継続的に評価を実施する。特に病識の発達とともに現れる価値観の混乱や葛藤について注意深く観察し、適切な支援を提供する。また、家族との価値観の相違から生じる葛藤についても継続的に評価し、調整を図ることが重要である。
患者の精神的成長や洞察の深化を促進するため、定期的な面談や心理療法の機会を設け、価値観の探索と統合を支援する。宗教的・精神的な側面についても、患者のニーズに応じて適切な資源の提供を行い、全人的な回復を目指すことが重要である。価値観の変化が治療への動機づけや社会復帰への意欲に与える影響についても継続的に評価し、個別的で包括的な支援計画の調整を行う必要がある。
看護計画
看護問題
統合失調症による幻聴・妄想に関連した暴力リスクの可能性
長期目標
退院時までに幻聴・妄想が軽減し、自傷他害の危険性がない状態で安全に過ごすことができる
短期目標
2週間以内に看護師との信頼関係を構築し、興奮状態時に適切な支援を求めることができる
≪O-P≫観察計画
・幻聴の内容、頻度、持続時間、出現パターン
・被害妄想の内容と強さの変化
・興奮状態や攻撃的言動の有無と程度
・自傷他害の言動や行動の観察
・表情、言動、態度の変化
・睡眠パターンと覚醒時の状態
・周囲への警戒心や恐怖感の程度
・薬物の効果と副作用の出現状況
・ストレス要因となる環境因子
・家族や医療者に対する反応と信頼度
・危険物への関心や接近行動
・隔離や拘束の必要性の判断
≪T-P≫援助計画
・安全で安心できる環境の提供と危険物の除去
・定期的な見守りと適切な距離感での関わり
・興奮時の冷静で穏やかな対応と声かけ
・幻聴出現時の気晴らし方法の提案と実施
・信頼関係構築のための一貫した関わり
・症状悪化時の速やかな医師への報告
・必要時の隔離や身体拘束の実施と観察
・抗精神病薬の確実な投与と効果の評価
・ストレス軽減のための環境調整
・家族面会時の安全確保と調整
・他患者との適切な距離の維持
・緊急時対応チームとの連携体制の確保
≪E-P≫教育・指導計画
・家族に対する統合失調症の病態と症状の説明
・家族に対する患者への適切な接し方の指導
・危険な兆候の認識と対処方法の説明
・面会時の注意事項と安全配慮の指導
・薬物治療の重要性と効果についての説明
・退院後の安全管理と緊急時対応の指導
看護問題
統合失調症による病識欠如に関連した服薬コンプライアンス不良
長期目標
退院時までに治療の必要性を理解し、継続的な服薬ができる
短期目標
2週間以内に看護師の見守りのもとで確実に服薬することができる
≪O-P≫観察計画
・服薬に対する態度と拒否の程度
・薬物に関する妄想的な発言内容
・服薬後の口腔内確認と隠匿行動の有無
・薬物の治療効果と症状の変化
・副作用の出現状況と身体症状
・病識の程度と治療への理解度
・医療者に対する信頼度と協力度
・説明に対する理解力と反応
・家族の治療に対する理解と協力度
・血中薬物濃度の測定結果
・服薬拒否時の理由と背景
・代替的な投与方法への反応
≪T-P≫援助計画
・薬物の安全性について分かりやすい説明
・服薬時の丁寧な声かけと励まし
・口腔内確認の確実な実施
・服薬拒否時の無理強いしない関わり
・液剤や口腔内崩壊錠への剤形変更の検討
・服薬成功時の肯定的なフィードバック
・薬物への不安や恐怖心への共感的対応
・医師と連携した薬物調整の実施
・服薬タイミングの個別調整
・家族への服薬支援方法の指導
・治療関係構築による動機づけの向上
・服薬の意味と効果の継続的な説明
≪E-P≫教育・指導計画
・家族に対する薬物治療の重要性の説明
・家族に対する服薬支援方法の指導
・副作用の認識と対処方法の説明
・退院後の服薬継続に向けた環境調整の指導
・定期受診の重要性と受診方法の説明
・服薬拒否時の対応方法と相談先の案内
看護問題
統合失調症による被害妄想に関連した栄養摂取不足
長期目標
退院時までに適切な栄養摂取ができ、標準体重を維持できる
短期目標
2週間以内に1日の必要カロリーの8割以上を摂取できる
≪O-P≫観察計画
・1日の食事摂取量と摂取率
・食事に対する妄想的発言の内容
・体重の変化と栄養状態の指標
・食欲の有無と食事への関心度
・嚥下機能と咀嚼能力の状態
・食事時間と摂取パターン
・水分摂取量と脱水症状の有無
・皮膚の状態と浮腫の有無
・血液検査による栄養指標の変化
・便通の状況と腹部症状
・食事拒否の理由と背景要因
・家族の面会時の食事摂取状況
≪T-P≫援助計画
・食事の安全性についての説明と透明性の確保
・患者が安心できる食材からの段階的導入
・個包装食品や信頼できる食材の活用
・食事環境の調整と安心できる雰囲気作り
・少量頻回の食事提供と柔軟な対応
・栄養補助食品の導入と工夫
・水分摂取の促進と脱水予防
・体重測定の定期的実施と記録
・栄養士との連携による食事内容の調整
・家族の協力による好物の差し入れ調整
・食事摂取成功時の肯定的な評価
・医師と連携した栄養状態の評価と対策
≪E-P≫教育・指導計画
・家族に対する栄養の重要性と現状の説明
・家族に対する食事支援方法の指導
・退院後の食事管理と栄養確保の方法
・体重管理の重要性と測定方法の説明
・水分摂取の必要性と方法の指導
・栄養状態悪化時の受診タイミングの説明
この記事の執筆者

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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