疾患概要
定義
狭心症とは、冠動脈の狭窄や攣縮により心筋への酸素供給が一時的に不足することで生じる胸痛発作を主症状とする疾患です。心筋梗塞とは異なり、心筋の壊死は起こらず、血流が回復すれば症状も改善する可逆的な病態が特徴ですね。
疫学
日本では中高年男性に多く見られ、50歳以降で発症率が急激に上昇します。女性では閉経後にリスクが高まり、男女比は約2:1となっています。近年は食生活の欧米化や生活習慣の変化により、40代での発症も増加傾向にあります。また、糖尿病患者では一般人口の2〜4倍の発症リスクがあることが知られています。
原因
最も多い原因は動脈硬化による冠動脈の狭窄です。動脈硬化の進行により血管内腔が狭くなり、心筋の酸素需要が増加した際に十分な血流を供給できなくなります。その他の原因として、冠攣縮性狭心症では血管の痙攣による一時的な血流低下、微小血管狭心症では細い血管レベルでの循環障害があります。
主な危険因子には、高血圧、脂質異常症、糖尿病、喫煙、肥満、運動不足、ストレス、家族歴があり、これらは「冠危険因子」と呼ばれています。
病態生理
正常時、冠動脈は心筋の酸素需要に応じて血管を拡張し、十分な血流を維持します。しかし動脈硬化により血管内腔が狭窄すると、安静時は問題なくても運動時や興奮時など心筋の酸素需要が増加した際に、需要と供給のバランスが崩れ心筋虚血が生じます。
虚血状態になると心筋細胞は嫌気性代謝に移行し、乳酸などの代謝産物が蓄積されて胸痛が引き起こされます。血流が回復すれば代謝産物は洗い流され、症状も改善するという可逆的な変化が狭心症の特徴です。
症状・診断・治療
症状
典型的な胸痛発作が主症状で、「胸が締め付けられる」「胸が重苦しい」「胸に石を載せられたような感じ」と表現されることが多いです。痛みの部位は前胸部中央から左胸部で、左肩や左腕、顎、歯痛として感じることもあります。
労作性狭心症では階段昇降や急ぎ足などの身体活動により誘発され、安静にすると数分以内に軽快します。安静時狭心症では就寝中や安静時にも発作が起こり、冠攣縮が原因の場合は早朝に多く見られます。
高齢者や糖尿病患者では典型的な胸痛を訴えず、息切れや疲労感、嘔気のみを呈することがあり、「無痛性心筋虚血」と呼ばれます。
診断
心電図検査では発作時にST低下やT波の変化が見られますが、発作間欠期は正常なことが多いです。運動負荷試験(トレッドミルやエルゴメーター)では運動により心筋虚血を誘発し、心電図変化や症状の出現を確認します。
冠動脈造影検査は確定診断のゴールドスタンダードで、造影剤を用いて冠動脈の狭窄部位や程度を直接観察できます。近年は低侵襲な冠動脈CT検査も広く行われ、外来でのスクリーニングに有用です。
その他、心エコー検査での壁運動異常の評価、血液検査での心筋逸脱酵素の測定(心筋梗塞との鑑別)、ホルター心電図での24時間心電図モニタリングなども診断に活用されます。
治療
治療は薬物療法と非薬物療法に大別されます。薬物療法では、ニトログリセリン(血管拡張)、β遮断薬(心拍数・血圧低下)、カルシウム拮抗薬(血管拡張・心収縮力抑制)が基本となります。発作時にはニトログリセリンの舌下投与が効果的です。
非薬物療法として、重篤な狭窄に対しては経皮的冠動脈形成術(PCI:ステント留置)や冠動脈バイパス術(CABG)が検討されます。これらの治療により血流を改善し、症状の軽減と予後の改善を図ります。
生活習慣の改善も重要で、禁煙、適度な運動、食事療法、体重管理、ストレス軽減などの包括的なアプローチが必要です。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 胸痛(心筋虚血に関連した)
- 活動耐性低下(心機能低下に関連した)
- 不安(疾患や予後に対する恐怖に関連した)
- 知識不足(疾患管理や生活指導に関連した)
- 非効果的自己健康管理(治療レジメンの複雑さに関連した)
ゴードン機能的健康パターン
活動・運動パターンでは運動耐容能の評価が重要です。どの程度の活動で症状が出現するか、日常生活動作への影響度を詳細にアセスメントします。階段何段で息切れするか、どのくらいの距離を歩けるかなど具体的な情報を収集しましょう。
認知・知覚パターンでは胸痛の性状、部位、持続時間、誘発因子、軽快因子を詳しく聴取します。痛みの表現は患者によって異なるため、「どんな感じの痛みか」を患者の言葉で記録することが大切です。
ストレス・コーピングパターンでは心理的ストレスが発作の誘因となることがあるため、職場や家庭でのストレス状況、対処方法を把握し、適切なコーピング方法を一緒に考えていきます。
ヘンダーソン14基本的ニード
呼吸のニードでは、労作時の呼吸困難の有無と程度を評価します。心機能低下により肺うっ血を来たすことがあるため、湿性ラ音の聴取や起座呼吸の有無も確認が必要です。
身体の清潔と身だしなみを整えるニードでは、入浴や更衣などの日常生活動作が症状を誘発しないよう、患者の状態に応じた指導を行います。熱いお湯での入浴は避け、洗身時の前屈姿勢に注意するよう伝えましょう。
学習のニードでは疾患理解と自己管理能力の向上が重要です。発作時の対処法、薬物の正しい使用方法、生活上の注意点について継続的な教育を行います。
看護計画・介入の内容
- 胸痛発作時の対応:安静臥床、ニトログリセリン舌下投与、バイタルサイン測定、心電図モニタリング、医師への報告
- 活動量の調整:患者の症状に応じた活動制限の設定、段階的な活動量増加の支援、疲労度の評価
- 薬物療法の支援:服薬指導、副作用の観察、ニトログリセリン携帯の確認と使用方法の指導
- 生活指導:食事療法(塩分・コレステロール制限)、禁煙支援、適度な運動の推奨、ストレス管理方法の提案
- 心理的支援:不安軽減のための傾聴、疾患受容の支援、家族への説明と協力体制の構築
よくある疑問・Q&A
Q: ニトログリセリンはどのタイミングで使用すればよいですか?
A: 胸痛発作が起きた時点で速やかに舌下投与します。5分経っても症状が改善しない場合は追加投与し、それでも改善しなければ救急要請を検討します。また、運動前の予防的投与も有効で、階段昇降前などに使用すると発作予防になりますね。
Q: 狭心症と心筋梗塞の違いは何ですか?
A: 最も重要な違いは心筋壊死の有無です。狭心症は一時的な血流不足で心筋の壊死は起こらず可逆的ですが、心筋梗塞は完全な血流遮断により心筋が壊死する不可逆的な病態です。症状の持続時間も狭心症は数分〜15分程度、心筋梗塞は30分以上持続することが多いです。
Q: 運動はどの程度まで行って良いのでしょうか?
A: 症状が出現しない範囲での運動が基本です。運動負荷試験の結果や医師の指示に従い、心拍数を指標として運動強度を調整します。一般的には最大心拍数の60-80%程度が目安ですが、個人差があるため必ず主治医と相談して決めましょう。
Q: 夜間の胸痛発作が多いのはなぜですか?
A: 冠攣縮性狭心症(異型狭心症)の可能性があります。これは冠動脈の痙攣により起こり、早朝や夜間に多く見られます。動脈硬化による通常の狭心症と異なり、安静時にも発作が起こるのが特徴で、カルシウム拮抗薬が第一選択薬となります。
まとめ
狭心症は心筋の酸素需要と供給のバランスが崩れることで起こる可逆的な心筋虚血であり、適切な治療により症状のコントロールが可能な疾患です。看護師として重要なのは、患者の症状を正確にアセスメントし、発作時の迅速な対応と日常生活における適切な指導を行うことです。
特に胸痛の性状や誘発因子の把握、ニトログリセリンの正しい使用方法の指導、生活習慣改善への継続的な支援が看護の要点となります。患者が疾患を正しく理解し、自己管理能力を向上させることで、良好な予後と生活の質の維持が期待できます。
実習では患者の訴えに耳を傾け、不安に寄り添いながら、根拠に基づいた看護実践を心がけることが大切ですね。また、急性期から慢性期まで継続的な関わりの中で、患者・家族の生活に寄り添った支援を提供していきましょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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