【老衰】看取り期の100歳女性 | ゴードン・ヘンダーソン・看護計画の解説

循環器
  1. 事例の要約
    1. 基本情報
    2. 病名
    3. 既往歴と治療状況
    4. 入院から現在までの情報
    5. バイタルサイン
    6. 食事と嚥下状態
    7. 排泄
    8. 睡眠
    9. 視力・聴力・知覚・コミュニケーション・信仰
    10. 動作状況
    11. 内服中の薬
    12. 検査データ
    13. 今後の治療方針と医師の指示
    14. 本人と家族の想いと言動
  2. 疾患の解説
    1. 疾患名
    2. 疾患の概要
    3. 病態生理
    4. 主な症状
    5. 診断方法
    6. 治療方法
    7. 予後
    8. 看護のポイント
  3. ゴードンのアセスメント
    1. このパターンのポイント
    2. どんなことを書けばよいか
    3. このパターンのポイント
    4. どんなことを書けばよいか
    5. このパターンのポイント
    6. どんなことを書けばよいか
    7. このパターンのポイント
    8. どんなことを書けばよいか
    9. このパターンのポイント
    10. どんなことを書けばよいか
    11. このパターンのポイント
    12. どんなことを書けばよいか
    13. このパターンのポイント
    14. どんなことを書けばよいか
    15. このパターンのポイント
    16. どんなことを書けばよいか
    17. このパターンのポイント
    18. どんなことを書けばよいか
    19. このパターンのポイント
    20. どんなことを書けばよいか
    21. このパターンのポイント
    22. どんなことを書けばよいか
  4. ヘンダーソンのアセスメント
    1. このニーズのポイント
    2. どんなことを書けばよいか
    3. このニーズのポイント
    4. どんなことを書けばよいか
    5. このニーズのポイント
    6. どんなことを書けばよいか
    7. このニーズのポイント
    8. どんなことを書けばよいか
    9. このニーズのポイント
    10. どんなことを書けばよいか
    11. このニーズのポイント
    12. どんなことを書けばよいか
    13. このニーズのポイント
    14. どんなことを書けばよいか
    15. このニーズのポイント
    16. どんなことを書けばよいか
    17. このニーズのポイント
    18. どんなことを書けばよいか
    19. このニーズのポイント
    20. どんなことを書けばよいか
    21. このニーズのポイント
    22. どんなことを書けばよいか
    23. このニーズのポイント
    24. どんなことを書けばよいか
    25. このニーズのポイント
    26. どんなことを書けばよいか
    27. このニーズのポイント
    28. どんなことを書けばよいか
  5. 看護計画
    1. 看護計画作成のポイント
    2. 看護診断・看護問題の立案
    3. 看護目標の設定
    4. 看護計画の立案
    5. この事例で考えられる看護診断・問題の例
  6. 免責事項

事例の要約

100歳女性、老衰による看取り期にある高齢者の事例である。施設入所中のA氏は高度な認知機能低下と全身の衰弱が進行し、家族とともに自然な最期を迎える方針で緊急時の蘇生を希望しないDNAR対応となっている。9月15日に施設から老人病院へ入院し、介入は入院3日目の9月17日である。


基本情報

A氏、100歳、女性、身長142cm、体重32kg。家族構成は長男夫婦と孫2人の4人家族で、キーパーソンは長男である。元教師で、温厚で物静かな性格であったと家族は語る。感染症はなく、アレルギーもない。認知機能は著しく低下しており、HDS-Rは3点で見当識や記憶は保たれていない。

病名

老衰

既往歴と治療状況

85歳時に高血圧症と診断され降圧薬による治療を受けていたが、95歳以降は血圧が安定し内服は中止された。90歳時に右大腿骨頸部骨折で手術を受け、その後は車椅子生活となった。97歳時に誤嚥性肺炎で入院したが軽快退院した。現在は特別な治療は行われておらず、対症的な管理のみである。

入院から現在までの情報

A氏は3年前から特別養護老人ホームに入所していた。入所当初は車椅子での移動が可能で食事も自力摂取できていたが、この1年で急速に全身状態が悪化した。2ヶ月前から食事摂取量が著明に減少し、1ヶ月前からは傾眠傾向が強くなり、ほとんど覚醒しない状態となった。9月15日、家族の希望により看取りを目的として老人病院へ入院した。入院時からDNAR(Do Not Attempt Resuscitation)の方針が確認され、延命治療は行わず苦痛緩和を中心とした看護が提供されている。入院後は家族が毎日面会に訪れ、ベッドサイドで手を握ったり声をかけたりして過ごしている。

バイタルサイン

入院時のバイタルサインは、体温36.2℃、血圧92/58mmHg、脈拍68回/分で不整なし、呼吸数18回/分、SpO2 94%(室内気)であった。現在は体温35.8℃、血圧78/48mmHg、脈拍52回/分でやや不整あり、呼吸数14回/分で浅く静かな呼吸、SpO2 90%(室内気)となっている。四肢末梢のチアノーゼと冷感が認められる

食事と嚥下状態

入院前は施設でミキサー食を提供されていたが、摂取量は1割程度まで低下していた。現在は経口摂取は困難で、嚥下反射もほとんど消失している。家族の希望により点滴や経管栄養などの人工的な栄養投与は行わず、口腔ケアと保湿を中心に実施している。時折、スポンジブラシに水を含ませて口唇を湿らせる程度である。喫煙歴と飲酒歴はない。

排泄

入院前は施設でおむつを使用しており、排便は3日に1回程度で下剤を使用していた。現在は尿量が著明に減少しており、1日200ml程度の濃縮尿が少量ずつ出ている。排便は入院後1回のみで、少量の硬便であった。おむつ交換時には皮膚の観察と清潔保持を行い、褥瘡予防のために2時間ごとの体位変換を実施している。

睡眠

入院前から昼夜逆転はなかったが、ほとんどの時間を傾眠状態で過ごしていた。現在はほぼ終日傾眠状態で、刺激に対する反応はわずかである。時折目を開けることがあるが、焦点は合わず視線は定まらない。睡眠薬などは使用していない。

視力・聴力・知覚・コミュニケーション・信仰

視力は白内障が進行しており、ほとんど見えていないと推測される。聴力も著しく低下している。痛み刺激には顔をしかめる程度の反応があるが、明確な疼痛表現はできない。発語はなく、コミュニケーションは困難である。家族によると仏教を信仰しており、枕元には小さな仏像が置かれている。

動作状況

歩行は不可能で、移乗も全介助が必要である。排泄はおむつ使用で全介助、入浴は実施せず清拭のみ、衣類の着脱も全介助である。全身の筋力低下が著明で、自力での体位変換もできない。転倒のリスクは現状ではないが、過去に施設で車椅子からのずり落ちが1回あった。

内服中の薬

現在は内服薬はなし。必要時に頓用で鎮痛薬(アセトアミノフェン坐薬)の使用が可能となっている。

検査データ

検査項目入院時(9月15日)最新(9月17日)基準値
白血球数5,800/μL6,200/μL3,500-9,000/μL
赤血球数3.2×10⁶/μL3.1×10⁶/μL3.8-5.0×10⁶/μL
ヘモグロビン9.2g/dL8.9g/dL11.5-15.0g/dL
血小板数18万/μL17万/μL15-35万/μL
総蛋白5.8g/dL5.6g/dL6.5-8.0g/dL
アルブミン2.4g/dL2.2g/dL3.8-5.2g/dL
BUN32mg/dL45mg/dL8-20mg/dL
クレアチニン1.2mg/dL1.5mg/dL0.5-1.0mg/dL
CRP0.8mg/dL1.2mg/dL0.0-0.3mg/dL

薬剤の管理は現在必要なし。

今後の治療方針と医師の指示

医師からは積極的な治療は行わず、苦痛緩和を最優先とする方針が示されている。呼吸困難や疼痛などの苦痛症状が出現した場合は、速やかに対症療法を実施する。家族の希望を尊重し、できる限り穏やかに最期の時を過ごせるよう環境を整える。バイタルサインの測定は1日2回とし、過度な医療介入は避ける。家族が希望すれば、いつでも面会できる体制を整える。

本人と家族の想いと言動

A氏は意識レベルが低下しているため、明確な意思表示はできない。家族は「母は十分に生きてくれました。もう苦しまないで、穏やかに旅立ってほしいです」と話している。長男は「母がまだ生きていてくれることに感謝しています。最期まで側にいたいです」と述べ、毎日長時間面会に訪れている。孫たちも週末には訪れ、「おばあちゃん、ありがとう」と声をかけている。家族は延命治療を希望せず、自然な形で看取りたいという強い意向を持っている。


疾患の解説

疾患名

老衰

疾患の概要

老衰とは、加齢に伴う生理的な機能低下が進行し、特定の疾患によらずに全身の諸臓器の機能が衰えていく状態を指します。高齢者が自然な経過として生命活動を終えていく過程であり、病気というよりも生命の自然な終焉として捉えられます。A氏のように100歳という超高齢に達した場合、多臓器の予備能力が枯渇し、徐々に生命維持が困難になっていきます。

病態生理

加齢に伴い、細胞の再生能力や組織の修復機能が低下し、各臓器の機能的予備能が減少します。心機能の低下により循環動態が不安定になり、腎機能低下により老廃物の排泄能力が低下します。消化吸収能力の減弱により栄養状態が悪化し、骨格筋量の減少(サルコペニア)が進行します。免疫機能も低下し、感染症への抵抗力が弱まります。最終的には、これらの複合的な機能低下により、生命維持に必要な恒常性が保てなくなり、多臓器不全の状態に至ります。

主な症状

  • 食事摂取量の著明な減少:A氏のように摂取量が1割程度まで低下し、嚥下機能も消失
  • 傾眠傾向の増強:覚醒時間が短くなり、ほぼ終日傾眠状態となる
  • 全身の衰弱:筋力低下が進行し、自力での体位変換も困難になる
  • 循環動態の不安定化:血圧低下、脈拍減少、四肢末梢の冷感やチアノーゼが出現
  • 尿量の減少:腎機能低下により濃縮尿が少量ずつ排泄される

診断方法

老衰の診断は、特定の検査所見ではなく、臨床経過と全身状態の評価により総合的に判断されます。

  • 臨床経過の観察:急速な全身状態の悪化、食事摂取量の減少、意識レベルの低下
  • 血液検査:A氏の場合、BUN・クレアチニンの上昇(腎機能低下)、低アルブミン血症(栄養状態悪化)、貧血の進行が認められる
  • 画像検査:特定の疾患を除外するために実施されることもあるが、老衰では積極的な検査は行わないことが多い
  • バイタルサインの推移:血圧低下、脈拍減少、体温低下、SpO2低下などの傾向
  • 他疾患の除外:がん、心不全、肺炎など治療可能な疾患がないことを確認

治療方法

老衰に対する治療は、苦痛緩和を最優先とした対症療法が中心となります。

  • 栄養・水分管理:A氏の場合、家族の希望により点滴や経管栄養は行わず、口腔ケアと保湿を中心に実施
  • 疼痛管理:苦痛症状が出現した場合、アセトアミノフェン坐薬などの鎮痛薬を使用
  • 呼吸管理:酸素投与は必要に応じて実施するが、人工呼吸器などの侵襲的治療は行わない
  • 褥瘡予防:2時間ごとの体位変換、皮膚の清潔保持
  • DNار対応:心肺停止時の蘇生処置は行わず、自然な経過を尊重

延命治療は行わず、患者と家族の意向を尊重しながら、穏やかに最期の時を過ごせるよう支援することが重要です。

予後

老衰による看取り期にある患者は、数日から数週間の経過で自然に死を迎えることが多いです。バイタルサインは徐々に低下し、呼吸パターンの変化(チェーンストークス呼吸、下顎呼吸など)が見られることがあります。意識レベルは次第に低下し、最終的には昏睡状態となります。

家族へは病状経過について十分に説明し、心の準備ができるよう支援することが重要です。死亡前には、四肢末梢のチアノーゼや冷感の増強、尿量のさらなる減少、呼吸パターンの変化などが見られることを事前に伝えておきます。

看護のポイント

  • 苦痛症状の観察と緩和:表情、呼吸状態、体動などから苦痛の有無を評価し、速やかに対処する。言語的表現ができないため、非言語的サインを注意深く観察する
  • 口腔ケアと保湿:経口摂取が困難でも口腔内の乾燥を防ぎ、スポンジブラシでの保湿や口唇への湿潤を行う。誤嚥のリスクに注意しながら実施
  • 褥瘡予防と皮膚の保護:2時間ごとの体位変換、皮膚の観察と清潔保持。栄養状態が悪く皮膚の脆弱性が高いため、丁寧な取り扱いが必要
  • 家族への支援:家族が後悔なく看取りができるよう、面会環境を整え、声かけや手を握るなどのタッチングを勧める。病状経過について適切に説明し、心の準備を支援
  • 尊厳の保持:意識レベルが低下していても、患者の尊厳を保ち、プライバシーに配慮したケアを提供する。A氏の信仰(仏教)にも配慮し、枕元の仏像など家族の希望を尊重

ゴードンのアセスメント

このパターンのポイント

健康知覚-健康管理パターンでは、患者と家族が現在の健康状態をどのように認識し、どのような姿勢で健康管理に取り組んできたかを評価します。特に看取り期においては、本人・家族の病状認識、死の受容、これまでの医療に対する姿勢が、今後のケアの方向性を決定する上で重要な情報となります。

どんなことを書けばよいか

健康知覚-健康管理パターンでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 疾患についての本人・家族の理解度(病態、治療、予後など)
  • 疾患や治療に対する受け止め方、受容の程度
  • 現在の健康状態や症状の認識
  • これまでの健康管理行動(受診行動、服薬管理、生活習慣など)
  • 疾患が日常生活に与えている影響の認識
  • 健康リスク因子(喫煙、飲酒、アレルギー、既往歴など)

家族の病状認識と受容

家族は「母は十分に生きてくれました。もう苦しまないで、穏やかに旅立ってほしいです」「母がまだ生きていてくれることに感謝しています。最期まで側にいたいです」と述べています。この発言からは、家族が老衰という病態を理解し、死を自然な経過として受け入れている様子が読み取れます。100歳という年齢と、この1年での急速な全身状態の悪化を経て、家族は母親の死期が近いことを現実として捉えられていると考えられます。

また、家族が延命治療を希望せず、DNAR(蘇生処置拒否)の方針を選択している点も重要です。これは家族が医療の限界を理解し、患者の尊厳ある死を優先する意思決定ができていることを示しています。このような家族の受容の程度は、今後のケアにおいて非常に重要な情報となります。

本人の健康状態の認識

A氏は認知機能が著しく低下しており(HDS-R 3点)、ほぼ終日傾眠状態で、刺激に対する反応もわずかです。このため、本人自身が現在の健康状態を認識し、言語的に表現することは困難な状況にあります。意識レベルの低下により、自分の身体に起こっている変化や症状を自覚することも難しいでしょう。

しかし、痛み刺激に対して顔をしかめる反応があることから、苦痛は感じている可能性があります。言語的表現ができない患者の苦痛をどのように評価し、緩和するかという視点が重要になります。

これまでの健康管理行動

A氏の既往歴を見ると、85歳時に高血圧症と診断され降圧薬による治療を受けており、90歳時には右大腿骨頸部骨折で手術を受け、97歳時には誤嚥性肺炎で入院しています。これらの疾患に対して適切な医療を受けてきたことがわかります。95歳以降は血圧が安定し降圧薬が中止されたという経過は、医師と適切に連携しながら治療を調整してきたことを示しており、家族の健康管理能力の高さがうかがえます。

また、喫煙歴・飲酒歴がない点、感染症やアレルギーがない点も、健康リスク因子が少なく、比較的良好な健康管理がなされてきたことを示しています。

医療に対する姿勢

家族が看取りを目的として老人病院への入院を選択し、積極的な治療ではなく苦痛緩和を優先する方針に同意していることは、医療の目的を延命から苦痛緩和へと転換できていることを示しています。また、毎日面会に訪れ、ベッドサイドで手を握ったり声をかけたりしている様子からは、医療者任せにせず、家族自身が看取りに主体的に関わろうとする姿勢が読み取れます。

このような家族の医療に対する姿勢は、今後の看護ケアを提供する上で非常に協力的な要因となります。医療者と家族が同じ方向を向いてケアを提供できる環境が整っていると評価できるでしょう。

アセスメントの視点

A氏は認知機能の低下により自身の健康状態を認識・表現することが困難ですが、家族は老衰という病態を十分に理解し、死を自然な経過として受容しています。これまでの適切な健康管理行動と、現在の医療に対する協力的な姿勢から、家族が患者の最善の利益を考えて意思決定できていることがわかります。

看護師は、家族の受容の程度を継続的に評価しながら、病状の変化について適切な情報提供を行うことが重要です。また、本人の苦痛を非言語的サインから読み取り、家族とともに苦痛緩和のケアを実践していく視点が必要となります。

ケアの方向性

家族の病状理解と受容を支持しつつ、病状の変化について丁寧に説明を続けます。本人の苦痛症状を表情や体動などの非言語的サインから評価し、家族に共有しながら、速やかな苦痛緩和を提供します。家族が後悔なく看取りができるよう、面会環境を整え、家族の関わり方を支援していくことが重要です。DNARの方針を尊重し、過度な医療介入を避けながら、尊厳ある死を迎えられるよう支援します。

このパターンのポイント

栄養-代謝パターンでは、食事・水分摂取の状況、嚥下機能、栄養状態を示す身体計測値や検査データ、皮膚の状態などを総合的に評価します。看取り期においては、栄養摂取の低下が生命の終焉に向かう自然な過程であることを理解し、無理な栄養投与ではなく、苦痛緩和と尊厳の保持を重視したケアが求められます。

どんなことを書けばよいか

栄養-代謝パターンでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 食事と水分の摂取量と摂取方法
  • 食欲、嗜好、食事に関するアレルギー
  • 身長・体重・BMI・必要栄養量・身体活動レベル
  • 嚥下機能・口腔内の状態
  • 嘔吐・吐気の有無
  • 皮膚の状態、褥瘡の有無
  • 栄養状態を示す血液データ(Alb、TP、RBC、Ht、Hb、Na、K、TG、TC、HbA1c、BSなど)

食事摂取量の著明な低下

A氏は入院前、施設でミキサー食を提供されていましたが、摂取量は1割程度まで低下していました。現在は経口摂取が困難で、嚥下反射もほとんど消失しています。2ヶ月前から食事摂取量が著明に減少し、1ヶ月前からは傾眠傾向が強くなっているという経過から、食事摂取の低下が全身状態悪化の一つの指標となっていることがわかります。

老衰の終末期においては、このような食事摂取量の低下は生命維持機能の衰退を示す自然な過程です。無理な経口摂取は誤嚥のリスクを高め、かえって苦痛を与える可能性があることを理解しておく必要があります。

嚥下機能の消失と口腔ケア

嚥下反射がほとんど消失しているため、経口からの栄養摂取は困難な状態です。家族の希望により点滴や経管栄養などの人工的な栄養投与は行わず、口腔ケアと保湿を中心に実施しています。時折、スポンジブラシに水を含ませて口唇を湿らせる程度のケアを行っています。

このようなケアは、栄養補給というよりも、口腔内の乾燥による不快感を軽減し、尊厳を保つためのものです。誤嚥のリスクに十分注意しながら、丁寧な口腔ケアを継続することが重要となります。

身体計測値と栄養状態

A氏は身長142cm、体重32kgで、BMIを計算すると約15.9となります。これは著しい低栄養状態を示す数値です。一般的に高齢者のBMIは18.5以上が望ましいとされていますが、A氏の値はそれを大きく下回っています。100歳という超高齢であることや、この1年での急速な全身状態の悪化を考えると、筋肉量の減少と脂肪組織の消耗が進行していることが推測されます。

このような高度の低栄養状態は、褥瘡発生のリスクを高め、皮膚の脆弱性を増大させます。体位変換や清拭の際には、皮膚への負担を最小限にする配慮が必要です。

栄養状態を示す血液データ

血液検査データを見ると、アルブミン値が入院時2.4g/dL、最新2.2g/dLと低アルブミン血症が認められます。基準値は3.8-5.2g/dLですので、著しく低下しています。また、総蛋白も5.6g/dLと低値です。これらはタンパク質栄養障害を示しており、全身の栄養状態が極めて悪化していることがわかります。

さらに、ヘモグロビン値が8.9g/dL、赤血球数が3.1×10⁶/μLと貧血も認められます。貧血は組織への酸素供給を低下させ、全身の倦怠感や活動性の低下につながります。

これらの検査データは、老衰の進行に伴う多臓器機能の低下を反映しており、栄養状態の改善が困難な状況にあることを示しています。

皮膚の状態と褥瘡リスク

事例には褥瘡の有無について明記されていませんが、高度の低栄養状態、低アルブミン血症、全身の活動性低下、自力での体位変換困難という状況から、褥瘡発生のリスクは極めて高いと評価できます。また、四肢末梢のチアノーゼと冷感が認められることから、末梢循環も不良であり、皮膚の脆弱性がさらに増していると考えられます。

現在、2時間ごとの体位変換と皮膚の清潔保持が実施されていますが、これらのケアを継続的に実施し、褥瘡の発生予防に努めることが重要です。

水分摂取と代謝状態

点滴や人工的な水分投与は行われておらず、スポンジブラシでの保湿程度の対応となっています。尿量が1日200ml程度の濃縮尿と著明に減少しており、BUNが45mg/dL、クレアチニンが1.5mg/dLと上昇していることから、脱水状態と腎機能の低下が示唆されます。

老衰の終末期においては、このような水分摂取の減少も自然な経過です。無理な輸液は心不全や浮腫を引き起こす可能性があり、かえって苦痛を増大させることもあります。家族の意向を尊重し、過度な水分投与を避ける方針は適切と考えられます。

アセスメントの視点

A氏は高度の低栄養状態にあり、食事摂取の著明な低下、嚥下機能の消失、低アルブミン血症、貧血などから、生命維持に必要な栄養代謝機能が極めて低下していることがわかります。これらは老衰の進行を示す重要なサインであり、人工的な栄養投与によって改善を図ることは困難な状況です。

家族の意向を尊重し、無理な栄養投与を行わない方針は、患者の苦痛を最小限にし、自然な経過を尊重する上で適切です。看護師は、栄養状態の悪化に伴う褥瘡リスクや皮膚の脆弱性を十分に理解し、予防的なケアを継続する必要があります。

ケアの方向性

経口摂取が困難な中で、口腔内の乾燥による不快感を軽減するため、丁寧な口腔ケアと保湿を継続します。誤嚥のリスクに注意しながら、スポンジブラシでの保湿を行い、口腔内の清潔を保ちます。高度の低栄養状態により褥瘡発生リスクが高いため、2時間ごとの体位変換を確実に実施し、皮膚の観察を丁寧に行います。体位変換や清拭の際は、皮膚の脆弱性を考慮し、優しく丁寧に扱います。人工的な栄養・水分投与は行わず、自然な経過を尊重しながら、苦痛緩和を最優先としたケアを提供します。

このパターンのポイント

排泄パターンでは、排便・排尿の状況、腎機能、水分出納バランスを評価します。看取り期においては、排泄量の減少が生命維持機能の低下を示す重要な指標となります。また、排泄ケアは患者の尊厳に深く関わるため、清潔保持と皮膚の保護を丁寧に行うことが求められます。

どんなことを書けばよいか

排泄パターンでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 排便と排尿の回数・量・性状
  • 下剤やカテーテル使用の有無
  • In-outバランス
  • 排泄に関連した食事・水分摂取状況
  • 安静度、活動量
  • 腹部の状態(腹部膨満、腸蠕動音など)
  • 腎機能を示す血液データ(BUN、Cr、GFRなど)

尿量の著明な減少

A氏の尿量は1日200ml程度の濃縮尿が少量ずつ出ている状態です。一般的な成人の1日の尿量は約1,000〜1,500mlですから、A氏の尿量は正常の約1/5以下に減少していることになります。また、濃縮尿という性状からも、体内での水分保持が困難になっており、腎臓での水分再吸収が進んでいることがわかります。

このような尿量の著明な減少は、腎機能の低下と循環血液量の減少を示しています。老衰の終末期において、尿量の減少は生命維持機能が衰退していることを示す重要なサインの一つです。

腎機能の低下

血液検査データを見ると、BUN(尿素窒素)が入院時32mg/dLから最新45mg/dLへ上昇し、クレアチニンも1.2mg/dLから1.5mg/dLへ上昇しています。いずれも基準値を上回っており、腎機能の低下が進行していることがわかります。

BUNとクレアチニンの上昇は、腎臓での老廃物の排泄能力が低下していることを示しています。特にBUNの上昇は、脱水や循環血液量の減少によっても引き起こされます。食事摂取量の著明な減少と水分摂取の不足により、腎臓への血流が低下し、腎機能がさらに悪化するという悪循環が生じていると考えられます。

排便の状況

A氏は入院前、施設でおむつを使用しており、排便は3日に1回程度で下剤を使用していました。現在は入院後1回のみで、少量の硬便が認められています。食事摂取量が1割程度まで低下し、現在はほぼ経口摂取がない状況ですから、排便回数の減少は当然の結果といえます。

また、硬便が出ていることから、腸内での水分吸収が進んでいること、活動量の低下により腸蠕動が減弱していることが推測されます。ただし、便秘による腹部膨満や不快感が生じていないか、観察を継続する必要があります。

In-outバランスの評価

水分の摂取(In)は、スポンジブラシでの保湿程度でほとんどないといえます。一方、排泄(Out)は尿量200ml/日程度と少量です。通常であれば、このような摂取量では脱水が急速に進行しますが、A氏の場合は不感蒸泄(皮膚や呼吸からの水分喪失)も減少していると考えられます。

体温が35.8℃と低下していること、呼吸数が14回/分と少ないこと、活動量がほとんどないことから、不感蒸泄は健常者よりも少ない状態です。それでもBUNとクレアチニンの上昇から、体内は脱水傾向にあることがわかります。

活動量と排泄機能

A氏は全身の筋力低下が著明で、自力での体位変換もできず、ほぼ終日傾眠状態です。このような活動量の低下は腸蠕動を減弱させ、便秘を引き起こしやすくなります。また、臥床により腹圧をかけることも困難で、排便がさらに困難になる可能性があります。

排泄機能の低下は、老衰の進行に伴う自然な変化ですが、便秘による腹部膨満や不快感が生じないよう、腹部の状態を観察し続けることが重要です。

おむつ使用と皮膚の保護

A氏はおむつを使用しており、排泄は全介助です。高度の低栄養状態で皮膚が脆弱になっているため、おむつ交換時の皮膚の観察と清潔保持が非常に重要です。特に濃縮尿は皮膚への刺激が強く、おむつかぶれや皮膚トラブルを引き起こしやすくなります。

現在、おむつ交換時には皮膚の観察と清潔保持を行い、褥瘡予防のために2時間ごとの体位変換を実施しています。これらのケアを継続し、皮膚トラブルを予防することが、患者の苦痛を最小限にする上で重要です。

アセスメントの視点

A氏は尿量の著明な減少と腎機能の低下により、体内の老廃物排泄能力が著しく低下しています。排便も減少していますが、これは食事摂取量の減少と活動量の低下に伴う自然な変化です。In-outバランスは大きく負に傾いており、脱水傾向にありますが、老衰の終末期においては、無理な輸液による改善よりも、自然な経過を尊重することが重要です。

排泄ケアは患者の尊厳に深く関わるため、おむつ交換時には丁寧な清潔保持と皮膚の観察を継続し、不快感や皮膚トラブルを予防することが看護の重要な役割となります。

ケアの方向性

尿量の減少と腎機能の低下を継続的にモニタリングし、全身状態の変化を評価します。無理な輸液は行わず、自然な経過を尊重しながら、苦痛症状の出現に注意します。おむつ交換時には、皮膚の脆弱性を考慮し、優しく丁寧に清拭を行い、皮膚の観察を怠りません。便秘による腹部膨満や不快感が生じていないか、腹部の状態を観察し、必要に応じて医師と相談します。排泄ケアを通じて、患者の尊厳を保ち、清潔で快適な環境を提供することを心がけます。

このパターンのポイント

活動-運動パターンでは、ADL(日常生活動作)の状況、運動機能、循環・呼吸機能を評価します。看取り期においては、全身の活動性低下とバイタルサインの変化が生命の終焉を示す重要な指標となります。患者の残存機能を尊重しながら、苦痛のない安楽な体位の保持と、褥瘡予防のための適切なケアが求められます。

どんなことを書けばよいか

活動-運動パターンでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • ADLの状況、運動機能
  • 安静度、移動/移乗方法
  • バイタルサイン、呼吸機能
  • 運動歴、職業、住居環境
  • 活動耐性に関連する血液データ(RBC、Hb、Ht、CRPなど)
  • 転倒転落のリスク

ADLの著明な低下

A氏は歩行が不可能で、移乗も全介助が必要です。排泄はおむつ使用で全介助、入浴は実施せず清拭のみ、衣類の着脱も全介助という状態です。全身の筋力低下が著明で、自力での体位変換もできない状況にあります。これは老衰の進行により、筋力が極度に低下し、日常生活のすべてにおいて全面的な介助を要する状態であることを示しています。

3年前の特別養護老人ホーム入所当初は車椅子での移動が可能で食事も自力摂取できていましたが、この1年で急速に全身状態が悪化したという経過があります。この急速なADLの低下は、老衰が進行段階に入ったことを示す重要なサインです。

既往歴と運動機能

A氏は90歳時に右大腿骨頸部骨折で手術を受け、その後は車椅子生活となりました。この骨折が、A氏の活動性を大きく制限する転機となったと考えられます。手術後の車椅子生活により、下肢の筋力がさらに低下し、活動範囲が限定されたことが、その後の全身機能低下に影響を与えた可能性があります。

元教師という職業から、かつては知的活動や対人交流が活発であったことが推測されます。温厚で物静かな性格であったという家族の証言から、激しい運動習慣があったかどうかは不明ですが、長年教師として働いていたことは、ある程度の身体活動を維持していたことを示しています。

バイタルサインの変化

入院時と現在のバイタルサインを比較すると、全体的に生命維持機能の低下が進行していることがわかります。体温は36.2℃から35.8℃へ低下し、血圧は92/58mmHgから78/48mmHgへ低下、脈拍は68回/分から52回/分へ減少し、不整も出現しています。呼吸数は18回/分から14回/分へ減少し、浅く静かな呼吸となっています。SpO2は94%から90%へ低下しています。

特に注目すべきは、体温の低下と四肢末梢のチアノーゼ・冷感です。これらは末梢循環が不良になっていることを示しており、心機能の低下により十分な血液を全身に送ることができなくなっていることがわかります。脈拍の減少と不整の出現も、心機能低下を裏付けています。

呼吸機能の低下

呼吸数が14回/分で浅く静かな呼吸となっており、SpO2が90%まで低下しています。これは呼吸機能の低下を示しています。老衰の進行により、呼吸筋の筋力が低下し、十分な換気ができなくなっていると考えられます。

ただし、現時点では呼吸困難や努力呼吸といった苦痛症状は認められていないようです。静かで浅い呼吸は、老衰の終末期によく見られるパターンであり、今後さらに呼吸パターンの変化(チェーンストークス呼吸や下顎呼吸など)が出現する可能性があります。

活動耐性の評価

血液データを見ると、ヘモグロビン8.9g/dL、赤血球数3.1×10⁶/μLと貧血が認められます。貧血は組織への酸素供給を低下させ、活動耐性をさらに低下させる要因となります。また、CRPが1.2mg/dLとわずかに上昇していることから、何らかの炎症反応が生じている可能性も考えられます。

これらのデータから、A氏は活動耐性が極めて低く、わずかな活動でも身体に大きな負担がかかる状態であることがわかります。現在はほぼ終日臥床しており、これ以上の活動は困難であり、また必要でもない状況です。

転倒転落のリスク

現状では、A氏は自力での体位変換もできず、ほぼ終日傾眠状態であるため、転倒のリスクは低いと評価できます。ただし、過去に施設で車椅子からのずり落ちが1回あったという情報があります。これは、車椅子上での姿勢保持能力が低下していた時期のエピソードと考えられます。

現在はベッド上で過ごしており、ベッド柵の使用や体位変換時の安全確保が重要です。全身の筋力が著しく低下しているため、移乗時にはしっかりと身体を支え、急激な体位変換は避ける配慮が必要です。

体位変換と褥瘡予防

自力での体位変換ができないため、現在は2時間ごとの体位変換を実施しています。これは褥瘡予防のために非常に重要なケアです。高度の低栄養状態、低アルブミン血症、末梢循環不良という状況下では、褥瘡発生のリスクが極めて高く、圧迫が続くと短時間で褥瘡が発生する可能性があります。

体位変換の際には、皮膚の脆弱性を考慮し、摩擦やずれを最小限にする工夫が必要です。また、体位変換時に苦痛の表情がないか、呼吸状態に変化がないかを観察することも重要です。

アセスメントの視点

A氏は老衰の進行により、ADLが全面的に低下し、バイタルサインも全体的に低下傾向にあります。特に循環機能の低下を示す血圧低下、脈拍減少、末梢冷感・チアノーゼは、生命維持機能が衰退していることを明確に示しています。呼吸機能も低下しており、今後さらに呼吸パターンの変化が出現する可能性があります。

このような状態では、活動性を高める訓練やリハビリテーションは適切ではなく、むしろ安楽な体位の保持と褥瘡予防に焦点を当てたケアが必要です。バイタルサインの変化を継続的にモニタリングし、苦痛症状の出現に速やかに対応できる体制を整えることが重要です。

ケアの方向性

バイタルサインを1日2回測定し、循環・呼吸機能の変化を継続的に評価します。過度な医療介入は避け、苦痛症状が出現した場合に速やかに対処できる体制を整えます。2時間ごとの体位変換を確実に実施し、褥瘡の発生を予防します。体位変換時には皮膚の脆弱性を考慮し、摩擦やずれを最小限にし、苦痛の表情や呼吸状態の変化を観察します。安楽な体位の保持に努め、クッションや体位保持用具を活用して、圧迫を分散させます。末梢循環不良により冷感があるため、必要に応じて保温を行い、快適な環境を提供します。

このパターンのポイント

睡眠-休息パターンでは、睡眠の質と量、睡眠を妨げる要因、日中の活動状況を評価します。看取り期においては、意識レベルの低下により傾眠傾向が強くなりますが、これは病状の進行を示すサインであると同時に、苦痛が少ない穏やかな状態である可能性もあります。睡眠と覚醒の区別が曖昧になる中で、患者の安楽を保つことが重要です。

どんなことを書けばよいか

睡眠-休息パターンでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 睡眠時間、熟眠感
  • 睡眠導入剤使用の有無
  • 日中/休日の過ごし方
  • 睡眠を妨げる要因(痛み、不安、環境など)

傾眠傾向の進行

A氏は入院前から昼夜逆転はなかったものの、ほとんどの時間を傾眠状態で過ごしていました。1ヶ月前からは傾眠傾向が強くなり、ほとんど覚醒しない状態となりました。現在はほぼ終日傾眠状態で、刺激に対する反応はわずかです。時折目を開けることがありますが、焦点は合わず視線は定まりません。

この傾眠傾向の進行は、意識レベルの低下を示しており、老衰の進行に伴う脳機能の低下を反映しています。覚醒時間が短くなり、外界への反応が乏しくなっていることから、生命維持機能が衰退していることがわかります。

睡眠と意識レベルの区別

通常の睡眠は、覚醒と睡眠のリズムが保たれ、刺激により覚醒することが可能です。しかし、A氏の場合は、刺激に対する反応がわずかで、明確な覚醒状態に至らないことから、これは睡眠というよりも意識レベルの低下と捉える方が適切でしょう。

老衰の終末期においては、このように睡眠と意識障害の境界が曖昧になることがよくあります。この状態は、脳への血流や酸素供給が低下し、脳機能が低下していることを示しています。

睡眠薬の使用状況

A氏は睡眠薬などを使用していません。これは重要な情報です。睡眠薬を使用せずに傾眠状態にあるということは、薬剤の影響ではなく、病状の進行による自然な意識レベルの低下であることを示しています。

看取り期においては、不必要な薬剤の使用を避けることが原則です。睡眠薬の使用は意識レベルをさらに低下させ、家族とのコミュニケーションの機会を奪う可能性があります。現在の方針は適切といえます。

睡眠を妨げる要因の評価

事例からは、明らかな睡眠を妨げる要因は読み取れません。痛み刺激には顔をしかめる程度の反応がありますが、明確な疼痛表現はできておらず、持続的な痛みがあるかどうかは不明です。医師の指示で、苦痛症状が出現した場合は速やかに対症療法を実施することになっており、疼痛管理は適切に計画されています。

環境面では、家族が毎日面会に訪れ、ベッドサイドで手を握ったり声をかけたりしています。このような家族の存在は、患者にとって安心感をもたらす可能性があります。また、枕元に小さな仏像が置かれており、A氏の信仰に配慮した環境が整えられています。

日中の過ごし方

現在、A氏はほぼ終日傾眠状態で過ごしており、明確な覚醒時間はほとんどありません。家族が面会に訪れた際に、時折目を開けることがあるという程度です。この状態では、日中と夜間の区別、活動と休息の区別は意味をなさなくなっています。

入所当初は車椅子での移動が可能であったことから、かつては日中に何らかの活動があったと推測されます。しかし、この1年で急速に全身状態が悪化し、現在はほとんど動きのない状態となっています。

傾眠状態の意味

老衰の終末期における傾眠状態は、必ずしも苦痛を意味するものではありません。むしろ、意識レベルが低下することで、身体的な苦痛を感じにくくなっている可能性もあります。A氏が静かに穏やかに過ごしている様子からは、強い苦痛はないと評価できるかもしれません。

ただし、傾眠状態にあっても、聴覚は最後まで保たれるといわれています。家族が声をかけたり、手を握ったりすることは、A氏に伝わっている可能性があります。この点を家族に説明し、積極的な関わりを支援することが重要です。

アセスメントの視点

A氏はほぼ終日傾眠状態にあり、これは老衰の進行による意識レベルの低下を示しています。睡眠薬を使用せずにこの状態にあることから、病状の進行による自然な経過であることがわかります。明らかな睡眠を妨げる要因は認められず、穏やかに過ごしている様子です。

このような状態では、無理に覚醒を促すことは適切ではありません。むしろ、傾眠状態を尊重し、苦痛がなく穏やかに過ごせる環境を整えることが重要です。家族が面会時に声をかけたり手を握ったりすることを支援し、家族との時間を大切にできるよう配慮します。

ケアの方向性

傾眠状態を病状の進行による自然な経過として受け入れ、無理な覚醒刺激は避けます。苦痛の徴候(顔をしかめる、呼吸パターンの変化、不穏など)がないか、継続的に観察します。家族には、傾眠状態にあっても聴覚は保たれている可能性があることを説明し、声かけや手を握るなどの関わりを勧めます。静かで落ち着いた環境を提供し、照明や音に配慮します。疼痛や不快感の徴候があれば、速やかに医師に報告し、適切な対症療法を実施します。家族が側にいる時間を大切にし、家族が後悔なく看取りができるよう支援します。

このパターンのポイント

認知-知覚パターンでは、意識レベル、認知機能、感覚機能(視覚、聴覚)、疼痛の有無、コミュニケーション能力を評価します。看取り期においては、認知機能の低下と意識レベルの低下により、本人の意思表示が困難になりますが、非言語的なサインから苦痛や不快感を読み取り、適切なケアを提供することが重要です。

どんなことを書けばよいか

認知-知覚パターンでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 意識レベル、認知機能
  • 聴力、視力
  • 痛みや不快感の有無と程度
  • 不安の有無、表情
  • コミュニケーション能力

認知機能の著明な低下

A氏の認知機能は著しく低下しており、HDS-R(改訂長谷川式簡易知能評価スケール)は3点です。HDS-Rは30点満点で、20点以下が認知症の疑いとされますので、A氏の3点という値は極度の認知機能低下を示しています。見当識や記憶は保たれていない状態です。

このような高度の認知機能低下により、A氏は自分の置かれている状況を理解したり、自分のニーズを言語的に表現したりすることができません。これは看護ケアを提供する上で、大きな課題となります。

意識レベルの低下

A氏は現在、ほぼ終日傾眠状態で、刺激に対する反応はわずかです。時折目を開けることがありますが、焦点は合わず視線は定まりません。これは意識レベルが著しく低下していることを示しています。

意識レベルの評価スケール(例:JCS、GCS)で表現すると、JCS(Japan Coma Scale)ではII桁(刺激に対して開眼するが焦点が合わない)程度と推測されます。このような意識レベルでは、外界の刺激を認識する能力が大きく低下しており、周囲の状況を理解することは困難です。

視覚と聴覚の状態

視力は白内障が進行しており、ほとんど見えていないと推測されています。また、聴力も著しく低下しています。これらの感覚機能の低下は、加齢に伴う自然な変化ですが、外界からの情報を受け取る能力がさらに制限されていることを意味します。

ただし、一般的に聴覚は最後まで保たれるといわれています。A氏の場合も、著しい聴力低下があるとはいえ、完全に聞こえていないとは限りません。家族が声をかけることは、A氏に何らかの形で伝わっている可能性があります。この点を家族に説明し、積極的な声かけを勧めることが重要です。

疼痛と不快感の評価

A氏は痛み刺激には顔をしかめる程度の反応があります。これは、痛みを感じる能力は残っているものの、その痛みを言語的に表現することができない状態であることを示しています。明確な疼痛表現はできないため、看護師は非言語的なサインから苦痛を読み取る必要があります。

顔をしかめる以外にも、眉間にしわを寄せる、呼吸パターンの変化、体動の増加、不穏などが苦痛のサインとなります。これらのサインを見逃さず、速やかに医師に報告し、適切な疼痛管理を行うことが重要です。現在、頓用でアセトアミノフェン坐薬の使用が可能となっており、疼痛管理の体制は整っています。

コミュニケーション能力

A氏は発語がなく、コミュニケーションは困難な状態です。認知機能の低下と意識レベルの低下により、言語的なコミュニケーションはほぼ不可能です。また、視力・聴力の低下により、非言語的なコミュニケーション(ジェスチャーや筆談など)も困難です。

しかし、家族が手を握ったり声をかけたりする際に、何らかの反応(わずかな表情の変化や手の動きなど)がある可能性があります。これらの微細な反応を見逃さず、家族に伝えることで、家族の関わりを支援できます。

表情と不安の評価

事例からは、A氏が明らかな不安や苦痛の表情を示しているという記載はありません。痛み刺激には顔をしかめるものの、普段は静かに穏やかに過ごしている様子がうかがえます。これは、強い苦痛や不安がない状態と評価できるかもしれません。

ただし、意識レベルが低下しているため、不安を感じていても表現できない可能性もあります。家族が側にいること、信仰の対象である仏像が枕元にあることなどが、A氏に安心感をもたらしている可能性があります。

認知機能低下と意思決定

A氏は認知機能が著しく低下しているため、治療やケアに関する意思決定を自分で行うことができません。このため、家族(キーパーソンである長男)が本人に代わって意思決定を行っています。DNAR(蘇生処置拒否)の方針や、人工的な栄養投与を行わない方針は、すべて家族の意向に基づいています。

看護師は、これらの意思決定が本人の最善の利益に基づいているか、家族が十分に情報を得た上で決定しているかを評価する必要があります。家族の発言「母は十分に生きてくれました。もう苦しまないで、穏やかに旅立ってほしいです」からは、家族が母親の人生を尊重し、苦痛の少ない最期を望んでいることがわかります。

アセスメントの視点

A氏は認知機能の著明な低下と意識レベルの低下により、自分の状況を理解したり、ニーズを表現したりすることができません。視覚・聴覚の低下も加わり、外界からの情報を受け取る能力が大きく制限されています。言語的コミュニケーションは不可能ですが、痛み刺激に対して顔をしかめる反応があることから、苦痛は感じている可能性があります。

このような状態では、看護師が患者の代弁者となり、非言語的なサインから苦痛や不快感を読み取り、適切なケアを提供することが極めて重要です。また、家族が意思決定の主体となっているため、家族への十分な情報提供と支援が必要です。

ケアの方向性

表情、呼吸パターン、体動などから、苦痛や不快感の有無を継続的に観察します。顔をしかめる、眉間にしわを寄せる、不穏などの苦痛のサインを見逃さず、速やかに医師に報告し、適切な疼痛管理を行います。家族には、傾眠状態にあっても聴覚は保たれている可能性があることを説明し、声かけや手を握るなどの関わりを勧めます。家族が意思決定の主体となっているため、病状の変化について丁寧に説明し、家族が適切な判断ができるよう支援します。非言語的なコミュニケーションを大切にし、ケアの際には必ず声をかけ、A氏の尊厳を保ちます。

このパターンのポイント

自己知覚-自己概念パターンでは、患者の性格、価値観、ボディイメージ、自尊感情、疾患の受け止め方を評価します。看取り期においては、本人の意思表示が困難ですが、家族の証言や過去の生き方から、本人がどのような人物であったか、どのような価値観を持っていたかを理解し、その人らしさを尊重したケアを提供することが重要です。

どんなことを書けばよいか

自己知覚-自己概念パターンでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 性格、価値観
  • ボディイメージ
  • 疾患に対する認識、受け止め方
  • 自尊感情
  • 育った文化や周囲の期待

性格と人物像

家族によると、A氏は温厚で物静かな性格であったとされています。元教師という職業から、知的で責任感のある人物であったことが推測されます。教師として長年働いてきたことは、他者への奉仕、教育への情熱、忍耐強さといった価値観を持っていた可能性を示唆しています。

また、温厚で物静かという性格は、争いを好まず、穏やかに人生を送ってきた人物像を描き出します。このような性格の人が、100歳という長寿を全うできたことは、ストレスの少ない生き方をしてきた結果かもしれません。

疾患の受け止め方

現在、A氏は認知機能の著明な低下と意識レベルの低下により、自分の病状を認識することができません。しかし、家族の発言から、A氏自身も自然な死を望んでいた可能性がうかがえます。家族が「母は十分に生きてくれました」「もう苦しまないで、穏やかに旅立ってほしいです」と述べていることは、おそらくA氏自身の価値観や人生観を反映したものと考えられます。

100歳という年齢に達し、認知機能が低下する前の段階で、A氏自身が家族に対して何らかの意思表示をしていた可能性もあります。延命治療を希望しないという家族の判断は、A氏の生前の意向を尊重したものかもしれません。

ボディイメージと身体の変化

A氏は90歳時の右大腿骨頸部骨折以降、車椅子生活となりました。それまで歩行が可能であった人が、突然歩けなくなるという経験は、ボディイメージに大きな影響を与えたと考えられます。特に、長年教師として働き、自立した生活を送ってきた人にとって、車椅子での生活は大きな変化であったでしょう。

また、この1年での急速な全身状態の悪化、体重の減少、筋力の低下なども、ボディイメージの変化をもたらしたと推測されます。ただし、現在は認知機能の低下により、このような身体の変化を自覚することは困難です。

自尊感情と役割の喪失

元教師という社会的役割は、A氏のアイデンティティの重要な部分を占めていたと考えられます。教師としての経験は、自尊感情の源であった可能性が高いです。しかし、退職後、特に施設入所後は、この役割を失い、徐々に自立性も失われていきました。

認知機能の低下により、かつての知的能力や判断力も失われ、日常生活のすべてにおいて他者に依存する状態となっています。これは、自尊感情に大きな影響を与えた可能性があります。ただし、現在の意識レベルでは、このような変化を自覚することは困難でしょう。

家族の視点から見た本人像

家族の発言「母は十分に生きてくれました」「母がまだ生きていてくれることに感謝しています」からは、家族がA氏の人生を尊重し、価値あるものと認識していることがわかります。100歳まで生きたこと、教師として社会に貢献したこと、家族を育て上げたことなど、A氏の人生は家族にとって誇るべきものであったことがうかがえます。

孫たちが「おばあちゃん、ありがとう」と声をかけている様子からも、A氏が家族から愛され、尊敬されていることがわかります。このような家族の思いは、A氏自身の自尊感情を支えるものであり、たとえ意識レベルが低下していても、A氏に何らかの形で伝わっている可能性があります。

育った文化と信仰

A氏は仏教を信仰しており、枕元には小さな仏像が置かれています。信仰は、A氏の価値観や人生観を形成する上で重要な役割を果たしてきたと考えられます。仏教の教えである「諸行無常」「生老病死」といった概念は、老いや死を自然な過程として受け入れる考え方につながります。

A氏が育った文化的背景(おそらく昭和初期の日本)では、家族との絆、年長者への敬意、質素で勤勉な生活などが重視されていました。これらの価値観は、A氏の人生の選択や生き方に影響を与えてきたでしょう。

その人らしさの尊重

現在、A氏は意識レベルが低下し、自分の意思を表現することができませんが、その人らしさは失われていません。温厚で物静かな性格、教師としての誇り、仏教への信仰、家族への愛情など、A氏を形作ってきた要素は、たとえ言葉にできなくても、その存在の中に残っています。

看護師は、これらの情報を家族から聞き取り、A氏の人となりを理解し、その人らしさを尊重したケアを提供することが重要です。例えば、静かで穏やかな環境を提供すること、仏像を枕元に置くこと、家族との時間を大切にすることなどが、A氏らしさを尊重することにつながります。

アセスメントの視点

A氏は温厚で物静かな性格の元教師であり、仏教を信仰し、家族から愛され尊敬されてきました。現在は認知機能と意識レベルの低下により、自己認識や自己表現が困難ですが、家族の証言からその人となりを理解することができます。100歳という長寿を全うし、家族から「十分に生きてくれた」と感謝されていることは、A氏の人生が価値あるものであったことを示しています。

看護師は、たとえ意識レベルが低下していても、A氏を一人の人格として尊重し、その人らしさを大切にしたケアを提供することが重要です。家族から得られた情報をもとに、A氏がどのような価値観を持ち、どのように生きてきたかを理解し、尊厳あるケアを実践します。

ケアの方向性

家族から、A氏の性格、価値観、人生歴について情報を収集し、その人らしさを理解します。温厚で物静かな性格を尊重し、静かで穏やかな環境を提供します。仏教への信仰を尊重し、枕元の仏像を大切に扱い、家族が希望すればお経を流すなどの配慮も検討します。元教師としての誇りや知性を持った人であったことを念頭に置き、たとえ意識レベルが低下していても、丁寧で敬意ある言葉遣いでケアを提供します。家族が「ありがとう」と声をかけられる機会を大切にし、家族との時間を支援します。A氏の尊厳を保ち、その人らしい最期を迎えられるよう、全人的なケアを提供します。

このパターンのポイント

役割-関係パターンでは、家族構成、社会的役割、家族関係、サポート体制を評価します。看取り期においては、患者本人の役割は縮小していますが、家族との関係性やサポート体制が看取りの質を大きく左右します。家族が安心して看取りに参加できるよう支援することが重要です。

どんなことを書けばよいか

役割-関係パターンでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 職業、社会的役割
  • 家族構成、キーパーソン
  • 家族の面会状況、サポート体制
  • 経済状況
  • 人間関係、コミュニケーションパターン

家族構成とキーパーソン

A氏の家族構成は、長男夫婦と孫2人の4人家族で、キーパーソンは長男です。3年前から特別養護老人ホームに入所していたことから、長男家族と同居ではなく、施設での生活を選択していたことがわかります。

長男がキーパーソンとなっていることは、医療やケアに関する意思決定の主体が長男であることを意味します。DNAR(蘇生処置拒否)の方針決定、人工的な栄養投与を行わない選択など、重要な意思決定はすべて長男を中心に行われています。このような意思決定において、長男が母親の最善の利益を考えて判断していることが、その発言から読み取れます。

元教師としての社会的役割

A氏は元教師という社会的役割を持っていました。教師という職業は、子どもたちの教育に携わり、社会に貢献する重要な役割です。この役割は、A氏のアイデンティティの中核を成していたと考えられます。退職後も、元教師としての経験や知識は、A氏の自尊心や誇りの源であったでしょう。

しかし、認知機能の低下と身体機能の低下により、この社会的役割は徐々に失われていきました。現在は、施設入所や入院により、社会との接点はほとんどなくなっています。ただし、家族の中では「母」「祖母」という役割は保たれており、家族にとってかけがえのない存在であることに変わりはありません。

家族の面会状況

家族は毎日面会に訪れ、ベッドサイドで手を握ったり声をかけたりして過ごしています。孫たちも週末には訪れ、「おばあちゃん、ありがとう」と声をかけています。この頻繁な面会は、家族の強い絆と愛情を示しています。

毎日の面会は、家族にとって大きな負担となる可能性もありますが、長男の「最期まで側にいたいです」という発言からは、この時間が家族にとって大切なものであることがわかります。看護師は、このような家族の思いを尊重し、面会しやすい環境を整えることが重要です。

家族のサポート体制

家族が延命治療を希望せず、自然な形で看取りたいという意向を明確に持っていること、毎日面会に訪れていることから、家族のサポート体制は良好と評価できます。長男夫婦と孫2人という家族構成から、複数の家族メンバーが協力して面会やサポートを行っている可能性があります。

また、3年前に特別養護老人ホームへの入所を選択したことは、家族が介護の限界を認識し、適切な支援を求めたことを示しています。これは、家族が現実的で適切な判断ができることを示す一例です。

家族間のコミュニケーション

長男が「母は十分に生きてくれました」と述べ、孫たちが「おばあちゃん、ありがとう」と声をかけている様子から、家族間でA氏の人生を肯定的に評価し、感謝の気持ちを共有していることがわかります。このような肯定的なコミュニケーションは、家族が悲嘆のプロセスを健康的に進める上で重要です。

また、家族が医療者に対して自分たちの希望を明確に伝えられていることも、良好なコミュニケーション能力を示しています。医療者と家族が協力して、A氏の最善のケアを提供する関係が築けていると評価できます。

経済状況の推察

事例には経済状況についての明確な記載はありませんが、3年間の特別養護老人ホーム入所、老人病院への入院ができていることから、医療や介護にかかる費用を負担できる経済状況にあると推測されます。経済的な問題により、必要なケアを受けられないという状況にはないと考えられます。

ただし、看取り期においては、経済的負担よりも、家族が後悔なく最期の時を過ごせるかどうかが重要です。家族が毎日面会に訪れられる環境にあることは、時間的・経済的な余裕があることを示しているかもしれません。

家族の役割の変化

かつてはA氏が母親として、祖母として、家族を支える役割を担っていたと考えられます。しかし、現在はその役割が逆転し、家族がA氏を支える立場になっています。この役割の変化は、家族にとって大きな心理的負担となる可能性があります。

しかし、長男の「母がまだ生きていてくれることに感謝しています」という発言からは、この役割の変化を受け入れ、母親の晩年を支えることに意義を見出していることがわかります。家族が看取りに積極的に参加することは、悲嘆のプロセスにおいても肯定的な影響を与えると考えられます。

アセスメントの視点

A氏は元教師という社会的役割を持ち、現在は長男家族との強い絆の中で最期の時を過ごしています。家族は毎日面会に訪れ、キーパーソンである長男を中心に、A氏の最善の利益を考えた意思決定ができています。家族間のコミュニケーションは良好で、A氏の人生を肯定的に評価し、感謝の気持ちを共有しています。

このような良好な家族関係とサポート体制は、A氏が尊厳ある最期を迎える上で非常に重要な要素です。看護師は、家族が後悔なく看取りに参加できるよう、面会環境の整備や情報提供、心理的支援を継続する必要があります。

ケアの方向性

家族が毎日面会に訪れられるよう、面会時間の柔軟な対応や、ゆっくり過ごせる環境を提供します。家族が希望すれば、いつでも側にいられる体制を整えます。病状の変化について、長男を中心に丁寧に説明し、家族が適切な判断ができるよう支援します。家族の心理的負担を評価し、必要に応じて傾聴やカウンセリングを提供します。家族が手を握ったり声をかけたりする関わりを支援し、家族とA氏の時間を大切にします。家族が看取りに積極的に参加できるよう、ケアの一部(手を握る、口を湿らせるなど)を家族と一緒に行うことも検討します。家族の悲嘆のプロセスを支援し、後悔のない看取りができるよう、継続的に関わります。

このパターンのポイント

性-生殖パターンでは、年齢、家族構成、性・生殖に関する健康問題、疾患や治療が性機能・生殖機能に与える影響を評価します。100歳の超高齢者で看取り期にある場合、生殖機能はすでに終了しており、性的関心も低下していると考えられますが、女性としてのアイデンティティや尊厳は保たれるべきです。

どんなことを書けばよいか

性-生殖パターンでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 年齢、家族構成
  • 更年期症状の有無
  • 性・生殖に関する健康問題
  • 疾患や治療が性機能・生殖機能に与える影響

年齢と生殖機能

A氏は100歳という超高齢であり、生殖機能はすでに終了しています。一般的に女性は50歳前後で閉経を迎え、その後は生殖能力を失います。A氏の場合、閉経から約50年が経過しており、性ホルモンの分泌もほぼ停止していると考えられます。

このような超高齢期においては、性や生殖に関する直接的な問題は少ないといえます。ただし、長い人生の中で、結婚、出産、育児といった生殖に関わる経験が、A氏のアイデンティティ形成に大きな影響を与えてきたことは間違いありません。

家族構成から見る生殖歴

A氏の家族構成は長男夫婦と孫2人です。この情報から、A氏が少なくとも1人以上の子どもを出産し、育て上げたことがわかります。長男がいることから、他に子どもがいる可能性もありますが、事例には明記されていません。孫が2人いることから、長男夫婦が2人の子どもを育てており、A氏は祖母としての役割も果たしてきました。

母親として、祖母としての役割は、A氏の人生において重要な意味を持っていたと考えられます。子どもを産み育てるという経験は、女性のアイデンティティの重要な部分を占めることが多く、A氏にとっても誇りや充実感の源であった可能性があります。

更年期症状

A氏は現在100歳であり、更年期(閉経前後の時期)は約50年前に終了しています。更年期症状(ホットフラッシュ、発汗、イライラ、抑うつなど)があったとしても、それは過去の出来事であり、現在の健康状態には直接的な影響を与えていません。

ただし、閉経後の長期的な影響として、骨密度の低下があります。A氏が90歳時に右大腿骨頸部骨折を起こしたことは、閉経後の骨粗鬆症が一因である可能性があります。女性ホルモン(エストロゲン)の減少により、骨密度が低下し、骨折のリスクが高まります。

性・生殖に関する健康問題

事例には、性・生殖に関する明確な健康問題の記載はありません。婦人科系の疾患(子宮がん、卵巣がんなど)の既往歴も記載されていません。97歳時の誤嚥性肺炎、85歳時の高血圧症などの既往歴はありますが、これらは性・生殖機能とは直接関連していません。

現在の老衰という診断も、性・生殖機能とは関係のない全身の加齢性変化です。したがって、性・生殖に関する特別な健康問題はないと評価できます。

女性としての尊厳

超高齢期で意識レベルが低下していても、A氏は一人の女性として尊厳を保つ権利があります。ケアの際には、プライバシーに配慮し、身体の露出を最小限にする、おむつ交換や清拭の際には必ずカーテンを閉めるなどの配慮が必要です。

また、身だしなみを整えることも、女性としての尊厳を保つ上で重要です。たとえ意識レベルが低下していても、髪を整える、顔を清潔にする、適切な衣類を着せるなどのケアは、A氏の尊厳を守ることにつながります。

疾患や治療の影響

現在の老衰という状態や、苦痛緩和を中心とした治療方針は、性機能・生殖機能に影響を与えるものではありません。もともと生殖機能は終了しており、性的関心も低下している年齢であるため、疾患や治療による影響は考慮する必要がないといえます。

ただし、全身状態の悪化により、身体の衰弱が進んでいることは事実です。このような身体の変化は、たとえ意識レベルが低下していても、ボディイメージに影響を与える可能性があります。看護師は、A氏の身体を丁寧に扱い、尊厳ある姿を保つよう配慮する必要があります。

アセスメントの視点

A氏は100歳の女性で、生殖機能はすでに終了しており、性・生殖に関する直接的な健康問題はありません。長男と孫がいることから、母親・祖母としての役割を果たしてきたことがわかり、これはA氏のアイデンティティの重要な部分を占めていたと考えられます。

現在の看取り期において、性・生殖機能に関する医学的介入は必要ありませんが、女性としての尊厳を保つことは重要です。看護師は、プライバシーへの配慮、身だしなみを整えるケア、丁寧な身体の取り扱いを通じて、A氏の尊厳を守る必要があります。

ケアの方向性

おむつ交換や清拭など、身体に触れるケアの際には、必ずカーテンやスクリーンで視線を遮り、プライバシーを保護します。身体の露出は必要最小限にし、タオルやシーツで覆いながらケアを行います。髪を整える、顔を清潔にする、適切な衣類を着せるなど、身だしなみを整えるケアを丁寧に行います。家族が面会する際には、A氏の身なりが整っているよう配慮します。ケアの際には、たとえ意識レベルが低下していても、必ず声をかけ、「これから身体を拭きますね」などと説明し、一人の女性として尊重する姿勢を示します。

このパターンのポイント

コーピング-ストレス耐性パターンでは、ストレス状況への適応、対処方法、サポート体制を評価します。看取り期においては、本人のストレス対処は困難ですが、家族がストレスにどう対処し、看取りという大きな出来事に適応しているかを評価することが重要です。家族のストレス軽減と適応を支援することが、良好な看取りにつながります。

どんなことを書けばよいか

コーピング-ストレス耐性パターンでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 入院環境への適応
  • 仕事や生活でのストレス状況
  • ストレス発散方法、対処方法
  • 家族のサポート状況
  • 生活の支えとなるもの

本人の入院環境への適応

A氏は3年前から特別養護老人ホームに入所しており、2ヶ月前までは施設での生活を送っていました。9月15日に老人病院へ入院しましたが、入院時からすでに傾眠傾向が強く、意識レベルが低下していました。このため、入院という環境変化を認識し、それに適応するという過程は、ほとんどなかったと考えられます。

現在はほぼ終日傾眠状態で、刺激に対する反応もわずかです。このような意識レベルでは、環境からのストレスを認識する能力も低下していると考えられます。ある意味では、意識レベルの低下がストレスからの保護となっている可能性もあります。

過去のストレス対処能力

A氏は温厚で物静かな性格であったと家族は語っています。元教師という職業は、児童や保護者との関わり、教育上の責任など、多くのストレスを伴うものです。そのような中で長年教師として働き、100歳まで生きたことは、ストレスに対する適応能力が高かったことを示唆しています。

温厚で物静かという性格は、争いを避け、ストレスを溜め込まない生き方につながった可能性があります。また、家族との良好な関係も、人生におけるストレスを軽減する要因となったでしょう。

家族のストレス状況

家族、特にキーパーソンである長男は、母親の看取りという大きなストレス状況に直面しています。毎日面会に訪れることは、時間的・精神的な負担となる可能性があります。また、DNAR(蘇生処置拒否)や人工的な栄養投与を行わないという重要な意思決定を行うことも、家族にとって大きな心理的負担となります。

しかし、長男の「母は十分に生きてくれました」「母がまだ生きていてくれることに感謝しています」という発言からは、この状況を肯定的に受け止めている様子がうかがえます。母親の100歳という長寿、これまでの人生を肯定的に評価することで、看取りというストレスフルな状況に適応しようとしていると考えられます。

家族のサポート体制

長男夫婦と孫2人という家族構成から、複数の家族メンバーが互いにサポートし合える体制にあると推測されます。孫たちも週末には面会に訪れており、家族全体で看取りに関わっている様子がうかがえます。このような家族内でのサポートは、ストレスを分散し、一人に負担が集中することを防ぐ効果があります。

また、医療者との良好な関係も、家族のストレス軽減に寄与していると考えられます。家族の希望を尊重し、苦痛緩和を中心としたケアを提供するという方針が共有されていることは、家族が安心して看取りに臨める環境を作っています。

ストレス対処方法

家族がどのようにストレスに対処しているかについて、事例には明確な記載はありません。しかし、毎日の面会という行動自体が、家族のストレス対処方法の一つである可能性があります。母親の側にいること、手を握ったり声をかけたりすることで、家族は自分たちにできることをしているという感覚を得られ、無力感や後悔を軽減できるでしょう。

孫たちが「おばあちゃん、ありがとう」と声をかけることも、感謝の気持ちを表現することで、悲しみを肯定的な感情に変換するストレス対処方法といえます。

生活の支えとなるもの

家族にとって、A氏が「まだ生きていてくれること」そのものが支えとなっていることが、長男の発言から読み取れます。また、枕元に置かれた仏像は、A氏と家族双方にとって、信仰が精神的な支えとなっていることを示しています。

仏教の教えである「諸行無常」「生老病死」といった概念は、老いや死を自然な過程として受け入れる考え方につながります。このような信仰は、家族が看取りという困難な状況に適応する上で、重要な支えとなっている可能性があります。

家族の適応状況

家族が延命治療を希望せず、自然な形で看取りたいという明確な意向を持っていること、毎日面会に訪れていること、母親の人生を肯定的に評価していることから、家族は看取りという状況に比較的良好に適応していると評価できます。

ただし、実際に死が訪れた後の悲嘆反応については、まだ予測できません。看護師は、家族が今後も健康的に悲嘆のプロセスを進められるよう、継続的な支援が必要です。

潜在的なストレス要因

家族が抱える潜在的なストレス要因として、以下が考えられます。

  • 意思決定への不安や後悔(「本当にこれでよかったのか」という思い)
  • 死期が近づく中での心理的負担
  • 長期間の面会による身体的・精神的疲労
  • 経済的負担
  • 家族間での意見の相違(もしあれば)

看護師は、これらの潜在的なストレス要因を念頭に置き、家族の様子を観察し、必要に応じて支援を提供することが重要です。

アセスメントの視点

A氏は意識レベルの低下により、環境からのストレスを認識する能力が低下しています。一方、家族は母親の看取りという大きなストレス状況に直面していますが、母親の人生を肯定的に評価し、毎日の面会を通じて関わることで、比較的良好に適応していると評価できます。家族内でのサポート体制や、信仰による精神的支えも、ストレス耐性を高める要因となっています。

看護師は、家族がこのストレスフルな状況を乗り越えられるよう、継続的な支援を提供する必要があります。家族の表情や言動から、過度なストレスや疲労の兆候がないかを観察し、必要に応じて傾聴やカウンセリングを提供します。

ケアの方向性

家族の心理的負担を継続的に評価し、過度なストレスや疲労の兆候がないか観察します。家族が安心して面会できる環境を整え、いつでも医療者に相談できる体制を作ります。家族の意思決定を支持し、「これでよかった」と思えるよう、病状の説明や予想される経過について丁寧に説明します。家族が表現する感情(悲しみ、不安、感謝など)を受け止め、傾聴の姿勢を持ちます。必要に応じて、休息を勧めたり、他の家族メンバーと交代で面会するよう提案したりします。信仰が精神的な支えとなっていることを尊重し、宗教的な儀式や習慣を希望する場合は、可能な限り対応します。死が訪れた後も、家族の悲嘆のプロセスを支援し、必要に応じてグリーフケアの資源を紹介します。

このパターンのポイント

価値-信念パターンでは、信仰、宗教的背景、価値観、人生の目標、医療に対する価値観を評価します。看取り期においては、患者と家族の価値観や信念が、治療方針の決定や看取りの質に大きく影響します。その人らしい最期を迎えるために、価値観や信念を尊重したケアを提供することが重要です。

どんなことを書けばよいか

価値-信念パターンでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 信仰、宗教的背景
  • 意思決定を決める価値観/信念
  • 人生の目標、大切にしていること
  • 医療や治療に対する価値観

信仰と宗教的背景

A氏は仏教を信仰しており、枕元には小さな仏像が置かれています。この仏像は、家族がA氏の信仰を尊重し、入院後も宗教的な拠り所を身近に置いていることを示しています。仏教は日本において広く信仰されており、A氏が育った時代(大正から昭和初期)においては、仏教的な価値観が人々の生活や死生観に深く根付いていました。

仏教の教えには、「諸行無常(すべてのものは変化し続ける)」「生老病死(生まれること、老いること、病むこと、死ぬことは避けられない)」といった概念があります。これらの教えは、老いや死を自然な過程として受け入れる考え方につながります。A氏と家族が自然な死を受け入れている背景には、このような仏教的な死生観が影響している可能性があります。

意思決定を決める価値観

家族が延命治療を希望せず、DNAR(蘇生処置拒否)の方針を選択し、人工的な栄養投与を行わないことを決定した背景には、明確な価値観があります。長男の「母は十分に生きてくれました。もう苦しまないで、穏やかに旅立ってほしいです」という発言は、以下の価値観を示しています。

  • 生命の長さよりも質を重視する価値観
  • 苦痛のない穏やかな死を尊重する価値観
  • 自然な経過を受け入れる価値観
  • 100歳という長寿を十分なものと捉える価値観

これらの価値観は、現代の医療における「患者の尊厳」「QOL(生活の質)」「緩和ケア」といった概念とも一致しています。家族は、医療技術によって無理に生命を延ばすことよりも、母親が苦痛なく穏やかに最期を迎えることを優先しています。

人生の目標と大切にしてきたこと

A氏の人生において大切にしてきたことは、事例から以下のように推測できます。

教育への貢献: 元教師という職業から、子どもたちの教育に携わり、社会に貢献することを大切にしてきたと考えられます。教師という仕事は、単なる職業ではなく、使命感を持って取り組むものであり、A氏のアイデンティティの中核を成していたでしょう。

家族との絆: 長男や孫たちとの良好な関係、家族からの愛情と感謝は、A氏が家族を大切にし、良好な関係を築いてきたことを示しています。母親として、祖母として家族を支えることは、A氏にとって重要な人生の目標であった可能性があります。

信仰: 仏教への信仰は、A氏の人生において精神的な支えとなってきたと考えられます。信仰は、困難な時期を乗り越える力となり、人生の意味を見出す拠り所となります。

医療や治療に対する価値観

家族の意思決定から、A氏と家族の医療に対する価値観を読み取ることができます。

延命治療に対する考え方: 家族が延命治療を希望しなかったことは、「生命を無理に延ばすことが必ずしも本人のためにならない」という価値観を示しています。これは、医療に対して盲目的に依存するのではなく、医療の限界を理解し、適切な選択をするという成熟した姿勢といえます。

苦痛緩和の重視: 「もう苦しまないで」という発言からは、苦痛を最小限にすることを重視する価値観が読み取れます。これは、現代の緩和ケアの理念と一致しています。

自然な死の尊重: 人工的な栄養投与を行わず、自然な経過を尊重することを選択したことは、「人間の死には自然なタイミングがある」という価値観を反映しています。

家族の発言に表れる価値観

長男の「母がまだ生きていてくれることに感謝しています」という発言は、生命の尊さ、家族の存在への感謝という価値観を示しています。また、孫たちの「おばあちゃん、ありがとう」という言葉は、祖母から受けた愛情や教えに対する感謝の気持ちを表現しています。

これらの発言からは、家族が過去への感謝現在への感謝の両方を持っていることがわかります。死を悲しむだけでなく、100年の人生を肯定的に評価し、感謝の気持ちを持つことは、健康的な死の受容につながります。

温厚で物静かな性格と価値観

家族が語るA氏の「温厚で物静かな性格」は、争いを好まず、調和を重んじる価値観を示唆しています。このような性格は、仏教的な価値観(慈悲、忍耐、平静)とも通じるものがあります。

元教師という職業を選び、長年続けてきたことも、知識の伝承、次世代の育成を大切にする価値観の表れといえます。温厚な性格は、教師として子どもたちと接する上でも重要な資質であったでしょう。

尊厳ある死という価値観

家族の意思決定全体を通じて、「尊厳ある死」を重視する価値観が一貫して見られます。延命治療を行わないこと、苦痛緩和を優先すること、家族が側にいて看取ること、これらすべてが、A氏の尊厳を保ちながら、その人らしい最期を迎えさせたいという価値観に基づいています。

このような価値観は、A氏自身が生前に持っていた考え方を反映している可能性が高く、家族はその意向を尊重して意思決定を行っていると考えられます。

アセスメントの視点

A氏と家族は仏教を信仰しており、仏教的な死生観が看取りの方針に影響を与えている可能性があります。家族は、生命の長さよりも質を重視し、苦痛のない穏やかな死を尊重する価値観を持っています。延命治療を希望せず、自然な経過を受け入れる姿勢は、A氏の100年の人生を十分なものと捉え、尊厳ある死を重視する価値観の表れです。

看護師は、このような患者と家族の価値観や信念を尊重し、それに沿ったケアを提供することが重要です。医療者の価値観を押し付けるのではなく、患者と家族の意向を最優先にする姿勢が求められます。

ケアの方向性

仏教への信仰を尊重し、枕元の仏像を大切に扱います。家族が希望すれば、お経を流す、僧侶の訪問を受け入れるなど、宗教的な儀式や習慣に対応します。家族の「尊厳ある死」を重視する価値観を支持し、延命治療を行わず、苦痛緩和を優先するという方針を実践します。家族が「母は十分に生きてくれた」と感じられるよう、A氏の人生の価値を認め、その人らしい最期を迎えられるよう支援します。医療者の価値観を押し付けず、家族の意思決定を尊重する姿勢を持ちます。看取りの場面では、家族が希望する形(静かな環境、家族全員が揃う、宗教的な儀式など)を可能な限り実現できるよう配慮します。A氏の100年の人生を敬意を持って扱い、最期の瞬間まで、その尊厳を守ることを最優先とします。


ヘンダーソンのアセスメント

このニーズのポイント

正常に呼吸するというニーズは、生命維持に最も基本的で重要なものです。老衰の終末期においては、呼吸機能の低下が進行し、呼吸パターンに変化が生じます。呼吸状態を継続的に観察し、苦痛のない呼吸を維持するための援助が求められます。

どんなことを書けばよいか

正常に呼吸するというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 疾患の簡単な説明
  • 呼吸数、SpO2、肺雑音、呼吸機能、胸部レントゲン
  • 呼吸苦、息切れ、咳、痰
  • 喫煙歴
  • 呼吸に関するアレルギー

老衰における呼吸機能の変化

A氏の病名は老衰です。老衰とは、加齢に伴う生理的な機能低下が進行し、特定の疾患によらずに全身の諸臓器の機能が衰えていく状態を指します。呼吸器系においても、加齢により呼吸筋の筋力低下、肺組織の弾力性低下、肺活量の減少などが生じており、呼吸機能が全般的に低下しています。この病態を理解することは、A氏の呼吸状態を評価する上での基盤となります。

呼吸数とSpO2の推移

入院時、A氏の呼吸数は18回/分、SpO2は94%(室内気)でした。現在は呼吸数が14回/分で浅く静かな呼吸となり、SpO2は90%(室内気)まで低下しています。呼吸数が減少し、SpO2が低下していることは、呼吸機能がさらに低下していることを示しており、体内への酸素供給が減少していると考えられます。

浅く静かな呼吸は、老衰の終末期によく見られるパターンです。呼吸筋の筋力が低下し、深い呼吸を維持することが困難になっています。このような呼吸パターンの変化を観察し、今後さらなる変化(チェーンストークス呼吸や下顎呼吸など)が出現する可能性を念頭に置く必要があります。

呼吸苦の有無と苦痛の評価

事例には、明らかな呼吸苦や努力呼吸の記載はありません。静かで浅い呼吸という表現から、苦痛を伴わない呼吸状態と評価できる可能性があります。A氏は意識レベルが低下しており、呼吸苦を言語的に表現することはできませんが、表情や体動などの非言語的サインから苦痛の有無を評価する視点が重要です。

SpO2が90%と低下していますが、これが必ずしも苦痛を伴うわけではありません。老衰の終末期においては、低酸素状態が徐々に進行することで、かえって意識が穏やかになり、苦痛が少なくなることもあります。ただし、今後さらに呼吸状態が悪化した際に、呼吸困難感が出現する可能性には注意が必要です。

既往歴と呼吸器疾患

A氏は97歳時に誤嚥性肺炎で入院し、軽快退院しています。この既往歴は、嚥下機能の低下と誤嚥のリスクがあることを示しています。現在は嚥下反射もほとんど消失しており、誤嚥のリスクはさらに高まっています。

ただし、現在は経口摂取を行っていないため、食事による誤嚥のリスクは低減されています。しかし、口腔ケア時のスポンジブラシでの保湿の際にも、誤嚥に注意が必要です。わずかな水分でも気道に入れば、呼吸状態を悪化させる可能性があることを理解しておく必要があります。

喫煙歴とアレルギー

A氏には喫煙歴がありません。これは、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの喫煙関連疾患のリスクが低いことを意味しており、呼吸機能低下の主な原因が加齢による生理的変化であることを支持する情報です。

また、呼吸に関するアレルギーもないため、アレルギー性の気管支喘息や呼吸困難を引き起こす要因はないと考えられます。この点は、呼吸状態の管理を考える上で有利な要因といえます。

貧血と酸素運搬能力

血液データを見ると、ヘモグロビンが8.9g/dLと低値です。ヘモグロビンは酸素を全身に運搬する役割を担っているため、貧血は組織への酸素供給をさらに低下させる要因となります。SpO2が90%と低下している状況に加えて、貧血により組織の低酸素状態はさらに悪化していると考えられます。

この複合的な要因により、全身の細胞や臓器への酸素供給が不足し、生命維持機能の低下につながっています。ただし、老衰の終末期においては、これらの改善を図ることは困難であり、苦痛緩和を優先する方針が適切です。

ニーズの充足状況

A氏の「正常に呼吸する」というニーズは、老衰の進行により充足が困難な状態にあります。呼吸数の減少、SpO2の低下、浅く静かな呼吸は、呼吸機能が低下していることを示しています。ただし、現時点では明らかな呼吸苦は認められず、苦痛のない呼吸が保たれている可能性があります。

阻害要因としては、加齢による呼吸筋の筋力低下、肺機能の低下、貧血による酸素運搬能力の低下が挙げられます。これらは老衰の自然な経過であり、根本的な改善は困難です。看護師は、このニーズが完全には充足されない状況を受け入れつつ、苦痛のない呼吸を維持することに焦点を当てる必要があります。

ケアの方向性

呼吸数、SpO2、呼吸パターンを継続的に観察し、呼吸状態の変化を早期に把握します。チェーンストークス呼吸や下顎呼吸などの終末期の呼吸パターンが出現していないか注意します。表情、体動、不穏などから、呼吸苦の有無を非言語的サインで評価します。呼吸困難感が出現した場合は、速やかに医師に報告し、酸素投与や鎮静薬の使用を検討します。口腔ケア時は誤嚥に十分注意し、スポンジブラシでの保湿を慎重に行います。安楽な体位(セミファウラー位など)を保持し、呼吸を楽にする援助を提供します。過度な酸素投与や人工呼吸器などの侵襲的治療は行わず、自然な経過を尊重しながら、苦痛のない呼吸を維持することを最優先とします。

このニーズのポイント

適切に飲食するというニーズは、栄養と水分を摂取し、生命を維持するために不可欠です。老衰の終末期においては、食事摂取の低下が生命の終焉に向かう自然な過程として現れます。無理な栄養投与ではなく、本人と家族の意向を尊重し、苦痛緩和を重視した援助が求められます。

どんなことを書けばよいか

適切に飲食するというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 食事と水分の摂取量と摂取方法
  • 食事に関するアレルギー
  • 身長、体重、BMI、必要栄養量、身体活動レベル
  • 食欲、嚥下機能、口腔内の状態
  • 嘔吐、吐気
  • 血液データ(TP、Alb、Hb、TGなど)

食事摂取量の著明な低下

A氏は入院前、施設でミキサー食を提供されていましたが、摂取量は1割程度まで低下していました。2ヶ月前から食事摂取量が著明に減少し始め、現在は経口摂取が困難な状態です。この経過は、老衰が進行段階に入ったことを示す重要なサインであり、生命維持に必要な栄養を経口から摂取することが困難になっていることを意味しています。

老衰の終末期においては、このような食事摂取量の低下は自然な過程です。身体が必要とするエネルギー量が減少し、食欲も低下します。無理に食事を摂取させることは、かえって苦痛を与える可能性があることを理解する必要があります。

嚥下機能の消失

A氏は嚥下反射がほとんど消失しています。嚥下反射とは、食物や水分を口腔から食道へ送り込む際の反射的な運動ですが、この機能が失われることで、経口からの安全な摂取が不可能になっています。97歳時に誤嚥性肺炎の既往があることも、嚥下機能が以前から低下していたことを示しています。

嚥下反射の消失は、老衰における重要な変化の一つです。無理に経口摂取を試みると、誤嚥により呼吸状態を悪化させる危険性が高いため、現在は経口摂取を行わない方針となっています。

身体計測値と栄養状態

A氏は身長142cm、体重32kgで、BMIは約15.9です。これは著しい低栄養状態を示す数値です。一般的に高齢者のBMIは18.5以上が望ましいとされていますが、A氏はそれを大きく下回っています。100歳という超高齢であることや、この1年での急速な全身状態の悪化を考えると、筋肉量の減少と脂肪組織の消耗が著しく進行していることがわかります。

必要栄養量については、現在の活動レベル(臥床状態)と年齢を考慮すると、基礎代謝量も大幅に低下していると考えられます。しかし、経口摂取も人工的な栄養投与も行われていないため、必要量を満たすことは困難な状況です。

血液データと栄養指標

血液データから、総蛋白5.6g/dL(基準値6.5-8.0g/dL)、アルブミン2.2g/dL(基準値3.8-5.2g/dL)と、いずれもタンパク質栄養障害を示す低値です。特にアルブミンの低下は、全身の栄養状態が極めて悪化していることを示す重要な指標です。

また、ヘモグロビン8.9g/dLと貧血も認められます。これは鉄分やタンパク質の不足により、赤血球の産生が低下していることを示しており、栄養状態の悪化と関連しています。これらのデータは、老衰の進行に伴う多臓器機能の低下を反映しており、栄養状態の改善が困難な状況にあることを示しています。

人工的な栄養投与の方針

現在、家族の希望により点滴や経管栄養などの人工的な栄養投与は行われていません。代わりに、口腔ケアと保湿を中心に実施し、時折スポンジブラシに水を含ませて口唇を湿らせる程度のケアを行っています。

この方針は、老衰の終末期における自然な経過を尊重し、無理な延命処置を避けるという家族の価値観に基づいています。人工的な栄養投与は、心不全や浮腫を引き起こし、かえって苦痛を増大させる可能性もあります。家族の意向を尊重し、苦痛緩和を優先する現在の方針は、A氏の最善の利益を考えた選択といえます。

食事に関するアレルギー

A氏には食事に関するアレルギーはありません。これは、もし経口摂取や人工的な栄養投与を行う場合に、アレルギー反応を考慮する必要がないという点で有利な情報です。ただし、現在は経口摂取も栄養投与も行われていないため、この情報の臨床的意義は限定的です。

嘔吐・吐気の有無

事例には、嘔吐や吐気の記載はありません。これは、消化器系の不快症状がなく、比較的穏やかな状態にあることを示しています。老衰の終末期において、嘔吐や吐気がないことは、苦痛が少ない状態を維持する上で重要な要素です。

ニーズの充足状況

A氏の「適切に飲食する」というニーズは、老衰の進行により充足が極めて困難な状態にあります。食事摂取量の著明な低下、嚥下機能の消失、経口摂取困難という状況は、このニーズが満たされていないことを明確に示しています。

阻害要因としては、嚥下反射の消失、食欲の低下、意識レベルの低下が挙げられます。これらは老衰の自然な経過であり、改善することは困難です。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には飲食に必要な「体力」も「意志力」も失われています。看護師は、このニーズが充足されない状況を受け入れつつ、口腔内の快適性を保つことで、わずかながらもこのニーズに応える援助を提供することが重要です。

ケアの方向性

経口摂取が困難な中で、口腔内の乾燥による不快感を軽減するため、丁寧な口腔ケアと保湿を継続します。スポンジブラシに水を含ませて口唇や口腔内を湿らせる際には、誤嚥のリスクに十分注意し、わずかな量で慎重に行います。口腔内の清潔を保ち、感染予防にも努めます。人工的な栄養・水分投与は行わず、家族の意向を尊重し、自然な経過を見守ります。低栄養状態により皮膚が脆弱になっているため、体位変換や清拭の際には優しく丁寧に扱います。家族には、口腔ケアの意義や、無理な栄養投与を行わない方針の妥当性について、丁寧に説明し、理解を得ます。食事摂取ができないことへの家族の不安や罪悪感に寄り添い、これが自然な経過であることを支持します。

このニーズのポイント

あらゆる排泄経路から排泄するというニーズは、体内の老廃物を適切に排出し、体内環境を整えるために重要です。老衰の終末期においては、腎機能の低下により排泄量が減少し、体内に老廃物が蓄積していきます。排泄ケアを通じて、患者の尊厳を保ち、清潔で快適な環境を提供することが求められます。

どんなことを書けばよいか

あらゆる排泄経路から排泄するというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 排便回数と量と性状、排尿回数と量と性状、発汗
  • In-outバランス
  • 排泄に関連した食事、水分摂取状況
  • 麻痺の有無
  • 腹部膨満、腸蠕動音
  • 血液データ(BUN、Cr、GFRなど)

尿量の著明な減少と性状

A氏の尿量は1日200ml程度の濃縮尿が少量ずつ出ている状態です。一般的な成人の1日の尿量は約1,000〜1,500mlですから、A氏の尿量は正常の約1/5以下に減少しています。濃縮尿という性状は、尿が通常よりも色が濃く、体内での水分再吸収が進んでいることを示しており、腎臓での尿の濃縮機能が働いていることがわかります。

このような尿量の著明な減少は、腎機能の低下と循環血液量の減少を示す重要なサインです。老衰の終末期において、尿量の減少は生命維持機能が衰退していることを示しています。

腎機能の低下

血液データを見ると、BUN(尿素窒素)が入院時32mg/dLから最新45mg/dLへ上昇し、クレアチニンも1.2mg/dLから1.5mg/dLへ上昇しています。いずれも基準値(BUN 8-20mg/dL、Cr 0.5-1.0mg/dL)を上回っており、腎機能の低下が進行していることを示しています。

BUNとクレアチニンの上昇は、腎臓での老廃物の排泄能力が低下していることを意味します。特にBUNの上昇は、脱水や循環血液量の減少によっても引き起こされます。食事摂取量の減少と水分摂取の不足により、腎臓への血流が低下し、腎機能がさらに悪化するという悪循環が生じていると考えられます。

排便の状況

A氏は入院前、施設でおむつを使用しており、排便は3日に1回程度で下剤を使用していました。現在は入院後1回のみで、少量の硬便が認められています。食事摂取量が1割程度まで低下し、現在はほぼ経口摂取がない状況ですから、排便回数の減少は当然の結果といえます。

硬便が出ていることから、腸内での水分吸収が進んでいること、活動量の低下により腸蠕動が減弱していることが推測されます。ただし、事例には腹部膨満や不快感の記載がないため、便秘による苦痛は生じていないと考えられます。

In-outバランスの評価

水分の摂取(In)は、スポンジブラシでの保湿程度でほとんどないといえます。一方、排泄(Out)は尿量200ml/日程度と少量です。通常であれば、このような摂取量では脱水が急速に進行しますが、A氏の場合は不感蒸泄(皮膚や呼吸からの水分喪失)も減少していると考えられます。

体温が35.8℃と低下していること、呼吸数が14回/分と少ないこと、活動量がほとんどないことから、不感蒸泄は健常者よりも少ない状態です。それでもBUNとクレアチニンの上昇から、体内は脱水傾向にあることがわかります。In-outバランスは大きく負に傾いていますが、老衰の終末期においては、これは自然な経過です。

排泄に関連した食事・水分摂取状況

食事摂取は困難で、水分摂取もほとんどない状況です。この摂取量の低下が、尿量の減少と便秘につながっています。経口からの摂取が困難な状況では、排泄量が減少するのは当然の結果であり、無理な輸液による改善を図ることは適切ではありません

家族の意向により人工的な栄養・水分投与を行わない方針は、自然な経過を尊重するものであり、過度な輸液により心不全や浮腫を引き起こすリスクを避ける意味でも適切です。

麻痺の有無

事例には麻痺の記載はありません。90歳時の右大腿骨頸部骨折以降は車椅子生活となっていますが、これは麻痺ではなく骨折後の筋力低下や歩行能力の喪失によるものです。麻痺がないことは、排泄において特別な配慮を要する要因が少ないことを意味します。

ただし、全身の筋力低下が著明で自力での体位変換もできないため、排泄時の姿勢の保持や腹圧をかけることは困難です。これは排便を困難にする要因の一つとなっています。

発汗の状況

体温が35.8℃と低下しており、末梢循環も不良であることから、発汗はほとんどないと考えられます。発汗は体温調節の一環として行われますが、A氏の場合は体温が低く、発汗による水分喪失は少ないと推測されます。これはIn-outバランスを考える上で、水分喪失が比較的少ない要因となっています。

ニーズの充足状況

A氏の「あらゆる排泄経路から排泄する」というニーズは、腎機能の低下により充足が困難な状態にあります。尿量の著明な減少、BUN・クレアチニンの上昇は、体内の老廃物が適切に排泄されていないことを示しています。排便も減少していますが、これは食事摂取量の減少に伴う自然な変化です。

阻害要因としては、腎機能の低下、食事・水分摂取の不足、活動量の低下、腸蠕動の減弱が挙げられます。これらは老衰の自然な経過であり、根本的な改善は困難です。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には排泄に必要な「体力」が失われており、このニーズを自力で充足することは不可能です。看護師は、おむつ交換を通じて排泄の援助を行い、患者の尊厳を保つことが重要な役割となります。

ケアの方向性

尿量の減少と腎機能の低下を継続的にモニタリングし、全身状態の変化を評価します。BUN・クレアチニンの推移を観察し、医師と情報を共有します。無理な輸液は行わず、家族の意向を尊重し、自然な経過を見守ります。おむつ交換時には、皮膚の脆弱性を考慮し、優しく丁寧に清拭を行います。濃縮尿は皮膚への刺激が強いため、こまめな観察と清潔保持を行い、皮膚トラブルを予防します。便秘による腹部膨満や不快感が生じていないか、腹部の状態を観察し、必要に応じて医師と相談します。排泄ケアを通じて患者の尊厳を保ち、清潔で快適な環境を提供することを心がけます。おむつ交換時には必ずプライバシーに配慮し、カーテンやスクリーンで視線を遮ります。

このニーズのポイント

身体の位置を動かし、良い姿勢を保持するというニーズは、褥瘡予防、循環促進、関節拘縮予防のために重要です。老衰の終末期においては、全身の筋力低下により自力での体動が困難になりますが、定期的な体位変換と安楽な体位の保持を通じて、苦痛のない状態を維持する援助が求められます。

どんなことを書けばよいか

身体の位置を動かし、また良い姿勢を保持するというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • ADL、麻痺、骨折の有無
  • ドレーン、点滴の有無
  • 生活習慣、認知機能
  • ADLに関連した呼吸機能
  • 転倒転落のリスク

ADLの全面的な低下

A氏は歩行が不可能で、移乗も全介助が必要です。排泄はおむつ使用で全介助、入浴は実施せず清拭のみ、衣類の着脱も全介助という状態で、自力での体位変換もできません。これは、日常生活動作のすべてにおいて全面的な介助を要する状態であり、ヘンダーソンの視点から見ると、このニーズを自力で充足することは完全に不可能な状況です。

3年前の施設入所当初は車椅子での移動が可能で食事も自力摂取できていましたが、この1年で急速にADLが低下しました。この急激な変化は、老衰が進行段階に入ったことを示す重要なサインであり、今後も自力でのADL改善は期待できない状況です。

既往歴と運動機能

A氏は90歳時に右大腿骨頸部骨折で手術を受け、その後は車椅子生活となりました。大腿骨頸部骨折は高齢者に多い骨折で、その後の歩行能力に大きな影響を与えます。この骨折が、A氏の活動性を大きく制限する転機となったことは明らかです。

骨折後の車椅子生活により、下肢の筋力がさらに低下し、廃用症候群が進行した可能性があります。現在の全身の筋力低下は、この骨折を契機とした活動性の低下が、長年にわたって積み重なった結果と考えることができます。

体位変換の必要性と実施状況

自力での体位変換ができないため、現在は2時間ごとの体位変換を実施しています。これは褥瘡予防のために非常に重要なケアです。高度の低栄養状態(BMI 15.9、アルブミン2.2g/dL)、末梢循環不良(四肢末梢のチアノーゼと冷感)という状況下では、褥瘡発生のリスクが極めて高く、圧迫が続くと短時間で褥瘡が発生する可能性があります。

体位変換の際には、皮膚の脆弱性を考慮し、摩擦やずれを最小限にする工夫が必要です。また、体位変換時に苦痛の表情がないか、呼吸状態に変化がないかを観察することも重要です。老衰の終末期においては、体位変換自体が身体的負担となる可能性もあるため、患者の状態を見ながら慎重に実施する必要があります。

ドレーン・点滴の有無

事例には、ドレーンや点滴の記載はありません。家族の希望により人工的な栄養・水分投与を行っていないため、点滴ルートもない状態です。これは、体位変換やケアの際にルート類への配慮が不要であることを意味し、ケアの自由度が高いという点で有利な状況です。

ルート類がないことで、体位変換時の制約が少なく、患者にとって安楽な体位を優先して選択できます。また、ルート類の自己抜去などのリスクもないため、安全面でも有利といえます。

認知機能と協力動作

A氏は認知機能が著しく低下しており(HDS-R 3点)、意識レベルも低下しています。このため、体位変換時に「身体を動かします」と声をかけても、それを理解し、協力動作を行うことは困難です。看護師は、患者の協力が得られない状況で体位変換を行う必要があり、より慎重な技術と配慮が求められます。

ただし、痛み刺激に対して顔をしかめる反応があることから、体位変換時に不快感や痛みがあれば、表情の変化として表れる可能性があります。言語的なフィードバックは得られませんが、非言語的なサインを注意深く観察する視点が重要です。

呼吸機能と体位の関係

A氏の呼吸数は14回/分で浅く静かな呼吸、SpO2は90%と低下しています。体位は呼吸機能に影響を与えるため、呼吸を楽にする体位を選択することが重要です。一般的に、セミファウラー位(上半身を30〜45度挙上した体位)は、横隔膜の動きを助け、呼吸を楽にする効果があります。

ただし、老衰の終末期においては、必ずしもセミファウラー位が最も快適とは限りません。患者の表情や呼吸状態を観察しながら、最も安楽な体位を見つけることが重要です。

転倒転落のリスク

現状では、A氏は自力での体位変換もできず、ほぼ終日傾眠状態であるため、転倒のリスクは低いと評価できます。ベッドから自力で起き上がることはできず、また起き上がろうとする意欲や認識もない状態です。

ただし、過去に施設で車椅子からのずり落ちが1回あったという情報があります。現在はベッド上で過ごしていますが、ベッド柵の適切な使用と、移乗時の安全確保が重要です。体位変換や移乗の際には、しっかりと身体を支え、急激な体位変換は避ける配慮が必要です。

ニーズの充足状況

A氏の「身体の位置を動かし、良い姿勢を保持する」というニーズは、全身の筋力低下により自力では全く充足できない状態にあります。自力での体位変換が不可能であり、すべての体動において看護師の全面的な援助が必要です。

阻害要因としては、全身の筋力低下、意識レベルの低下、認知機能の低下、過去の骨折による運動機能の喪失が挙げられます。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には体動に必要な「体力」も「意欲」も失われており、看護師が患者に代わってこのニーズを充足させる必要があります。2時間ごとの体位変換を確実に実施することで、褥瘡予防と安楽の保持を図ることが重要です。

ケアの方向性

2時間ごとの体位変換を確実に実施し、褥瘡の発生を予防します。体位変換時には、皮膚の脆弱性を考慮し、摩擦やずれを最小限にするため、スライディングシートなどの用具を活用します。体位変換時には必ず声をかけ、「今から身体を動かします」などと説明し、患者の尊厳を保ちます。表情の変化や呼吸状態の変化を観察し、苦痛や不快感がないか評価します。クッションや体位保持用具を活用して、圧迫を分散させ、安楽な体位を保持します。呼吸を楽にする体位(セミファウラー位など)を基本としつつ、患者の状態に応じて最も安楽な体位を選択します。移乗時には複数人で対応し、安全に配慮します。老衰の終末期では体位変換自体が負担となる可能性もあるため、患者の状態を見ながら、頻度や方法を調整します。

このニーズのポイント

睡眠と休息をとるというニーズは、心身の回復と健康維持のために重要です。老衰の終末期においては、意識レベルの低下により傾眠傾向が強くなりますが、これは病状の進行を示すサインであると同時に、苦痛が少ない穏やかな状態である可能性もあります。睡眠と覚醒の区別が曖昧になる中で、患者の安楽を保つことが求められます。

どんなことを書けばよいか

睡眠と休息をとるというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 睡眠時間、パターン
  • 疼痛、掻痒感の有無、安静度
  • 入眠剤の有無
  • 疲労の状態
  • 療養環境への適応状況、ストレス状況

傾眠傾向の進行と睡眠パターン

A氏は入院前から昼夜逆転はなかったものの、ほとんどの時間を傾眠状態で過ごしていました。1ヶ月前からは傾眠傾向が強くなり、ほとんど覚醒しない状態となり、現在はほぼ終日傾眠状態です。刺激に対する反応はわずかで、時折目を開けることがありますが、焦点は合わず視線は定まりません。

この傾眠傾向の進行は、意識レベルの低下を示しており、老衰の進行に伴う脳機能の低下を反映しています。昼夜逆転がないという情報は、生活リズムが完全には崩れていないことを示していますが、覚醒時間がほとんどない状況では、睡眠と覚醒の区別自体が意味をなさなくなっています。

睡眠と意識障害の区別

通常の睡眠は、覚醒と睡眠のリズムが保たれ、刺激により覚醒することが可能です。しかし、A氏の場合は、刺激に対する反応がわずかで、明確な覚醒状態に至らないことから、これは睡眠というよりも意識レベルの低下と捉える方が適切といえます。

老衰の終末期においては、このように睡眠と意識障害の境界が曖昧になることがよくあります。この状態は、脳への血流や酸素供給が低下し、脳機能が低下していることを示しています。看護師は、これが病状の進行による自然な変化であることを理解し、家族にも説明する必要があります。

入眠剤の使用状況

A氏は睡眠薬などを使用していません。これは重要な情報です。睡眠薬を使用せずに傾眠状態にあるということは、薬剤の影響ではなく、病状の進行による自然な意識レベルの低下であることを示しています。

看取り期においては、不必要な薬剤の使用を避けることが原則です。睡眠薬の使用は意識レベルをさらに低下させ、家族とのわずかなコミュニケーションの機会を奪う可能性があります。現在の方針は適切といえます。

疼痛と睡眠の質

A氏は痛み刺激には顔をしかめる程度の反応がありますが、明確な疼痛表現はできません。持続的な痛みがあるかどうかは不明ですが、医師の指示で苦痛症状が出現した場合は速やかに対症療法を実施することになっており、疼痛管理の体制は整っています

事例からは、明らかな疼痛により睡眠が妨げられている様子は読み取れません。A氏が静かに穏やかに過ごしている様子からは、強い苦痛はないと評価できる可能性があります。ただし、意識レベルが低下しているため、痛みを感じていても表現できない可能性も考慮する必要があります。

療養環境への適応

A氏は9月15日に施設から老人病院へ入院しましたが、入院時からすでに傾眠傾向が強く、意識レベルが低下していました。このため、入院という環境変化を認識し、それに適応するという過程は、ほとんどなかったと考えられます。

現在はほぼ終日傾眠状態で、刺激に対する反応もわずかです。このような意識レベルでは、環境からのストレスを認識する能力も低下していると考えられます。ある意味では、意識レベルの低下がストレスからの保護となっている可能性もあります。

安静度と活動レベル

A氏は全身の筋力低下が著明で、自力での体位変換もできず、ほぼ終日臥床しています。安静度は完全臥床であり、活動レベルは極めて低い状態です。このような高度の安静状態では、身体的な疲労はほとんど生じませんが、同時に覚醒を促す刺激も少なくなります。

活動レベルの低下は、覚醒時間の減少につながり、傾眠傾向をさらに強める要因となります。しかし、老衰の終末期においては、活動性を高めることは現実的ではなく、また患者の負担となる可能性もあるため、現在の状態を受け入れることが適切です。

傾眠状態の意味と家族の関わり

老衰の終末期における傾眠状態は、必ずしも苦痛を意味するものではありません。むしろ、意識レベルが低下することで、身体的な苦痛を感じにくくなっている可能性もあります。A氏が静かに穏やかに過ごしている様子からは、強い苦痛はないと評価できるかもしれません。

ただし、傾眠状態にあっても、聴覚は最後まで保たれるといわれています。家族が毎日面会に訪れ、ベッドサイドで手を握ったり声をかけたりしていることは、A氏に何らかの形で伝わっている可能性があります。家族には、この点を説明し、積極的な関わりを支援することが重要です。

ニーズの充足状況

A氏の「睡眠と休息をとる」というニーズは、一見すると充足されているように見えますが、実際には病的な意識レベルの低下によるものです。通常の健康的な睡眠とは異なり、覚醒と睡眠のリズムが失われ、刺激に対する反応が乏しい状態です。

ヘンダーソンの視点から見ると、健康的な睡眠と休息をとるというニーズは充足されていません。しかし、老衰の終末期においては、このような意識レベルの低下は避けられない変化であり、むしろ苦痛を感じにくくする保護的な側面もあります。看護師は、この状態を病状の進行による自然な変化として受け入れつつ、苦痛がなく穏やかに過ごせる環境を整えることが重要です。

ケアの方向性

傾眠状態を病状の進行による自然な経過として受け入れ、無理な覚醒刺激は避けます。ただし、家族が面会した際には、優しく声をかけるなど、穏やかな刺激を提供します。苦痛の徴候(顔をしかめる、呼吸パターンの変化、不穏など)がないか、継続的に観察します。静かで落ち着いた環境を提供し、照明や音に配慮します。特に夜間は照明を落とし、日中は適度な明るさを保つことで、わずかながらも昼夜のリズムを維持します。疼痛や不快感の徴候があれば、速やかに医師に報告し、適切な対症療法を実施します。家族には、傾眠状態にあっても聴覚は保たれている可能性があることを説明し、声かけや手を握るなどの関わりを勧めます。睡眠薬などの薬剤は使用せず、自然な経過を尊重します。

このニーズのポイント

適切な衣類を選び、着脱するというニーズは、体温調節、快適性の確保、個人の尊厳の保持に関わります。老衰の終末期においては、自力での衣類の選択や着脱は困難ですが、看護師が適切な衣類を選択し、丁寧に着脱の援助を行うことで、患者の快適性と尊厳を保つことが求められます。

どんなことを書けばよいか

適切な衣類を選び、着脱するというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • ADL、運動機能、認知機能、麻痺の有無、活動意欲
  • 点滴、ルート類の有無
  • 発熱、吐気、倦怠感

ADLと運動機能の状態

A氏は衣類の着脱も全介助が必要な状態です。全身の筋力低下が著明で、自力での体位変換もできないため、衣類の着脱を自分で行うことは全く不可能です。上肢を動かすことも困難であり、看護師が全面的に援助する必要があります。

ヘンダーソンの視点から見ると、A氏にはこのニーズを充足するための「体力」が完全に失われています。看護師は、患者に代わってこのニーズを充足させるため、適切な衣類を選択し、着脱の援助を行う必要があります。

認知機能と衣類選択の能力

A氏は認知機能が著しく低下しており(HDS-R 3点)、意識レベルも低下しています。このため、気温や季節に応じて適切な衣類を選択するという判断能力も失われています。また、自分の好みや快適性に基づいて衣類を選ぶという意欲や能力もありません。

看護師は、患者に代わって、体温、室温、季節、皮膚の状態などを総合的に判断し、最も適切な衣類を選択する責任があります。また、可能であれば家族から、A氏が以前に好んでいた衣類の色や柄について情報を得ることで、その人らしさを尊重した選択ができます。

点滴・ルート類の有無

事例には、点滴やルート類の記載はありません。家族の希望により人工的な栄養・水分投与を行っていないため、点滴ルートもない状態です。これは、衣類の着脱においてルート類への配慮が不要であることを意味し、着脱の手技が比較的シンプルになるという点で有利な状況です。

ルート類があると、それを避けながら衣類を着脱する必要があり、手技が複雑になります。また、ルートの抜去リスクも高まります。現在の状況では、そのような配慮が不要であるため、患者の快適性を最優先に衣類を選択し、着脱を行うことができます。

体温と衣類選択

A氏の体温は35.8℃と低下しており、四肢末梢のチアノーゼと冷感が認められます。これは末梢循環が不良であり、体温調節機能が低下していることを示しています。このような状態では、適切な保温が重要になります。

衣類を選択する際には、保温性を考慮する必要があります。ただし、過度の保温は発汗や不快感を引き起こす可能性もあるため、室温とのバランスを考慮し、患者の皮膚温や表情を観察しながら調整することが重要です。必要に応じて、毛布やバスタオルなどで追加の保温を行うことも検討します。

発熱・吐気・倦怠感

事例には、発熱や吐気の記載はありません。CRPが1.2mg/dLとわずかに上昇していますが、明らかな感染症の兆候はなく、発熱もありません。倦怠感については、意識レベルが低下しているため、本人が訴えることはありませんが、全身の衰弱が著明であることから、倦怠感は存在すると推測されます。

発熱がないことは、頻繁な着替えの必要性が低いことを意味します。ただし、発汗や排泄物による汚染があれば、速やかに着替えを行う必要があります。吐気がないことも、嘔吐による衣類の汚染のリスクが低いという点で有利です。

皮膚の脆弱性と着脱の技術

A氏は高度の低栄養状態(BMI 15.9、アルブミン2.2g/dL)にあり、皮膚が非常に脆弱です。衣類の着脱時に、摩擦やずれにより皮膚損傷を起こすリスクが高いため、非常に丁寧な技術が求められます。

衣類を脱がせる際には、身体を引っ張ったり、強く摩擦したりしないよう注意が必要です。また、着せる際には、体位変換と組み合わせながら、できるだけ患者の身体を動かさずに衣類を整える工夫が必要です。寝衣は前開きで、着脱しやすいものを選択することが望ましいでしょう。

尊厳の保持と衣類選択

衣類は、個人のアイデンティティや尊厳と深く関わっています。意識レベルが低下し、自分で衣類を選択できない状態でも、患者の尊厳を保つ衣類を選択することが重要です。病院の寝衣であっても、清潔で適切なサイズのものを選び、乱れがないように整えることが、患者の尊厳を守ることにつながります。

可能であれば、家族に A氏が以前に好んでいた色や柄について尋ね、それに近い衣類を選択することも、その人らしさを尊重する一つの方法です。

ニーズの充足状況

A氏の「適切な衣類を選び、着脱する」というニーズは、運動機能の低下と認知機能の低下により、自力では全く充足できない状態にあります。衣類の選択も着脱も、すべて看護師の援助に依存しています。

阻害要因としては、全身の筋力低下、認知機能の低下、意識レベルの低下が挙げられます。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には「体力」も「意欲」も「知識」も失われており、看護師が患者に代わってこのニーズを充足させる必要があります。看護師は、体温調節、快適性の確保、尊厳の保持という観点から、適切な衣類を選択し、丁寧な着脱援助を提供することが重要です。

ケアの方向性

体温が低下し末梢循環が不良であるため、保温性のある衣類を選択します。室温とのバランスを考慮し、患者の皮膚温や表情を観察しながら、必要に応じて毛布などで追加の保温を行います。衣類の着脱時には、皮膚の脆弱性を考慮し、摩擦やずれを最小限にする丁寧な技術を用います。前開きで着脱しやすい衣類を選択し、体位変換と組み合わせながら効率的に着脱を行います。排泄物や発汗による汚染があれば、速やかに着替えを行い、清潔を保ちます。衣類が乱れていないか、しわや食い込みがないかを定期的に観察し、快適性を保ちます。可能であれば家族に、A氏が以前に好んでいた色や柄について尋ね、その人らしさを尊重した衣類選択を心がけます。着脱時には必ず声をかけ、「今から服を着替えます」などと説明し、患者の尊厳を保ちます。

このニーズのポイント

体温を生理的範囲内に維持するというニーズは、生命維持に不可欠な体内環境の恒常性を保つために重要です。老衰の終末期においては、体温調節機能が低下し、体温の低下が見られます。適切な環境調整と保温により、患者の快適性を保つことが求められます。

どんなことを書けばよいか

体温を生理的範囲内に維持するというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • バイタルサイン
  • 療養環境の温度、湿度、空調
  • 発熱の有無、感染症の有無
  • ADL
  • 血液データ(WBC、CRPなど)

体温の低下と推移

A氏の体温は、入院時36.2℃から現在35.8℃へ低下しています。一般的に正常体温は36.0〜37.0℃とされていますので、現在の35.8℃は低体温の範囲に入っています。この体温低下は、老衰の進行に伴う基礎代謝の低下、循環機能の低下、体温調節中枢の機能低下を反映していると考えられます。

老衰の終末期においては、このような体温低下は生命維持機能が衰退していることを示す重要なサインの一つです。体温の低下は、全身の代謝活動が低下していることを意味しており、今後さらに低下する可能性があります。

末梢循環の不良

四肢末梢のチアノーゼと冷感が認められます。これは末梢循環が不良であることを示しており、心機能の低下により十分な血液を全身に送ることができなくなっていることがわかります。血圧も78/48mmHgと低下しており、循環動態の不安定化が進行しています。

末梢循環の不良により、四肢の体温はさらに低下していると考えられます。中心部(体幹)の体温と末梢の体温の差が大きくなることも、終末期の特徴的な変化です。このような状態では、保温が重要になりますが、過度の保温は中心部の温度を上昇させすぎる可能性もあるため、注意が必要です。

感染症の有無

白血球数は6,200/μL(基準値3,500-9,000/μL)と正常範囲内で、CRPは1.2mg/dL(基準値0.0-0.3mg/dL)とわずかに上昇していますが、明らかな感染症の兆候はありません。発熱もなく、むしろ体温は低下しています。97歳時に誤嚥性肺炎の既往がありますが、現在は経口摂取を行っていないため、誤嚥のリスクは低減されています。

CRPのわずかな上昇は、何らかの炎症反応が生じている可能性を示唆していますが、全身状態の悪化に伴う非特異的な変化とも考えられます。感染症がないことは、発熱による体温上昇の心配がなく、体温管理がより単純になるという点で有利です。

ADLと熱産生能力

A氏はほぼ終日臥床しており、自力での体位変換もできず、活動量は極めて低い状態です。筋肉運動は熱産生の重要な源ですが、活動量が皆無に近い状態では、筋肉運動による熱産生はほとんど期待できません。

また、食事摂取もほとんどないため、食事による熱産生(食事誘発性熱産生)もありません。これらの要因が重なり、体温を維持するための熱産生が著しく低下していると考えられます。

療養環境の調整

事例には、療養環境の温度や湿度についての明確な記載はありませんが、体温が低下していることを考えると、適切な室温管理が重要です。一般的に、病室の温度は22〜24℃程度が適切とされていますが、A氏の場合は体温が低下しているため、やや高めの温度設定が望ましい可能性があります。

ただし、室温を高くしすぎると、看護師や家族が不快に感じたり、他の患者への影響も考慮する必要があります。室温調整に加えて、毛布やバスタオルでの保温、衣類の選択など、個別的な保温対策を組み合わせることが重要です。

体温調節中枢の機能低下

体温調節は、視床下部にある体温調節中枢によってコントロールされています。老衰の進行により脳機能が低下し、体温調節中枢の機能も低下していると考えられます。このため、外部環境の変化に対して適切に体温を調節することが困難になっています。

健康な人であれば、寒さを感じれば震えて熱産生を増やしたり、暑さを感じれば発汗して熱を放散したりしますが、A氏の場合はこのような調節機能が働きにくい状態です。看護師が環境を調整し、適切な保温を提供することで、体温の維持を援助する必要があります。

体温測定の意義

バイタルサインの測定は1日2回行われています。体温の測定は、感染症の早期発見や、全身状態の変化を把握する上で重要です。ただし、老衰の終末期においては、体温の低下は病状の進行を示すサインであり、体温を正常範囲に戻すことが目標ではありません

むしろ、体温の推移を観察することで、生命維持機能の変化を評価し、家族に病状の説明を行う際の重要な情報となります。また、急激な体温の変化があれば、何らかの急性変化(感染症など)の可能性も考慮する必要があります。

ニーズの充足状況

A氏の「体温を生理的範囲内に維持する」というニーズは、体温調節機能の低下により充足が困難な状態にあります。体温は35.8℃と低体温の範囲にあり、末梢循環の不良により四肢の冷感も認められます。

阻害要因としては、基礎代謝の低下、活動量の低下による熱産生の減少、食事摂取の低下、循環機能の低下、体温調節中枢の機能低下が挙げられます。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には体温を維持するための「体力」が失われており、看護師が環境調整と保温により援助する必要があります。ただし、老衰の終末期における体温低下は自然な経過であり、無理に正常範囲に戻すことは目標とせず、快適性を保つことを優先します。

ケアの方向性

体温を継続的にモニタリングし、推移を観察します。急激な体温の変化があれば、感染症などの急性変化の可能性を考慮し、医師に報告します。末梢循環が不良で四肢に冷感があるため、毛布やバスタオルで保温を行います。ただし、過度の保温は避け、患者の表情や皮膚の状態を観察しながら調整します。室温は適切に保ち、可能であればやや高めの温度設定を検討します。ただし、他の患者や家族への影響も考慮します。体温の低下は老衰の自然な経過であることを家族に説明し、無理に体温を上昇させる処置は行わないことを理解してもらいます。定期的に皮膚の観察を行い、冷感の程度や色調の変化を評価します。快適性を保つことを最優先とし、患者の表情から不快感がないかを観察します。

このニーズのポイント

身体を清潔に保ち、身だしなみを整え、皮膚を保護するというニーズは、感染予防、快適性の確保、尊厳の保持、皮膚トラブルの予防に関わります。老衰の終末期においては、皮膚が脆弱になり褥瘡のリスクが高まるため、丁寧な清潔ケアと皮膚保護が求められます。

どんなことを書けばよいか

身体を清潔に保ち、身だしなみを整え、皮膚を保護するというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 自宅/療養環境での入浴回数、方法、ADL、麻痺の有無
  • 鼻腔、口腔の保清、爪
  • 尿失禁の有無、便失禁の有無

入浴方法とADL

A氏は入浴は実施せず清拭のみとなっています。全身の筋力低下が著明で、自力での体位変換もできず、移乗も全介助が必要な状態ですから、入浴は身体的負担が大きすぎると判断されています。また、老衰の終末期においては、入浴による身体への負担やバイタルサインの変動のリスクを考慮すると、清拭での清潔保持が適切といえます。

施設入所時の入浴状況については事例に記載がありませんが、現在の全身状態から判断すると、入浴は困難であり、清拭による清潔ケアが最も適切な方法です。ADLが全面的に低下しているため、清拭も全介助で行う必要があります。

皮膚の脆弱性と褥瘡リスク

A氏は高度の低栄養状態(BMI 15.9、アルブミン2.2g/dL)にあり、皮膚が非常に脆弱です。また、末梢循環が不良で四肢末梢のチアノーゼと冷感が認められることから、皮膚への血流も低下しており、わずかな圧迫でも褥瘡が発生しやすい状態です。

事例には褥瘡の有無について明記されていませんが、このような状態では褥瘡発生のリスクは極めて高いと評価できます。現在、2時間ごとの体位変換と皮膚の観察、清潔保持を実施していますが、これらのケアを継続し、褥瘡の発生を予防することが重要です。清拭の際には、摩擦やずれを最小限にする丁寧な技術が求められます。

口腔ケアの実施状況

現在、経口摂取は困難で、口腔ケアと保湿を中心に実施しています。時折、スポンジブラシに水を含ませて口唇を湿らせる程度のケアを行っています。嚥下反射がほとんど消失しているため、口腔ケアの際には誤嚥に十分注意する必要があります。

経口摂取がない状況でも、口腔内は乾燥しやすく、細菌が繁殖しやすい環境になります。口腔内の清潔を保つことは、感染予防、口臭の予防、快適性の確保に重要です。また、口腔ケアは、患者の尊厳を保つケアの一つでもあります。

鼻腔の清潔

事例には鼻腔の清潔について明確な記載はありませんが、呼吸は鼻腔を通じて行われるため、鼻腔の清潔も重要です。鼻汁や鼻痂(鼻くそ)があれば、呼吸を妨げたり不快感を与えたりする可能性があります。

口腔ケアと併せて、鼻腔の観察と清潔保持を行うことが望ましいでしょう。ただし、鼻腔内の清拭は粘膜を傷つけるリスクもあるため、慎重に行う必要があります。

爪の手入れ

事例には爪の状態について記載がありませんが、爪の手入れも身だしなみを整える重要なケアの一つです。爪が伸びすぎると、皮膚を傷つけたり、不潔になったりする可能性があります。また、長い爪は見た目にも整っていない印象を与え、患者の尊厳を損なう可能性があります。

定期的に爪の長さを確認し、必要に応じて爪切りを行うことが重要です。ただし、循環不良があるため、爪切りの際に皮膚を傷つけないよう、十分注意が必要です。

排泄と皮膚の清潔

A氏はおむつを使用しており、排泄は全介助です。尿量は1日200ml程度の濃縮尿が少量ずつ出ており、排便は入院後1回のみで少量の硬便でした。濃縮尿は皮膚への刺激が強く、おむつかぶれや皮膚トラブルを引き起こしやすいため、おむつ交換時の丁寧な清拭が重要です。

便失禁や尿失禁による皮膚の汚染は、感染のリスクを高め、不快感を与え、尊厳を損なう可能性があります。おむつ交換時には、陰部や臀部を丁寧に清拭し、皮膚の観察を行い、発赤や びらんなどのトラブルがないか確認することが重要です。

身だしなみと尊厳

意識レベルが低下し、自分で身だしなみを整えることができない状態でも、患者の尊厳を保つ身だしなみを整えることが重要です。髪を整える、顔を清潔にする、適切な衣類を着せる、爪を整えるなどのケアは、患者を一人の人間として尊重する姿勢を示すものです。

家族が面会する際に、A氏の身なりが整っていることは、家族に安心感を与え、医療者への信頼を高めることにもつながります。また、A氏自身も、たとえ意識レベルが低下していても、清潔で整った状態にあることで、何らかの快適さを感じている可能性があります。

ニーズの充足状況

A氏の「身体を清潔に保ち、身だしなみを整え、皮膚を保護する」というニーズは、ADLの全面的な低下により、自力では全く充足できない状態にあります。清潔保持、身だしなみ、皮膚保護のすべてにおいて、看護師の全面的な援助が必要です。

阻害要因としては、全身の筋力低下、認知機能の低下、意識レベルの低下、高度の低栄養状態による皮膚の脆弱性が挙げられます。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には「体力」も「意欲」も失われており、看護師が患者に代わってこのニーズを充足させる必要があります。特に、皮膚の脆弱性と褥瘡リスクの高さを考慮し、丁寧で慎重なケアが求められます。

ケアの方向性

入浴は実施せず、清拭により全身の清潔を保ちます。清拭の際には、皮膚の脆弱性を考慮し、摩擦やずれを最小限にする丁寧な技術を用います。温かいタオルで優しく拭き、皮膚の観察を同時に行います。2時間ごとの体位変換と併せて、皮膚の観察を行い、発赤や褥瘡の兆候がないか確認します。特に骨突出部(仙骨部、踵部、肩甲骨部など)を重点的に観察します。口腔ケアは誤嚥に注意しながら丁寧に行い、スポンジブラシで口腔内を湿らせ、清潔を保ちます。おむつ交換時には、陰部や臀部を丁寧に清拭し、濃縮尿による皮膚刺激を予防します。必要に応じて保護クリームを使用します。髪を整え、顔を清潔にし、爪を整えるなど、身だしなみを整えるケアを丁寧に行い、患者の尊厳を保ちます。清潔ケアの際には必ず声をかけ、プライバシーに配慮し、患者を一人の人間として尊重する姿勢を示します。

このニーズのポイント

環境のさまざまな危険因子を避け、また他人を傷害しないようにするというニーズは、患者の安全を守り、感染を予防し、医療事故を防ぐために重要です。老衰の終末期においては、患者自身が危険を認識し回避する能力が失われているため、看護師が環境を整え、安全を確保する責任があります。

どんなことを書けばよいか

環境のさまざまな危険因子を避け、また他人を傷害しないようにするというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 危険箇所(段差、ルート類)の理解、認知機能
  • 術後せん妄の有無
  • 皮膚損傷の有無
  • 感染予防対策(手洗い、面会制限)
  • 血液データ(WBC、CRPなど)

認知機能の低下と危険認識能力

A氏は認知機能が著しく低下しており(HDS-R 3点)、意識レベルも低下しています。このため、環境の危険を認識し、それを回避する能力は完全に失われています。ベッド柵、段差、ルート類などの危険因子を理解し、自分で注意することは不可能です。

ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には危険を避けるための「知識」も「意欲」も失われており、看護師が患者に代わって環境の安全を確保する必要があります。患者が危険を認識できない状況では、看護師の観察と環境整備が患者の安全を守る唯一の手段となります。

転倒転落のリスク

現状では、A氏は自力での体位変換もできず、ほぼ終日傾眠状態であるため、ベッドから起き上がろうとしたり、歩行しようとしたりする可能性は極めて低く、転倒のリスクは低いと評価できます。過去に施設で車椅子からのずり落ちが1回あったという情報がありますが、現在は車椅子を使用しておらず、ベッド上で過ごしているため、同様のリスクは低いといえます。

ただし、意識レベルが低下している患者でも、時に予期しない体動を見せることがあります。ベッド柵の適切な使用、ベッドの高さ調整、ベッド周囲の安全確認など、基本的な転倒転落予防策は継続して実施する必要があります。

ルート類と危険因子

事例には、点滴やドレーンなどのルート類の記載はありません。家族の希望により人工的な栄養・水分投与を行っていないため、点滴ルートもない状態です。これは、ルート類による危険が少ないことを意味します。

ルート類があると、それに絡まったり、自己抜去したりするリスクがあります。また、ルートの固定が不適切だと皮膚損傷を引き起こす可能性もあります。現在はそのようなリスクがないため、環境の安全性は比較的高いといえます。

皮膚損傷のリスク

A氏は高度の低栄養状態で皮膚が非常に脆弱であり、わずかな摩擦やずれでも皮膚損傷を起こしやすい状態です。褥瘡発生のリスクも極めて高く、現在2時間ごとの体位変換を実施していますが、それでも褥瘡が発生する可能性があります。

皮膚損傷は、感染のリスクを高め、痛みや不快感を与え、治癒にも時間がかかります。老衰の終末期においては、一度褥瘡が発生すると治癒は非常に困難です。皮膚損傷を予防することは、患者の安全と快適性を守る上で極めて重要です。

感染予防対策

白血球数は6,200/μL と正常範囲内ですが、CRPが1.2mg/dLとわずかに上昇しています。明らかな感染症はありませんが、免疫機能は低下していると考えられます。高齢者、特に老衰の状態にある患者は、感染に対する抵抗力が弱く、一度感染すると重症化しやすい特徴があります。

感染予防対策として、医療者の手洗いやアルコール消毒の徹底、清潔なケアの提供、口腔ケアによる誤嚥性肺炎の予防などが重要です。また、面会者にも手洗いを徹底してもらうことが必要です。ただし、看取り期においては、家族との時間を大切にすることも重要であり、過度な面会制限は適切ではありません。

せん妄のリスク

事例には、せん妄の記載はありません。A氏は意識レベルが低下しており、ほぼ終日傾眠状態です。このような状態では、典型的なせん妄(興奮、幻覚、妄想など)は起こりにくいと考えられます。

ただし、意識レベルが変動することもあり、一時的に不穏になったり、予期しない行動を取ったりする可能性もゼロではありません。患者の様子を継続的に観察し、異常な行動や言動がないか注意する必要があります。

他者への危害のリスク

A氏は全身の筋力が著しく低下しており、自力での体動もほとんどできない状態です。また、意識レベルも低下しており、攻撃的な行動を取る可能性は極めて低いと評価できます。他者を傷害するリスクはほぼないといえます。

ただし、ケアを受ける際に、痛みや不快感から予期しない反応を示す可能性はあります。看護師は、ケアの際に患者の表情や体動を観察し、不快感を与えないよう配慮する必要があります。

療養環境の安全性

A氏は老人病院に入院しており、療養環境は医療施設として整備されています。段差などの物理的な危険因子は少ないと考えられます。また、ベッド周囲の環境を整え、不要な物品を置かないことで、安全性をさらに高めることができます。

家族が毎日面会に訪れているため、ベッドサイドに私物が増える可能性もあります。私物の整理整頓を行い、動線を確保することも、安全な環境を作る上で重要です。

ニーズの充足状況

A氏の「環境のさまざまな危険因子を避け、また他人を傷害しないようにする」というニーズは、認知機能の低下と意識レベルの低下により、自力では全く充足できない状態にあります。危険を認識し回避する能力が失われており、すべての安全管理を看護師に依存しています。

阻害要因としては、認知機能の低下、意識レベルの低下、全身の筋力低下、皮膚の脆弱性、免疫機能の低下が挙げられます。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には「知識」も「体力」も失われており、看護師が患者の安全を守る全責任を負っています。特に、皮膚損傷の予防と感染予防が重要な課題となります。

ケアの方向性

ベッド柵を適切に使用し、転倒転落を予防します。ベッドの高さは低めに設定し、万が一の転落時の衝撃を軽減します。ベッド周囲の環境を整え、不要な物品を置かず、動線を確保します。2時間ごとの体位変換を確実に実施し、皮膚損傷(褥瘡)の発生を予防します。体位変換やケアの際には、摩擦やずれを最小限にする丁寧な技術を用います。感染予防のため、ケア前後の手洗いやアルコール消毒を徹底します。口腔ケアを丁寧に行い、誤嚥性肺炎を予防します。面会者にも手洗いを徹底してもらいますが、過度な面会制限は行わず、家族との時間を大切にします。患者の様子を継続的に観察し、不穏や予期しない体動がないか注意します。室温や照明など、療養環境を快適に保ち、患者のストレスを軽減します。

このニーズのポイント

自分の感情や欲求を表現し、他者とコミュニケーションを持つというニーズは、人間の社会的存在としての基本的欲求です。老衰の終末期においては、言語的コミュニケーションが困難になりますが、非言語的なサインから患者の気持ちを読み取り、家族との関わりを支援することが求められます。

どんなことを書けばよいか

自分の感情、欲求、恐怖あるいは”気分”を表現して他者とコミュニケーションを持つというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 表情、言動、性格
  • 家族や医療者との関係性
  • 言語障害、視力、聴力、メガネ、補聴器
  • 認知機能
  • 面会者の来訪の有無

コミュニケーション能力の状態

A氏は発語がなく、コミュニケーションは困難な状態です。認知機能の著しい低下(HDS-R 3点)と意識レベルの低下により、言語的なコミュニケーションはほぼ不可能です。時折目を開けることがありますが、焦点は合わず視線は定まらないため、視線によるコミュニケーションも困難です。

ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には感情や欲求を表現するための「体力」も「能力」も大きく損なわれています。しかし、完全にコミュニケーションが不可能というわけではなく、わずかな反応や表情の変化が、A氏の感情や状態を示している可能性があります。

非言語的コミュニケーションの可能性

痛み刺激に対して顔をしかめる反応があることから、A氏は苦痛を感じ、それを表情で示すことができます。これは重要な非言語的コミュニケーションの一つです。顔をしかめる以外にも、眉間にしわを寄せる、呼吸パターンの変化、わずかな体動などが、苦痛や不快感のサインとなる可能性があります。

看護師は、これらの非言語的なサインを注意深く観察し、患者の感情や欲求を読み取る必要があります。また、家族にもこのような観察方法を伝え、家族が患者の反応を見つけられるよう支援することが重要です。

視力と聴力の状態

視力は白内障が進行しており、ほとんど見えていないと推測されます。聴力も著しく低下しています。これらの感覚機能の低下は、外界からの情報を受け取る能力が大きく制限されていることを意味します。視覚や聴覚を通じたコミュニケーションは困難な状況です。

ただし、一般的に聴覚は最後まで保たれるといわれています。A氏の場合も、著しい聴力低下があるとはいえ、完全に聞こえていないとは限りません。家族が声をかけることは、A氏に何らかの形で伝わっている可能性があります。この点を家族に説明し、積極的な声かけを勧めることが重要です。

性格と人となり

家族によると、A氏は温厚で物静かな性格であったとされています。元教師という職業から、知的で責任感のある人物であったことが推測されます。このような性格の人が、現在言葉を発することができず、自分の気持ちを表現できない状況にあることは、大きな葛藤や苦痛を伴うかもしれません。

ただし、意識レベルが低下しているため、そのような葛藤を自覚することも困難と考えられます。看護師は、A氏がかつてどのような人物であったかを理解し、その人らしさを尊重したコミュニケーションを心がける必要があります。

家族との関係性

家族は毎日面会に訪れ、ベッドサイドで手を握ったり声をかけたりしています。孫たちも週末には訪れ、「おばあちゃん、ありがとう」と声をかけています。この頻繁な面会は、家族の強い絆と愛情を示しています。

家族が毎日関わりを持ち続けることは、たとえA氏が明確な反応を示せなくても、何らかの形でA氏に伝わっている可能性があります。触覚(手を握る)や聴覚(声をかける)を通じたコミュニケーションは、言語的なコミュニケーションが困難な状況でも有効な手段です。

表情と感情の推測

事例からは、A氏が明らかな苦痛や不安の表情を示しているという記載はありません。痛み刺激には顔をしかめるものの、普段は静かに穏やかに過ごしている様子がうかがえます。これは、強い苦痛や不安がない状態と評価できる可能性があります。

ただし、意識レベルが低下しているため、感情を表現する能力も低下しています。表情の変化が乏しいことが、必ずしも感情がないことを意味するわけではありません。わずかな表情の変化も見逃さず、患者の気持ちを理解しようとする姿勢が重要です。

医療者とのコミュニケーション

A氏は医療者に対して言語的に反応することはできませんが、ケアを受ける際に何らかの反応を示している可能性があります。体位変換や清拭の際に、心地よいと感じれば表情が和らぐかもしれませんし、不快であれば顔をしかめるかもしれません。

看護師は、ケアの際に必ず声をかけ、「今から身体を動かします」「お身体を拭きますね」などと説明することが重要です。たとえ反応がなくても、一人の人間として尊重し、コミュニケーションを試みる姿勢を持ち続けることが、患者の尊厳を保つことにつながります。

面会者の来訪と社会的つながり

家族が毎日面会に訪れていることは、A氏が社会的なつながりを保っていることを示しています。孫たちも訪れており、三世代にわたる家族の絆が維持されています。このような社会的つながりは、たとえ患者が明確に認識できなくても、精神的な支えとなっている可能性があります。

看護師は、家族の面会を支援し、家族がゆっくりと時間を過ごせる環境を整えることが重要です。また、家族にコミュニケーションの方法(手を握る、声をかける、身体をさするなど)を提案し、家族が患者と関わる手助けをすることも重要な役割です。

ニーズの充足状況

A氏の「自分の感情、欲求、恐怖あるいは”気分”を表現して他者とコミュニケーションを持つ」というニーズは、認知機能の低下と意識レベルの低下により、大きく制限されている状態にあります。言語的コミュニケーションは不可能であり、非言語的なコミュニケーションもわずかです。

阻害要因としては、認知機能の低下、意識レベルの低下、発語の消失、視力・聴力の低下が挙げられます。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には「体力」も「能力」も大きく損なわれていますが、完全にこのニーズが失われているわけではありません。看護師と家族が、わずかな反応や表情の変化を見逃さず、患者の気持ちを理解しようと努めることで、このニーズを部分的に充足させることができます。

ケアの方向性

表情、体動、呼吸パターンなどの非言語的なサインから、患者の感情や欲求を読み取るよう努めます。痛みや不快感のサインを見逃さず、速やかに対応します。ケアの際には必ず声をかけ、「今から〜します」と説明し、患者を一人の人間として尊重する姿勢を示します。たとえ反応がなくても、コミュニケーションを試み続けることが重要です。家族には、傾眠状態にあっても聴覚は保たれている可能性があることを説明し、声かけや手を握るなどの関わりを勧めます。家族が患者の反応を見つけられるよう、観察方法を伝えます。家族がゆっくりと面会できる環境を整え、プライバシーに配慮します。家族との時間を大切にし、家族が後悔なく看取りに参加できるよう支援します。温厚で物静かだったA氏の性格を理解し、静かで穏やかな関わり方を心がけます。

このニーズのポイント

自分の信仰に従って礼拝するというニーズは、精神的な支えを得て、人生の意味を見出すために重要です。老衰の終末期においては、患者自身が礼拝行為を行うことは困難ですが、信仰を尊重した環境を整え、家族の宗教的な関わりを支援することが求められます。

どんなことを書けばよいか

自分の信仰に従って礼拝するというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 信仰の有無、価値観、信念
  • 信仰による食事、治療法の制限

信仰と宗教的背景

A氏は仏教を信仰しており、枕元には小さな仏像が置かれています。この仏像は、家族がA氏の信仰を尊重し、入院後も宗教的な拠り所を身近に置いていることを示しています。仏教は日本において広く信仰されており、A氏が育った時代(大正から昭和初期)においては、仏教的な価値観が人々の生活や死生観に深く根付いていました。

枕元に仏像を置くことは、A氏にとって精神的な安らぎをもたらす可能性があります。たとえ意識レベルが低下していても、時折目を開けた際に仏像が視界に入ることで、何らかの安心感を得られるかもしれません。

仏教的な死生観

仏教の教えには、「諸行無常(すべてのものは変化し続ける)」「生老病死(生まれること、老いること、病むこと、死ぬことは避けられない)」といった概念があります。これらの教えは、老いや死を自然な過程として受け入れる考え方につながります。

A氏と家族が自然な死を受け入れ、延命治療を希望せず、DNAR(蘇生処置拒否)の方針を選択した背景には、このような仏教的な死生観が影響している可能性があります。生命は有限であり、死は自然な過程であるという理解は、看取りの場面において、家族の心の支えとなっているでしょう。

礼拝行為の実施可能性

A氏は認知機能が著しく低下しており、意識レベルも低下しているため、自分で礼拝行為を行うことは不可能です。合掌したり、お経を唱えたり、仏像に向かって祈ったりするといった行為は、身体的にも認知的にも困難な状況です。

ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には礼拝を行うための「体力」も「意欲」も失われています。しかし、このニーズは、患者自身が行為を行うことだけでなく、信仰を尊重した環境の中で過ごすことによっても充足される側面があります。

家族の宗教的な関わり

家族が枕元に仏像を置いていることは、家族もA氏と同じ信仰を共有している可能性を示しています。家族が面会の際に、仏像に手を合わせたり、お経を読んだりすることで、A氏の信仰を代わりに実践している可能性があります。

看護師は、家族が希望すれば、お経を流す、僧侶の訪問を受け入れるなど、宗教的な儀式や習慣に対応することが重要です。これは、A氏の信仰を尊重すると同時に、家族が精神的な支えを得る機会を提供することにもなります。

信仰による治療法の制限

仏教には、一般的に特定の医療行為や治療法を禁止する教えはありません。事例においても、信仰による食事や治療法の制限は見られません。A氏が過去に受けた高血圧の治療、骨折の手術、誤嚥性肺炎の治療などは、すべて医学的に適切な治療であり、信仰との矛盾はありませんでした。

現在、延命治療を行わない方針は、信仰による制限というよりも、家族が母親の最善の利益を考えた結果です。ただし、この判断の背景には、仏教的な死生観が影響している可能性はあります。

信仰と尊厳ある死

仏教では、穏やかで苦痛のない死を迎えることが重視されます。家族の「もう苦しまないで、穏やかに旅立ってほしいです」という発言は、このような仏教的な価値観を反映している可能性があります。尊厳ある死を迎えることは、仏教の教えとも一致しており、A氏の信仰を尊重することにもつながります。

看護師は、苦痛緩和を優先し、穏やかな最期を迎えられるよう支援することで、A氏の信仰を間接的に尊重することができます。

療養環境と信仰の尊重

枕元に仏像が置かれていることは、療養環境の中にA氏の信仰が組み込まれていることを示しています。看護師は、この仏像を大切に扱い、ケアの際に倒したり移動したりしないよう注意する必要があります。また、可能であれば、A氏の視界に入る位置に仏像を置くことで、より信仰を身近に感じられるかもしれません。

宗教的な物品は、患者や家族にとって非常に大切なものです。看護師がそれを尊重する姿勢を示すことは、患者と家族への敬意を表すことにもなります。

ニーズの充足状況

A氏の「自分の信仰に従って礼拝する」というニーズは、認知機能の低下と意識レベルの低下により、自分で礼拝行為を行うことは不可能な状態にあります。しかし、枕元に仏像が置かれ、家族が信仰を共有し、仏教的な死生観に基づいた看取りが行われていることから、このニーズは環境的・間接的には充足されていると評価できます。

阻害要因としては、認知機能の低下、意識レベルの低下、身体機能の低下が挙げられます。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には「体力」も「意欲」も失われていますが、家族と看護師が協力してA氏の信仰を尊重することで、このニーズを充足させることができます。

ケアの方向性

枕元の仏像を大切に扱い、ケアの際に倒したり移動したりしないよう注意します。可能であれば、A氏の視界に入る位置に仏像を置きます。家族が希望すれば、お経を流す、僧侶の訪問を受け入れるなど、宗教的な儀式や習慣に対応します。家族が面会時に宗教的な行為(合掌、お経を読むなど)を行う際には、静かな環境を提供し、プライバシーに配慮します。仏教的な死生観(自然な死の受容、苦痛のない穏やかな最期)を理解し、家族の価値観を尊重します。苦痛緩和を優先し、穏やかな最期を迎えられるよう支援することで、A氏の信仰を間接的に尊重します。看取りの場面では、家族が希望する形(静かな環境、宗教的な儀式など)を可能な限り実現できるよう配慮します。

このニーズのポイント

達成感をもたらすような仕事をするというニーズは、社会的役割を果たし、自己実現を達成し、生きがいを感じるために重要です。老衰の終末期においては、社会的役割は失われていますが、その人の人生における役割や貢献を振り返り、尊重することが求められます。

どんなことを書けばよいか

達成感をもたらすような仕事をするというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 職業、社会的役割、入院
  • 疾患が仕事/役割に与える影響

過去の職業と社会的役割

A氏は元教師という社会的役割を持っていました。教師という職業は、子どもたちの教育に携わり、社会に貢献する重要な役割です。長年にわたり教師として働いてきたことは、A氏の人生において大きな達成感と誇りの源であったと考えられます。教育を通じて多くの子どもたちの成長に関わり、社会に貢献してきた経験は、A氏のアイデンティティの中核を成していたでしょう。

元教師という経歴は、知的で責任感があり、人を育てることに情熱を持った人物像を示しています。このような社会的役割は、A氏の自尊心や生きがいの重要な部分を占めていたと推測されます。

現在の役割喪失

現在、A氏は100歳という超高齢で、認知機能が著しく低下し、意識レベルも低下しています。教師としての役割はもちろん、日常生活における役割もすべて失われています。3年前から特別養護老人ホームに入所し、現在は老人病院に入院しており、社会との接点はほとんどありません

ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には「達成感をもたらすような仕事をする」ニーズを充足するための「体力」も「機会」も失われています。このニーズは、老衰の進行により完全に充足不可能な状態にあるといえます。

家族における役割

社会的な仕事は失われていますが、家族の中では「母」「祖母」という役割は保たれています。家族の発言「母は十分に生きてくれました」「母がまだ生きていてくれることに感謝しています」からは、A氏が家族にとってかけがえのない存在であることがわかります。

孫たちが「おばあちゃん、ありがとう」と声をかけている様子からも、A氏が祖母として家族に与えてきたものへの感謝が表現されています。たとえ現在は何もできない状態でも、そこに存在していることそのものが、家族にとって意味のあることといえます。

人生の達成感

家族が「母は十分に生きてくれました」と述べていることは、A氏の100年の人生が達成に満ちたものであったことを示しています。教師として社会に貢献し、家族を育て上げ、100歳という長寿を全うしたことは、人生における大きな達成といえます。

現在は新たな達成を追求することはできませんが、これまでの人生における達成を家族が認め、感謝していることは、A氏の人生の価値を肯定するものです。看護師は、このような家族の思いを理解し、A氏の人生を尊重する姿勢を持つことが重要です。

疾患が役割に与えた影響

老衰の進行により、A氏の社会的役割は徐々に失われていきました。90歳時の右大腿骨頸部骨折は、歩行能力を失う転機となり、活動範囲が制限されました。認知機能の低下により、かつての知的能力や判断力も失われ、3年前の施設入所により、家庭内での役割も失われました。

この1年での急速な全身状態の悪化により、車椅子での移動や食事の自力摂取もできなくなり、最終的にはすべての役割を失う結果となりました。このような段階的な役割喪失は、A氏にとって大きな喪失体験であったと推測されます。ただし、現在は認知機能と意識レベルの低下により、このような喪失を自覚することも困難になっています。

入院が役割に与える影響

3年前の施設入所、そして現在の入院により、A氏は家族との同居を離れ、施設や病院での生活を送っています。これは、家庭内での役割(母親、祖母としての日常的な関わり)を完全に失うことを意味します。

ただし、家族が毎日面会に訪れていることは、物理的には離れていても、家族との関係性が維持されていることを示しています。A氏が何もできない状態でも、家族が側にいて手を握り、声をかけることで、母親・祖母としての役割の名残が保たれているといえるかもしれません。

人生の振り返りと尊厳

A氏自身は、人生を振り返り、達成感を味わうことは困難な状況ですが、家族が A氏の人生を振り返り、その達成を認めていることは重要です。看護師も、A氏が元教師であったこと、100年の人生を歩んできたことを理解し、その人生を尊重する姿勢を持つことが大切です。

ケアの際に、「A先生」と呼びかけたり、家族に教師時代のエピソードを尋ねたりすることで、A氏の人生における役割を尊重し、その人らしさを大切にすることができます。

ニーズの充足状況

A氏の「達成感をもたらすような仕事をする」というニーズは、老衰の進行により完全に充足不可能な状態にあります。社会的な仕事はもちろん、日常生活における役割もすべて失われています。

阻害要因としては、認知機能の低下、意識レベルの低下、全身の機能低下、施設入所と入院による社会との断絶が挙げられます。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には「体力」も「機会」も失われており、新たな達成を追求することは不可能です。しかし、これまでの人生における達成(教師としての貢献、家族を育てたこと、100歳という長寿)を家族が認め、感謝していることで、このニーズは過去に充足されていたと評価できます。看護師は、A氏の人生の達成を尊重し、その人らしさを大切にする姿勢を持つことが重要です。

ケアの方向性

A氏が元教師であったこと、100年の人生を歩んできたことを理解し、その人生を尊重する姿勢を持ちます。家族に、A氏の教師時代のエピソードや人生における達成について尋ね、その人となりを理解します。ケアの際には、A氏を一人の人格として尊重し、丁寧で敬意ある言葉遣いを心がけます。可能であれば「A先生」と呼びかけることで、かつての役割を尊重します。家族が A氏の人生を振り返り、その達成を認める機会を提供します。家族の「母は十分に生きてくれました」という思いを支持し、A氏の人生が価値あるものであったことを肯定します。たとえ現在は何もできない状態でも、そこに存在していることそのものが、家族にとって意味があることを理解します。

このニーズのポイント

遊びやレクリエーションに参加するというニーズは、生活に楽しみや変化をもたらし、心身のリフレッシュを図るために重要です。老衰の終末期においては、積極的なレクリエーション活動は困難ですが、わずかな刺激や家族との触れ合いが、心の安らぎをもたらす可能性があります。

どんなことを書けばよいか

遊び、あるいはさまざまな種類のレクリエーションに参加するというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 趣味、休日の過ごし方、余暇活動
  • 入院、療養中の気分転換方法
  • 運動機能障害
  • 認知機能、ADL

過去の余暇活動

事例には、A氏の趣味や休日の過ごし方についての具体的な記載はありません。元教師という職業から推測すると、読書や文化的な活動に関心があった可能性があります。また、温厚で物静かな性格であったことから、激しいスポーツよりも、静かな趣味を楽しんでいた可能性が高いと考えられます。

100歳という長い人生の中で、A氏がどのような余暇活動を楽しみ、どのように気分転換を図ってきたかは、その人らしさを理解する上で重要な情報です。可能であれば、家族にA氏の趣味や好きだったことについて尋ねることで、その人となりをより深く理解することができます。

現在のレクリエーション参加の可能性

A氏は認知機能が著しく低下しており(HDS-R 3点)、意識レベルも低下しています。ほぼ終日傾眠状態で、刺激に対する反応もわずかです。このような状態では、積極的なレクリエーション活動に参加することは不可能です。

また、全身の筋力低下が著明で、自力での体位変換もできず、視力もほとんどなく、聴力も著しく低下しています。これらの身体的・感覚的機能の低下により、一般的なレクリエーション活動(読書、テレビ視聴、音楽鑑賞、手芸など)はすべて困難な状況です。

運動機能障害とレクリエーションの制限

A氏は90歳時の右大腿骨頸部骨折以降、車椅子生活となり、現在は歩行が不可能で移乗も全介助が必要です。全身の筋力低下が著明で、自力での体位変換もできない状態です。このような高度の運動機能障害により、身体を動かすことを伴うレクリエーション活動は完全に不可能です。

散歩、体操、ゲームなど、多くのレクリエーション活動は、ある程度の運動機能を前提としています。A氏の場合、そのような活動に参加することは、身体的にも認知的にも困難な状況です。

施設での余暇活動

3年前から特別養護老人ホームに入所していました。入所当初は車椅子での移動が可能であったことから、施設でのレクリエーション活動(音楽会、季節の行事など)に参加していた可能性があります。しかし、この1年で急速に全身状態が悪化し、食事摂取も困難になり、傾眠傾向が強くなったことから、レクリエーション活動への参加も徐々に困難になっていったと考えられます。

現在は、施設から病院へ移り、老衰の看取り期にあるため、レクリエーション活動への参加は全く期待できない状況です。

療養中の気分転換

現在、A氏にとって唯一の気分転換となり得るのは、家族の面会です。家族が毎日訪れ、ベッドサイドで手を握ったり声をかけたりすることは、たとえA氏が明確な反応を示せなくても、何らかの形で伝わっている可能性があります。

家族の声、手の温もり、存在感などが、A氏にとってわずかな刺激や安らぎをもたらしているかもしれません。また、枕元に置かれた仏像も、A氏にとって精神的な安らぎをもたらす可能性があります。これらは、従来の意味でのレクリエーションではありませんが、心の安らぎをもたらす要素として捉えることができます。

感覚刺激の可能性

視力はほとんどなく、聴力も著しく低下していますが、完全に感覚が失われているわけではありません。触覚(手を握られる感覚)や、わずかに残っている聴覚(家族の声)などが、A氏にとっての刺激となっている可能性があります。

穏やかな音楽を流す、手を優しくさする、温かいタオルで清拭するなど、感覚に働きかけるケアが、A氏にとっての気分転換や安らぎをもたらす可能性があります。これらは、狭義のレクリエーションではありませんが、生活に変化や刺激をもたらすという点で、このニーズに関連する援助といえます。

環境の変化と刺激

老衰の終末期においては、過度な刺激は避けるべきですが、適度な環境の変化は、単調さを和らげる効果があるかもしれません。例えば、窓際に移動して外の光を感じられるようにする、季節の花を飾る、家族の写真を近くに置くなどの工夫が考えられます。

ただし、A氏の場合は意識レベルが低下しており、このような環境の変化を認識できるかどうかは不明です。むしろ、静かで落ち着いた環境を保つことが、A氏にとって最も快適かもしれません。

家族にとってのレクリエーション的要素

A氏自身がレクリエーションを楽しむことは困難ですが、家族が面会時に思い出話をしたり、昔の写真を見せたりすることは、家族にとっての気分転換となり、同時にA氏にも何らかの形で伝わっている可能性があります。

孫たちが訪れて「おばあちゃん、ありがとう」と声をかけることは、家族にとっても、おそらくA氏にとっても、心温まる時間となっているでしょう。このような家族との交流は、レクリエーションという枠を超えた、人生の最終段階における大切な時間といえます。

ニーズの充足状況

A氏の「遊び、あるいはさまざまな種類のレクリエーションに参加する」というニーズは、認知機能の低下、意識レベルの低下、運動機能の低下により、従来の意味でのレクリエーション活動には参加できない状態にあります。読書、テレビ視聴、音楽鑑賞、手芸など、一般的なレクリエーション活動はすべて困難です。

阻害要因としては、認知機能の低下、意識レベルの低下、全身の筋力低下、視力・聴力の低下が挙げられます。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には「体力」も「意欲」も「能力」も失われており、積極的なレクリエーション活動への参加は不可能です。

しかし、家族の面会、手を握られる感覚、声をかけられることなどが、わずかながらも心の安らぎや刺激をもたらしている可能性があります。老衰の終末期においては、このような穏やかな刺激や触れ合いが、このニーズの充足に最も近い形といえるでしょう。

ケアの方向性

家族の面会を支援し、家族がゆっくりと時間を過ごせる環境を整えます。家族が手を握ったり、声をかけたり、思い出話をしたりすることを勧め、これがA氏にとっての穏やかな刺激となることを説明します。可能であれば、家族にA氏の過去の趣味や好きだったことについて尋ね、その人となりを理解します。穏やかな音楽を流す、季節の花を飾るなど、環境に適度な変化を持たせることを検討しますが、過度な刺激は避けます。清拭や体位変換の際に、温かいタオルで優しく触れるなど、触覚を通じた穏やかな刺激を提供します。静かで落ち着いた環境を基本としつつ、単調になりすぎないよう配慮します。A氏にとって何が心地よいかを観察し、表情や反応から評価します。レクリエーションという従来の枠にとらわれず、家族との触れ合いや穏やかな刺激が、この時期のA氏にとって大切なものであることを理解します。

このニーズのポイント

正常な発達および健康を導くような学習をし、発見をし、好奇心を満足させるというニーズは、成長と発達を促し、知的好奇心を満たすために重要です。老衰の終末期においては、新たな学習や発見は困難ですが、その人の人生における学びと成長を尊重し、家族が学ぶ機会を提供することが求められます。

どんなことを書けばよいか

“正常”な発達および健康を導くような学習をし、発見をし、あるいは好奇心を満足させるというニーズでは、以下のような視点からアセスメントを行います。

  • 発達段階
  • 疾患と治療方法の理解
  • 学習意欲、認知機能、学習機会への家族の参加度合い

発達段階

A氏は100歳という超高齢であり、エリクソンの発達段階理論における最終段階「老年期(統合 対 絶望)」の最終局面にあります。この段階では、自分の人生を振り返り、その意味を見出すことが発達課題となります。人生を肯定的に受け入れ、統合感を得ることができれば、死を恐れずに受け入れることができるとされています。

A氏自身は、認知機能の低下と意識レベルの低下により、人生を振り返り統合する作業を行うことは困難です。しかし、家族が「母は十分に生きてくれました」と述べ、孫たちが「おばあちゃん、ありがとう」と感謝を表現していることは、A氏の人生が肯定的に評価されていることを示しています。これは、A氏がこの発達課題を達成してきたことの証といえるでしょう。

過去の学習歴

A氏は元教師であり、長年にわたり教育に携わってきました。教師という職業は、生涯にわたって学び続けることを要求されるものです。新しい教育方法、教材、子どもたちへの理解など、常に学び、成長し続けてきたと推測されます。

また、教師は他者に教えることを通じて、自らも学ぶという側面があります。A氏の人生は、学びと成長に満ちたものであったと考えられます。このような学習意欲の高さは、A氏の知的で向上心のある人物像を示しています。

現在の学習能力

A氏は認知機能が著しく低下しており(HDS-R 3点)、意識レベルも低下しています。見当識や記憶は保たれておらず、新しい情報を学習したり、理解したりする能力は失われています。視力・聴力の低下も、学習を困難にする要因となっています。

ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には学習するための「体力」も「意欲」も「能力」も失われており、新たな学習や発見を行うことは不可能な状態です。老衰の終末期においては、これは自然な変化であり、避けられないものです。

疾患と治療方法の理解

A氏は認知機能の低下により、自分の疾患(老衰)や治療方針を理解することはできません。DNAR(蘇生処置拒否)の方針や、人工的な栄養投与を行わないという決定について、A氏自身が理解し、同意することは不可能です。

そのため、家族が本人に代わって理解し、意思決定を行っています。家族の発言「母は十分に生きてくれました。もう苦しまないで、穏やかに旅立ってほしいです」からは、家族が老衰という病態を理解し、自然な死を受け入れていることがわかります。この理解は、おそらくA氏の生前の価値観や意向を反映したものと考えられます。

家族の学習機会

A氏自身が学習することは困難ですが、家族は看取りを通じて多くのことを学んでいます。老いること、死ぬこと、家族の絆、生命の尊さなど、看取りという経験は家族にとって重要な学びの機会となっています。

看護師は、家族に対して病状の説明、予想される経過、看取りの方法などについて教育的に関わることができます。家族が適切な知識を得ることで、不安が軽減され、後悔のない看取りができるようになります。このような家族への教育的支援は、このニーズに関連する重要な看護の役割といえます。

好奇心と発見

元教師であったA氏は、かつては知的好奇心が旺盛で、新しいことを学び、発見する喜びを持っていたと推測されます。しかし、現在は認知機能の低下により、好奇心を持ったり、新しい発見を楽しんだりすることは困難です。

老衰の終末期においては、好奇心や発見の喜びといった高次の精神活動は失われていきます。これは、脳機能の低下に伴う自然な変化です。看護師は、この変化を受け入れつつ、A氏がかつて知的で好奇心旺盛な人物であったことを理解し、その人らしさを尊重することが重要です。

人生の意味の発見

A氏自身は人生の意味を言語化することはできませんが、家族の態度や発言からは、A氏の人生が豊かで意味のあるものであったことがわかります。100歳という長寿、教師として多くの子どもたちを育てたこと、家族を育て上げたことなど、A氏の人生には多くの達成と意味がありました。

家族がA氏の人生を肯定的に評価し、感謝していることは、A氏が人生の意味を見出し、統合感を得てきたことの証といえます。たとえA氏自身がそれを言葉にできなくても、その人生は意味に満ちたものでした。

看護師の教育的役割

A氏に対する直接的な教育は困難ですが、看護師は家族に対して教育的に関わることができます。老衰の病態、予想される経過、看取りの方法、家族ができることなどについて、丁寧に説明することで、家族の不安を軽減し、適切なケアを提供する手助けができます。

また、家族が看取りを通じて成長し、学ぶことを支援することも、看護師の重要な役割です。死に向き合うこと、家族の絆を深めること、生命の尊さを再認識することなど、看取りは家族にとって貴重な学びの機会となります。

ニーズの充足状況

A氏の「正常な発達および健康を導くような学習をし、発見をし、好奇心を満足させる」というニーズは、認知機能の低下と意識レベルの低下により、新たな学習や発見を行うことは不可能な状態にあります。疾患や治療を理解することもできず、好奇心を持つこともできません。

阻害要因としては、認知機能の低下、意識レベルの低下、視力・聴力の低下が挙げられます。ヘンダーソンの視点から見ると、A氏には「体力」も「意欲」も「能力」も失われており、新たな学習は不可能です。

しかし、A氏の人生は学びと成長に満ちたものであり、100歳という長い人生を通じて、このニーズは十分に充足されてきました。現在は、家族が看取りを通じて学ぶ時期であり、看護師は家族への教育的支援を通じて、このニーズに間接的に関わることができます。

ケアの方向性

A氏に対する直接的な教育は困難であることを理解し、無理な刺激や説明は避けます。A氏が元教師であり、生涯にわたって学び続けた人物であったことを理解し、その知的な側面を尊重します。家族に対して、老衰の病態、予想される経過、看取りの方法について丁寧に説明し、家族の理解を深めます。家族が疾患や治療について質問しやすい雰囲気を作り、疑問や不安に丁寧に答えます。家族が看取りを通じて学び、成長する機会を提供します。死に向き合うこと、家族の絆を深めることの意味を家族と共有します。A氏の人生が学びと成長に満ちたものであったことを家族と共に確認し、その人生の価値を肯定します。家族への教育的支援を通じて、家族が後悔なく看取りを行えるよう支援します。


看護計画

看護計画作成のポイント

A氏の事例は、100歳という超高齢者の老衰による看取り期という、非常に特殊な状況です。看護計画を立案する際には、治癒や回復を目指すのではなく、苦痛の緩和と尊厳ある死を支援することが最優先となります。また、患者本人だけでなく、家族への支援も重要な看護の対象となります。

DNAR(蘇生処置拒否)の方針が確認されており、延命治療は行わず苦痛緩和を中心としたケアが提供されています。この方針は、家族の価値観と本人の最善の利益を考慮した意思決定の結果です。看護計画は、この方針に沿ったものである必要があります。

老衰の終末期においては、多くの基本的ニーズが充足困難な状態にあります。ゴードンの11項目やヘンダーソンの14項目でアセスメントした結果、ほとんどの項目で問題が見られるでしょう。しかし、すべての問題に対して介入するのではなく、患者の苦痛を最小限にし、尊厳を保ち、家族が後悔なく看取りに参加できるよう支援することに焦点を絞る必要があります。

入院3日目という時期を考えると、病状は進行段階にあり、数日から数週間で死を迎える可能性が高い状況です。この時間的な制約も、看護計画を立案する上で考慮すべき重要な要素となります。

看護診断・看護問題の立案

看護診断や看護問題を立案する際には、まず緊急性と重要性を考慮する必要があります。A氏の場合、生命を脅かす状態にありますが、延命治療は行わない方針です。したがって、「死のリスク」を問題として挙げるよりも、「苦痛を伴わない死を迎えられるか」「家族が後悔なく看取りができるか」という視点が重要になります。

ゴードンの栄養-代謝パターンやヘンダーソンの「適切に飲食する」ニーズからは、低栄養や脱水の問題が明らかです。しかし、老衰の終末期においては、これらを改善することが目標ではありません。むしろ、「低栄養により褥瘡発生のリスクが高い」という視点で問題を捉え、褥瘡予防に焦点を当てた計画を立案する方が適切です。

呼吸パターンについても、SpO2が90%と低下していますが、明らかな呼吸困難は見られません。この状態で「ガス交換障害」という診断を立てることは可能ですが、酸素化を改善することが目標とはなりません。むしろ、「呼吸困難感が出現した際に速やかに対処できるか」という視点が重要です。

家族への視点も忘れてはいけません。家族は母親の看取りという大きなストレス状況に直面しています。ゴードンのコーピング-ストレス耐性パターンから、「家族の悲嘆への対処」や「家族の意思決定への支援」といった問題も考えられます。

認知機能の低下と意識レベルの低下により、コミュニケーションが困難な状態です。ヘンダーソンの「自分の感情、欲求、恐怖を表現して他者とコミュニケーションを持つ」ニーズから、「言語的コミュニケーション障害」という問題が考えられますが、この問題は改善できません。むしろ、「非言語的サインから苦痛を読み取り、適切に対処する」という看護師の役割を計画に組み込むことが重要です。

診断・問題を立案する際には、改善可能かどうかではなく、看護介入により患者の苦痛が軽減できるか、QOLが向上するか、家族が支援を受けられるかという視点で考えるとよいでしょう。

看護目標の設定

看護目標を設定する際には、現実的で達成可能な目標を立てることが重要です。A氏の場合、「栄養状態が改善する」「ADLが向上する」といった目標は非現実的です。むしろ、「苦痛の徴候が見られない」「褥瘡が発生しない」「家族が安心して面会できる」といった、維持や予防に焦点を当てた目標が適切です。

長期目標は、通常は退院時や数週間後を見据えて設定しますが、A氏の場合は「穏やかに最期を迎えることができる」「家族が後悔なく看取りに参加できる」といった、看取りを前提とした目標設定が適切でしょう。時期としては「看取りまで」「死亡時まで」といった表現になります。

短期目標は、数日から1週間程度を目安に設定しますが、病状の進行が早い可能性を考慮し、「24時間以内に」「本日中に」といった短い期間で設定することも検討する必要があります。例えば、「24時間以内に褥瘡の新たな発生がない」「本日中に家族が安心して面会できる環境が整う」といった目標が考えられます。

目標は測定可能で具体的である必要があります。「苦痛が軽減する」ではなく、「苦痛の表情(顔をしかめる、眉間にしわを寄せる)が見られない」のように、観察可能な指標を用いて表現します。「家族の不安が軽減する」ではなく、「家族が『安心できた』と発言する」のように、評価可能な形で記述することが重要です。

また、目標は患者中心、家族中心で記述します。「看護師が適切にケアを提供する」ではなく、「患者が苦痛なく過ごせる」という表現が適切です。

看護計画の立案

O-P(観察計画)

観察計画を立案する際には、何を、なぜ観察するのかを明確にする必要があります。A氏の場合、バイタルサインの測定は1日2回と指示されていますが、その意義を理解することが重要です。バイタルサインの変化は、生命維持機能の低下を示すサインであり、死期が近づいていることを示す可能性があります。

呼吸状態の観察では、呼吸数やSpO2だけでなく、呼吸パターンの変化に注目します。チェーンストークス呼吸や下顎呼吸といった終末期特有の呼吸パターンが出現していないか観察することが重要です。また、呼吸困難の徴候(努力呼吸、鼻翼呼吸、陥没呼吸など)がないかも観察します。

苦痛の評価は、言語的コミュニケーションが困難なため、非言語的なサインから読み取る必要があります。表情(顔をしかめる、眉間にしわを寄せる)、体動(不穏、緊張)、呼吸パターンの変化、心拍数の増加などが苦痛のサインとなります。これらを定期的に、そしてケア時には必ず観察する計画を立てます。

皮膚の状態は、褥瘡発生リスクが高いため、体位変換時には必ず観察します。特に**骨突出部(仙骨部、踵部、肩甲骨部、後頭部など)**を重点的に観察し、発赤、硬結、水疱などの褥瘡の初期徴候を見逃さないようにします。

家族の様子も観察の対象です。家族の表情、言動、面会の頻度や態度から、家族の心理的状態や疲労度を評価します。過度なストレスや疲労の兆候があれば、家族への支援を強化する必要があります。

尿量、排便の状況、食事摂取量(現在はほぼゼロ)なども継続して観察しますが、これらは病状の進行を評価する指標として観察するのであり、改善を目指すものではないことを理解しておく必要があります。

T-P(ケア計画)

ケア計画は、観察で得られた情報に基づいて実施する具体的な援助内容を記載します。A氏の場合、苦痛緩和が最優先のケアとなります。

体位変換は、褥瘡予防のために2時間ごとに実施することが決定されていますが、その実施方法も重要です。皮膚の脆弱性を考慮し、摩擦やずれを最小限にする技術を用います。スライディングシートなどの用具を活用し、体位変換時には必ず声をかけ、表情の変化を観察しながら実施します。また、クッションや体位保持用具を活用して圧迫を分散させる工夫も計画に含めます。

口腔ケアは、経口摂取がない状況でも重要です。スポンジブラシでの保湿を行う際には、誤嚥に十分注意しながら実施します。口腔内の乾燥による不快感を軽減し、感染予防にも寄与します。

保温については、体温が35.8℃と低下し、末梢循環が不良であることを考慮し、毛布やバスタオルで適切な保温を行います。ただし、過度の保温は避け、患者の表情や皮膚の状態を観察しながら調整します。

苦痛症状が出現した場合の対応も計画に含めます。呼吸困難感や疼痛の徴候が見られた場合には、速やかに医師に報告し、鎮痛薬(アセトアミノフェン坐薬)の使用を検討します。医師の指示を確認しておき、緊急時に速やかに対応できる体制を整えておくことが重要です。

家族への支援も重要なケアです。家族が面会しやすい環境を整え、プライバシーに配慮します。家族が希望すれば、手を握る、声をかける、身体をさするなど、家族ができるケアを提案し、家族の看取りへの参加を支援します。

排泄ケアでは、おむつ交換時に皮膚の清潔を保ち、濃縮尿による皮膚刺激を予防します。必要に応じて保護クリームを使用します。プライバシーに配慮し、カーテンやスクリーンで視線を遮ることも忘れずに計画に含めます。

E-P(教育計画)

A氏は認知機能と意識レベルの低下により、教育的介入の対象とはなりません。しかし、家族は重要な教育の対象です。

家族には、病状の変化について丁寧に説明します。今後予想される経過(呼吸パターンの変化、尿量のさらなる減少、意識レベルのさらなる低下など)について説明し、家族が心の準備ができるよう支援します。ただし、予後の予測は困難であることも伝え、過度な不安を与えないよう配慮が必要です。

傾眠状態にあっても、聴覚は最後まで保たれる可能性があることを説明し、声かけや手を握ることの意義を伝えます。これにより、家族が積極的に関わることができ、後悔のない看取りにつながります。

無理な栄養投与を行わない方針について、これが老衰の自然な経過であり、無理な輸液はかえって苦痛を増大させる可能性があることを説明します。食事摂取ができないことへの家族の罪悪感に寄り添い、この方針が患者の最善の利益に基づいていることを理解してもらいます。

家族自身のセルフケアについても教育します。毎日の面会は家族にとって負担となる可能性もあるため、適度な休息の必要性を伝えます。ただし、これは家族の意思を尊重した上で、必要に応じて提案する形が適切です。

急変時や看取りの場面で家族に連絡する体制について説明し、家族が希望すれば、いつでも駆けつけられるよう配慮していることを伝えます。これにより、家族の不安が軽減されます。

この事例で考えられる看護診断・問題の例

以下に、この事例で考えられる看護診断・問題の例を優先順位の高い順に示します。

1. 安楽障害(老衰の進行に関連した)/ 苦痛のリスク

根拠: A氏は痛み刺激に対して顔をしかめる反応があり、苦痛を感じる能力は残っています。しかし、言語的に表現することができないため、苦痛が見逃される可能性があります。SpO2の低下(90%)、呼吸数の減少、体温の低下など、生理的な変化が進行しており、今後呼吸困難感や疼痛などの苦痛症状が出現する可能性があります。

優先順位の理由: 看取り期において、苦痛を最小限にすることは最優先の課題です。A氏が穏やかに最期を迎えるためには、苦痛の早期発見と速やかな対処が不可欠です。

看護の焦点: 非言語的サインから苦痛を読み取り、速やかに対処すること。表情、体動、呼吸パターン、心拍数などを継続的に観察し、苦痛の徴候が見られた場合には、医師に報告し、鎮痛薬の使用を検討します。

2. 皮膚統合性障害リスク状態(低栄養、末梢循環不良、活動性低下に関連した)/ 褥瘡発生のリスク

根拠: A氏はBMI 15.9、アルブミン2.2g/dLと高度の低栄養状態にあり、皮膚が非常に脆弱です。末梢循環も不良で、自力での体位変換ができず、終日臥床しています。これらはすべて褥瘡発生の危険因子であり、褥瘡発生のリスクは極めて高い状態です。

優先順位の理由: 褥瘡が発生すると、疼痛や不快感を引き起こし、QOLを著しく低下させます。老衰の終末期においては、一度発生した褥瘡の治癒は非常に困難です。予防が最も重要な対策となります。

看護の焦点: 2時間ごとの体位変換を確実に実施し、体位変換時には骨突出部の皮膚を観察します。摩擦やずれを最小限にする丁寧な技術を用い、クッションなどで圧迫を分散させます。

3. 非効果的呼吸パターン(老衰による呼吸筋力低下、脳機能低下に関連した)/ 呼吸機能低下

根拠: 呼吸数が18回/分から14回/分へ減少し、浅く静かな呼吸となっています。SpO2も94%から90%へ低下しています。これらは呼吸機能の低下を示しており、今後さらに呼吸パターンの変化(チェーンストークス呼吸、下顎呼吸など)が出現する可能性があります。

優先順位の理由: 呼吸は生命維持に最も基本的な機能です。呼吸困難感は強い苦痛を伴うため、呼吸状態の変化を早期に把握し、必要に応じて対処することが重要です。

看護の焦点: 呼吸数、SpO2、呼吸パターンを継続的に観察し、呼吸困難の徴候がないか評価します。安楽な体位(セミファウラー位など)を保持し、呼吸を楽にします。呼吸困難感が出現した場合には、速やかに医師に報告し、酸素投与や鎮静薬の使用を検討します。

4. 家族の悲嘆(母親の死が近いことに関連した)/ 家族の心理的負担

根拠: 家族は母親の看取りという大きなストレス状況に直面しています。毎日面会に訪れており、長男は「最期まで側にいたい」と述べています。家族は老衰という病態を理解し、死を受け入れている様子ですが、実際に死が訪れた後の悲嘆反応や、看取りの過程での心理的負担は大きいと予想されます。

優先順位の理由: 家族が後悔なく看取りに参加できるよう支援することは、患者のQOLを高めるだけでなく、家族の悲嘆プロセスにも重要な影響を与えます。家族が適切なサポートを受けることで、健康的な悲嘆のプロセスを進めることができます。

看護の焦点: 家族の心理的状態を継続的に評価し、必要に応じて傾聴やカウンセリングを提供します。病状の変化について丁寧に説明し、家族が心の準備ができるよう支援します。家族が患者と関わる機会を提供し、声かけや手を握ることの意義を伝えます。

5. 言語的コミュニケーション障害(認知機能低下、意識レベル低下に関連した)/ コミュニケーション困難

根拠: A氏は発語がなく、認知機能が著しく低下しており(HDS-R 3点)、意識レベルも低下しています。視力・聴力も低下しており、言語的・非言語的コミュニケーションともに困難な状態です。患者の感情や欲求を理解することが難しく、苦痛の評価も非言語的サインに頼らざるを得ません。

優先順位の理由: コミュニケーション障害により、患者のニーズや苦痛を適切に把握することが困難になります。これは他のすべての問題の評価と対処に影響を与える基本的な問題です。

看護の焦点: わずかな表情の変化や体動などの非言語的サインを注意深く観察し、患者の気持ちを理解しようと努めます。ケアの際には必ず声をかけ、患者を一人の人間として尊重する姿勢を示します。家族には、傾眠状態にあっても聴覚は保たれている可能性があることを説明し、声かけを勧めます。

免責事項

  • 本記事は教育・学習目的の情報提供です。
  • 本事例は完全なフィクションです
  • 一般的な医学知識の解説であり、個別の患者への診断・治療の根拠ではありません
  • 実際の看護実践は、患者の個別性を考慮し、指導者の指導のもと行ってください
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