疾患概要
定義
睡眠時無呼吸症候群(SAS:Sleep Apnea Syndrome)とは、睡眠中に10秒以上の無呼吸や低呼吸が1時間に5回以上、または7時間の睡眠中に30回以上起こる疾患です。閉塞性睡眠時無呼吸症候群(OSAS)、中枢性睡眠時無呼吸症候群(CSAS)、混合性睡眠時無呼吸症候群に分類されます。OSASが全体の約85%を占め、上気道の狭窄・閉塞が原因となります。無呼吸低呼吸指数(AHI)により重症度が判定され、AHI≧15で治療適応となります。
疫学
日本人男性の約3-7%、女性の約2-5%がSASに罹患していると推定されています。中年男性に多く、特に40-60歳代の肥満男性で高頻度に見られます。女性では閉経後に増加する傾向があります。しかし、診断・治療を受けている患者は全体の1-2割程度に留まり、多くの潜在患者が存在します。近年の生活習慣の変化により、小児のSASも増加傾向にあります。交通事故のリスクは健常者の約2-7倍高くなることが知られています。
原因
閉塞性SASでは、肥満による脂肪組織の沈着、扁桃肥大、アデノイド肥大、舌根沈下、下顎後退、鼻中隔湾曲症などによる上気道の狭窄・閉塞が主原因です。アルコール摂取、筋弛緩薬の使用、仰臥位での睡眠も悪化因子となります。中枢性SASでは脳幹の呼吸中枢の機能異常が原因で、心不全、脳血管疾患、薬物(オピオイドなど)使用時に見られます。加齢も重要な因子で、咽頭筋の筋力低下により上気道が狭窄しやすくなります。
病態生理
睡眠中に上気道が狭窄・閉塞することで無呼吸が起こり、低酸素血症と高炭酸ガス血症が生じます。これにより覚醒反応が起こり、上気道が再開通して呼吸が再開されます。この無呼吸→低酸素→覚醒のサイクルが一晩中繰り返されることで、睡眠の分断化と睡眠の質の低下が起こります。慢性的な間欠的低酸素血症は交感神経系の活性化、酸化ストレスの増大、血管内皮機能障害を引き起こし、高血圧、心疾患、脳血管疾患、糖尿病などの生活習慣病のリスクを増大させます。
症状・診断・治療
症状
睡眠中の症状として、大きないびき、呼吸の停止、頻回の中途覚醒、夜間頻尿があります。日中の症状では、起床時の頭痛・口渇感、日中の強い眠気、集中力・記憶力の低下、易疲労感が特徴的です。パートナーや家族からの指摘(いびき、無呼吸の目撃)が診断の重要な手がかりとなります。重症例では運転中や会議中の居眠り、性格変化(うつ状態、イライラ)、勃起不全なども見られます。小児では多動、学習能力低下、成長障害を認めることがあります。
診断
問診では睡眠歴、症状、Epworth sleepiness scale(ESS)による眠気の評価を行います。終夜睡眠ポリグラフ検査(PSG)が確定診断に必要で、脳波、心電図、呼吸気流、胸腹部呼吸運動、酸素飽和度、体位、いびき音などを同時記録します。簡易検査(携帯型装置)は自宅で実施可能で、スクリーニング検査として有用です。画像検査(頭頸部CT、MRI、内視鏡検査)により上気道の狭窄部位や原因を評価します。血液検査では生活習慣病の合併評価も重要です。
治療
CPAP療法(持続陽圧呼吸療法)が第一選択治療で、鼻マスクを装着し持続的に陽圧をかけることで上気道の開存性を維持します。口腔内装置(マウスピース)は軽症~中等症例や外科治療困難例に適応されます。外科治療では扁桃摘出術、アデノイド切除術、上下顎前方移動術などがあります。生活習慣の改善(減量、禁酒、禁煙、側臥位睡眠)は全ての患者に推奨されます。薬物療法は補助的で、鼻閉改善薬、漢方薬などが用いられます。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 睡眠パターン障害(睡眠の質の低下、中途覚醒)
- 活動耐性低下(日中の眠気、易疲労感)
- 非効果的治療計画管理(CPAP療法のアドヒアランス不良)
- 知識不足(疾患・治療に関する理解不足)
- 社会的孤立(いびきによるパートナーとの関係悪化)
ゴードン機能的健康パターン
睡眠・休息パターンが最も重要で、睡眠の質、中途覚醒の頻度、起床時の疲労感、日中の眠気の詳細な評価が必要です。健康知覚・健康管理パターンでは、疾患の理解度とCPAP療法への取り組み姿勢を評価します。栄養・代謝パターンでは、肥満がある場合の食事内容と減量への意識を確認します。活動・運動パターンでは、日中の眠気による日常生活への影響を評価します。役割・関係パターンでは、いびきや治療機器使用による家族関係への影響を確認する必要があります。
ヘンダーソン14基本的ニード
休息と睡眠のニードが中核となり、質の良い睡眠を確保するための環境整備と治療継続支援が重要です。呼吸の基本的ニードでは、CPAP療法の適切な使用により夜間の呼吸障害を改善することが必要です。身体の清潔のニードでは、CPAPマスクの清潔保持と皮膚トラブル予防が重要です。学習のニードでは、疾患と治療についての正しい知識の習得と、生活習慣改善への動機づけが必要になります。働くことのニードでは、日中の眠気による職業上の問題への対応が求められます。
看護計画・介入の内容
- 睡眠状態の詳細な評価(睡眠日誌、ESS、症状の変化)
- CPAP療法の導入支援と継続指導(装着方法、機器管理、トラブル対応)
- 生活習慣改善の指導と支援(減量、禁酒、睡眠衛生指導)
- CPAP装着に伴う皮膚トラブルや不快感への対応
- 患者・家族への疾患教育と治療への動機づけ
- 定期的なフォローアップと治療効果の評価
- 社会復帰支援(職場での理解促進、安全運転指導)
よくある疑問・Q&A
Q: CPAP療法を開始した患者が「マスクが苦しくて眠れない」と訴える場合の対応は?
A: まずマスクのサイズとフィッティングを確認します。マスクが大きすぎると空気漏れが生じ、小さすぎると圧迫感や皮膚トラブルの原因となります。段階的な慣らし方法として、日中の覚醒時にマスクを装着する練習から始め、徐々に装着時間を延長します。マスクの種類変更(鼻マスク、鼻ピロー、フルフェイスマスク)も検討します。加湿器の使用により鼻腔・口腔乾燥を防ぎ、快適性を向上させることも重要です。
Q: SAS患者の家族から「いびきがなくなったが、本当に治っているのか心配」と相談された場合は?
A: いびきの改善は治療効果の良い指標ですが、客観的な評価も重要であることを説明します。CPAP使用データ(使用時間、AHI、マスクリーク率)の確認や、症状の改善(日中の眠気、起床時の爽快感、集中力)について聞き取りを行います。定期的な睡眠検査による治療効果判定の必要性も伝えます。家族には継続観察の重要性と、症状の変化があれば医療機関に相談するよう指導します。
Q: SAS患者の減量指導で効果的なアプローチ方法は?
A: 10%の体重減少でAHIが約26%改善するとされており、減量の重要性を具体的な数値で説明します。実現可能な目標設定(月1-2kg減量)と段階的なアプローチが重要です。食事記録をつけてもらい、間食や夜食の見直し、飲酒量の減少を指導します。運動療法では日中の眠気を考慮し、安全で継続可能な運動を提案します。栄養士との連携により、個別的な食事指導を行うことも効果的です。
Q: 運転する仕事をしているSAS患者への指導で注意すべき点は?
A: まず交通事故リスク(健常者の2-7倍)について説明し、治療の重要性を強調します。診断確定から治療効果が安定するまでは運転を控えるよう指導します。職場との連携により、一時的な職務変更や勤務調整を相談するよう助言します。CPAP療法開始後は治療効果の確認(日中の眠気改善、AHI値)を行い、医師の許可を得てから運転再開します。定期的なフォローアップの重要性と、症状悪化時の対応について指導します。
Q: CPAP療法のアドヒアランスが悪い患者への対応方法は?
A: まずアドヒアランス不良の原因を詳しく聞き取ります(マスクの不快感、機器の騒音、パートナーの反応など)。治療の必要性を再度説明し、未治療のリスク(生活習慣病、交通事故など)を具体的に示します。実用的な解決策を一緒に考え、マスクの変更、機器設定の調整、環境整備などを行います。段階的な目標設定(まず4時間/日から開始)により、無理のない治療継続を支援します。家族の協力を得ることも重要です。
まとめ
睡眠時無呼吸症候群は生活の質(QOL)を大きく左右する疾患であり、生活習慣病のリスク因子としても重要です。看護の要点として、睡眠の質の改善と日中の症状緩和を目指したCPAP療法の継続支援が最も重要となります。
治療アドヒアランスの向上は治療成功の鍵であり、患者の個別性に応じた支援方法を見つけることが大切です。マスクフィッティングや機器管理などの技術的な支援だけでなく、心理的サポートも重要な役割となります。
生活習慣の改善(特に減量)は根本的な治療として重要で、継続可能な方法を患者と一緒に見つけることが求められます。また、家族の理解と協力は治療継続に大きく影響するため、家族への教育も看護師の重要な役割です。
実習では慢性疾患の長期管理と患者教育の実際を学ぶ良い機会となります。患者のライフスタイルに合わせた個別的なケアの重要性と、継続支援の技術を身につけることで、より質の高い看護実践につながります。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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