【MRSA感染症】疾患解説と看護の要点

感染症・免疫

疾患概要

定義

MRSA感染症とは、メチシリン耐性黄色ブドウ球菌(Methicillin-Resistant Staphylococcus aureus:MRSA)による感染症です。MRSAは多剤耐性菌の代表的な細菌で、メチシリンをはじめとするβ-ラクタム系抗菌薬に耐性を示します。院内感染の主要な原因菌として医療安全上極めて重要な位置を占め、特に免疫力の低下した患者や侵襲的医療処置を受けている患者で重篤な感染症を引き起こします。保菌状態(無症状でMRSAを保有)と感染状態(症状を伴う感染症)の区別が重要で、治療方針が大きく異なります。

疫学

日本の医療機関におけるMRSA検出率は約50-60%で、入院患者の約5-10%がMRSAを保菌しているとされています。院内感染として医療従事者の手指や医療器具を介して伝播し、集中治療室や長期療養病棟で特に高い保菌率を示します。近年、医療機関に関連しない市中感染型MRSA(CA-MRSA)も増加しており、健康な若年者にも感染することが報告されています。MRSA感染症による超過入院日数は平均10-20日、超過医療費は1症例あたり100-200万円とされ、医療経済への影響も深刻です。適切な感染対策により院内感染は予防可能であることが確認されています。

原因

MRSAは黄色ブドウ球菌がmecA遺伝子を獲得することで生じる耐性菌です。この遺伝子により産生されるPBP2′(ペニシリン結合蛋白2’)がβ-ラクタム系抗菌薬に対する耐性機序となります。危険因子として、長期入院、集中治療室入室、抗菌薬の長期使用、免疫抑制状態、侵襲的デバイス(中心静脈カテーテル、人工呼吸器など)の使用、外科手術の既往があります。感染経路は主に接触感染で、医療従事者の汚染された手指医療器具を介して伝播します。MRSAは乾燥した環境でも長期間生存するため、環境表面からの感染も重要です。保菌部位として鼻腔、咽頭、皮膚、創部が多く、これらの部位から他部位への播種が起こります。

病態生理

MRSAは多様な病原因子を産生し、感染部位に応じて様々な病態を呈します。表皮剥脱毒素により熱傷様皮膚症候群、毒素性ショック症候群毒素により全身性の中毒症状を引き起こします。コアグラーゼにより血液凝固を促進し、菌塊形成により抗菌薬の浸透を阻害します。白血球破壊因子により好中球を破壊し、宿主の免疫応答を回避します。感染部位として皮膚軟部組織感染症肺炎菌血症心内膜炎骨髄炎髄膜炎があり、バイオフィルム形成能により人工物関連感染症を起こしやすい特徴があります。重症例では敗血症性ショック多臓器不全に進行し、死亡率は10-30%と高率です。


症状・診断・治療

症状

MRSA感染症の症状は感染部位により多様です。皮膚軟部組織感染症では発赤、腫脹、疼痛、膿瘍形成が認められ、蜂窩織炎壊死性筋膜炎に進展することがあります。肺炎では発熱、咳嗽、膿性痰、呼吸困難が出現し、胸部X線で浸潤影を認めます。菌血症では高熱、悪寒戦慄、血圧低下などの全身症状が急激に出現し、感染性心内膜炎を合併することがあります。人工物関連感染症では発熱と局所の炎症症状が主体となり、カテーテル関連血流感染症では挿入部の発赤・腫脹と発熱が特徴的です。骨髄炎では持続する疼痛と発熱、髄膜炎では発熱、頭痛、項部硬直が認められます。毒素性ショック症候群では急激な発熱、発疹、血圧低下、多臓器不全が出現し、緊急治療が必要でしょう。

診断

診断は細菌培養検査により行われ、感染部位からの検体(血液、痰、膿、尿など)でMRSAが分離されることで確定します。薬剤感受性試験により耐性パターンを確認し、適切な抗菌薬を選択します。迅速診断法として、PCR法LAMP法により短時間での診断が可能です。保菌検査では鼻腔、咽頭、皮膚からの拭い液により実施され、院内感染対策の観点から重要です。血液検査では白血球数増加、CRP上昇、プロカルシトニン上昇などの炎症反応を認めます。画像検査は感染部位に応じて実施し、胸部X線・CT、心エコー、骨シンチグラフィーなどが用いられます。クリニカルブレイクポイントに基づく薬剤感受性の判定により治療薬を決定します。

治療

MRSA感染症の治療は抗MRSA薬による化学療法が中心となります。第一選択薬としてバンコマイシンが用いられ、重症例ではリネゾリドテイコプラニンダプトマイシンなども選択されます。薬物血中濃度モニタリング(TDM)により有効性と安全性を確保し、特にバンコマイシンでは腎毒性聴覚毒性に注意が必要です。感染源のコントロールとして、感染した医療デバイスの除去、膿瘍の外科的ドレナージが重要です。治療期間は感染部位により異なり、菌血症では2-4週間、骨髄炎では6-8週間の長期治療が必要となります。予後改善のため早期診断・早期治療が重要で、重症例では集中治療による全身管理を行います。近年、バンコマイシン耐性MRSAも報告されており、継続的な薬剤感受性の監視が必要でしょう。


看護アセスメント・介入

よくある看護診断・問題

  • 感染拡大リスク状態
  • 高体温
  • 急性疼痛
  • 皮膚統合性障害
  • 活動耐性低下
  • 不安

ゴードン機能的健康パターン

健康知覚-健康管理パターンでは、感染対策に対する理解度、手指衛生やガウン・手袋着用などの個人防護具使用状況を評価します。活動-運動パターンでは全身状態の悪化による活動制限、隔離による行動範囲の制限が日常生活動作に与える影響を評価しましょう。認知-知覚パターンでは感染部位の疼痛の程度、発熱による意識レベルの変化、せん妄の有無を観察します。自己知覚-自己概念パターンでは隔離による心理的ストレス、スティグマ(偏見)への懸念、自尊感情への影響を評価することが重要です。役割-関係パターンでは面会制限による家族との関係性への影響、社会復帰への不安を把握し、コーピング-ストレス耐性パターンでは長期治療に対する心理的負担を評価します。

ヘンダーソン14基本的ニード

安全で害のない環境の保持は最も重要で、厳格な接触予防策の実施、適切な隔離環境の維持が必要です。身体の清潔保持と衣服の着脱では保菌部位の清潔保持、適切な清拭方法、リネン交換時の感染対策が重要でしょう。正常な体温の維持では発熱パターンの観察、解熱対策、脱水予防を行います。コミュニケーションでは隔離による孤立感の軽減、適切な情報提供、心理的支援が必要です。学習の側面では感染対策の必要性と方法の理解促進、退院後の注意点について患者・家族への教育を実施します。遊びや気晴らしでは隔離による精神的ストレスの軽減、室内でできる娯楽の提供、面会制限への配慮が重要となります。

看護計画・介入の内容

  • 厳格な感染対策の実施:接触予防策の徹底、個人防護具の適切な使用、手指衛生の確実な実施、環境清拭の強化
  • 抗菌薬投与の管理:投与スケジュールの遵守、副作用の観察、血中濃度モニタリングの実施、耐性菌出現の監視
  • 感染部位の局所管理:創部ケア、ドレッシング交換、ドレナージ管理、皮膚統合性の維持
  • 全身状態の観察:バイタルサイン監視、炎症反応の評価、合併症の早期発見、栄養状態の維持
  • 心理社会的支援:隔離による心理的ストレスへの対応、家族への説明・支援、退院調整と継続支援

よくある疑問・Q&A

Q: MRSA患者の接触予防策で最も重要なポイントは何ですか?

A: 手指衛生の徹底が最も重要です。患者接触前後、個人防護具脱着前後に必ずアルコール系手指消毒薬または石けんと流水による手洗いを実施します。個人防護具の適切な使用として、患者接触前にガウンと手袋を着用し、退室前に適切な順序で脱衣します。専用物品の使用により、血圧計、聴診器、体温計などは患者専用とし、共用する場合は使用後に必ず消毒します。環境清拭では高頻度接触面を1日1回以上、アルコールまたは次亜塩素酸ナトリウムで清拭することが重要でしょう。

Q: MRSA保菌者と感染者の違いと看護上の注意点を教えてください

A: 保菌者は菌を保有しているが症状がない状態で、感染者は炎症症状や全身症状を伴う状態です。保菌者では予防的治療は行わず、感染対策のみ実施します。看護上の注意点として、保菌者でも接触予防策は必須で、易感染状態の患者との接触は避けます。保菌から感染への移行に注意し、発熱、創部の発赤・腫脹、膿性分泌物の出現を継続的に観察します。保菌者への心理的配慮も重要で、「病気ではない」ことを説明し、過度な不安を軽減します。除菌は原則として行わないため、長期的な感染対策の継続が必要でしょう。

Q: バンコマイシン投与時の看護観察で注意すべき副作用は何ですか?

A: 腎毒性が最も重要な副作用で、血清クレアチニン値、尿量、BUNの変化を継続的に監視します。聴覚毒性では聴力低下、耳鳴り、めまいの有無を確認し、患者の訴えに注意深く耳を傾けます。レッドマン症候群では投与開始後30分以内に顔面・上半身の発赤、掻痒感、血圧低下が出現するため、投与速度(1時間以上かけて緩徐に投与)を厳守します。血管炎では投与部位の発赤、腫脹、疼痛を観察し、血管外漏出に注意します。TDM(薬物血中濃度モニタリング)により適切な血中濃度を維持し、有効性と安全性のバランスを保つことが重要でしょう。

Q: MRSA感染症患者の退院時指導で重要なポイントは何ですか?

A: 継続的な感染対策の重要性を説明し、手指衛生の徹底、創部の適切な処置方法を指導します。保菌状態の継続について説明し、家族への感染リスクは低いものの、易感染者(乳幼児、高齢者、免疫不全者)との接触時は注意が必要であることを伝えます。医療機関受診時にはMRSA既往を必ず申告し、適切な感染対策を受けるよう指導します。日常生活では過度な制限は不要ですが、創部がある場合は入浴方法や衣類の取り扱いについて具体的に説明します。症状再燃の兆候(発熱、創部の悪化、膿の出現)について説明し、早期受診の重要性を強調することが大切でしょう。


まとめ

MRSA感染症は院内感染対策の要となる疾患であり、看護師には感染拡大防止適切な患者ケアの両立が強く求められます。特に接触予防策の徹底は他の患者と医療従事者の安全を守る重要な責務であり、標準的な手順の確実な実施が不可欠です。また、長期間の隔離や治療により患者が受ける心理的ストレスへの配慮も看護師の重要な役割となります。

MRSA感染症の治療は長期間にわたることが多く、抗菌薬の副作用管理治療効果の継続的な評価が必要です。特にバンコマイシンをはじめとする抗MRSA薬は重篤な副作用を起こす可能性があるため、根拠に基づいた観察早期発見・早期対応が患者の安全確保に直結します。

多剤耐性菌対策は現代医療における重要な課題であり、看護師一人ひとりの感染対策への取り組みが院内感染の発生率患者の予後を大きく左右します。実習では、感染管理の基本技術を確実に身につけ、根拠に基づいた感染対策を実践してください。また、MRSA患者への偏見や差別を排除し、患者の尊厳を守りながら必要な医療を提供する姿勢も学んでいただければと思います。チーム医療における感染管理の重要性と、継続的な教育・啓発の必要性についても深く理解していただきたいと思います。


この記事の執筆者

なっちゃん
なっちゃん

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり


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