疾患概要
定義
腰椎椎間板ヘルニアは、腰椎(第1腰椎~第5腰椎)の椎間板の一部が後方や後外側方に突出・脱出し、神経根や硬膜管を圧迫することで腰痛や下肢痛などの症状を引き起こす疾患です。椎間板は椎体間のクッションの役割を果たしており、外側の線維輪と内部のゼラチン状の髄核から構成されています。
疫学
20~40歳代の働き盛りの男性に多く発症し、男女比は約2:1で男性優位です。日本人では年間約10万人が新たに発症するとされ、腰痛の原因として非常に頻度の高い疾患です。最も多い発症部位はL4/5(第4腰椎と第5腰椎間)とL5/S1(第5腰椎と仙椎間)で、全体の約80-90%を占めています。
原因
主な原因は加齢による椎間板の変性と機械的負荷の組み合わせです。椎間板は20歳頃から徐々に変性が始まり、髄核の水分含有量が減少し、線維輪に亀裂が生じやすくなります。そこに重い物を持ち上げる、前かがみの姿勢、急激な体幹の回旋などの外力が加わることで発症します。危険因子には職業(肉体労働、長時間の運転)、喫煙、肥満、遺伝的素因などがあります。
病態生理
椎間板ヘルニアの発症機序は段階的に進行します。まず線維輪の変性により亀裂が生じ、そこから髄核が徐々に突出します。膨隆型では線維輪は保たれたまま後方に膨らみ、突出型では線維輪の一部が破綻して髄核が突出し、脱出型では髄核組織が完全に脱出します。これらが神経根や馬尾神経を圧迫・刺激することで、炎症性サイトカインの放出も相まって疼痛が生じます。また、神経の血流障害により痺れや筋力低下などの神経症状が出現します。
症状・診断・治療
症状
腰痛は最も頻度の高い症状で、特に前屈時や咳・くしゃみで増強します。下肢放散痛(坐骨神経痛)は臀部から大腿後面、下腿へと放散する特徴的な痛みで、ヘルニアの部位により放散パターンが異なります。L5神経根症状では足背の痺れや母趾背屈力低下、S1神経根症状では足底外側の痺れやアキレス腱反射の消失が見られます。重症例では膀胱直腸障害(排尿困難、便失禁)や下肢筋力低下、歩行障害が生じることもあります。症状は朝起床時や長時間同じ姿勢後に増強し、動き始めると改善する傾向があります。
診断
診断は病歴聴取と理学所見が基本となります。SLRテスト(下肢伸展挙上テスト)は70度未満で下肢痛が誘発される場合陽性で、神経根の圧迫を示唆します。画像診断ではMRIが第一選択で、椎間板の形態や神経根の圧迫程度を詳細に評価できます。CTは骨の評価には有用ですが、椎間板や神経の描出にはMRIが優れています。レントゲンは椎間板腔の狭小化や腰椎の不安定性の評価に用いられます。神経学的検査では筋力テスト、腱反射、知覚検査を行い、障害神経根を特定します。
治療
治療は保存的治療が基本で、約80-90%の患者で改善が期待できます。急性期は安静と薬物療法(NSAIDs、筋弛緩薬、神経障害性疼痛治療薬)を行い、症状が落ち着いてから理学療法やストレッチを開始します。神経ブロック療法(硬膜外ブロック、神経根ブロック)は保存的治療で改善しない場合に考慮されます。手術適応は膀胱直腸障害がある場合、進行性の運動麻痺がある場合、保存的治療を3ヶ月以上行っても改善しない場合です。手術方法にはラブ法(椎弓切除術)、内視鏡下椎間板摘出術などがあります。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 急性疼痛/慢性疼痛:椎間板の神経圧迫に関連した疼痛
- 身体可動性障害:疼痛と筋緊張に関連した活動制限
- セルフケア不足:疼痛による日常生活動作の困難
ゴードン機能的健康パターン
活動・運動パターンでは疼痛による活動制限や歩行障害、前屈動作の困難さを詳細にアセスメントします。疼痛の程度(NRS:数値評価スケール)、疼痛の性質、増悪・軽快因子、日常生活への影響度を把握することが重要です。認知・知覚パターンでは神経症状(痺れ、感覚鈍麻)の部位と程度、疼痛に対する患者の理解度や対処方法を評価します。セルフケアパターンでは更衣、入浴、排泄などの基本的日常生活動作の自立度と介助の必要性を判断します。
ヘンダーソン14基本的ニード
身体の位置を動かし、望ましい肢位を保持するでは、疼痛軽減のための体位や安楽な肢位の保持能力をアセスメントします。腰椎前弯の軽減や膝関節屈曲位による症状緩和効果を評価し、適切な体位指導を行います。正常な呼吸をするでは、疼痛による呼吸の浅化や咳・くしゃみ時の疼痛増強への対処を支援します。働くこと、達成感を得るでは職業復帰への不安や経済的心配など、社会復帰に関する支援ニーズを把握します。
看護計画・介入の内容
- 疼痛管理:処方薬の適切な服薬指導、温熱療法の実施、安楽な体位の指導(側臥位で膝関節屈曲、仰臥位で膝下にクッション)
- 安全な移動・動作指導:急激な動作の回避、重量物の持ち上げ方法、コルセット装着指導、適切な起き上がり方法の指導
- 日常生活動作の調整:疼痛に配慮した生活環境の整備、セルフケア能力に応じた介助、職場復帰に向けた段階的な活動拡大の支援
よくある疑問・Q&A
Q: 腰椎椎間板ヘルニアは手術しなくても治りますか?
A: はい、多くの場合は保存的治療で改善します。実際に約80-90%の患者さんが手術を受けることなく症状が軽快しています。ヘルニアは時間の経過とともに自然に縮小したり、炎症が改善することで症状が緩和されます。ただし、膀胱直腸障害や進行性の筋力低下がある場合は緊急手術が必要です。
Q: コルセットはずっと装着していた方がいいのですか?
A: コルセットは急性期の疼痛軽減には有効ですが、長期間の装着は筋力低下を招く可能性があります。医師の指示に従い、疼痛が強い時期や重労働時のみの使用に留め、症状の改善に合わせて段階的に装着時間を短縮していくことが重要です。就寝時は基本的に外すようにしましょう。
Q: どのような運動をしてもいいのですか?
A: 急性期は安静が基本ですが、慢性期には適度な運動が推奨されます。腰部に負担の少ない運動として水中歩行、ストレッチ、腹筋・背筋強化運動が効果的です。避けるべきは重量挙げ、ゴルフなどの回旋動作を伴うスポーツ、ジョギングなどの衝撃の強い運動です。理学療法士の指導のもとで段階的に運動量を増やしていきましょう。
Q: 再発を防ぐにはどうすればいいですか?
A: 正しい姿勢の維持と体重管理が最も重要です。重い物を持つ際は膝を曲げて腰を落とし、物を体に近づけて持ち上げる、長時間同じ姿勢を避ける、定期的なストレッチや筋力訓練を継続するなどの生活習慣の改善が再発予防につながります。また、禁煙も椎間板の変性を防ぐために大切です。
まとめ
腰椎椎間板ヘルニアは働き盛りの年代に多く発症し、患者さんの日常生活や就労に大きな影響を与える疾患です。病態の本質は椎間板の変性と神経圧迫であり、多くは保存的治療で改善が期待できます。
看護の要点として、疼痛マネジメントと安全な日常生活動作の指導が中核となります。患者さんの疼痛パターンを詳細にアセスメントし、個別性のある疼痛緩和方法を提案することが重要です。また、再発予防のための生活指導では、正しい体の使い方や姿勢保持の方法を具体的に指導し、患者さんが自己管理できるよう支援します。
実習では患者さんの心理的側面にも注目しましょう。慢性的な疼痛は不安や抑うつを引き起こしやすく、職場復帰への不安も大きな問題となります。患者さんの思いに寄り添い、段階的な目標設定と達成感を得られるような関わりが、治療効果を高め、患者さんのQOL向上につながります。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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