疾患概要
定義
心不全とは、心臓のポンプ機能が低下し、全身の組織に必要な血液を送り出せなくなった状態です。「心臓が止まる」という意味ではなく、心臓の働きが弱くなっている状態を指します。急性心不全と慢性心不全に分類され、左心不全・右心不全、収縮不全・拡張不全などの病型があります。
疫学
日本では約120万人の患者さんがいるとされ、高齢化に伴って増加傾向にあります。男女ともに70歳以降で急激に増加し、80歳以上では約10%の方が心不全を患っています。5年生存率は約50%とがんに匹敵する予後の厳しい疾患です。再入院率も高く、1年以内に約30%の患者さんが再入院されます。
原因
主な原因には、虚血性心疾患(心筋梗塞、狭心症)が最も多く、続いて高血圧性心疾患、心筋症、弁膜症、不整脈があります。その他、甲状腺機能亢進症、貧血、感染症なども誘因となります。高齢者では複数の原因が重複していることが多く、心房細動などの不整脈が併存することも少なくありません。
病態生理
心不全は「心臓のポンプが弱くなった状態」と考えるとわかりやすいでしょう。正常な心臓は1分間に約5リットルの血液を全身に送り出していますが、心不全ではこの能力が低下してしまいます。
なぜ心不全が起こるのか? 心筋梗塞や高血圧などにより心筋が傷ついたり、長期間負担がかかることで、心臓の収縮力が低下します。すると心拍出量(心臓から送り出される血液量)が減少し、全身の組織に十分な酸素と栄養が届かなくなります。
身体の代償反応 身体は「心臓の働きが弱くなった!」と感知すると、なんとか血液循環を保とうとして以下の反応を起こします:
- 交感神経の活性化:心拍数を上げて、少しでも多くの血液を送ろうとする
- 血管の収縮:血圧を上げて、重要な臓器に血液を送ろうとする
- 水分・塩分の貯留:血液量を増やして循環を保とうとする
悪循環の始まり しかし、これらの代償反応は短期的には有効ですが、長期間続くと逆に心臓への負担を増やしてしまいます。心拍数の増加や血圧上昇により心臓はより多くのエネルギーを必要とし、水分貯留により心臓に戻ってくる血液量(前負荷)も増加します。これにより心機能はさらに悪化し、悪循環が形成されます。
左心不全と右心不全の違い
左心不全では、左心室から全身への血液供給が不十分になると同時に、肺から戻ってきた血液が左心房・肺静脈にうっ滞します。これにより肺うっ血が生じ、呼吸困難や起座呼吸、重症例では肺水腫が起こります。「息が苦しい」という症状が特徴的です。
右心不全では、右心室から肺への血液供給が不十分になり、全身から戻ってきた血液が右心房・静脈系にうっ滞します。これにより体静脈うっ血が生じ、下肢浮腫、体重増加、肝腫大、頸静脈怒張などが現れます。「足がむくむ、体重が増える」という症状が特徴的です。
看護師が理解しておくべきポイント この病態生理を理解することで、なぜ心不全患者さんに水分・塩分制限が必要なのか、なぜ体重測定が重要なのか、なぜ利尿薬やACE阻害薬が使われるのかが明確になります。治療や看護ケアは、この悪循環を断ち切ることを目的としているのです。
症状・診断・治療
症状
呼吸困難が最も特徴的な症状で、労作時から始まり進行すると安静時にも出現します。起座呼吸や発作性夜間呼吸困難も典型的な症状です。浮腫は下肢から始まり上行性に進行し、重症例では腹水や胸水も認められます。その他、易疲労感、食欲不振、夜間多尿、動悸、めまいなどが現れます。急性心不全では肺水腫によるピンク色の泡沫状痰が特徴的です。
診断
胸部X線では心拡大や肺うっ血像を確認し、心電図で不整脈や虚血性変化を評価します。心エコー検査は心機能評価の中心となり、左室駆出率(EF)により収縮能を評価します。BNP・NT-proBNPは心不全の診断マーカーとして有用で、重症度との相関もあります。血液検査では腎機能、電解質、肝機能を評価し、NYHA分類で機能的重症度を判定します。
治療
薬物療法ではACE阻害薬・ARBによる心臓の負担軽減、β遮断薬による心拍数・血圧コントロール、利尿薬による体液量減少が基本となります。収縮不全にはジギタリスも使用されます。非薬物療法として、水分・塩分制限、適度な運動療法、体重管理が重要です。重症例では心臓再同期療法(CRT)や補助人工心臓、心移植も検討されます。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
・体液量過多
・ガス交換障害
・活動耐性低下
・不安
・セルフケア不足
・知識不足
ゴードンのポイント
活動・運動パターンでは、息切れや易疲労感により日常生活動作が著しく制限されます。階段昇降や歩行距離の短縮、入浴や更衣動作での呼吸困難の出現を詳細に評価する必要があります。栄養・代謝パターンでは、食事摂取量の低下や体重変化を継続的に観察し、特に急激な体重増加は心不全悪化の早期発見につながります。睡眠・休息パターンでは夜間の呼吸困難や起座呼吸により睡眠が妨げられ、日中の倦怠感が増強します。排泄パターンでは利尿薬の効果により尿量が変動し、浮腫の程度と密接に関連します。認知・知覚パターンでは心拍出量低下による脳血流減少で集中力低下やめまいが生じることがあります。
ヘンダーソンのポイント
呼吸のニードでは呼吸困難の程度、呼吸数、SpO2、起座呼吸の有無を継続的に評価し、酸素療法の必要性を判断します。循環に関わるニードでは血圧、脈拍、心音、浮腫の程度を観察し、心拍出量の変化を把握します。活動のニードでは患者さんの活動耐性を評価し、段階的な活動量調整を行います。栄養と水分のニードでは食事摂取量、水分制限の遵守状況、体重変化を毎日評価します。排泄のニードでは尿量、浮腫の程度、便秘の有無を観察し、利尿薬の効果を判定します。清潔・身だしなみのニードでは呼吸困難により入浴や更衣が困難となるため、患者さんの状態に応じた援助方法を検討します。体温調節のニードでは末梢循環不全による冷感や発汗の状況を評価します。安全のニードでは転倒リスクの評価と環境整備が重要です。
看護計画・介入の内容
・毎日同時刻での体重測定と記録、2kg以上の急激な増加時は速やかに報告
・呼吸状態の定期的観察(呼吸数、SpO2、起座呼吸の有無、呼吸音)
・浮腫の程度と部位の評価(圧痕の有無、周径測定)
・バイタルサイン測定と循環動態の評価
・水分・塩分制限の指導と実行支援(具体的な量と方法の説明)
・活動量の調整と段階的な運動療法の提案
・服薬管理と副作用の観察(特に利尿薬による電解質異常)
・患者・家族への疾患教育と生活指導
・心理的支援と不安の軽減
・感染予防対策の実施と指導
よくある疑問・Q&A
Q:心不全の患者さんはなぜ夜間に症状が悪化するの?
A:臥位になることで下肢にたまっていた水分が心臓に戻り、心臓への負担が増加するためです。また、夜間は交感神経の活動が低下し、心機能がさらに低下しやすくなります。
Q:体重増加はどの程度で報告すべき?
A:一般的に2〜3日で2kg以上、1週間で2.5kg以上の増加があれば医師に報告が必要です。毎日同じ時間、同じ条件で測定することが大切です。
Q:なぜBNPが心不全の指標になるの?
A:BNPは心室壁に負荷がかかると心筋細胞から分泌されるホルモンで、心不全の重症度と相関するからです。治療効果の判定にも用いられます。
Q:心不全の患者さんが塩分制限をする理由は?
A:塩分を摂りすぎると体内に水分が貯留し、心臓への負担が増加するためです。一般的に1日6g未満の制限が推奨されます。
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この記事の執筆者

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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