疾患概要
定義
深部静脈血栓症(Deep Vein Thrombosis:DVT)とは、主に下肢の深部静脈(腸骨静脈、大腿静脈、膝窩静脈、下腿静脈など)内に血栓が形成される疾患です。血栓により静脈還流が障害され、下肢の腫脹や疼痛を引き起こします。最も重篤な合併症は肺塞栓症で、血栓が剥離して肺動脈に流れ込むことで生命に危険をもたらします。DVTと肺塞栓症は連続した病態として静脈血栓塞栓症(VTE)と総称されます。
疫学
日本での発症率は年間10万人あたり14-56人程度ですが、高齢化や生活習慣の欧米化により増加傾向にあります。年齢とともに発症率は上昇し、70歳以上では急激に増加します。女性では妊娠・出産、経口避妊薬の使用により発症リスクが高まります。
入院患者では特に発症率が高く、整形外科手術後では10-40%、がん患者では4-20%にDVTが発症するとされています。長時間の航空機搭乗による「エコノミークラス症候群」として一般にも知られており、近年社会的関心が高まっています。
原因
DVTの発症にはVirchowの三徴(血流停滞、血管内皮障害、血液凝固能亢進)が関与します。血流停滞の要因として、長期臥床、手術、長時間の座位、下肢麻痺、心不全などがあります。血管内皮障害では、外傷、手術、カテーテル挿入、感染、炎症などが原因となります。
血液凝固能亢進をきたす要因として、がん、妊娠、経口避妊薬、ホルモン補充療法、先天性血栓性素因(プロテインC・S欠損症、アンチトロンビン欠損症)、後天性血栓性素因(抗リン脂質抗体症候群)などがあります。また、高齢、肥満、喫煙、脱水、感染症なども重要な危険因子です。
病態生理
正常では静脈血は下肢筋肉のポンプ作用と静脈弁により心臓に還流されます。血流停滞が生じると、静脈弁周囲などの血流の淀んだ部位で血小板の凝集と凝固系の活性化が起こります。フィブリン網の形成により血栓が徐々に成長し、静脈内腔を閉塞します。
血栓により静脈還流が障害されると、末梢で静脈圧が上昇し、血管透過性が亢進して組織への血漿成分の漏出が生じます。これにより下肢の腫脹、疼痛、発赤などの症状が現れます。血栓が大きくなると、その一部が剥離して血流に乗り、肺動脈に流れ込んで肺塞栓症を引き起こす危険があります。
慢性期には血栓の器質化と再疎通が起こりますが、静脈弁の破壊により慢性的な静脈還流障害(深部静脈血栓後症候群)が残存することがあります。
症状・診断・治療
症状
DVTの症状は血栓の部位や範囲により異なります。典型的な症状として、患側下肢の腫脹、疼痛、熱感、発赤、圧痛があります。腫脹は最も頻度の高い症状で、健側との周径差が3cm以上ある場合は有意とされます。疼痛は歩行時や圧迫時に増強し、安静により軽減することが多いです。
重要な身体所見として、Homans徴候(足関節背屈時の下腿疼痛)、浅在静脈の怒張、皮膚色調の変化(チアノーゼ、発赤)があります。しかし、約50%の症例では無症状または軽微な症状のみで、特に中枢型(腸骨-大腿静脈)血栓では症状が軽いことがあります。
肺塞栓症の症状として、突然の呼吸困難、胸痛、咳嗽、血痰、失神、ショックなどが現れ、これらの症状が出現した場合は緊急対応が必要です。
診断
診断は臨床症状、血液検査、画像診断を組み合わせて行います。Wells スコアは臨床的な重症度評価に用いられ、DVTの事前確率を算出します。血液検査ではD-ダイマーが重要で、陰性的中率が高いためスクリーニングに有用ですが、特異度は低く確定診断には画像診断が必要です。
下肢静脈エコー検査は最も重要な診断法で、非侵襲的に血栓の有無、部位、範囲を評価できます。圧迫により静脈が完全に閉塞しない場合や、血流シグナルの欠如により血栓を診断します。造影CT検査(CTV)やMR検査(MRV)は骨盤内静脈の血栓診断に有用です。
静脈造影検査は確定診断のゴールドスタンダードですが、侵襲的であるため他の検査で診断困難な場合に限定されます。肺塞栓症の除外のため、胸部CT、心エコー検査、動脈血ガス分析なども必要に応じて実施します。
治療
治療の目的は血栓の進展防止、肺塞栓症の予防、症状の改善です。急性期には抗凝固療法が基本となり、ヘパリン(未分画ヘパリンまたは低分子量ヘパリン)による初期治療後、ワルファリンまたは新規経口抗凝固薬(DOAC)による長期治療に移行します。
血栓溶解療法は広範囲血栓や重篤な症状がある場合に考慮されますが、出血リスクとのバランスを慎重に評価する必要があります。カテーテル血栓除去術や外科的血栓摘除術は特殊な症例に限定されます。
理学的治療として、弾性ストッキングの着用、間欠的空気圧迫法(IPC)、早期離床・歩行が重要です。ただし、急性期で血栓が不安定な場合は安静が必要なこともあります。下大静脈フィルターは抗凝固療法が禁忌の場合や治療抵抗性の肺塞栓症に対して考慮されます。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 組織灌流低下(静脈血栓による血流障害に関連した)
- 急性疼痛(血栓による炎症と循環障害に関連した)
- 活動耐性低下(下肢症状と肺塞栓リスクに関連した)
- 不安(突然の発症と重篤な合併症への恐怖に関連した)
- 出血リスク(抗凝固療法に関連した)
ゴードン機能的健康パターン
健康知覚・健康管理パターンでは危険因子の有無を詳細に評価します。手術歴、外傷歴、がんの既往、妊娠・出産歴、薬剤使用歴(経口避妊薬、ホルモン補充療法)、血栓症の家族歴、最近の長時間移動などを聴取しましょう。
活動・運動パターンでは発症前の活動状況と現在の制限を評価します。長期臥床の有無、歩行状況、下肢の可動域、浮腫の程度、疼痛による活動制限を詳しく把握し、安全な活動レベルを設定します。
認知・知覚パターンでは下肢症状の詳細な評価が重要です。疼痛の部位、性状、程度、増悪・軽快因子、腫脹の程度、皮膚色調の変化、温度感の変化を経時的に観察し、症状の変化を客観的に評価します。
ヘンダーソン14基本的ニード
循環のニードでは下肢の循環状態の詳細な評価が最重要です。下肢周径の測定、皮膚色調(発赤、チアノーゼ、蒼白)、皮膚温、毛細血管再充満時間、足背動脈・後脛骨動脈の触知、深部静脈の圧痛を系統的に観察します。
呼吸のニードでは肺塞栓症の早期発見が重要です。呼吸困難、胸痛、咳嗽の有無、呼吸数・酸素飽和度の変化、呼吸音の聴取を継続的に監視し、異常の早期発見に努めます。
身体を動かすニードでは安全な活動範囲の設定と段階的な活動量増加を支援します。血栓の安定性、症状の程度、抗凝固療法の効果を考慮しながら、個別的な活動計画を立案します。
看護計画・介入の内容
- 循環状態の監視:下肢周径測定、皮膚色調・温度の観察、Homans徴候の確認、浅在静脈の怒張評価
- 肺塞栓症の監視:呼吸状態の観察、胸痛・呼吸困難の評価、バイタルサイン測定、酸素飽和度モニタリング
- 抗凝固療法の管理:薬物投与、凝固能検査値の監視、出血症状の観察、患者・家族への服薬指導
- 疼痛管理:疼痛アセスメント、鎮痛薬の投与、患肢の挙上、温罨法の実施
- 理学的治療:弾性ストッキングの着用指導、IPC装着、段階的な離床・歩行支援
- 患者教育:疾患の説明、症状悪化時の対応、再発予防指導、生活上の注意点
よくある疑問・Q&A
Q: DVTと診断されたら絶対安静が必要ですか?
A: 必ずしも絶対安静は必要ありません。以前は血栓の遊離を防ぐため絶対安静が推奨されていましたが、現在は適切な抗凝固療法下では早期離床が推奨されています。ただし、大きな浮遊血栓がある場合や症状が重篤な場合は、医師の判断により一時的な安静が必要なこともあります。
Q: 弾性ストッキングはいつまで着用する必要がありますか?
A: 急性期から慢性期まで継続的な着用が推奨されます。急性期には症状軽減と肺塞栓予防のため、慢性期には深部静脈血栓後症候群の予防のために着用します。通常は2年間程度の着用が推奨されますが、個人差があるため医師と相談して決定しましょう。適切な圧迫圧とサイズの選択が重要です。
Q: 抗凝固薬服用中に注意すべき出血症状は?
A: 日常的な出血症状の変化に注意が必要です。鼻出血が止まりにくい、歯磨き時の歯肉出血、皮膚の青あざ(打撲の記憶がない)、黒色便、血尿、月経過多、頭痛の悪化などです。これらの症状が現れた場合は速やかに医療機関を受診し、重篤な出血の場合は救急対応が必要です。
Q: DVTは再発しやすい疾患ですか?
A: 再発リスクは比較的高い疾患です。初回発症後10年間で約30%が再発するとされています。特に男性、60歳以上、がん患者、特発性(原因不明)DVT、抗凝固療法中断後は再発リスクが高くなります。生活習慣の改善、定期的な受診、処方された薬剤の継続が再発予防に重要です。
Q: 長時間の移動時にはどのような予防策が効果的ですか?
A: こまめな足首運動と水分摂取が基本です。1時間に1回は足首の背屈・底屈運動を行い、可能であれば歩行しましょう。座席では足を組まず、ゆったりした服装を心がけます。アルコールは脱水を助長するため控え、十分な水分摂取を行います。高リスク者では弾性ストッキングの着用も効果的です。
まとめ
深部静脈血栓症は血流停滞、血管内皮障害、凝固能亢進が複合的に関与する血栓性疾患であり、肺塞栓症という致命的な合併症を引き起こす可能性があります。看護師として重要なのは、早期発見のための系統的な観察と、肺塞栓症予防のための適切な管理です。
特に下肢循環状態の詳細な評価、肺塞栓症の徴候の監視、抗凝固療法の安全な管理、段階的な活動支援が看護の要点となります。また、患者が疾患を正しく理解し、再発予防のための生活調整ができるよう継続的な教育と支援が重要です。
実習では特に下肢の系統的な観察技術を身につけ、症状の変化を客観的に評価できるようになりましょう。また、急変時の対応について理解を深め、緊急度の判断ができる観察力を養ってください。DVTは予防可能な疾患でもあるため、ハイリスク患者の早期発見と予防的介入の重要性を理解し、多職種と連携した包括的なケアを提供することが大切です。
長期的な抗凝固療法を要する患者では、治療継続への動機づけと安全管理が重要な看護の役割となります。患者・家族の不安に寄り添いながら、根拠に基づいた説明と実践的な指導を心がけ、患者の自己管理能力向上を支援していきましょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
コメント