疾患概要
定義
貧血とは、血液中の赤血球数、ヘモグロビン(Hb)濃度、ヘマトクリット(Hct)値のいずれか、または全てが基準値を下回る状態です。WHO基準では、成人男性でHb 13g/dL未満、成人女性でHb 12g/dL未満、妊婦でHb 11g/dL未満を貧血と定義します。貧血は症状であって疾患名ではなく、必ず原因疾患が存在するため、貧血の背景にある疾患の特定と治療が重要です。組織への酸素運搬能力の低下により、様々な症状や合併症を引き起こします。
疫学
日本人の貧血有病率は約15-20%で、特に月経のある女性に多く見られます。20-40歳代女性では約20-30%が貧血を有しており、その大部分は鉄欠乏性貧血です。高齢者では男女差が縮小し、慢性疾患に伴う貧血や悪性腫瘍による貧血が増加します。妊娠中の女性では約30-40%が貧血となり、母体と胎児の健康に影響を与える可能性があります。
原因
貧血の原因は大きく3つの機序に分類されます。
1. 赤血球産生低下:鉄欠乏性貧血、巨赤芽球性貧血(ビタミンB12・葉酸欠乏)、慢性疾患性貧血、再生不良性貧血、骨髄異形成症候群など
2. 赤血球破壊亢進(溶血性貧血):遺伝性球状赤血球症、自己免疫性溶血性貧血、薬剤性溶血など
3. 失血:急性出血(外傷、消化管出血)、慢性出血(月経過多、痔出血、消化管腫瘍)
最も頻度が高いのは鉄欠乏性貧血(約70%)で、次いで慢性疾患性貧血、巨赤芽球性貧血の順となります。
病態生理
鉄欠乏性貧血では、体内鉄貯蔵量の減少により、ヘモグロビン合成に必要な鉄が不足します。鉄欠乏は段階的に進行し、①鉄貯蔵量減少期(血清フェリチン低下)→②鉄欠乏期(血清鉄低下、TIBC上昇)→③鉄欠乏性貧血期(Hb低下、小球性低色素性貧血)の順で進展します。
巨赤芽球性貧血は、ビタミンB12(コバラミン)または葉酸欠乏により、DNA合成が障害されて起こります。細胞分裂が正常に行えないため、骨髄で巨大な赤血球前駆細胞(巨赤芽球)が産生され、大型で機能の低い赤血球が末梢血に現れます(大球性貧血)。
慢性疾患性貧血では、炎症性サイトカインの作用により、鉄利用障害、エリスロポエチン産生低下、赤血球寿命短縮が起こります。血清鉄は低下しますが、鉄貯蔵量は正常または増加しているのが特徴です。
症状・診断・治療
症状
貧血の症状は組織への酸素供給不足と代償機転により現れます。
一般的症状として、易疲労感、全身倦怠感、息切れ、動悸、頭痛、めまい、集中力低下があります。急激に進行した貧血では症状が強く現れ、慢性貧血では代償により軽症のことが多いです。
特異的症状では、鉄欠乏性貧血で氷食症(異食症)、スプーン爪(爪の反り返り)、舌炎、嚥下困難(Plummer-Vinson症候群)が見られます。巨赤芽球性貧血では舌炎、味覚異常、ビタミンB12欠乏では神経症状(手足のしびれ、歩行障害、認知機能低下)が特徴的です。
重症例では安静時呼吸困難、胸痛、失神、心不全症状が現れ、高齢者では狭心症の誘発や心機能悪化のリスクがあります。
診断
血液検査が診断の基本で、Hb、Hct、赤血球数に加えて、MCV(平均赤血球容積)、MCH(平均赤血球ヘモグロビン量)、MCHC(平均赤血球ヘモグロビン濃度)により貧血の分類を行います。
小球性低色素性貧血(MCV<80fL):鉄欠乏性貧血、慢性疾患性貧血、サラセミアなど 正球性正色素性貧血(MCV 80-100fL):急性出血、慢性疾患性貧血、溶血性貧血など 大球性貧血(MCV>100fL):巨赤芽球性貧血、肝疾患、アルコール性など
鉄欠乏性貧血の診断には、血清鉄低下、TIBC上昇、血清フェリチン低下、トランスフェリン飽和度低下を確認します。巨赤芽球性貧血では、血清ビタミンB12、葉酸値の測定が重要です。
原因検索として、便潜血検査、上下部消化管内視鏡検査、婦人科検査など、出血源の検索が必要です。
治療
鉄欠乏性貧血では、原因疾患の治療が最優先で、出血源の検索と止血処置を行います。鉄剤補充療法では、経口鉄剤(フェロミア、フェルムなど)を1日100-200mg投与します。消化器症状で経口摂取困難な場合は、静注用鉄剤を使用します。治療期間は、Hb正常化後も3-6ヶ月間継続し、鉄貯蔵量の回復を図ります。
巨赤芽球性貧血では、ビタミンB12欠乏にはメコバラミン(メチコバール)、葉酸欠乏には葉酸製剤を投与します。ビタミンB12欠乏性では、初期は注射剤で治療を開始し、維持療法では経口薬に切り替えることもあります。
慢性疾患性貧血では、原疾患の治療が基本です。腎性貧血ではエリスロポエチン製剤(エポジン、ネスプなど)が有効で、目標Hb値は10-12g/dLに設定します。
輸血療法は、急激な貧血進行、心不全症状、手術予定などで適応となりますが、原則として根本治療ではなく対症療法です。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 活動耐性低下(組織への酸素供給不足による易疲労感・呼吸困難)
- 転倒リスク状態(貧血によるめまい・ふらつき)
- 知識不足(貧血の原因・治療・日常生活管理に関する理解不足)
ゴードン機能的健康パターン
活動・運動パターンが最も重要なアセスメント領域です。日常生活動作時の息切れ、動悸、疲労感の程度を評価し、患者の活動耐性を把握します。階段昇降、入浴、家事動作などの具体的な活動場面での症状出現を詳細に聞き取り、安全な活動レベルを設定します。
栄養代謝パターンでは、鉄欠乏性貧血の場合は鉄分の摂取状況、吸収を阻害する食品(茶、コーヒー、牛乳)の摂取パターンを評価します。巨赤芽球性貧血では、ビタミンB12や葉酸を含む食品(緑黄色野菜、肉類、魚類)の摂取状況をアセスメントします。
認知知覚パターンでは、集中力低下、記銘力障害、頭痛、めまいなどの症状が学習や仕事に与える影響を評価します。特にビタミンB12欠乏では神経症状による認知機能への影響に注意が必要です。
ヘンダーソン14基本的ニード
正常に呼吸するニードでは、組織への酸素供給不足を補うため呼吸数増加や呼吸困難が生じます。安静時と活動時の呼吸状態の違いを観察し、適切な活動量の調整と休息の確保が重要です。
適切に食べ、飲むニードでは、鉄欠乏性貧血の場合は鉄分豊富な食品(レバー、赤身肉、ほうれん草、ひじき)の積極的摂取、吸収促進食品(ビタミンC)との組み合わせが重要です。氷食症がある場合は、口腔内の損傷や感染リスクを評価します。
身体を清潔に保つニードでは、易疲労感により入浴や清潔行動が困難となることがあります。短時間入浴や清拭への変更、介助の必要性を評価し、患者の体力に応じた清潔ケアを計画します。
看護計画・介入の内容
- 活動量の調整:バイタルサイン監視下での段階的な活動量増加、疲労度の評価、適切な休息の確保、転倒予防対策の実施
- 服薬指導:鉄剤の正しい服用方法(空腹時服用、ビタミンCとの併用)、副作用(便秘、胃部不快感)への対処法、長期継続の必要性
- 食事指導:貧血の種類に応じた栄養指導、鉄分・ビタミンB12・葉酸豊富な食品の紹介、吸収を阻害する食品との摂取間隔
よくある疑問・Q&A
Q: なぜ鉄剤を飲むと便が黒くなるのですか?
A: 鉄剤に含まれる鉄分が腸内で硫化鉄に変化するためです。これは正常な反応で、副作用ではありません。むしろ鉄剤がきちんと摂取できている証拠でもあります。ただし、真っ黒なタール便(上部消化管出血)との区別が重要で、鉄剤による黒色便は臭いが少なく、粘り気がないのが特徴です。心配な症状があれば医師に相談するよう指導します。
Q: 鉄剤はいつまで飲み続ける必要がありますか?
A: ヘモグロビン値が正常になった後も3-6ヶ月間の継続が必要です。血液中のヘモグロビンが正常化しても、体内の鉄貯蔵量(フェリチン)の回復には時間がかかるためです。自己判断で中止すると貧血が再発しやすくなります。医師が血液検査で鉄貯蔵量の回復を確認してから中止を決定しますので、指示に従って継続することが重要です。
Q: どのような食べ物を摂ると良いですか?
A: 鉄欠乏性貧血では、ヘム鉄(動物性食品)を多く含む食品が効果的です。レバー、赤身肉、カツオ、マグロなどがおすすめです。非ヘム鉄(植物性食品)のほうれん草、小松菜、ひじきなどは、ビタミンCと一緒に摂ると吸収が良くなります。巨赤芽球性貧血では、ビタミンB12(魚類、肉類、乳製品)や葉酸(緑黄色野菜、果物)を豊富に含む食品を意識的に摂取しましょう。
Q: 貧血があると手術はできないのですか?
A: 貧血があっても緊急手術は行われますが、待機的手術では術前に貧血の改善を図ることが多いです。手術時の出血により更に貧血が悪化し、術後の回復が遅れる可能性があるためです。一般的にHb 10g/dL以上が手術の目安とされますが、患者の年齢、心機能、手術の侵襲度により個別に判断されます。必要に応じて術前に輸血や鉄剤投与が行われます。
Q: 妊娠中の貧血は赤ちゃんに影響しますか?
A: 妊娠中の貧血は母体と胎児の両方に影響を与える可能性があります。母体では妊娠高血圧症候群のリスク増加、分娩時の出血リスク上昇、産後うつのリスク増加が報告されています。胎児では低出生体重児、早産、胎児発育不全のリスクが高くなります。妊娠中は鉄需要が増加するため、積極的な鉄剤補充と栄養指導が重要です。
まとめ
貧血は症状であり疾患名ではないため、必ず原因疾患の検索と治療が重要です。看護の要点は個々の患者の活動耐性を正しく評価し、安全で効果的な日常生活の支援を行うことです。特に高齢者では転倒リスクが高いため、環境整備と転倒予防対策が不可欠です。
服薬指導では、鉄剤の正しい服用方法と継続の重要性、副作用への対処法を具体的に説明し、患者の理解と協力を得ることが治療成功の鍵となります。食事指導では、単に鉄分の多い食品を教えるだけでなく、吸収を高める工夫や日常生活に取り入れやすい方法を提案することが大切です。
実習では、患者の微細な症状変化を見逃さず、根拠に基づいた個別性のある看護を実践しましょう。貧血の背景にある原因疾患への理解を深め、全人的なケアを提供することで、患者のQOL向上と治療効果の最大化に貢献できるよう心がけることが重要です。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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