【筋萎縮性側索硬化症(ALS)】疾患解説と看護の要点

疾患解説

疾患概要

定義

筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic Lateral Sclerosis:ALS)とは、運動ニューロンの選択的変性・脱落により進行性の筋力低下と筋萎縮を来す神経変性疾患です。上位運動ニューロン(大脳皮質運動野から脊髄)と下位運動ニューロン(脊髄前角細胞から筋肉)の両方が障害されるのが特徴で、ルー・ゲーリッグ病とも呼ばれます。感覚神経、自律神経、眼球運動は通常保たれ、意識・知能は末期まで維持されることが多いです。

疫学

ALSは希少疾患で、日本の有病率は人口10万人あたり約7-11人、年間発症率は1-2.5人程度です。発症年齢のピークは50-70歳代で、男女比は1.2-1.5:1とやや男性に多く見られます。平均発症年齢は約65歳ですが、若年発症例(20-30歳代)も存在します。

90-95%は孤発性(散発性)で、5-10%は家族性(遺伝性)です。家族性ALSでは多くの原因遺伝子が同定されており、SOD1、C9orf72、TARDBP、FUSなどの変異が知られています。診断から平均生存期間は3-5年とされていますが、個人差が大きく、10年以上の長期生存例や急速進行例も存在します。

原因

ALSの原因は多因子性で完全には解明されていませんが、複数の病態機序が関与すると考えられています。酸化ストレス(活性酸素による神経細胞障害)、グルタミン酸毒性(興奮性神経伝達物質の過剰による細胞死)、蛋白質凝集(異常蛋白質の蓄積)、軸索輸送障害神経炎症などが主要な機序とされています。

遺伝的要因では、家族性ALSで同定された遺伝子変異が孤発性ALSでも一部で認められます。環境要因として、重金属暴露、農薬、外傷、激しい運動、喫煙などが危険因子として報告されていますが、明確な因果関係は確立されていません。

近年、TDP-43蛋白質FUS蛋白質の異常凝集がALS病態に重要な役割を果たすことが明らかになり、治療標的として注目されています。

病態生理

ALSでは上位運動ニューロンと下位運動ニューロンの進行性変性が特徴です。上位運動ニューロンの障害により痙性(筋緊張亢進、腱反射亢進、病的反射出現)が生じ、下位運動ニューロンの障害により筋力低下、筋萎縮、筋線維束攣縮が出現します。

病理学的には、運動ニューロンの脱落反応性グリオーシス軸索変性異常蛋白質凝集体の形成が認められます。特にTDP-43陽性封入体は90%以上の症例で検出され、ALS病態の中核を成しています。

進行とともに呼吸筋麻痺により呼吸不全を来たし、嚥下筋麻痺により誤嚥性肺炎のリスクが高まります。しかし、感覚神経、自律神経、外眼筋、膀胱直腸機能は通常末期まで保たれるのが特徴で、これが診断の重要な手がかりとなります。


症状・診断・治療

症状

ALSの症状は発症部位により異なります。球麻痺型(約30%)では構音障害、嚥下障害から始まり、言葉が不明瞭になり、水分でむせるようになります。上肢型(約40%)では手指の巧緻運動障害、握力低下から始まり、字が書きにくい、箸が使いにくいなどの症状が現れます。下肢型(約20%)では歩行障害、転倒しやすさから始まります。

上位運動ニューロン症状として、痙性歩行、腱反射亢進、病的反射(Babinski反射陽性)、偽性球麻痺(強制泣き・笑い)があります。下位運動ニューロン症状として、筋力低下、筋萎縮、筋線維束攣縮、腱反射低下・消失があります。

進行期には呼吸筋麻痺による呼吸困難、嚥下障害による誤嚥、コミュニケーション障害が顕著となります。認知機能は通常保たれますが、約15%で前頭側頭型認知症を合併することがあります。疼痛も重要な症状で、筋痙縮、関節拘縮、廃用による痛みが生じます。

診断

ALSの診断は臨床症状と神経学的所見が中心となり、確定的な診断マーカーは存在しません。診断基準として改訂El Escorial基準が広く用いられ、上位・下位運動ニューロン症状の組み合わせと進行性経過により診断します。

神経伝導検査・筋電図検査では、下位運動ニューロン障害の所見(線維束攣縮電位、巨大電位、多相性電位)を検出します。MRI検査では皮質脊髄路の信号変化を認めることがあり、他疾患の除外にも有用です。

除外診断が重要で、頸椎症性脊髄症、多発性硬化症、重症筋無力症、甲状腺機能亢進症、悪性腫瘍などを鑑別する必要があります。血液検査では炎症マーカー、甲状腺機能、ビタミンB12、重金属などを測定します。

バイオマーカーとして、髄液中のニューロフィラメント軽鎖(NfL)や血清中のクレアチニンキナーゼ(CK)の上昇が参考になることがあります。

治療

現在のところ根治療法は存在せず、症状の進行を遅らせる対症療法が中心となります。薬物療法として、リルゾール(グルタミン酸毒性軽減)とエダラボン(酸化ストレス軽減)が承認されており、わずかながら進行抑制効果が期待されます。

呼吸管理では、非侵襲的陽圧換気(NIPPV)から開始し、進行により気管切開・人工呼吸器管理を検討します。栄養管理では経管栄養(PEG:経皮内視鏡的胃瘻造設術)により栄養状態を維持します。

リハビリテーションは機能維持と廃用予防のため重要で、理学療法、作業療法、言語聴覚療法を包括的に実施します。コミュニケーション支援として、意思伝達装置(文字盤、視線入力装置、脳波入力装置)の導入を行います。

症状緩和として、筋痙縮に対するバクロフェン、疼痛に対する鎮痛薬、唾液過多に対する抗コリン薬、便秘に対する下剤などを使用します。心理的支援終末期ケアも重要な治療の一環です。


看護アセスメント・介入

よくある看護診断・問題

  • 非効果的気道クリアランス(呼吸筋麻痺・嚥下障害に関連した)
  • 嚥下障害(球麻痺による咽頭・喉頭筋麻痺に関連した)
  • コミュニケーション障害(構音障害・上肢機能低下に関連した)
  • 活動耐性低下(進行性筋力低下に関連した)
  • 悲嘆(予後不良な疾患への直面に関連した)

ゴードン機能的健康パターン

健康知覚・健康管理パターンでは疾患進行の状況と患者・家族の病気受容の程度を評価します。診断からの期間、症状の進行速度、現在の機能レベル、今後の見通しに対する理解と受容の状況を詳しく聴取し、適切な情報提供と心理的支援を検討しましょう。

栄養・代謝パターンでは嚥下機能と栄養状態の詳細な評価が重要です。嚥下困難の程度、誤嚥の有無、食事摂取量の変化、体重減少、代替栄養(経管栄養)の必要性について系統的に評価し、安全で効果的な栄養管理計画を立案します。

コミュニケーションパターンでは意思疎通の現状と将来への準備を評価します。構音の明瞭度、筆談能力、意思伝達装置の使用状況、家族との意思疎通方法などを把握し、段階的なコミュニケーション支援を計画します。

ヘンダーソン14基本的ニード

呼吸のニードでは呼吸機能の詳細な評価が最重要です。呼吸パターン、努力呼吸の有無、酸素飽和度、肺活量、咳嗽力を継続的に監視し、呼吸不全の早期発見と適切な呼吸サポートの導入時期を判断します。

栄養のニードでは安全な栄養摂取方法の確立が重要です。嚥下機能評価、食事形態の調整、経管栄養の管理、体重・栄養状態のモニタリングを行い、誤嚥予防と栄養状態維持を両立させます。

コミュニケーションのニードでは患者の尊厳を保ったコミュニケーション手段の確保が必要です。残存機能を活用した意思伝達方法の選択、機器の操作訓練、家族への指導を通じて、患者の自律性と社会的つながりを維持します。

看護計画・介入の内容

  • 呼吸管理:呼吸状態の監視、体位ドレナージ、咳嗽介助、NIPPV装着支援、痰の吸引
  • 嚥下・栄養管理:嚥下機能評価、食事介助、誤嚥予防、経管栄養管理、体重測定
  • ADL支援:残存機能の活用、福祉用具の導入、環境整備、転倒予防、褥瘡予防
  • コミュニケーション支援:意思伝達装置の導入・操作指導、文字盤の活用、非言語的コミュニケーション
  • 心理的支援:傾聴、感情表出の促進、家族関係の調整、グリーフケア、スピリチュアルケア
  • 終末期ケア:意思決定支援、症状緩和、家族ケア、看取りの準備

よくある疑問・Q&A

Q: ALSは遺伝しますか?

A: 約90-95%は孤発性で遺伝しませんが、5-10%は家族性(遺伝性)です。家族性ALSでは常染色体優性遺伝が多く、50%の確率で子に遺伝します。孤発性でも稀に遺伝子変異が見つかることがあります。家族歴がある場合は遺伝カウンセリングを受けることをお勧めします。遺伝的検査は患者・家族の意向を十分に確認してから実施されます。

Q: 人工呼吸器を装着すると生活はどうなりますか?

A: 在宅での生活も可能ですが、24時間の医療ケアが必要になります。訪問看護、訪問診療、ヘルパーなどの支援体制を整える必要があります。意思伝達装置を使用すれば家族や医療者とのコミュニケーションは可能で、読書やインターネットなども楽しめます。ただし、介護負担は大きく、家族のサポート体制や経済的準備が重要です。

Q: 経管栄養はいつ頃導入するのですか?

A: 体重減少が顕著になる前の導入が推奨されます。目安として、体重が病前の90%以下になった場合、嚥下困難により食事時間が延長した場合、誤嚥を繰り返す場合などです。早期導入により栄養状態を良好に保つことで、免疫力維持や合併症予防、生活の質向上が期待できます。導入時期については患者・家族の価値観を尊重して決定します。

Q: 進行を遅らせる方法はありますか?

A: 薬物療法(リルゾール、エダラボン)により進行をわずかに遅らせることができます。適度なリハビリテーションも機能維持に有効です。栄養状態の維持、感染症の予防、ストレス軽減なども重要です。一方で、過度の運動や過労は進行を早める可能性があるため避けるべきです。規則正しい生活と心身の安定が基本となります。

Q: 痛みはありますか?

A: ALSそのものは痛みを起こしませんが、続発的な痛みは多くの患者で経験されます。筋痙縮による痛み、関節拘縮による痛み、同一体位による圧迫痛、便秘による腹痛などです。これらの痛みは適切な薬物療法、体位変換、リハビリテーション、環境調整により軽減可能です。痛みは我慢せず、積極的に医療者に相談することが大切です。


まとめ

筋萎縮性側索硬化症は運動ニューロンの進行性変性により重篤な機能障害を来す神経変性疾患であり、現在のところ根治治療法は存在しません。看護師として重要なのは、患者の尊厳を保ちながら最期まで質の高い生活を支援することです。

特に呼吸・嚥下機能の継続的な評価と管理効果的なコミュニケーション手段の確保患者・家族の心理的支援症状緩和と終末期ケアが看護の要点となります。ALSは進行性疾患でありながら意識・知能が保たれるため、患者の意思を尊重した意思決定支援が特に重要です。

実習では系統的な神経学的観察技術を身につけ、機能の変化を早期に発見できるようになりましょう。また、患者・家族の複雑な感情に寄り添う姿勢を大切にし、希望と現実のバランスを取りながら支援する技術を学んでください。

ALSケアでは多職種連携が不可欠で、医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚療法士、管理栄養士、医療ソーシャルワーカーなどがチームとして関わります。在宅ケア移行への支援家族の介護負担軽減も重要な役割となります。

終末期医療としての側面も強い疾患であるため、患者の価値観を尊重し、その人らしい最期を迎えられるよう支援することが、ALS看護の最も大切な目標です。科学的根拠に基づいたケアと人間的な温かさを両立させた看護を提供していきましょう。


この記事の執筆者

なっちゃん
なっちゃん

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり


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