疾患概要
定義
多発性骨髄腫は、骨髄中で抗体を産生する形質細胞が悪性化して増殖する血液がんです。悪性化した形質細胞(骨髄腫細胞)が骨髄で異常増殖し、単クローン性免疫グロブリン(Mタンパク)を大量に産生します。この結果、正常な血液細胞の産生が阻害され、貧血、易感染性、出血傾向が生じます。また、骨破壊、高カルシウム血症、腎機能障害などの特徴的な症状を呈する疾患ですね。血液がんの中では比較的頻度が高く、根治は困難ですが近年の治療法の進歩により予後は大幅に改善しています。
疫学
日本では年間約6,600人が新たに診断され、血液がん全体の約15%を占めます。65歳以上の高齢者に多く、男女比は約1.4:1でやや男性に多い傾向があります。発症年齢の中央値は約70歳で、40歳未満での発症は稀です。
5年生存率は約40%程度ですが、年齢や病期、染色体異常の有無により大きく異なります。近年、新規薬剤の導入により生存期間は延長傾向にあり、慢性疾患として管理するという考え方が重要になっています。欧米と比較して日本人では予後良好な傾向があるとされています。
原因
明確な原因は不明ですが、加齢が最も重要な危険因子です。MGUS(意義不明の単クローン性ガンマグロブリン血症)から進展することが多く、MGUSの約1%/年が多発性骨髄腫に移行するとされています。
危険因子として、放射線被曝、化学物質への曝露、慢性的な抗原刺激、遺伝的要因などが挙げられます。特に原爆被爆者やチェルノブイリ原発事故後に発症率の増加が報告されています。また、農薬や有機溶媒への職業的曝露も危険因子とされています。
免疫系の異常や慢性的な炎症状態も発症に関与すると考えられており、自己免疫疾患や慢性感染症の既往がある患者さんでリスクが高いとされています。
病態生理
骨髄腫細胞はIL-6(インターロイキン-6)などのサイトカインにより増殖が促進されます。これらの細胞は単クローン性免疫グロブリンを過剰産生し、血清中のMタンパクとして検出されます。Mタンパクの種類により、IgG型(約60%)、IgA型(約20%)、軽鎖型(約15%)などに分類されます。
骨破壊は骨髄腫の特徴的な病態で、骨髄腫細胞が産生するRANKLにより破骨細胞が活性化され、骨吸収が促進されます。一方、骨芽細胞の活性は抑制されるため、骨形成と骨吸収のバランスが崩れ、溶骨性病変が形成されます。
腎機能障害は軽鎖が尿細管に沈着することにより生じ、高カルシウム血症は骨破壊により放出されたカルシウムによるものです。また、正常な免疫グロブリンの産生が抑制されるため、易感染性を呈します。
症状・診断・治療
症状
多発性骨髄腫の症状はCRAB症状として覚えられます。C(Calcium:高カルシウム血症)、R(Renal:腎機能障害)、A(Anemia:貧血)、B(Bone:骨病変)の頭文字です。
骨痛が最も多い症状で、約80%の患者さんに認められます。特に腰痛、背部痛が多く、安静時痛や夜間痛が特徴的です。病的骨折や脊椎圧迫骨折により急激な疼痛が生じることもあります。
貧血症状として、倦怠感、易疲労性、動悸、息切れなどが現れます。易感染性により、発熱、肺炎、尿路感染症などを繰り返すことがあります。出血傾向として、鼻出血、歯肉出血、皮下出血斑などが見られます。
高カルシウム血症による症状として、悪心・嘔吐、食欲不振、便秘、意識障害、多尿、多飲などが現れます。腎機能障害により、浮腫、尿量減少、呼吸困難などが生じることもあります。
診断
診断には骨髄検査が必須で、骨髄中の形質細胞が10%以上(通常は30%以上)に増加していることを確認します。形質細胞の形態学的特徴や免疫染色による確認も重要です。
血清・尿検査では、Mタンパクの検出と定量を行います。血清蛋白電気泳動でMピークを確認し、免疫電気泳動や免疫固定法でMタンパクの型を同定します。血清遊離軽鎖測定も重要な検査項目です。
画像検査では、全身の骨X線検査により溶骨性病変を評価します。近年では低線量全身CTやPET-CT、MRIなども用いられ、より詳細な病変の評価が可能になっています。
その他の検査として、血清カルシウム、腎機能(クレアチニン、BUN)、LDH、β2-ミクログロブリンなどを測定し、病期分類や予後評価に用います。
治療
治療方針は年齢と全身状態により決定されます。65歳未満で全身状態が良好な場合は大量化学療法+自家造血幹細胞移植を考慮し、高齢者や併存疾患のある場合は薬物療法が中心となります。
初回治療では、プロテアソーム阻害薬(ボルテゾミブ、カルフィルゾミブなど)、免疫調節薬(レナリドミド、ポマリドミドなど)、抗CD38抗体(ダラツムマブ)などを組み合わせた多剤併用療法が行われます。
支持療法も重要で、ビスホスホネート製剤により骨病変の進行を抑制し、貧血に対しては輸血やエリスロポエチン製剤、感染症予防のための予防的抗菌薬投与なども行われます。
維持療法として、レナリドミドなどの長期投与により寛解期間の延長を図ります。再発時には、初回治療とは異なる薬剤を用いた救援療法を行います。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 急性疼痛
- 感染のリスク状態
- 転倒・転落のリスク状態
- 活動耐性の低下
- 不安
ゴードン機能的健康パターン
活動-運動パターンは大きく影響を受けます。骨病変による疼痛と病的骨折のリスクにより、活動制限が必要となることが多いです。また、貧血により易疲労性が生じ、日常生活動作の制限も必要になります。安全な移動方法の指導と、適切な活動レベルの設定が重要です。
栄養-代謝パターンでは、高カルシウム血症による食欲不振、悪心・嘔吐により栄養摂取が困難になることがあります。また、化学療法の副作用による口内炎や味覚障害も栄養状態に影響します。腎機能障害がある場合は、蛋白質や水分の摂取制限も必要となります。
認知-知覚パターンでは、疼痛が最も重要な問題となります。慢性的な骨痛は患者さんのQOLに大きく影響するため、適切な疼痛管理が必要です。また、高カルシウム血症による意識レベルの変化にも注意が必要です。
ヘンダーソン14基本的ニード
身体の動きと良肢位の保持では、骨折予防が最優先となります。ベッド上での体位変換、移乗、歩行時の注意点を具体的に指導し、転倒防止策を講じます。疼痛のある部位の安静保持と、可動域制限の予防のバランスを考慮した援助が必要です。
正常な呼吸では、貧血による呼吸困難や、胸椎圧迫骨折による呼吸機能の低下に注意します。また、易感染性により肺炎のリスクが高いため、呼吸器感染症の予防と早期発見が重要です。
学習の欲求では、疾患の理解と自己管理能力の向上を支援します。特に感染予防、転倒予防、服薬管理について具体的な指導を行い、在宅での安全な生活を支援します。
看護計画・介入の内容
- 疼痛管理:疼痛の程度を定期的に評価し、薬物療法と非薬物療法を組み合わせた包括的な疼痛管理を行う
- 感染予防:手洗い、うがい、マスク着用などの基本的な感染予防策を徹底し、発熱時の早期受診を指導する
- 安全管理:転倒・転落防止のための環境整備と移動時の注意点を指導し、病的骨折を予防する
- 栄養管理:栄養状態を評価し、カルシウム制限食や腎機能に応じた食事療法を指導する
- 副作用管理:化学療法の副作用を早期に発見し、適切な対症療法と生活指導を行う
よくある疑問・Q&A
Q: 多発性骨髄腫の患者さんが転倒した場合、どのような点に注意すべきですか?
A: 病的骨折の可能性を常に念頭に置く必要があります。軽微な外力でも骨折する可能性が高いため、転倒部位の疼痛の有無、腫脹、変形、機能障害などを詳細に観察します。特に脊椎圧迫骨折では、背部痛の増強、下肢の脱力、しびれなどの神経症状に注意し、速やかに医師に報告することが重要です。
Q: 高カルシウム血症の症状で見落としやすいものはありますか?
A: 意識レベルの微細な変化や便秘が見落とされやすい症状です。「なんとなくぼんやりしている」「反応が鈍い」といった軽微な意識レベルの変化も重要なサインです。また、便秘は高齢者では日常的な問題として軽視されがちですが、高カルシウム血症による便秘は重篤な状態の前兆である可能性があります。水分摂取量の増加や頻尿も重要な観察ポイントですね。
Q: 感染予防で患者さん・家族に指導すべき具体的な内容は?
A: 手洗いとうがいの徹底、人混みを避ける、マスクの着用、十分な睡眠と栄養が基本です。特に発熱時(37.5℃以上)は速やかに受診するよう指導します。また、生肉や生魚の摂取を避ける、十分に加熱した食品を摂取するなどの食事上の注意点も重要です。家族にも感染予防の協力を求め、風邪症状がある場合は面会を控えてもらうよう説明します。
Q: 疼痛管理で非薬物療法として有効な方法はありますか?
A: 温熱療法(ホットパックなど)、マッサージ、リラクゼーション法、音楽療法などが有効です。ただし、温熱療法は感染や炎症がある部位は避け、マッサージは骨病変部位への直接的な圧迫を避けることが重要です。また、体位の工夫により疼痛を軽減できることもあり、患者さんと一緒に楽な体位を見つけることも大切ですね。
Q: 化学療法中の食事で特に注意すべき点は何ですか?
A: 感染予防の観点から、生肉、生魚、生卵、未殺菌乳製品の摂取を避けることが重要です。また、高カルシウム血症がある場合は、カルシウムを多く含む食品(乳製品、小魚、緑黄色野菜など)の制限が必要です。口内炎がある場合は、刺激の少ない食品を選び、適切な温度で摂取するよう指導します。水分摂取は腎機能に応じて調整し、十分な栄養摂取ができない場合は栄養士との相談も必要です。
まとめ
多発性骨髄腫は形質細胞の悪性化による血液がんであり、CRAB症状(高カルシウム血症、腎機能障害、貧血、骨病変)が特徴的な疾患です。高齢者に多く、根治は困難ですが、慢性疾患として長期的な管理が可能になっています。
看護の要点として、疼痛管理、感染予防、転倒・骨折予防、副作用管理が挙げられます。特に病的骨折のリスクが高いため、日常生活動作全般において安全性を重視したケアが必要です。
実習では、患者さんの多様な症状と複雑な病態を理解し、個別性を重視した包括的なケアを心がけましょう。長期間にわたる治療となるため、患者さん・家族の心理的支援とQOL維持を意識した関わりが重要です。また、多職種連携により、医師、薬剤師、栄養士、理学療法士などと協力して、患者さんの生活の質向上に向けた総合的なケアを提供していくことが大切ですね。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
コメント