疾患概要
定義
血友病とは、血液凝固因子の先天性欠損または機能異常により出血傾向を呈するX連鎖劣性遺伝疾患です。第VIII因子(FVIII)の異常による血友病Aと第IX因子(FIX)の異常による血友病Bに分類され、血友病Aが全体の約85%を占めます。凝固因子活性により重症(1%未満)、中等症(1-5%)、軽症(5-40%)に分けられ、重症度により出血症状の頻度と重篤度が異なります。男性のみに発症し、女性は保因者となる特徴的な遺伝形式を示します。
疫学
日本では血友病A患者が約5,000人、血友病B患者が約1,000人登録されており、男児の出生約5,000-10,000人に1人の頻度で発症します。X連鎖劣性遺伝のため男性のみが発症し、女性は保因者となります。約30%は家族歴のない孤発例(新規変異)です。重症例が全体の約40%、中等症が約15%、軽症が約45%を占めます。適切な治療により正常に近い寿命を全うできるようになりましたが、過去にHIVやC型肝炎ウイルスに感染した患者が存在し、現在も治療を継続している方がいます。高齢化に伴う合併症管理も新たな課題となっています。
原因
血友病の原因は遺伝子変異による凝固因子の欠損または機能異常です。血友病AはX染色体長腕に存在するF8遺伝子の変異、血友病BはF9遺伝子の変異により発症します。遺伝形式は X連鎖劣性遺伝で、患者の母親は必ず保因者、患者の娘は全て保因者となります。患者の息子は正常、保因者女性の息子は50%の確率で患者となります。重症血友病Aの約40%では遺伝子逆位(intron22 inversion)が原因となります。孤発例ではde novo変異により発症し、この場合母親は保因者ではありません。
病態生理
血液凝固は内因系と外因系が合流して共通系を活性化する複雑なカスケード反応です。血友病では内因系の異常により、活性化部分トロンボプラスチン時間(aPTT)の延長を認めます。第VIII因子や第IX因子の欠損により二次止血(フィブリン形成)が障害されるため、持続性出血が特徴となります。一次止血(血小板による血栓形成)は正常のため、表面からの出血は比較的軽微ですが、深部出血(関節内、筋肉内、後腹膜など)が問題となります。反復する関節内出血により血友病性関節症を発症し、関節破壊と機能障害をきたします。
症状・診断・治療
症状
血友病の症状は重症度により大きく異なります。重症例では新生児期から症状が出現し、転倒や軽微な外傷でも広範囲の皮下血腫、筋肉内血腫を形成します。最も特徴的な症状は関節内出血(血腫)で、膝、足関節、肘関節に好発し、関節の腫脹、疼痛、可動域制限をきたします。中等症では外傷後の持続性出血や手術後の異常出血が主な症状です。軽症では抜歯や手術時まで診断されないことが多く、日常生活でほとんど症状を認めません。その他の出血症状として、鼻出血、歯肉出血、消化管出血、尿路出血があり、頭蓋内出血は稀ですが生命に関わる重篤な合併症です。
診断
診断は家族歴、出血症状、凝固検査により行われます。凝固検査ではaPTTの延長とプロトロンビン時間(PT)正常が特徴的所見です。凝固因子活性測定により第VIII因子または第IX因子の低下を確認し、血友病A、Bの鑑別を行います。遺伝子解析により変異の同定が可能で、家族の遺伝カウンセリングに有用です。出血時間や血小板数は正常で、一次止血機能は保たれています。保因者診断では凝固因子活性の測定と遺伝子解析を組み合わせて行います。出生前診断も可能ですが、十分な遺伝カウンセリングが前提となります。
治療
血友病治療の基本は凝固因子補充療法です。定期補充療法(prophylaxis)は重症例に対して週2-3回定期的に凝固因子製剤を投与し、出血予防を目的とします。on-demand療法は出血時のみに投与する方法です。使用される製剤には血漿由来製剤と遺伝子組換え製剤があり、現在は安全性の高い遺伝子組換え製剤が主流です。半減期延長型製剤により投与回数の減少が可能になりました。インヒビター(凝固因子に対する中和抗体)が発生した場合は、bypassing agent(rFVIIa、APCC)や免疫寛容誘導療法を行います。近年、非因子製剤(エミシズマブ)により皮下注射での治療が可能となり、患者のQOL向上に寄与しています。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 出血リスク状態
- 急性疼痛
- 身体可動性障害
- 活動耐性低下
- 不安
- 知識不足
ゴードン機能的健康パターン
健康知覚-健康管理パターンでは、疾患に対する理解度、自己注射技術の習得状況、出血時の対応能力を詳細に評価します。活動-運動パターンは重要で、関節の可動域、筋力、歩行状態を観察し、血友病性関節症の進行度を把握します。禁忌となる運動や日常生活での注意点について理解しているかも確認しましょう。認知-知覚パターンでは関節痛の程度、疼痛パターン、鎮痛方法の効果を評価します。役割-関係パターンでは学校や職場での理解・配慮の状況、社会活動への参加状況を把握することが重要です。遺伝性疾患のため、家族のサポート体制と遺伝に関する心理的負担も評価する必要があります。
ヘンダーソン14基本的ニード
安全で害のない環境の保持は最も重要で、出血リスクを最小限にする環境調整と行動指導が必要です。身体の清潔保持と衣服の着脱では、安全な入浴方法、髭剃りや爪切りなどの日常ケアでの注意点を指導します。遊びや気晴らしでは、参加可能なスポーツや娯楽活動の選択、学校での体育授業への参加方法について支援が必要でしょう。学習の側面では、自己注射技術の習得、出血時の応急処置、医療機関受診のタイミングなど、自立した疾患管理のための教育が重要となります。正常な発達では、年齢に応じた疾患理解と自己管理能力の段階的な習得を支援します。
看護計画・介入の内容
- 出血の早期発見と対応:出血症状の観察、関節内出血の兆候(腫脹、疼痛、可動域制限)の評価、緊急時の対応指導
- 自己注射技術の指導:無菌操作の習得、投与量・投与方法の指導、製剤の保管方法、投与記録の記載方法
- 疼痛管理:関節痛に対する非薬物的疼痛緩和法、安全な鎮痛薬の選択、アスピリン系薬剤の禁忌指導
- 日常生活指導:出血リスクを考慮した活動制限、安全な運動の選択、学校・職場での配慮事項の調整
- 家族支援:遺伝カウンセリング、保因者検査、家族の心理的支援、緊急時の家族対応の指導
よくある疑問・Q&A
Q: 血友病患者の出血時の応急処置で最も重要なことは何ですか?
A: 関節内出血の早期発見と迅速な因子補充が最も重要です。関節の腫脹、疼痛、熱感、可動域制限が認められたら直ちに凝固因子製剤を投与し、RICE処置(安静、冷却、圧迫、挙上)を行います。外傷による出血では直接圧迫止血を第一選択とし、止血帯の使用は避けます。頭部外傷では軽微でも頭蓋内出血の可能性があるため、必ず因子補充を行い、緊急受診が必要です。アスピリン系鎮痛薬は禁忌で、アセトアミノフェンを使用しましょう。
Q: 血友病患者の自己注射指導で注意すべきポイントは?
A: 段階的な指導が重要で、まず疾患理解から始めます。無菌操作の徹底(手洗い、アルコール消毒、清潔な作業環境)を重視し、製剤の溶解方法(室温に戻す、ゆっくり混和、泡立て防止)を正確に指導します。投与量の計算(体重×目標上昇率÷製剤力価×0.5)と血管選択(太く直線的な静脈)についても実技を交えて指導しましょう。投与記録の記載習慣も重要で、製剤のロット番号、投与量、投与理由を記録するよう指導します。緊急時の対応についても併せて教育することが大切です。
Q: 血友病患者が参加できる運動や活動はどのようなものですか?
A: 低接触・低衝撃スポーツが推奨されます。水泳、ウォーキング、サイクリング、卓球、バドミントンなどは比較的安全で、関節可動域の維持や筋力強化にも効果的です。禁忌スポーツとして、ラグビー、アメリカンフットボール、ボクシング、アイスホッケーなど高接触スポーツは避けるべきです。サッカー、バスケットボール、野球は定期補充療法下であれば参加可能な場合があります。重要なのは個別評価で、重症度、関節症の有無、補充療法の状況を総合的に判断し、医師と相談して決定することが大切でしょう。
Q: 血友病の遺伝について家族にどのように説明すべきですか?
A: X連鎖劣性遺伝の特徴を図解を用いて分かりやすく説明します。患者男性の母親は必ず保因者、娘は全て保因者、息子は全て正常であることを伝えます。保因者女性の息子が患者になる確率は50%、娘が保因者になる確率は50%です。家族計画について相談があれば、遺伝カウンセリングや出生前診断の選択肢を提示しますが、価値観を押し付けず自己決定を支援することが重要です。孤発例の場合は母親が保因者ではないことも説明し、家族の罪悪感を軽減することも大切でしょう。
まとめ
血友病は生涯にわたる疾患管理が必要な遺伝性疾患です。看護師には、患者・家族の疾患理解の促進と自立した疾患管理への支援が強く求められます。特に自己注射技術の習得は患者のQOL向上に直結するため、個別性を重視した丁寧な指導が重要でしょう。
出血予防が治療の中心となるため、日常生活での注意点や緊急時の対応について、患者の年齢と理解度に応じた継続的な教育が必要です。また、遺伝性疾患という特性から、家族全体への心理的支援と遺伝カウンセリングへの橋渡し役も看護師の重要な役割となります。
近年の治療法の進歩により、血友病患者もほぼ正常な社会生活を送ることが可能になりました。しかし、疾患の特性を理解した上で、安全性を確保しながら患者の可能性を最大限に引き出す支援が求められます。学校や職場との連携、社会資源の活用を通じて、患者が自分らしい人生を歩めるよう包括的に支援することが血友病看護の本質と言えるでしょう。
実習では、患者一人ひとりの重症度と生活状況を理解し、個別性を大切にした看護を実践してください。また、専門性の高い疾患であるため、血友病専門医や血友病コーディネーターなどの専門職との連携の重要性も学んでいただければと思います。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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