疾患概要
定義
敗血症とは、感染に対する宿主反応の制御不能により生命を脅かす臓器機能不全と定義される症候群です(Sepsis-3定義、2016年)。単なる感染症ではなく、感染によって引き起こされる全身性炎症反応症候群(SIRS)と臓器機能不全を特徴とします。敗血症性ショックは敗血症の最重篤型で、循環・代謝異常により死亡率が著しく高くなります。
疫学
敗血症は医療の進歩にもかかわらず死亡率の高い疾患で、世界的に年間約1900万人が発症し、約500万人が死亡しています。日本では年間約37万人が発症し、死亡率は敗血症で約27%、敗血症性ショックで約40%とされています。
高齢者、免疫不全患者、慢性疾患患者で発症率が高く、特に75歳以上では発症率が急激に上昇します。院内感染による敗血症も問題となっており、ICU患者の約25%が敗血症を発症するとされています。近年は高齢化、医療技術の進歩、免疫抑制剤の使用増加により患者数が増加傾向にあります。
原因
敗血症の原因となる感染源は多様で、肺炎(約40%)が最も多く、次いで腹腔内感染(約25%)、尿路感染(約15%)、皮膚軟部組織感染、血管内感染の順となっています。起炎菌では、グラム陽性菌(黄色ブドウ球菌、肺炎球菌)、グラム陰性菌(大腸菌、緑膿菌、肺炎桿菌)、真菌(カンジダ)が主要な原因となります。
高リスク因子として、高齢、糖尿病、慢性腎臓病、肝硬変、悪性腫瘍、免疫不全、長期ステロイド使用、侵襲的処置(血管カテーテル、人工呼吸器)、外科手術などがあります。多剤耐性菌(MRSA、ESBL産生菌、カルバペネム耐性菌)による敗血症も増加しており、治療困難例が問題となっています。
病態生理
敗血症の病態は感染→炎症反応→臓器機能不全の連鎖で進行します。感染により病原体関連分子パターン(PAMPs)が放出され、自然免疫系が活性化されます。その結果、炎症性サイトカイン(TNF-α、IL-1、IL-6)が大量産生され、全身性炎症反応が惹起されます。
同時に抗炎症性サイトカインも産生され、過度の免疫抑制状態も生じます。この炎症反応と免疫抑制の失調により、血管透過性亢進、血管拡張、血液凝固異常、代謝異常が生じ、多臓器機能不全に至ります。
循環動態では、初期は血管拡張による高拍出性ショック(暖かいショック)を呈し、進行すると心機能低下により低拍出性ショック(冷たいショック)となります。凝固異常では播種性血管内凝固症候群(DIC)を合併し、微小血栓形成と出血傾向が同時に生じます。
症状・診断・治療
症状
敗血症の症状は多彩で非特異的なため、診断が困難なことがあります。初期症状として、発熱(38℃以上)または低体温(36℃未満)、頻脈(心拍数90回/分以上)、頻呼吸(呼吸数20回/分以上)、意識レベルの低下などが見られます。
感染源に応じた局所症状として、肺炎では咳嗽・喀痰・呼吸困難、腹腔内感染では腹痛・嘔吐、尿路感染では排尿困難・側腹部痛などが現れます。重篤な全身症状として、ショック(血圧低下、末梢冷感、尿量減少)、呼吸不全、腎不全、肝機能障害、意識障害、凝固異常などの臓器機能不全症状が出現します。
高齢者や免疫不全患者では典型的な症状を呈さないことがあり、軽微な症状から急激に重篤化することがあるため注意が必要です。皮膚症状として、点状出血、紫斑、網状皮斑、壊疽などが見られることもあります。
診断
敗血症の診断にはqSOFA(quick SOFA)とSOFA(Sequential Organ Failure Assessment)スコアが用いられます。qSOFAは敗血症のスクリーニングに使用され、①意識レベル低下(GCS<15)、②収縮期血圧≤100mmHg、③呼吸数≥22回/分のうち2項目以上で敗血症を疑います。
血液検査では、白血球数異常(>12,000/μLまたは<4,000/μL)、CRP上昇、プロカルシトニン上昇、血小板減少、凝固異常、腎機能・肝機能異常、乳酸値上昇などが重要な所見です。プロカルシトニンは細菌感染に特異的で、敗血症の診断と重症度評価に有用です。
微生物学的検査として、血液培養(2セット以上)、感染源からの検体培養、迅速診断法(PCR、抗原検査)を実施します。血液培養は治療開始前に採取することが重要で、陽性率は約30-50%です。
画像検査では感染源の特定と合併症の評価を行い、胸部X線・CT、腹部CT、エコー検査などを適宜実施します。
治療
敗血症の治療は時間との勝負で、「Surviving Sepsis Campaign」では1時間以内の迅速な初期治療を推奨しています。治療の基本は①感染源のコントロール、②抗菌薬療法、③支持療法です。
抗菌薬療法では、血液培養採取後1時間以内に広域スペクトラム抗菌薬を投与開始し、培養結果に基づいてde-escalation(狭域化)を行います。感染源コントロールでは、膿瘍ドレナージ、感染デバイスの除去、壊死組織除去などを迅速に実施します。
循環管理では、初期蘇生として30mL/kg以上の晶質液による急速輸液を行い、血圧維持が困難な場合は血管作動薬(ノルアドレナリン)を使用します。呼吸管理では酸素投与から人工呼吸管理まで、病態に応じて実施します。
臓器サポートとして、腎代替療法(血液透析、持続的血液濾過透析)、肝機能サポート、血液製剤投与などを必要に応じて行います。免疫調節療法として、重症例ではステロイド投与が検討されることもあります。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 非効果的組織灌流(敗血症性ショックによる循環不全に関連した)
- 体温調節異常(感染による発熱・低体温に関連した)
- 感染拡大リスク(免疫機能低下・侵襲的処置に関連した)
- 急性意識混乱(敗血症による脳機能障害に関連した)
- 家族の対処困難(突然の重篤化・予後不良への直面に関連した)
ゴードン機能的健康パターン
健康知覚・健康管理パターンでは感染の危険因子と感染源を詳細に評価します。最近の感染症状、抗菌薬使用歴、免疫状態、侵襲的処置の有無、入院歴などを系統的に聴取し、感染源の特定と感染拡大防止策を検討しましょう。
活動・運動パターンでは循環動態と呼吸状態の詳細な評価が重要です。血圧、心拍数、呼吸数、酸素飽和度の変化、末梢循環(皮膚色、温度、毛細血管再充満時間)、尿量を継続的に監視し、ショックの早期発見と評価を行います。
認知・知覚パターンでは意識レベルの変化を詳細に評価します。見当識、注意力、記憶、言語機能の変化を観察し、敗血症性脳症の早期発見と重症度評価を行います。疼痛の評価も重要で、感染源の手がかりとなることがあります。
ヘンダーソン14基本的ニード
循環のニードでは血行動態の詳細な評価が最重要です。血圧、心拍数、中心静脈圧、心拍出量、末梢血管抵抗を継続的に監視し、ショックの早期発見と治療効果の評価を行います。体液バランスの管理も重要な要素です。
呼吸のニードでは呼吸機能の詳細な評価と支援が必要です。呼吸数、呼吸パターン、酸素飽和度、動脈血ガス分析の結果を監視し、呼吸不全の早期発見と適切な酸素療法・人工呼吸管理を実施します。
体温調節のニードでは感染による体温異常への対応が重要です。発熱または低体温の管理、解熱対策、保温対策を適切に実施し、体温調節を通じて全身状態の安定化を図ります。
看護計画・介入の内容
- バイタルサインの厳重監視:連続モニタリング、ショック症状の早期発見、医師への適切な報告
- 感染管理:標準予防策の徹底、感染源の除去・管理、抗菌薬投与の確実な実施
- 循環管理:輸液管理、血管作動薬の投与管理、体液バランスの評価
- 呼吸管理:酸素療法、気道確保、人工呼吸器管理、喀痰吸引
- 意識レベルの観察:意識レベル評価、安全確保、見当識の維持支援
- 家族ケア:病状説明の支援、面会調整、心理的サポート、意思決定支援
よくある疑問・Q&A
Q: 敗血症はどのくらい急激に悪化しますか?
A: 非常に急激に悪化する可能性があります。初期症状から数時間でショック状態に陥ることもあり、「ゴールデンアワー」と呼ばれる初期1時間の対応が生死を分けます。特に高齢者や免疫不全患者では、軽微な症状から急速に重篤化することがあります。そのため、感染を疑う症状があれば早期の医学的評価が重要で、バイタルサインの変化を見逃さないことが大切です。
Q: 敗血症の患者さんに接触する時の感染対策は?
A: 標準予防策を基本とし、感染源や起炎菌に応じて接触予防策や飛沫予防策を追加します。手指衛生の徹底、適切な個人防護具(手袋、ガウン、マスク)の使用が重要です。多剤耐性菌による敗血症では接触予防策が必要になります。血液や体液に接触する可能性がある場合は、特に注意深い感染対策を実施しましょう。
Q: 血圧が下がってきた時はどう対応すればよいですか?
A: 敗血症性ショックの可能性があるため、速やかに医師に報告し、迅速な対応が必要です。まず体位を下肢挙上位にし、静脈路が確保されていることを確認します。医師の指示により急速輸液や血管作動薬の投与を準備します。同時に、意識レベル、尿量、末梢循環(皮膚色、温度)を詳細に観察し、ショックの重症度を評価します。
Q: 家族はどの程度面会できますか?
A: 感染対策を徹底した上で面会は可能ですが、患者の状態や感染症の種類により制限される場合があります。面会時は適切な個人防護具を着用し、手指衛生を徹底する必要があります。重篤な状態では24時間面会可能とする場合もあります。家族の心理的サポートも重要なため、医療チームと相談しながら可能な限り面会機会を確保するよう配慮します。
Q: 意識がもうろうとしているのは重篤なサインですか?
A: 重要な臓器機能不全のサインです。敗血症では脳への血流不足や炎症性物質の影響により意識障害(敗血症性脳症)が生じます。GCS(Glasgow Coma Scale)15点未満は敗血症の重症度評価項目にも含まれています。意識レベルの低下は病状悪化を示すことが多いため、詳細な観察と医師への報告が必要です。転倒・転落防止などの安全対策も重要になります。
まとめ
敗血症は感染による制御不能な全身性炎症反応と臓器機能不全を特徴とする生命に関わる重篤な疾患です。看護師として重要なのは、早期発見・早期対応、継続的で詳細な全身状態の観察、迅速で適切な治療支援です。
特にバイタルサインの厳重監視と変化の早期発見、感染管理の徹底、循環・呼吸状態の継続的評価、意識レベルの観察、家族への情報提供と心理的支援が看護の要点となります。敗血症は「時間との勝負」の疾患であり、1時間以内の初期対応が患者の予後を大きく左右します。
実習では系統的で継続的な観察技術を身につけ、正常値からのわずかな逸脱も見逃さない観察力を養いましょう。また、急変時の迅速な対応とチーム医療での連携の重要性を理解し、冷静で的確な判断ができる能力を磨いてください。
敗血症患者では多臓器にわたる複雑な病態変化が同時進行するため、優先順位を考えた看護計画の立案が重要です。また、家族の心理的負担も大きい疾患であるため、患者ケアと並行して家族支援も重要な看護の役割となります。科学的根拠に基づいた高度な看護技術と、患者・家族に寄り添う人間性を兼ね備えた看護を提供していきましょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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