【血管性認知症】疾患解説と看護の要点

疾患解説

疾患概要

定義

血管性認知症は、脳血管疾患によって脳組織に損傷が生じ、その結果として認知機能が低下する疾患です。脳梗塞や脳出血などの脳血管障害が原因となり、記憶、判断力、実行機能などの認知機能が段階的に悪化していきます。アルツハイマー型認知症とは異なり、階段状の進行を示すのが特徴的で、症状にムラがあることも多い疾患ですね。

疫学

日本の認知症全体の約20%を占め、アルツハイマー型認知症に次いで2番目に多い認知症です。男性にやや多く、70歳代から急激に増加します。脳血管疾患の既往がある患者さんの約30%が認知症を発症するとされており、特に多発性脳梗塞や戦略的部位の脳梗塞後に発症リスクが高まります。

地域差としては、食塩摂取量が多く高血圧の有病率が高い地域で発症率が高い傾向があります。また、生活習慣病の管理状況により発症率に差が見られることも特徴的です。

原因

大血管性要因小血管性要因に大別されます。大血管性要因には、主幹動脈の閉塞による大きな脳梗塞、脳出血、くも膜下出血などがあります。小血管性要因には、ラクナ梗塞、白質病変、微小出血などの小さな血管障害が含まれます。

危険因子として、高血圧、糖尿病、脂質異常症、心房細動、喫煙、過度の飲酒などがあげられます。これらは修正可能な危険因子であり、適切な管理により発症予防が可能です。特に高血圧は最も重要な危険因子とされ、収縮期血圧の10mmHg低下により発症リスクが約13%減少するとされています。

病態生理

脳血管障害により脳血流量の減少脳組織の梗塞・出血が生じ、神経細胞の機能不全や死滅が起こります。特に前頭葉や皮質下白質の障害により、実行機能や注意機能が早期に障害されることが多いです。

階段状進行のメカニズムは、新たな血管イベントが発生するたびに認知機能が段階的に悪化することによります。また、脳血管の慢性的な循環不全により、血管周囲の白質病変が進行し、認知機能の緩徐な悪化も並行して生じます。

炎症反応や酸化ストレスも病態に関与しており、血管内皮機能障害から血液脳関門の破綻、神経炎症の持続などが認知機能低下を促進する要因となっています。


症状・診断・治療

症状

記憶障害、実行機能障害、注意障害が主要な症状です。アルツハイマー型認知症と比較して、初期から実行機能や判断力の低下が目立つのが特徴的です。具体的には、計画を立てて物事を進めることができない、優先順位をつけられない、複数の作業を同時に行えないなどの症状が現れます。

まだら認知症と呼ばれる状態も特徴的で、保たれている機能と障害されている機能が混在します。例えば、記憶は比較的保たれているのに判断力が著しく低下している、といった状況が見られます。

随伴症状として、感情失禁(些細なことで泣いたり笑ったりする)、うつ症状、意欲低下、歩行障害、嚥下障害、構音障害などが現れることがあります。夜間せん妄易怒性も比較的早期から認められることが多いですね。

診断

診断には画像検査と神経心理学的検査が重要です。CTやMRIでは、脳梗塞や脳出血の痕跡、白質病変、脳萎縮の程度を評価します。特にFLAIR画像での白質高信号域T2強調画像での微小出血の評価が重要となります。

神経心理学的検査では、MMSEやHDS-Rによる認知機能の総合的評価に加え、FAB(前頭葉機能検査)TMT(Trail Making Testにより実行機能を詳細に評価します。

診断基準として、DSM-5やICD-11の基準が用いられ、認知機能低下と脳血管疾患の関連性、時間的関係、画像所見などを総合的に判断します。脳血管疾患の発症から3か月以内の認知機能低下がある場合、血管性認知症の可能性が高いとされています。

治療

根本的治療法は確立されていないため、症状の進行抑制と合併症の管理が治療の中心となります。

薬物療法では、脳血管疾患の再発予防が最重要です。抗血小板薬(アスピリン、クロピドグレルなど)、抗凝固薬(ワルファリン、DOAC)、降圧薬、スタチン系薬剤などを用いて血管イベントの予防を図ります。認知症状に対しては、ドネペジルなどのコリンエステラーゼ阻害薬が使用される場合もあります。

非薬物療法として、認知刺激療法、運動療法、音楽療法、回想法などが効果的です。特に有酸素運動は脳血流改善効果があり、認知機能の維持に有効とされています。

生活習慣の改善も重要で、禁煙、節酒、適度な運動、減塩、体重管理などの指導を行います。


看護アセスメント・介入

よくある看護診断・問題

  • 思考過程の変調
  • セルフケア不足
  • 転倒・転落のリスク状態
  • 社会的孤立
  • 介護者の疲労

ゴードン機能的健康パターン

認知-知覚パターンでは、まだら認知症による能力のばらつきを詳細に評価する必要があります。保たれている機能を活用しながら、障害されている機能を補完するケアプランの立案が重要です。見当識障害の程度、短期記憶と長期記憶の差、実行機能の障害レベルなどを個別に評価しましょう。

役割-関係パターンは大きく影響を受けます。特に働き盛りの年代で発症することも多く、社会的役割の喪失感や家族内での役割変化による混乱が生じやすいです。段階的な機能低下により、家族も適応に時間を要することが多いですね。

活動-運動パターンでは、実行機能障害により複雑な動作の遂行困難が生じます。また、併存する運動麻痺や歩行障害により、ADL全般にわたる支援が必要となることがあります。

ヘンダーソン14基本的ニード

学習の欲求において、病識の程度と学習能力を慎重に評価する必要があります。保たれている認知機能を活用し、残存能力を最大限に引き出すアプローチが重要です。

正常な排泄では、実行機能障害により排泄動作の手順が分からなくなることがあります。また、尿意・便意の認識障害や、トイレの場所が分からないなどの問題も生じます。

コミュニケーションでは、構音障害や失語症状により意思疎通が困難になることがあります。非言語的コミュニケーションの活用や、理解しやすい話し方の工夫が必要です。

看護計画・介入の内容

  • 認知機能の評価と記録:日々の認知機能の変化を観察し、階段状の悪化パターンを把握する
  • 残存機能の活用:保たれている能力を最大限に活用し、できることは本人に行ってもらう
  • 安全な環境整備:転倒・転落予防、見当識障害への対応として分かりやすい環境作りを行う
  • 家族支援:介護負担の軽減、介護技術の指導、レスパイトケアの紹介などを実施する
  • 服薬管理:複数の薬剤管理が困難な場合が多いため、家族と連携した服薬支援を行う

よくある疑問・Q&A

Q: 血管性認知症とアルツハイマー型認知症の見分け方のポイントは? A: 進行パターンの違いが重要です。血管性認知症は階段状の悪化を示し、症状にムラがある(まだら認知症)のに対し、アルツハイマー型は緩やかで持続的な悪化を示します。また、血管性認知症では初期から実行機能障害が目立ちますが、アルツハイマー型では記憶障害が主体となります。

Q: 「まだら認知症」とは具体的にどのような状態ですか? A: 認知機能の中で保たれている部分と障害されている部分が混在している状態です。例えば、昔のことはよく覚えているのに今日の予定が分からない、計算はできるのに買い物の段取りができない、などです。この特徴により、家族は「やればできるのに」と感じることが多く、理解と対応に苦慮することがありますね。

Q: 血管性認知症の進行を遅らせるために、看護師ができることは? A: 基礎疾患の管理支援が最も重要です。血圧、血糖、コレステロールの管理、服薬遵守の支援、禁煙・節酒の指導などです。また、認知刺激活動の提案、適度な運動の奨励、社会参加の維持なども効果的です。何より、新たな脳血管イベントを予防することが進行抑制につながります。

Q: 家族から「性格が変わった」と相談された場合、どう対応すべきですか? A: 前頭葉の機能障害により、感情のコントロールが困難になったり、これまでの性格とは異なる行動が見られることを説明します。これは病気による症状であり、本人の意図的な行動ではないことを理解してもらいます。対応方法として、刺激を避ける環境作り、ルーティンの確立、家族の接し方の工夫などを具体的に提案することが大切です。

Q: リハビリテーションの効果は期待できますか? A: 認知機能の完全な回復は困難ですが、残存機能の維持・向上は期待できます。特に発症早期からの介入が効果的です。理学療法、作業療法、言語聴覚療法に加え、認知リハビリテーションも有効です。重要なのは、本人の能力に応じた目標設定と、継続可能なプログラムの提供です。


まとめ

血管性認知症は脳血管疾患を基盤とする認知症であり、階段状進行まだら認知症が特徴的な疾患です。アルツハイマー型認知症とは異なる病態と経過を理解し、個別性を重視したケアが求められます。

看護の要点として、残存機能の評価と活用新たな血管イベントの予防支援家族を含めた総合的なケアが挙げられます。特に実行機能障害により日常生活に大きな影響が生じるため、具体的で分かりやすい支援方法の提案が重要です。

実習では、患者さんの認知機能のばらつきを丁寧に観察し、その日の状態に応じた柔軟な対応を心がけましょう。また、基礎疾患の管理が認知症の進行に直結するため、血圧や血糖値などのバイタルサインの変化にも注意を払うことが大切です。家族の介護負担も大きいため、チーム医療における多職種連携を意識し、患者さん・家族の生活の質向上に向けた包括的なケアを提供していきましょう。


この記事の執筆者

なっちゃん
なっちゃん

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり


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