疾患概要
定義
食道がんとは、食道粘膜から発生する悪性腫瘍で、組織学的に扁平上皮癌と腺癌に大別されます。日本では扁平上皮癌が約90%を占めており、胸部中部食道に最も多く発生します。食道は他の消化管と異なり漿膜を持たないため、比較的早期から周囲臓器への浸潤や転移を来しやすく、予後不良な悪性腫瘍の一つです。進行例では嚥下困難、体重減少、疼痛が主要症状となり、患者のQOLを著しく損ないます。
疫学
食道がんは男性に圧倒的に多く、男女比は約6:1です。60-70歳代に好発し、年間約12,000人が新たに診断されています。部位別では胸部中部食道が最も多く(約50%)、次いで胸部下部食道(約30%)、胸部上部食道(約20%)の順となります。5年生存率は全病期で約42%と予後不良ですが、早期発見により治療成績は向上しています。
原因
喫煙と飲酒が最も重要な危険因子で、両者の相乗効果により発癌リスクが著明に上昇します。その他の危険因子として、熱い飲食物の摂取、逆流性食道炎、バレット食道、アカラシア、コーシック症候群(食道蹼)、タイロージス(手掌足底角化症)などがあります。栄養面では、ビタミンA、C、E不足、亜鉛・モリブデン不足が関与するとされています。欧米では肥満や逆流性食道炎に関連した腺癌が増加していますが、日本では依然として扁平上皮癌が主体です。
病態生理
食道がんの発生は多段階過程で、正常粘膜から異形成、上皮内癌、浸潤癌へと進展します。扁平上皮癌では、慢性的な炎症により粘膜の基底細胞に遺伝子変異が蓄積し、癌化が起こります。食道壁は内腔から粘膜、粘膜筋板、粘膜下層、固有筋層、外膜の5層構造で、漿膜がないため周囲臓器への浸潤が起こりやすいのが特徴です。
リンパ流が豊富で、縦走する粘膜下層のリンパ管により早期からリンパ節転移を来します。食道がんのリンパ節転移は、頸部、胸部、腹部の3領域にまたがる特殊な転移様式を示し、原発部位に関係なく3領域すべてに転移の可能性があります。血行性転移では肝臓、肺、骨が好発部位となります。
症状・診断・治療
症状
早期食道がんでは自覚症状はほとんどなく、健康診断や他疾患の検査時に偶然発見されることが多いです。進行とともに嚥下困難感(つかえ感)が出現し、これが最も特徴的で頻度の高い症状です。嚥下困難は固形物から始まり、進行すると半固形物、液体へと悪化していきます。
進行食道がんでは嚥下困難に加えて、体重減少、胸痛や背部痛、嗄声(反回神経麻痺)、咳嗽(気管支浸潤)などが現れます。高度進行例では食道気管瘻により誤嚥性肺炎を繰り返したり、食道狭窄により唾液も通過困難となることがあります。全身症状として倦怠感、貧血、低栄養状態が見られ、終末期には呼吸困難や意識障害を来します。
診断
上部消化管内視鏡検査が最も重要な診断法で、ヨード染色により早期病変の検出率が向上します。生検組織診断により確定診断を行い、組織型を決定します。病変の進展範囲や深達度の評価には超音波内視鏡検査(EUS)が有用です。
病期診断には造影CT検査、PET-CT検査、MRI検査を組み合わせて行います。CTでは原発巣の進展度、リンパ節転移、遠隔転移の有無を評価します。PET-CTは全身の転移検索に優れ、治療効果判定にも用いられます。呼吸機能検査、心機能検査により手術適応を評価し、栄養状態の評価も重要です。
治療
治療法は病期、患者の全身状態、年齢を総合的に考慮して決定されます。
早期食道がん(粘膜内癌)では内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)が第一選択となります。粘膜下層浸潤例では手術適応となることが多いです。
進行食道がんでは手術療法が標準治療で、開胸食道切除術+3領域リンパ節郭清が行われます。術前化学療法や術前化学放射線療法により治療成績の向上が図られています。高齢者や併存疾患により手術不能例では化学放射線療法が選択されます。
切除不能進行例では化学療法(5-FU+シスプラチン、DCF療法など)や免疫チェックポイント阻害薬(ニボルマブ、ペムブロリズマブ)が使用されます。症状緩和目的には放射線療法、食道ステント挿入、胃瘻造設などが行われます。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 嚥下障害(腫瘍による食道狭窄に伴う嚥下困難)
- 栄養摂取消費バランス異常(嚥下困難、治療に伴う副作用による栄養不良)
- 誤嚥リスク状態(嚥下機能低下による誤嚥性肺炎のリスク)
ゴードン機能的健康パターン
栄養代謝パターンが最も重要なアセスメント領域です。嚥下困難の程度、摂取可能な食物の性状、体重変化、血清アルブミン値、総蛋白値を継続的に評価します。治療前から栄養状態が不良なことが多く、治療による侵襲も大きいため、積極的な栄養管理が必要です。
認知知覚パターンでは、胸痛や背部痛の評価が重要です。痛みの部位、性質、程度を詳細にアセスメントし、腫瘍進展や骨転移の可能性を考慮します。嗄声の有無は反回神経浸潤の指標となるため、継続的な観察が必要です。
役割関係パターンでは、診断や予後告知による患者・家族の心理的影響を評価します。食道がんは予後不良な疾患であり、患者の多くが生命への不安を抱えているため、心理的支援が不可欠です。
ヘンダーソン14基本的ニード
食べる・飲むニードが最も深刻な影響を受けます。嚥下困難により経口摂取が困難となるため、食事形態の工夫(とろみ付け、ペースト食、流動食)や経管栄養、中心静脈栄養の管理が必要となります。経口摂取可能な場合でも、少量頻回摂取や食事時の体位の工夫が重要です。
正常に呼吸するニードでは、誤嚥による呼吸器合併症のリスクを評価します。食道気管瘻形成例では頻回な喀痰吸引や呼吸管理が必要となることがあります。また、術後は肺合併症のリスクが高いため、深呼吸や咳嗽の励行が重要です。
コミュニケーションのニードでは、嗄声による発声困難がコミュニケーションに与える影響を評価し、筆談やジェスチャーなどの代替手段を提供します。
看護計画・介入の内容
- 嚥下機能評価と食事支援:嚥下機能の詳細な評価、安全な食事摂取のための体位指導、食事形態の調整、経管栄養の管理と指導
- 栄養管理:体重・摂取量の記録、血液データの評価、栄養補助食品の活用、中心静脈栄養管理(適応時)、口腔ケアによる感染予防
- 症状管理:疼痛アセスメントと除痛、呼吸状態の観察、誤嚥予防対策、化学療法・放射線療法の副作用管理
よくある疑問・Q&A
Q: なぜ食道がんは早期発見が困難なのですか?
A: 食道がんは初期症状がほとんどないためです。食道は拡張性があるため、ある程度腫瘍が大きくなるまで嚥下困難などの症状が現れません。また、食道は漿膜がないため周囲への浸潤が早く、症状が出現した時点で既に進行していることが多いのです。そのため、リスクの高い方(喫煙・飲酒習慣のある中年男性)は定期的な内視鏡検査が推奨されます。
Q: 手術後の合併症にはどのようなものがありますか?
A: 食道切除術は侵襲の大きい手術で、様々な合併症のリスクがあります。主なものとして、肺炎や無気肺などの呼吸器合併症、縫合不全、反回神経麻痺による嗄声、乳び胸などがあります。また、胃を挙上して再建するため、逆流症状やダンピング症候群も起こりやすくなります。これらの予防と早期発見のため、術後の厳重な観察が重要です。
Q: 化学療法や放射線療法の副作用で注意すべきことは?
A: 口内炎や食道炎により嚥下痛が悪化し、さらに摂取不良となる悪循環が起こりやすいです。また、白血球減少による感染リスクの上昇、血小板減少による出血傾向にも注意が必要です。放射線療法では放射線肺炎や心嚢炎などの晩期合併症の可能性もあります。副作用の早期発見と適切な対症療法により、治療継続を支援することが重要です。
Q: 食事指導のポイントを教えてください
A: ゆっくりよく噛んで食べることが最も重要です。一口量を少なくし、とろみをつけた食品やなめらかな食品を選択します。食後は上半身を起こした状態を30分程度保持し、逆流を予防します。温度はぬるめにし、極端に熱いものや冷たいものは避けます。アルコールや香辛料などの刺激物も控えるよう指導します。
Q: 終末期の症状緩和で重要なことは何ですか?
A: 疼痛管理と呼吸困難の緩和が最も重要です。骨転移による痛みには放射線療法や鎮痛薬の調整を行い、呼吸困難にはモルヒネなどのオピオイドが有効です。食道狭窄が高度な場合は食道ステントの挿入により経口摂取の改善を図ります。患者・家族の意向を尊重しながら、QOLの維持を最優先とした症状緩和を行います。
まとめ
食道がんは予後不良な消化器がんで、診断時点で既に進行していることが多く、患者・家族に与える心理的衝撃は計り知れません。看護の要点は嚥下機能の評価と栄養管理、症状緩和、そして心理的支援です。特に嚥下困難は患者のQOLを著しく損なうため、安全で効果的な摂食方法の確立が重要となります。
治療は侵襲的で副作用も強いため、合併症の予防と早期発見、副作用管理への専門的な看護介入が求められます。また、治療の各段階で患者・家族が直面する意思決定への支援も重要な役割です。
実習では、患者の微細な症状変化を見逃さず、根拠に基づいた個別性のある看護を実践することが大切です。特に栄養状態の悪化は治療継続や予後に直結するため、多職種と連携しながら包括的な栄養管理を行い、患者の尊厳を保ちながら最良のQOLを提供できるよう心がけましょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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