疾患概要
定義
アトピー性皮膚炎は、皮膚バリア機能異常と免疫異常を背景とした慢性・反復性の湿疹性疾患です。強い掻痒感、特徴的な皮疹分布、慢性・反復性の経過を主徴とし、多くの場合家族歴や既往歴(気管支喘息、アレルギー性鼻炎・結膜炎)を伴います。乳児期から成人期まで幅広い年齢で発症し、日本皮膚科学会のガイドラインでは年齢別の診断基準が設定されています。QOLに大きな影響を与える疾患として、適切な治療と継続的な管理が重要です。
疫学
日本におけるアトピー性皮膚炎の有病率は、乳児で約13%、幼児で約10%、学童で約8%、成人で約3%とされています。近年、小児期の有病率は横ばいから減少傾向にありますが、成人型アトピー性皮膚炎の患者数は増加傾向にあります。男女比は乳幼児期では男児にやや多く、思春期以降は女性に多い傾向があります。都市部での有病率が高く、環境因子の関与が示唆されています。約70%の患者は成人までに軽快しますが、約30%では成人期も症状が持続します。
原因
アトピー性皮膚炎の発症には遺伝的素因と環境因子が複合的に関与します。フィラグリン遺伝子変異により皮膚バリア機能が低下し、外来抗原が侵入しやすくなります。2型ヘルパーT細胞(Th2)が優位となり、IL-4、IL-13、IL-5などのサイトカインが過剰産生され、IgE抗体産生やアレルギー炎症が持続します。環境因子としてダニ、食物、カビ、花粉などのアレルゲン、細菌・ウイルス感染、ストレス、気候変化、化学物質、汗などが増悪因子となります。
病態生理
アトピー性皮膚炎の病態は皮膚バリア機能異常から始まります。角層の保湿因子や細胞間脂質の減少により乾燥肌となり、外来抗原が侵入しやすくなります。侵入した抗原に対してTh2型免疫応答が惹起され、IgE抗体産生、肥満細胞の脱顆粒、好酸球浸潤が生じます。炎症により表皮が肥厚し、掻痒感が増強されます。掻破により炎症が悪化し、さらなるバリア機能低下を招く悪循環(itch-scratch cycle)が形成されます。黄色ブドウ球菌の異常増殖も炎症の持続に関与します。
症状・診断・治療
症状
強い掻痒感が最も特徴的な症状で、夜間に増強し睡眠障害の原因となります。皮疹の分布は年齢により異なり、乳児期では頭頸部、四肢伸側に紅斑・丘疹・びらんが出現します。幼児期・学童期では四肢屈側(肘窩、膝窩)、頸部、手首・足首に苔癬化(皮膚の肥厚・ごわつき)を伴う湿疹が特徴的です。思春期・成人期では上半身(顔面、頸部、胸背部、上肢)に皮疹が多く、顔面の紅斑が目立ちます。ドライスキン(乾燥肌)は全身に認められ、白色皮膚描記症(皮膚を引っ掻くと白い線が出現)も特徴的です。
診断
診断は臨床症状に基づいて行われ、特異的な検査はありません。日本皮膚科学会の診断基準では、①掻痒感、②特徴的皮疹と分布、③慢性・反復性経過の3項目が必要です。血液検査では総IgE値上昇、好酸球増多、特異的IgE抗体(RAST)陽性を認めることが多いですが、診断には必須ではありません。皮膚プリックテストやパッチテストによりアレルゲンの同定を行います。TARC(胸腺・活性化制御性ケモカイン)は疾患活動性の指標として有用です。重症度評価にはEASI(Eczema Area and Severity Index)やSCORADが用いられます。
治療
治療は①スキンケア、②薬物療法、③悪化因子の除去・回避が3本柱となります。スキンケアでは保湿剤による皮膚バリア機能の改善が基本で、1日2回以上の全身保湿を行います。薬物療法ではステロイド外用薬が第一選択で、部位と重症度に応じて強さを選択します。タクロリムス軟膏(カルシニューリン阻害薬)は顔面・頸部の炎症に有効です。抗ヒスタミン薬内服により掻痒感を軽減します。重症例ではデュピルマブ(IL-4/IL-13受容体拮抗薬)などの生物学的製剤も使用されます。悪化因子の除去としてダニ対策、食物制限、ストレス管理、適切な衣類選択が重要です。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 皮膚統合性障害:皮膚バリア機能低下と掻破に関連した皮膚損傷
- 睡眠パターン混乱:夜間の強い掻痒感に関連した睡眠障害
- ボディイメージの混乱:皮疹による外見の変化に関連した自己イメージの低下
ゴードン機能的健康パターン
健康知覚・健康管理パターンでは患者・家族の疾患理解度とセルフケア能力を評価します。スキンケアの実践状況、薬物療法のアドヒアランス、悪化因子の認識と回避行動を詳細に把握します。活動・運動パターンでは掻痒感による日常生活活動への影響、運動や入浴に対する制約を評価します。睡眠・休息パターンでは夜間掻痒による睡眠の質・量への影響、日中の眠気や集中力低下を詳細にアセスメントします。自己概念・自己認識パターンでは皮疹による外見の変化が自尊心や社会参加に与える影響を把握します。
ヘンダーソン14基本的ニード
清潔で健康な皮膚を維持し、衣服で身体を守るでは適切なスキンケア方法、入浴方法、衣類の選択について詳細に評価・指導します。保湿剤の種類・使用量・塗布方法、石鹸の選択、入浴温度・時間の調整が重要です。眠る・休むでは掻痒感による睡眠障害の程度を評価し、良質な睡眠確保のための環境整備や対処法を検討します。身だしなみを整えるでは皮疹を考慮した化粧品選択や外出時の紫外線対策について支援します。
看護計画・介入の内容
- スキンケア指導・皮膚管理:適切な保湿剤の選択と塗布方法指導、入浴方法の指導(温度37-40℃、時間10-15分以内)、石鹸・シャンプーの選択指導、爪の短縮と手袋着用による掻破予防
- 薬物療法支援・症状管理:ステロイド外用薬の正しい使用方法指導、タクロリムス軟膏の使用上の注意、抗ヒスタミン薬の適切な服用、副作用の観察と対処法、症状日記による効果判定
- 生活環境調整・悪化因子除去:ダニ・ホコリ対策の具体的方法、適切な室温・湿度管理、衣類・寝具の選択指導、食物アレルゲン除去食の指導、ストレス管理技法の指導
よくある疑問・Q&A
Q: アトピー性皮膚炎は治る病気ですか?一生付き合っていかなければならないのでしょうか?
A: アトピー性皮膚炎は寛解と悪化を繰り返す慢性疾患ですが、適切な治療により症状のコントロールは十分可能です。約70%の患者さんは成人までに軽快し、残りの30%でも適切な管理により症状を最小限に抑えることができます。完全な治癒は困難ですが、症状のない状態(寛解)を長期間維持することは可能で、多くの患者さんが普通の日常生活を送っています。早期からの適切な治療と継続的な管理が重要です。
Q: ステロイド外用薬は怖い薬だと聞きますが、安全に使用できますか?
A: ステロイド外用薬は適切に使用すれば安全で効果的な治療薬です。副作用への過度な心配から使用を避けると、炎症が持続してより強い薬が必要になることがあります。医師の指示通りの強さ・量・期間を守り、症状改善後は段階的に減量することで副作用を最小限に抑えられます。顔面や首など皮膚の薄い部位では弱いステロイドを使用し、定期的な医師の診察により安全性を確認します。保湿剤との併用により、より安全で効果的な治療が可能です。
Q: 食物制限はどの程度必要ですか?除去食の注意点はありますか?
A: 食物アレルギーが明確に証明された場合のみ必要最小限の食物制限を行います。血液検査でIgE抗体が陽性でも、実際に症状が出ない場合は除去不要です。特に成長期の小児では栄養バランスを考慮し、栄養士と相談しながら代替食品を選択します。過度な食物制限は栄養不良やQOL低下を招くため、定期的な再評価により不要な制限は解除します。食物負荷試験により実際のアレルギーの有無を確認することが重要です。
Q: 日常生活で気をつけることはありますか?スキンケアの具体的な方法を教えてください
A: 毎日のスキンケアが最も重要です。1日2回以上の全身保湿を行い、特に入浴後5分以内の保湿が効果的です。保湿剤は1日20-30g程度を目安とし、ティッシュが肌に張り付く程度の量を塗布します。入浴は37-40℃で10-15分以内とし、石鹸は低刺激性のものを選択します。爪は短く切り、夜間の掻破予防に手袋着用も有効です。室内環境では湿度50-60%を維持し、ダニ対策として寝具の定期的な洗濯・天日干しを行います。綿100%の衣類を選び、柔軟剤は避けることをお勧めします。
まとめ
アトピー性皮膚炎は皮膚バリア機能異常と免疫異常を背景とした慢性疾患として、患者さんの生活の質に大きな影響を与えます。特に強い掻痒感は睡眠障害や集中力低下を招き、日常生活や学習・労働能力に深刻な影響を及ぼします。
看護の中核は適切なスキンケア指導とセルフケア能力の向上です。毎日の保湿ケアは皮膚バリア機能の改善に不可欠であり、患者さん・家族が正しい方法を習得し、継続的に実践できるよう支援することが重要です。特に小児では保護者への指導が治療成功の鍵となります。
薬物療法の支援では、ステロイド外用薬に対する正しい理解を促進し、恐怖心を取り除くことが重要です。適切な使用方法と段階的減量により、安全で効果的な治療を継続できるよう支援します。
生活環境の調整では、患者さんの生活スタイルに応じた実践可能な悪化因子除去方法を提案し、QOLを維持しながら症状をコントロールできるよう支援することが大切です。過度な制限は逆にストレスとなり症状悪化を招くため、バランスの取れたアプローチが必要です。
心理社会的支援も重要な看護の視点です。皮疹による外見の変化、慢性的な掻痒感、治療の長期化などにより、患者さんは様々な心理的負担を抱えています。共感的に関わり、患者さんの体験を理解し、希望を持って治療に取り組めるよう励ますことが重要です。
実習では患者さんの個別性を重視したアプローチを心がけましょう。症状の程度、年齢、生活環境、価値観などは患者さんごとに大きく異なります。詳細なアセスメントを基に、その人らしい生活の継続を支援する個別的な看護計画を立案することが重要です。また、家族への教育も含めた包括的なケアにより、患者さんがアトピー性皮膚炎とうまく付き合いながら充実した人生を送れるよう支援していきましょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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