疾患概要
定義
脳腫瘍とは、頭蓋内に発生する腫瘍の総称で、脳実質、髄膜、脳神経、下垂体などから発生する原発性脳腫瘍と、他臓器の悪性腫瘍が脳に転移した転移性脳腫瘍に分類されます。腫瘍の増大により頭蓋内圧亢進や局所神経症状を引き起こし、生命に直接関わる重篤な疾患です。良性腫瘍であっても、頭蓋という閉鎖腔内での増大により重篤な症状を呈することが特徴的です。
疫学
日本では年間約1万人が新規に脳腫瘍と診断されており、全がんの約1-2%を占めます。原発性脳腫瘍は小児から高齢者まで全年齢に発症しますが、神経膠腫(グリオーマ)は40-60歳代、髄膜腫は50-70歳代の女性に多く見られます。転移性脳腫瘍は肺がん、乳がん、大腸がん、腎がん、悪性黒色腫からの転移が多く、がん患者の約20-40%に脳転移が認められます。小児では全がんの約20%を占める重要な疾患です。
原因
脳腫瘍の明確な原因は不明ですが、遺伝的要因と環境要因の複合的影響が考えられています。遺伝性疾患として、神経線維腫症1型・2型、結節性硬化症、フォン・ヒッペル・リンドウ病などがあります。環境要因では電離放射線被曝が確立されたリスク因子で、携帯電話の使用や化学物質への曝露については現在も研究が続けられています。免疫不全状態では原発性中枢神経系リンパ腫のリスクが高まることも知られています。
病態生理
脳腫瘍の病態は腫瘤効果と浸潤効果に大別されます。腫瘤効果では、腫瘍の増大により頭蓋内圧亢進症状(頭痛、嘔吐、意識障害)が生じ、さらに進行すると脳ヘルニアを引き起こします。浸潤効果では、腫瘍の発生部位に応じた局所神経症状(運動麻痺、感覚障害、言語障害、視野欠損など)が出現します。また、腫瘍周辺には脳浮腫が形成され、症状を増強させます。けいれんは腫瘍による神経細胞の異常興奮により生じ、特に大脳皮質近傍の腫瘍で高頻度に認められます。
症状・診断・治療
症状
脳腫瘍の症状は頭蓋内圧亢進症状と局所神経症状に分けられます。頭蓋内圧亢進症状として、早朝に強い頭痛、嘔吐(特に噴射性嘔吐)、視神経乳頭浮腫による視力障害が三大症状です。意識障害、徐脈、血圧上昇も重要な徴候でしょう。局所神経症状は腫瘍の部位により多様で、前頭葉では性格変化や実行機能障害、頭頂葉では感覚障害、側頭葉では記憶障害や幻聴、後頭葉では視野欠損が特徴的です。けいれん発作は初発症状として約30%の患者に認められ、成人発症の場合は脳腫瘍を疑う重要な手がかりとなります。
診断
診断の中心はMRI検査で、T1強調画像、T2強調画像、造影MRI、拡散強調画像により腫瘍の性状、範囲、浮腫の程度を評価します。CT検査は石灰化や出血の検出に優れ、緊急時の初期評価に有用です。脳血管造影は血管の豊富な腫瘍や手術計画に必要な場合に実施されます。確定診断には病理組織学的検査が不可欠で、手術や生検により得られた組織をWHO分類に基づいて診断します。最近では分子診断も重要視され、IDH変異、1p19q共欠失、MGMT遺伝子メチル化などの解析が治療方針決定に活用されています。
治療
脳腫瘍治療の基本は集学的治療で、手術、放射線治療、化学療法を組み合わせます。手術治療では可能な限りの腫瘍摘出を目指しますが、機能温存とのバランスが重要です。覚醒下手術や術中神経モニタリングにより、より安全で確実な手術が可能になっています。放射線治療は手術後の残存腫瘍や再発予防、手術困難例に実施され、定位放射線治療により正常組織への影響を最小限に抑えます。化学療法では、血液脳関門を通過する薬剤(テモゾロミド、ベバシズマブなど)が使用されます。症状緩和として、脳浮腫に対するステロイド投与、けいれんに対する抗てんかん薬投与も重要な治療です。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 頭蓋内圧亢進リスク状態
- けいれん発作リスク状態
- 身体可動性障害
- 認知機能障害
- 不安
- 家族の対処困難
ゴードン機能的健康パターン
健康知覚-健康管理パターンでは、患者・家族の疾患受容度と治療への理解度を評価します。悪性脳腫瘍では予後への不安が強く、心理的支援が重要となります。認知-知覚パターンは最も重要で、意識レベル、見当識、記憶機能、注意機能、実行機能を詳細にアセスメントしましょう。高次脳機能障害の有無と程度により、患者指導の方法や安全管理の程度が変わります。活動-運動パターンでは運動麻痺、失調、歩行障害の程度を評価し、転倒・転落リスクを判定します。コーピング-ストレス耐性パターンでは、診断告知後の心理的反応や適応状況を継続的に観察することが重要でしょう。
ヘンダーソン14基本的ニード
正常な呼吸では、意識レベル低下による気道確保困難や、けいれん発作時の呼吸状態変化に注意します。安全で害のない環境の保持は頭蓋内圧亢進やけいれんリスクの観点から最も重要で、環境調整と継続的な観察が必要です。コミュニケーションでは失語症の有無と特徴を把握し、患者に応じたコミュニケーション方法を確立します。学習の側面では、認知機能障害の程度に応じた患者・家族への教育方法を検討し、理解度を確認しながら段階的に進めることが大切です。遊びや気晴らしでは、入院生活の長期化や機能制限により生じるストレスへの配慮が重要となります。
看護計画・介入の内容
- 頭蓋内圧亢進の早期発見:意識レベル、瞳孔所見、生命徴候を定期的に評価し、クッシング現象の兆候を見逃さない
- けいれん発作への対応:発作時の安全確保、発作パターンの観察・記録、抗てんかん薬の確実な投与を行う
- 認知機能障害への対応:見当識障害や注意障害に配慮した環境調整、転倒・転落防止対策を実施する
- 治療に伴う副作用管理:ステロイド投与による血糖値上昇、感染リスク増大、消化性潰瘍のモニタリングを行う
- 心理的支援と家族ケア:病気受容過程への支援、家族の介護負担軽減、社会資源の活用について相談・調整する
よくある疑問・Q&A
Q: 脳腫瘍患者の頭蓋内圧亢進を疑う症状は何ですか? A: 三大症状は頭痛・嘔吐・視神経乳頭浮腫ですが、看護師が観察すべきポイントは意識レベルの変化です。軽度の見当識障害や反応の鈍化から始まり、進行すると昏睡に至ります。瞳孔の変化(散大、光反射消失)、クッシング現象(血圧上昇、徐脈、呼吸パターンの異常)も重要な徴候です。これらの症状は脳ヘルニアの前兆である可能性があるため、迅速な対応が必要でしょう。
Q: 脳腫瘍患者のけいれん発作時の対応で最も重要なことは? A: 安全確保が最優先です。周囲の危険物を除去し、頭部を保護しながら側臥位にして気道確保を行います。舌を噛まないよう口に物を入れることは禁忌です。発作の詳細な観察と記録も重要で、発作の開始時刻、持続時間、けいれんの部位や様式、意識レベルの変化を記録します。発作後は意識回復まで安静を保ち、バイタルサインの変化に注意しながら医師に報告しましょう。
Q: ステロイド治療を受けている脳腫瘍患者の看護で注意すべき点は? A: 感染リスクの増大が最も重要です。免疫抑制により易感染状態となるため、手洗いの徹底、発熱や創部感染の兆候を注意深く観察します。血糖値上昇により糖尿病を発症することがあるため、定期的な血糖測定と食事管理が必要です。消化性潰瘍のリスクもあるため、腹痛や嘔血・下血の有無を確認し、胃薬の確実な服用を支援します。長期使用では骨粗鬆症や副腎不全のリスクもあるため、段階的な減量が重要でしょう。
Q: 脳腫瘍患者の家族への心理的支援で大切なことは? A: まず十分な情報提供により、疾患や治療についての理解を深めることが重要です。予後不良な場合でも希望を完全に奪うことなく、現実的な見通しを段階的に伝えます。家族の感情表出を促し、不安や怒り、悲しみなどの感情を受け止めることが大切です。介護負担についても早期から評価し、社会資源の活用や介護技術の指導を通じて支援します。患者と家族が限られた時間を有意義に過ごせるよう、環境調整や面会の配慮も重要な支援でしょう。
まとめ
脳腫瘍看護の最も重要なポイントは、生命に直結する症状の早期発見です。頭蓋内圧亢進症状やけいれん発作は急激に悪化する可能性があるため、継続的で的確な観察力が求められます。特に意識レベルや瞳孔所見の変化は、脳ヘルニアという致命的な合併症の前兆として見逃してはならない重要な徴候です。
脳腫瘍患者は多様な神経症状を呈するため、個別性を重視したアセスメントが不可欠です。認知機能障害、運動機能障害、言語障害などにより、患者の尊厳とQOLの維持に配慮しながら、安全で適切なケアを提供することが求められます。治療期間が長期にわたることも多く、患者・家族の心理的負担への継続的な支援も看護師の重要な役割です。
実習では、疾患の重篤性を理解しつつも、患者一人ひとりの個別性と可能性に目を向けることが大切です。限られた機能の中でも、患者がその人らしい生活を送れるよう支援し、家族とともに希望を持ち続けられる看護を実践していきましょう。根拠に基づいた観察と判断力を身につけ、チーム医療の中で看護師としての専門性を発揮することが、質の高い脳腫瘍看護につながります。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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