疾患概要
定義
てんかんとは、大脳皮質の神経細胞の異常な電気的興奮により引き起こされる慢性的な脳疾患です。反復性のてんかん発作を特徴とし、発作間欠期には通常の意識状態に戻ります。国際抗てんかん連盟(ILAE)の定義では、「誘発されていないてんかん発作が24時間以上の間隔をおいて2回以上起こる」、または「1回の誘発されていない発作があり、今後10年間の再発リスクが一般的な再発リスク(約60%)と同程度以上」の場合にてんかんと診断されます。
疫学
てんかんは年齢を問わない身近な疾患で、日本では約100万人(人口の約0.8%)が罹患しています。発症には二峰性があり、小児期(特に3歳以下)と高齢期(60歳以降)に多く見られます。小児では発達に伴う要因や先天的要因が多く、高齢者では脳血管障害や認知症に伴うものが増加しています。
男女差はほとんどありませんが、発作型により若干の差があります。適切な治療により約70%の患者で発作のコントロールが可能で、約30%の患者では薬物治療で完治することが知られています。しかし、社会的偏見により就学・就労・結婚などの社会生活に影響を受けることが問題となっています。
原因
てんかんの原因は症候性(構造的)、特発性(遺伝性)、潜因性(原因不明)に分類されます。症候性てんかんでは、脳腫瘍、脳血管障害、外傷、感染症(脳炎、髄膜炎)、低酸素脳症、皮質形成異常などの明確な脳の器質的病変があります。
特発性てんかんは遺伝的要因が強く、正常な脳に起こるてんかんで、小児期から青年期に多く見られます。潜因性てんかんは明らかな原因が特定できないもので、MRIなどでも異常が認められません。
高齢者では脳血管障害が最も多い原因(約40%)で、次いで変性疾患(アルツハイマー病など)、脳腫瘍の順となっています。小児では熱性けいれんの既往がある場合、てんかん発症のリスクが若干高くなります。
病態生理
正常な脳では神経細胞の電気的活動は調和的に制御されていますが、てんかんでは興奮性と抑制性のバランスが崩れ、異常な同期性放電が生じます。この異常放電が焦点性(限局性)に起こる場合は部分発作、全般性に起こる場合は全般発作となります。
発作の発生には発作閾値の概念が重要で、遺伝的素因、年齢、脳の器質的変化、代謝異常、睡眠不足、ストレス、薬物などが閾値を下げる要因となります。発作が反復するとキンドリング現象により発作が起こりやすくなり、さらに発作が誘発されやすい状態となる悪循環が形成されます。
長時間の発作や発作重積状態では脳の酸素需要が増大し、低酸素や代謝性アシドーシス、高体温などにより脳損傷を来たす可能性があります。また、慢性的な発作の反復により記憶や認知機能に影響を与えることもあります。
症状・診断・治療
症状
てんかん発作は焦点性発作と全般発作に大別されます。焦点性発作は脳の限られた領域から始まる発作で、意識の保持の有無により単純部分発作(意識保持)と複雑部分発作(意識障害あり)に分けられます。症状は発作焦点の部位により異なり、運動症状、感覚症状、自律神経症状、精神症状などが現れます。
全般発作は両側大脳半球に同時に起こる発作で、強直間代発作(大発作)が代表的です。突然の意識消失、全身の強直(硬直)、間代性けいれん(ガクガクした動き)が順次出現し、通常1-3分で自然に終息します。その他、欠神発作(短時間の意識消失)、ミオクロニー発作(瞬間的な筋収縮)、脱力発作(突然の筋緊張低下)などがあります。
発作に伴い、舌咬傷、外傷、失禁などが見られることがあります。発作後はもうろう状態(意識レベルの低下、見当識障害)が数分から数時間続くことがあり、この期間を発作後もうろう状態と呼びます。
診断
診断は病歴聴取と脳波検査が中心となります。詳細な発作の観察記録が最も重要で、発作の始まり方、症状の経過、持続時間、発作後の状態、誘発因子などを詳しく聴取します。目撃者からの情報や動画記録があれば診断に有用です。
脳波検査ではてんかん性放電(棘波、鋭波、棘徐波複合など)の検出を行い、発作型の分類や焦点の同定に用いられます。覚醒時脳波で異常が検出されない場合は、睡眠脳波や長時間脳波モニタリングを実施します。
画像検査として、MRIでは器質的病変の検出を行い、SPECTやPETでは脳血流や糖代謝の評価により発作焦点の同定を行います。血液検査では電解質異常、肝・腎機能、薬物血中濃度の測定を行い、原因検索や治療効果の判定に用いられます。
治療
治療の第一選択は抗てんかん薬による薬物療法です。発作型に応じて適切な薬剤を選択し、単剤治療から開始して段階的に増量します。主な薬剤として、カルバマゼピン、バルプロ酸、フェニトイン、レベチラセタム、ラモトリギンなどがあり、発作型や患者の年齢、併存疾患を考慮して選択します。
薬物療法で発作のコントロールが困難な薬剤抵抗性てんかんに対しては、外科治療が検討されます。発作焦点の切除術、脳梁離断術、多発軟膜下横切術などがあり、適応は慎重に決定されます。
その他の治療として、迷走神経刺激療法(VNS)やケトン食療法があります。また、発作誘発因子の回避(睡眠不足、ストレス、アルコール、光刺激など)や規則正しい生活も重要な治療の一環です。
急性期の発作重積状態では、ジアゼパムやミダゾラムによる緊急治療が必要で、30分以上持続する場合は生命に危険が及ぶため迅速な対応が求められます。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 外傷リスク(突然の意識消失・けいれんに関連した)
- 非効果的気道クリアランス(発作時の舌根沈下・分泌物貯留に関連した)
- 社会的孤立(疾患に対する偏見・社会的制約に関連した)
- 不安(予期しない発作への恐怖に関連した)
- 非効果的自己健康管理(複雑な薬物療法・生活調整に関連した)
ゴードン機能的健康パターン
健康知覚・健康管理パターンでは発作の詳細な情報収集が重要です。発作の頻度、型、持続時間、誘発因子、前兆の有無、発作後の状態、服薬状況、血中濃度の推移などを系統的に聴取しましょう。発作記録の記載方法や薬物の自己管理能力も評価します。
認知・知覚パターンでは発作が認知機能に与える影響を評価します。記憶障害、注意力の低下、学習能力への影響、発作前後の意識レベルの変化などを詳しく観察し、日常生活や学習・就労への影響を把握します。
役割・関係パターンでは社会生活への影響を評価します。家族関係、友人関係、学校・職場での理解と支援体制、社会参加の状況、偏見や差別の経験などを聴取し、社会復帰への支援策を検討します。
ヘンダーソン14基本的ニード
安全のニードでは発作時の安全確保と外傷予防が最重要です。発作の前兆、発作パターンの把握、危険な場所・状況の回避、転倒・外傷防止対策、発作時の適切な対応方法について評価・指導します。
学習のニードでは疾患理解と自己管理能力の向上を図ります。てんかんの正しい知識、発作の記録方法、薬物療法の重要性、生活上の注意点、緊急時の対応について継続的な教育を行います。
コミュニケーションのニードでは社会とのつながりの維持・拡大を支援します。家族・友人・職場での病気の説明方法、社会資源の活用、患者会への参加などを通じて、孤立を防ぎ社会参加を促進します。
看護計画・介入の内容
- 発作時の対応:安全確保、気道確保、バイタルサイン測定、発作の詳細な観察・記録
- 安全管理:環境整備(角の保護、床の清掃)、転倒・外傷防止、入浴・運転等の生活指導
- 服薬管理:薬物の正確な投与、血中濃度測定、副作用の観察、服薬指導・支援
- 発作記録:発作日誌の記載指導、発作の客観的記録方法、動画撮影の活用
- 心理的支援:不安軽減のための傾聴、疾患受容の支援、自己効力感の向上
- 社会復帰支援:就学・就労相談、社会資源の紹介、家族・周囲への説明支援
よくある疑問・Q&A
Q: 発作が起きた時はどのように対応すればよいですか?
A: まず安全確保が最優先です。周囲の危険物を取り除き、頭部を保護します。衣服をゆるめ、横向きに寝かせて気道を確保しましょう。口の中に物を入れてはいけません(舌を噛むことより窒息の方が危険)。発作の様子を詳しく観察し、時間を記録します。5分以上続く場合や呼吸困難がある場合は救急車を呼びましょう。
Q: てんかんの薬は一生飲み続ける必要がありますか?
A: 必ずしも一生ではありません。発作が2-5年間完全にコントロールされた場合、医師と相談して段階的に減薬・中止を検討することがあります。特に小児の特発性てんかんでは成長とともに発作が消失することが多いです。ただし、自己判断での中断は危険で、発作が再発する可能性が高いため、必ず医師の指導の下で行うことが重要です。
Q: てんかんがあると運転はできませんか?
A: 発作の状況により判断されます。抗てんかん薬により発作が完全にコントロールされ、2年間以上発作がない場合は運転が許可されることがあります。ただし、意識障害を伴う発作がある場合は制限されます。運転再開については医師、家族とよく相談し、道路交通法に従って適切な手続きを行うことが必要です。
Q: 妊娠・出産は可能ですか?
A: 多くの場合、妊娠・出産は可能です。ただし、一部の抗てんかん薬には催奇形性があるため、妊娠を希望する場合は事前に医師と相談し、薬剤の変更や葉酸の補充を検討します。妊娠中も発作のコントロールは重要で、適切な薬物療法を継続します。授乳についても薬剤により判断が必要です。
Q: 発作が起きると脳にダメージはありますか?
A: 短時間の発作では通常ダメージはありませんが、30分以上続く発作重積状態では脳損傷のリスクがあります。また、慢性的に発作が反復すると認知機能に軽度の影響を与える可能性があります。そのため、適切な薬物療法により発作をコントロールすることが重要です。転倒や外傷による二次的なダメージの予防も大切です。
まとめ
てんかんは大脳皮質の異常な電気的興奮による慢性脳疾患であり、適切な治療により多くの患者で発作のコントロールが可能な疾患です。看護師として重要なのは、発作時の安全確保と適切な観察、患者・家族の疾患理解の促進、社会復帰への包括的な支援です。
特に発作時の迅速で適切な対応、詳細な発作観察と記録、服薬管理と副作用の監視、安全な生活環境の整備が看護の要点となります。また、てんかんは社会的偏見を受けやすい疾患であるため、患者の尊厳を保ち、社会参加を支援することも重要な役割です。
実習では発作の観察技術を身につけ、冷静で的確な対応ができるよう準備しておきましょう。また、患者・家族の心理的負担を理解し、共感的な関わりを心がけてください。てんかんは慢性疾患であるため、長期的な視点での自己管理支援と、患者が疾患と共に充実した生活を送れるよう、個別性を重視したケアの提供が求められます。
多職種との連携により、医学的管理だけでなく教育・就労・社会参加の面でも包括的な支援を行い、患者のQOL向上と社会復帰を実現することが、てんかん看護の目標となります。正しい知識と理解に基づいた専門的なケアを提供していきましょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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