疾患概要
定義
慢性腎臓病(Chronic Kidney Disease:CKD)とは、腎機能の低下や腎障害が3か月以上持続する状態を指します。具体的には、推定糸球体濾過量(eGFR)が60mL/min/1.73m²未満、または尿蛋白陽性などの腎障害の存在が3か月以上継続する疾患です。不可逆的な進行性疾患であり、適切な治療により進行抑制は可能ですが、根本的な治癒は困難な疾患として位置づけられています。末期腎不全に至ると透析療法や腎移植が必要となる重要な疾患です。
疫学
日本では成人の約13%(約1330万人)がCKDに該当し、新たな国民病として注目されています。高齢化の進行とともに患者数は増加傾向にあり、特に70歳以上では約40%がCKDに該当します。男女比はほぼ同等ですが、進行した腎不全では男性がやや多い傾向があります。CKDは心血管疾患のリスクファクターでもあり、eGFRの低下に伴い心筋梗塞や脳卒中のリスクが著明に増加することが知られています。年間約4万人が新規に透析導入されており、その医療費は約1.6兆円に達する社会的にも重要な疾患です。
原因
CKDの原因疾患として、糖尿病性腎症(透析導入原因の第1位、約40%)、慢性糸球体腎炎(約20%)、腎硬化症(約15%)、多発性嚢胞腎、急速進行性糸球体腎炎などがあります。生活習慣病の増加により、糖尿病性腎症と腎硬化症の割合が増加しています。危険因子として、高血圧、糖尿病、脂質異常症、肥満、喫煙、加齢、腎疾患の家族歴、薬剤性腎障害(NSAIDs、造影剤など)が挙げられ、これらの複合的な要因がCKDの発症・進行に関与します。
病態生理
CKDの病態はネフロン数の減少と残存ネフロンの代償性肥大により特徴づけられます。初期には残存ネフロンの過剰濾過により代償されますが、この糸球体過剰濾過が更なる腎障害を促進する悪循環を形成します。進行に伴い、水・電解質代謝異常(ナトリウム・水貯留、カリウム蓄積、酸塩基平衡異常)、骨・ミネラル代謝異常(リン蓄積、副甲状腺ホルモン上昇、ビタミンD活性化障害)、貧血(エリスロポエチン産生低下)、心血管合併症(動脈硬化促進、左室肥大)などの多彩な合併症が出現します。これらは尿毒症症候群として総称され、生活の質と生命予後に大きく影響します。
症状・診断・治療
症状
CKDはサイレントキラーと呼ばれ、初期には自覚症状がほとんどありません。進行すると、易疲労感、息切れ、食欲不振、悪心・嘔吐、浮腫、夜間頻尿などが出現します。さらに進行すると尿毒症症状として、意識障害、けいれん、心膜炎、出血傾向、皮膚掻痒感、口臭(アンモニア臭)が認められます。貧血症状(動悸、息切れ、易疲労感)は比較的早期から出現し、骨・ミネラル代謝異常による骨痛や病的骨折も重要な症状です。高血圧は90%以上の患者に認められ、心血管合併症のリスクを高める重要な因子でしょう。
診断
診断はeGFRと尿検査により行われます。eGFRは血清クレアチニン値、年齢、性別から算出され、60mL/min/1.73m²未満でCKDと診断されます。尿検査では蛋白尿(0.15g/gCr以上)、血尿の存在を確認し、尿蛋白/クレアチニン比により重症度を評価します。画像検査では超音波検査により腎サイズ、形態、嚢胞の有無を評価し、腎生検は原因疾患の確定診断が必要な場合に実施されます。CKD重症度分類では、原因(C)、eGFR区分(G1-G5)、蛋白尿区分(A1-A3)により総合的に評価し、治療方針を決定します。
治療
CKD治療の基本方針は進行抑制と合併症管理です。生活習慣の改善として、減塩(6g/日未満)、適正体重の維持、禁煙、適度な運動が重要です。血圧管理では130/80mmHg未満を目標とし、ACE阻害薬やARBを第一選択薬として使用します。血糖管理では HbA1c 7.0%未満を目標とし、腎機能に応じた薬剤選択が必要です。脂質管理、貧血治療(ESA製剤、鉄剤)、骨・ミネラル代謝異常の管理(リン吸着薬、ビタミンD製剤)も段階的に導入します。蛋白制限(0.8-1.0g/kg/日)は議論がありますが、進行例では考慮されます。eGFR 15mL/min/1.73m²未満では腎代替療法(透析療法、腎移植)の準備を開始します。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 体液量過多
- 活動耐性低下
- 栄養摂取不足
- 感染リスク状態
- 不安
- 疾患管理の知識不足
ゴードン機能的健康パターン
栄養-代謝パターンでは、食事制限(塩分、蛋白質、リン、カリウム)の理解度と実行状況、体重変化、浮腫の有無を詳細に評価します。排泄パターンは最も重要で、尿量、尿性状の変化、夜間頻尿の程度を観察し、腎機能低下の進行を早期に発見します。活動-運動パターンでは貧血による活動耐性低下、息切れ、易疲労感の程度を評価し、日常生活への影響を把握しましょう。健康知覚-健康管理パターンでは、長期にわたる治療への理解と継続意欲、服薬コンプライアンス、定期受診状況を評価することが重要です。透析導入を控えた患者では、治療選択への理解度と受容状況も含めて総合的にアセスメントします。
ヘンダーソン14基本的ニード
正常な循環と呼吸では、体液貯留による心不全症状や肺水腫の兆候を注意深く観察します。適切な飲食は食事・水分制限の理解と実践状況を評価し、栄養状態の維持と電解質バランスの管理が重要です。正常な排泄では尿量減少、夜間頻尿、残尿感の有無を継続的に観察し、腎機能の変化を把握します。身体の清潔保持では皮膚掻痒感への対応、感染予防のための清潔ケアが必要でしょう。安全で害のない環境の保持では、めまい、ふらつきによる転倒リスク、出血傾向による外傷リスクを評価します。学習の側面では、複雑な治療レジメンの理解と継続的な自己管理能力の習得が重要となります。
看護計画・介入の内容
- 体液量・電解質バランスの管理:日々の体重測定、I/Oバランス、浮腫の観察により体液過多を早期発見する
- 食事療法の支援:個別の制限内容の理解促進、実践可能な食事メニューの提案、栄養士との連携による指導
- 服薬管理支援:多剤併用による複雑な服薬スケジュールの整理、副作用観察、腎機能に応じた用量調整の理解促進
- 合併症予防:感染予防教育、皮膚ケア指導、心血管リスク管理のための生活指導
- 透析療法への準備支援:治療選択の意思決定支援、アクセス作成の準備、透析導入への心理的支援
よくある疑問・Q&A
Q: CKD患者の水分制限はどのように指導すべきですか? A: 水分制限は尿量と心機能に基づいて個別に決定されます。一般的には前日尿量+500mLを目安としますが、浮腫や息切れがある場合はより厳格な制限が必要です。一日の水分摂取量を記録し、氷やゼリーも水分として計算することを指導します。のどの渇きには口腔ケアや氷片を少量舐めることで対応し、塩分制限により渇きを軽減できることも説明しましょう。体重増加が2日間で1kg以上の場合は、水分過剰摂取の可能性を考慮します。
Q: CKD患者の食事指導で最も重要なポイントは何ですか? A: 段階的な指導が最も重要です。初期は減塩(6g/日未満)から始め、進行に応じて蛋白制限(0.8-1.0g/kg/日)、リン制限(600-800mg/日)、カリウム制限(1500-2000mg/日)を追加します。患者の生活スタイルに合わせた実践可能な方法を提案し、栄養士と連携して具体的なメニューを作成します。食品交換表の活用や、調理法の工夫(茹でこぼし、水さらしなど)も効果的でしょう。定期的な栄養評価により、制限による栄養不良を防ぐことも大切です。
Q: CKD患者の貧血症状にはどのように対応しますか? A: まず鉄欠乏の有無を確認し、鉄欠乏がある場合は鉄剤投与を優先します。ESA製剤(エリスロポエチン刺激因子製剤)は、Hb値が10-11g/dL未満で症状がある場合に開始されます。投与中は血圧上昇に注意し、Hb値12g/dL以上にならないよう調整します。日常生活では活動量の調整を指導し、息切れや動悸が強い場合は無理をせず休息を取ることを伝えます。鉄分の多い食品の摂取も推奨しますが、リン制限との兼ね合いを考慮する必要があるでしょう。
Q: 透析導入を控えたCKD患者への心理的支援で大切なことは? A: まず患者の気持ちを十分に傾聴し、不安や恐怖を受け止めることが重要です。透析療法について正確な情報提供を行い、誤解や偏見を解消します。血液透析、腹膜透析、腎移植の選択肢を説明し、患者の価値観やライフスタイルに応じた選択を支援します。透析患者との面談機会を設けることで、実際の生活をイメージしやすくします。家族の理解と協力も重要で、家族全体での疾患受容を促進することが、患者の心理的安定につながるでしょう。
まとめ
CKDは進行性で不可逆的な疾患であるため、早期発見・早期治療による進行抑制が最も重要です。看護師には、患者の継続的な自己管理を支援する教育的役割が強く求められます。複雑な食事制限や服薬管理について、患者の理解度と実行可能性を考慮した個別的な指導が必要でしょう。
CKD患者は多彩な合併症を併発するため、全身状態の包括的なアセスメントが不可欠です。特に心血管合併症は生命予後に直結するため、血圧管理、体液管理、生活習慣の改善について継続的に支援することが重要です。また、貧血や骨・ミネラル代謝異常による症状は患者のQOLに大きく影響するため、早期発見と適切な治療により症状緩和を図ることが求められます。
透析導入期の患者には、治療選択の意思決定支援と心理的ケアが特に重要となります。患者・家族が十分に理解した上で治療方法を選択できるよう、多職種と連携して包括的な支援を提供しましょう。実習では、患者一人ひとりの病期と個別性を理解し、長期的な視点で患者の生活を支える看護の重要性を学んでください。根拠に基づいた観察とアセスメントにより、患者が可能な限り質の高い生活を維持できるよう支援することが、CKD看護の本質と言えるでしょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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