疾患概要
定義
気管支炎は、気管支粘膜の炎症により生じる疾患で、急性気管支炎と慢性気管支炎に大別されます。急性気管支炎は上気道感染に続発して起こることが多く、咳嗽と痰を主症状とし、通常2-3週間で自然治癒します。慢性気管支炎は1年のうち3ヶ月以上、2年連続して咳嗽・痰が持続する状態で、主に喫煙が原因となります。慢性気管支炎はCOPD(慢性閉塞性肺疾患)の重要な構成要素であり、進行性の疾患です。
疫学
急性気管支炎は最も頻度の高い呼吸器疾患の一つで、年間を通じて発症しますが、秋から春にかけて多く見られます。小児から成人まで幅広い年齢層に発症し、特に小児や高齢者で重症化しやすい傾向があります。慢性気管支炎の有病率は成人の約5-15%で、男性、高齢者、喫煙者に多く認められます。喫煙者の約20-25%が慢性気管支炎を発症するとされ、喫煙量と罹病期間に比例して発症リスクが高まります。近年、大気汚染や受動喫煙の影響により非喫煙者での発症も報告されています。
原因
急性気管支炎の約90%はウイルス感染が原因で、ライノウイルス、インフルエンザウイルス、パラインフルエンザウイルス、RSウイルス、アデノウイルスなどが関与します。細菌感染はまれですが、マイコプラズマ、クラミジア、百日咳菌が原因となることがあります。慢性気管支炎の最大の原因は喫煙(全体の約85-90%)で、その他に大気汚染、職業性粉塵曝露、α1-アンチトリプシン欠損症、感染症の反復、胃食道逆流症などが関与します。受動喫煙も重要な危険因子です。
病態生理
急性気管支炎ではウイルス感染により気管支上皮細胞が障害され、炎症細胞浸潤と血管透過性亢進が生じます。炎症性メディエーターの放出により気管支収縮、粘液分泌亢進、線毛運動低下が起こり、咳嗽と痰の症状が出現します。慢性気管支炎では長期の有害物質曝露により気管支上皮の化生、杯細胞の増殖、粘液腺の肥大が生じます。線毛機能の低下により痰の排出困難となり、細菌感染の温床となります。進行すると気道リモデリング、気流制限、肺気腫を合併し、呼吸不全に至ります。
症状・診断・治療
症状
急性気管支炎では乾性咳嗽で始まり、数日後に湿性咳嗽(痰を伴う咳)に変化します。痰は初期は粘性で白色~黄色調、細菌感染を合併すると膿性となります。微熱、倦怠感、胸部不快感を伴うことがあります。喘鳴や軽度の呼吸困難を認めることもありますが、呼吸不全は通常生じません。慢性気管支炎では慢性の咳嗽・痰が主症状で、労作時呼吸困難が徐々に進行します。感染増悪時には痰量の増加、痰の性状変化(膿性化)、発熱、呼吸困難の悪化が見られます。進行例ではチアノーゼ、下腿浮腫、肺性心の症状が出現します。
診断
急性気管支炎の診断は主に臨床症状に基づいて行われます。胸部X線は通常正常で、肺炎の除外に有用です。血液検査では軽度の白血球増多を認めることがありますが、特異的な所見はありません。慢性気管支炎の診断は症状の持続期間(1年のうち3ヶ月以上、2年連続)により行います。肺機能検査では1秒率(FEV1/FVC)の低下、残気量の増加を認め、気流制限の程度を評価します。胸部CTでは気道壁の肥厚、気管支拡張、肺気腫性変化を確認できます。喀痰検査では細菌培養、感受性検査により感染増悪時の起炎菌を特定します。
治療
急性気管支炎は対症療法が基本です。鎮咳薬(デキストロメトルファン)、去痰薬(カルボシステイン、アンブロキソール)、気管支拡張薬(β2刺激薬、テオフィリン)を使用します。抗菌薬は細菌感染が疑われる場合のみ使用し、ウイルス性では不要です。十分な水分摂取、安静、加湿も重要です。慢性気管支炎では禁煙が最も重要な治療で、長時間作用型気管支拡張薬(LABA、LAMA)、吸入ステロイドを使用します。感染増悪時には抗菌薬(アモキシシリン、マクロライド系)を投与します。重症例では在宅酸素療法、人工呼吸管理が必要になることもあります。肺理学療法、呼吸リハビリテーションも重要な治療要素です。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 非効果的気道クリアランス:炎症による痰の増加と排出困難
- 活動耐性低下:呼吸困難による日常生活動作の制限
- 知識不足:疾患・治療・予防に関する情報不足
ゴードン機能的健康パターン
呼吸パターンでは咳嗽の性状(乾性・湿性)、痰の量・性状・色調、呼吸困難の程度、酸素飽和度を詳細にアセスメントします。活動・運動パターンでは呼吸困難による活動制限の程度、労作時の症状増悪、日常生活動作への影響を評価します。健康知覚・健康管理パターンでは喫煙歴、禁煙への取り組み、薬物療法のアドヒアランス、感染予防行動を把握します。対処・ストレス耐性パターンでは慢性疾患による心理的負担、症状悪化への不安、生活の質への影響を評価します。
ヘンダーソン14基本的ニード
正常な呼吸をするでは効果的な咳嗽・喀痰方法の指導、体位ドレナージ、気道クリアランスの促進が重要です。身体の位置を動かし、望ましい肢位を保持するでは呼吸を楽にする体位(起座位、前傾側臥位)の指導を行います。清潔で健康な皮膚を維持し、衣服で身体を守るでは感染予防のための手洗い、うがい、マスク着用の指導が重要です。学習するでは疾患の理解促進、禁煙指導、吸入薬の使用方法、増悪時の対応について教育します。
看護計画・介入の内容
- 呼吸管理・気道クリアランス:効果的な咳嗽・喀痰指導、体位ドレナージの実施、十分な水分摂取による痰の稀釈、加湿による気道粘膜の保護、酸素療法の適切な実施
- 薬物療法支援・症状管理:吸入薬の正しい使用方法指導、去痰薬・鎮咳薬の効果的な使用、抗菌薬の適切な服用、副作用の観察と対処、症状増悪時の早期受診指導
- 禁煙指導・生活習慣改善:禁煙の重要性説明と継続支援、禁煙補助薬の使用支援、受動喫煙の回避、感染症予防(手洗い、うがい、予防接種)、適度な運動と栄養管理
よくある疑問・Q&A
Q: 急性気管支炎と肺炎の違いは何ですか?見分け方を教えてください
A: 急性気管支炎は気管支の炎症で、肺炎は肺胞の炎症という違いがあります。症状の比較では、気管支炎は咳・痰が主体で発熱は軽微、肺炎は高熱、悪寒、胸痛を伴うことが多いです。身体所見では、気管支炎は聴診でラ音程度ですが、肺炎では肺胞音の減弱、打診音の変化を認めます。胸部X線では気管支炎は通常正常、肺炎は肺野の陰影を認めます。血液検査では肺炎で白血球数やCRPの著明上昇を認めます。ただし、高齢者や免疫不全者では症状が非典型的なことがあるため、医師による適切な診断が重要です。
Q: 抗生物質は飲まなくても治りますか?いつ処方されるのですか?
A: 急性気管支炎の約90%はウイルス性のため、抗生物質は通常不要で自然治癒します。抗生物質が処方される場合は、①細菌感染が疑われる(膿性痰、高熱、白血球増多)、②重症化リスクが高い(高齢者、慢性疾患、免疫不全)、③症状が長期化(2週間以上改善しない)、④特定の病原体(マイコプラズマ、百日咳)が疑われる場合です。むやみな抗生物質使用は薬剤耐性菌の発生や副作用のリスクがあるため避けるべきです。適切な対症療法(十分な休息、水分摂取、去痰薬)により多くの場合改善します。症状が悪化したり長期化したりする場合は再受診してください。
Q: 慢性気管支炎と診断されました。禁煙すれば治りますか?
A: 禁煙は慢性気管支炎の最も重要な治療ですが、完全な治癒は困難です。しかし、禁煙により症状の進行を大幅に遅らせることができ、咳・痰の減少、呼吸機能の改善、感染の頻度減少が期待できます。禁煙後の変化として、数週間で咳・痰が軽減し、1年以内に感染頻度が減少、数年で呼吸機能の悪化速度が遅くなります。既に生じた気道の変化(気道壁の肥厚、線毛機能低下)は元に戻りませんが、さらなる悪化を防ぐことができます。禁煙と併せて薬物療法、呼吸リハビリテーション、感染予防により、症状をコントロールして生活の質を保つことができます。
Q: 痰がうまく出せません。効果的な出し方はありますか?
A: 効果的な痰の出し方として、①十分な水分摂取(1日1.5-2L)により痰を薄くする、②加湿(湿度50-60%)により気道粘膜を保護する、③体位ドレナージ(前傾座位、側臥位)により重力を利用する、④効果的な咳の方法(深吸気→短く強い咳を2-3回)を実践します。具体的な手順では、まず深く息を吸い、2-3秒息を止めてから、短く強い咳を連続して行います。無理な咳込みは気道を刺激するため避け、去痰薬の適切な使用も効果的です。呼吸筋を強化する運動(腹式呼吸、口すぼめ呼吸)も長期的に有効です。症状が改善しない場合は医師に相談してください。
まとめ
気管支炎は最も頻度の高い呼吸器疾患として、急性から慢性まで幅広い病態を示す疾患です。急性気管支炎は多くが自然治癒する良性疾患である一方、慢性気管支炎は進行性の疾患として長期的な管理が必要となります。
看護の要点は呼吸状態の適切な評価と効果的な気道クリアランスの支援です。咳嗽と痰の性状を詳細に観察し、患者さんの呼吸困難の程度と日常生活への影響を包括的にアセスメントすることが重要です。体位ドレナージや効果的な咳嗽方法の指導により、患者さんが主体的に症状管理できるよう支援することが大切です。
薬物療法の支援では、吸入薬の正しい使用方法の指導が特に重要です。吸入手技の習得により治療効果を最大化し、副作用を最小限に抑えることができます。去痰薬や気管支拡張薬の適切な使用についても指導し、症状に応じた自己管理能力の向上を図ります。
禁煙指導は慢性気管支炎患者にとって最も重要な看護介入です。禁煙の重要性を科学的根拠に基づいて説明し、禁煙継続への動機づけと禁煙補助薬の活用により、患者さんの禁煙成功を支援します。家族や周囲の協力も重要であり、受動喫煙の防止についても指導します。
感染予防教育では、手洗い・うがいの徹底、マスク着用、人混みの回避、予防接種の重要性について指導し、感染による症状悪化を防ぎます。特に慢性気管支炎患者では感染により急激に症状が悪化する可能性があるため、予防的アプローチが重要です。
生活指導では、適度な運動、栄養管理、ストレス管理により全身状態の改善を図り、呼吸リハビリテーションの継続により呼吸筋力と持久力の向上を支援します。活動と休息のバランスを調整し、患者さんの生活の質の向上を図ることが大切です。
心理的支援では、慢性的な症状による苦痛、活動制限による社会的孤立、将来への不安などに共感的に対応し、患者さんが前向きに疾患と向き合えるよう支援することが重要です。
実習では患者さんの呼吸パターンと症状の個別性を重視し、その人の生活スタイルに応じた実践可能な指導を提供することが重要です。気管支炎は適切な管理により症状をコントロールでき、多くの患者さんが充実した日常生活を送っています。希望を持って治療に取り組めるよう、患者さんとその家族を支援し、質の高い人生の実現に向けて包括的なケアを提供していきましょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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