【末梢動脈疾患】疾患解説と看護の要点

循環器

疾患概要

定義

末梢動脈疾患(Peripheral Arterial Disease:PAD)とは、主に下肢の動脈に動脈硬化による狭窄や閉塞が生じ、末梢組織への血流が慢性的に低下する疾患です。以前は閉塞性動脈硬化症(ASO)と呼ばれていましたが、現在は国際的に統一された名称としてPADが用いられています。重篤な場合は組織壊死により下肢切断に至ることもある重要な疾患です。

疫学

PADの有病率は年齢とともに急激に増加し、70歳以上では15-20%に達します。男性に多く見られ、女性の約2倍の頻度です。日本では高齢化と生活習慣の欧米化により患者数が増加傾向にあり、推定患者数は約100万人とされています。

糖尿病患者では健常者の約5倍、喫煙者では約3倍のリスクがあり、複数の危険因子を有する場合はリスクが相乗的に増加します。PAD患者の約50%は無症状のため、実際の患者数はさらに多いと推定されています。また、PAD患者では心血管疾患による死亡率が2-6倍高いことが知られています。

原因

PADの主な原因は動脈硬化で、全症例の90%以上を占めます。動脈硬化の危険因子として、糖尿病、喫煙、高血圧、脂質異常症、慢性腎臓病、高齢、男性、家族歴があります。特に糖尿病と喫煙は最も重要な危険因子とされています。

その他の原因として、血管炎(高安動脈炎、バージャー病)、血栓塞栓症、外傷、放射線照射後の血管狭窄などがありますが、頻度は低いです。バージャー病は喫煙と強く関連し、比較的若い男性に発症する特徴的な疾患です。

慢性腎臓病患者では石灰化を伴う血管病変が特徴的で、透析患者では特に重篤なPADが多く見られます。

病態生理

動脈硬化により血管内腔が狭窄すると、安静時は側副血行路により血流が代償されるため症状は現れません。しかし、運動により筋肉の酸素需要が増加すると、狭窄部より末梢で相対的な虚血状態となり間欠性跛行が生じます。

さらに狭窄が進行すると、安静時でも十分な血流が得られなくなり、安静時疼痛が出現します。最終的には組織の酸素需要を満たせなくなり、潰瘍形成や壊疽に至ります。この段階を重症下肢虚血(CLI)と呼び、下肢切断のリスクが高くなります。

血管の石灰化により血管壁が硬化すると、血圧測定での足関節上腕血圧比(ABI)が偽高値を示すことがあり、診断上注意が必要です。また、糖尿病患者では神経障害により疼痛を感じにくく、潰瘍が発見されにくいという特徴があります。


症状・診断・治療

症状

PADの症状は病期により異なり、Fontaine分類Rutherford分類により段階的に評価されます。I期(無症状期)では症状がなく、健康診断や他疾患の検査時に偶然発見されます。

II期(間欠性跛行期)では一定距離の歩行で下肢に疼痛、疲労感、重だるさが生じ、休息により改善します。軽度(IIa:200m以上歩行可能)と重度(IIb:200m未満で症状出現)に分けられます。疼痛部位は狭窄部位より末梢の筋肉に生じ、大腿動脈狭窄では下腿膝下動脈狭窄では足部に症状が現れます。

III期(安静時疼痛期)では安静時にも持続的な疼痛があり、特に夜間の下肢挙上時に増強します。IV期(潰瘍・壊疽期)では組織壊死により潰瘍や壊疽が形成され、感染を合併することが多く、下肢切断のリスクが高くなります。

診断

診断の基本はABI(上腕足首血圧比)測定です。ABI 0.9未満でPADと診断され、0.4未満では重症とされます。ただし、糖尿病患者や透析患者では血管石灰化によりABIが偽高値(1.3以上)を示すことがあります。

血管エコー検査では血流速度の測定や狭窄部位の特定が可能で、非侵襲的なスクリーニング検査として有用です。CT血管造影(CTA)やMR血管造影(MRA)では血管の形態的評価が可能で、治療方針決定に重要です。

血管造影検査は確定診断と治療方針決定のゴールドスタンダードですが、侵襲的であるため他の検査で評価困難な場合や治療適応の評価時に実施されます。経皮的酸素分圧(TcPO2)皮膚灌流圧(SPP)は微小循環の評価に有用で、創傷治癒能力の予測に用いられます。

治療

治療は保存的治療、血管内治療、外科的治療に分けられます。全患者に対して生活習慣の改善(禁煙、運動療法、食事療法)と薬物療法(抗血小板薬、血管拡張薬)を行います。

運動療法は最も重要な治療法の一つで、監視下運動療法では歩行距離の改善と症状軽減が期待できます。薬物療法では、シロスタゾール(抗血小板作用と血管拡張作用)、サルポグレラート(血小板凝集抑制)、プロスタグランジン製剤(重症例)が使用されます。

血管内治療として、経皮的血管形成術(PTA:バルーン拡張)やステント留置術があり、低侵襲で治療効果が高い方法です。外科的治療では、バイパス術(自家静脈や人工血管を用いた迂回路作成)が行われ、広範囲病変や血管内治療困難例に適応されます。

重症下肢虚血では下肢切断が必要になることもあり、機能的な切断レベルの選択と術後のリハビリテーションが重要です。


看護アセスメント・介入

よくある看護診断・問題

  • 非効果的組織灌流(末梢動脈狭窄による血流低下に関連した)
  • 急性疼痛/慢性疼痛(組織虚血に関連した)
  • 活動耐性低下(間欠性跛行による歩行制限に関連した)
  • 皮膚統合性障害リスク(血流不全による創傷治癒遅延に関連した)
  • 感染リスク(潰瘍・壊疽に関連した)

ゴードン機能的健康パターン

健康知覚・健康管理パターンでは危険因子の詳細な評価が重要です。喫煙歴(喫煙年数、本数、禁煙歴)、糖尿病の罹病期間と血糖コントロール状況、その他の併存疾患の管理状況を詳しく聴取しましょう。フットケアの実践状況も重要な評価項目です。

活動・運動パターンでは歩行能力と日常生活への影響を評価します。症状出現までの歩行距離、歩行速度の変化、階段昇降能力、日常生活動作への制限の程度を具体的に把握し、安全で効果的な運動プログラムを検討します。

認知・知覚パターンでは疼痛の詳細な評価が必要です。疼痛の部位、性状、強度、出現条件(歩行距離、時間帯)、軽快因子、増悪因子を系統的に評価し、疼痛の変化を客観的に記録します。

ヘンダーソン14基本的ニード

循環のニードでは末梢循環の詳細な評価が最重要です。下肢の皮膚色(蒼白、チアノーゼ、発赤)、皮膚温(冷感、温度差)、毛細血管再充満時間、足背動脈・後脛骨動脈の触知、ABI値を系統的に観察し、循環状態の変化を継続的に監視します。

皮膚の清潔と身だしなみのニードでは足部の詳細な観察とケアが重要です。皮膚の乾燥、亀裂、胼胝、爪の変形、趾間の状態、潰瘍や壊疽の有無を毎日観察し、適切なフットケアを実施・指導します。

身体を動かすニードでは患者の歩行能力に応じた活動支援を行います。間欠性跛行の程度、転倒リスク、歩行補助具の必要性を評価し、安全で段階的な活動プログラムを立案します。

看護計画・介入の内容

  • 末梢循環の監視:下肢の色調・温度観察、動脈拍動の触知、ABI測定、症状の変化評価
  • 疼痛管理:疼痛アセスメント、体位調整(下肢下垂位)、鎮痛薬の投与、温罨法の実施
  • フットケア:毎日の足部観察、清潔保持、保湿ケア、爪切り指導、適切な靴の選択指導
  • 運動療法支援:歩行訓練の実施、運動耐容能の評価、段階的運動プログラムの提供
  • 創傷管理:潰瘍・壊疽の観察、適切な創傷処置、感染徴候の監視、除圧・固定
  • 患者教育:疾患理解の促進、危険因子管理、生活習慣改善指導、緊急時の対応

よくある疑問・Q&A

Q: 間欠性跛行の症状が出たら休んでも大丈夫ですか?

A: 症状が出ても可能な範囲で歩行を続けることが重要です。休息により症状は改善しますが、運動療法では症状出現まで歩き、短時間休息後に再び歩行を繰り返すことで側副血行路の発達を促進します。ただし、激しい疼痛や息切れがある場合は無理をせず休息しましょう。医師の指導の下で適切な運動プログラムを実施することが大切です。

Q: PADの患者は足を温めても良いですか?

A: 直接的な加温は避けるべきです。血流が低下している組織では温度感覚が鈍くなっており、湯たんぽやホットパッドなどで火傷を起こしやすくなります。また、温めることで組織の酸素需要が増加し、血流不足により組織障害が悪化する可能性があります。保温は靴下や毛布などで間接的に行い、足部に直接熱源を当てないよう注意しましょう。

Q: 足の傷が治りにくいのはなぜですか?

A: 血流低下により創傷治癒に必要な酸素や栄養素の供給が不足するためです。正常な創傷治癒には十分な血流が必要ですが、PADでは末梢血流が低下しているため治癒が遅延します。また、感染リスクも高くなります。小さな傷でも重篤化する可能性があるため、早期の医療機関受診が重要です。

Q: 禁煙はどの程度効果がありますか?

A: 禁煙は最も効果的な治療法の一つです。禁煙により症状の進行を抑制し、歩行距離の改善が期待できます。また、心血管疾患のリスクも大幅に減少します。禁煙後数週間で血流改善の効果が現れ始め、1年後には非喫煙者と同程度のリスクまで低下します。禁煙外来の利用や禁煙補助薬の使用も有効です。

Q: 糖尿病があるとPADは悪化しやすいですか?

A: 糖尿病は重要な悪化因子です。高血糖により血管内皮機能が障害され、動脈硬化が進行しやすくなります。また、糖尿病性神経障害により疼痛を感じにくく、足の傷に気づくのが遅れることがあります。さらに、免疫機能の低下により感染リスクも高くなります。厳格な血糖管理とフットケアの実践が不可欠です。


まとめ

末梢動脈疾患は動脈硬化による慢性進行性疾患であり、間欠性跛行から重症下肢虚血まで段階的に進行する特徴があります。看護師として重要なのは、末梢循環の詳細な評価と早期の変化の発見、および患者の生活の質を維持するための包括的な支援です。

特に系統的な下肢観察技術効果的なフットケアの実践と指導運動療法の安全な実施支援創傷管理と感染予防が看護の要点となります。PADは生活習慣病の合併が多く、多面的なアプローチによる危険因子管理が疾患進行の抑制に重要です。

実習では特に足部の系統的観察方法を身につけ、正常と異常を見分ける技術を習得しましょう。また、患者の歩行能力や疼痛の変化を客観的に評価し、個別性を重視したケア計画を立案する能力を養ってください。PAD患者ではQOLの維持と下肢切断の回避が最も重要な目標となるため、患者・家族の価値観を尊重した意思決定支援も重要な看護の役割です。

慢性疾患としてのPADでは、患者の自己管理能力の向上と動機づけが長期的な予後に大きく影響します。根拠に基づいた指導と継続的な支援により、患者が疾患と向き合いながら最適な生活を送れるよう、専門的な看護ケアを提供していきましょう。


この記事の執筆者

なっちゃん
なっちゃん

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり


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