疾患概要
定義
膵炎とは、膵臓に炎症が生じる疾患で、急性膵炎と慢性膵炎に大別されます。急性膵炎は膵臓の急激な炎症により、激しい腹痛や消化酵素の異常上昇を特徴とし、重篤な場合は多臓器不全に至ることもある緊急性の高い疾患です。慢性膵炎は膵臓の慢性的な炎症により、膵組織の線維化と機能低下が進行し、消化不良や糖尿病を併発する進行性疾患です。
疫学
急性膵炎の発症率は年間10万人あたり約20-40人で、男性に多く見られ、40-60歳代に好発します。慢性膵炎は年間10万人あたり約5-10人の発症率で、男性が女性の約3-4倍多く、50-60歳代に最も多く見られます。近年、生活習慣の変化により若年層での発症も増加傾向にあります。
原因
急性膵炎の主要原因は胆石(約40%)とアルコール(約30%)です。その他、高脂血症、薬剤性、感染症、外傷、内視鏡検査後などがあります。慢性膵炎の最大の原因はアルコール(約70%)で、長期間の大量飲酒が膵組織の線維化を引き起こします。特発性(原因不明)が約20%を占め、遺伝性膵炎や自己免疫性膵炎もあります。
病態生理
急性膵炎では、何らかの原因で膵管が閉塞または損傷すると、膵液中の消化酵素が膵臓内で活性化されます。通常、これらの酵素は十二指腸で初めて活性化されるべきですが、膵臓内で活性化されると自己消化が始まります。活性化されたトリプシンが他の酵素も活性化し、膵組織の壊死、血管透過性亢進、炎症性サイトカインの放出が起こります。重症例では全身性炎症反応症候群(SIRS)から多臓器不全に進展します。
慢性膵炎では、持続的な炎症により膵組織が線維化し、正常な腺房細胞やランゲルハンス島が破壊されます。その結果、外分泌機能低下(消化酵素分泌不全)と内分泌機能低下(インスリン分泌不全)が生じ、消化不良と糖尿病を併発します。
症状・診断・治療
症状
急性膵炎の最も特徴的な症状は激しい上腹部痛で、背部に放散する痛み(背部放散痛)を呈します。痛みは持続性で、前かがみの姿勢で軽減することが多いです。悪心・嘔吐、発熱、腹部膨満感を伴い、重症例では血圧低下、頻脈、呼吸困難などのショック症状が現れます。
慢性膵炎では、慢性的な上腹部痛や背部痛が主症状で、食後に増強することが多いです。外分泌機能低下により脂肪便(黄色で悪臭、水に浮く便)、体重減少、栄養失調が生じます。内分泌機能低下により糖尿病症状(多飲、多尿、体重減少)が現れることもあります。
診断
急性膵炎の診断は膵酵素の上昇(血清アミラーゼ・リパーゼが正常上限の3倍以上)、特徴的な腹痛、画像所見の3つの条件のうち2つ以上を満たすことで確定診断されます。CT検査では膵臓の腫大、周囲脂肪組織の炎症像、膵壊死の有無を評価します。重症度判定には造影CTやMRIが用いられ、膵壊死の範囲や仮性嚢胞の形成を確認します。
慢性膵炎では、画像検査が重要で、CTやMRIで膵管の不整拡張、膵石、膵萎縮を確認します。機能検査として、外分泌機能評価にはエラスターゼ-1測定や便中脂肪測定、内分泌機能評価には血糖値やHbA1c測定を行います。
治療
急性膵炎の治療は保存的治療が基本で、絶食・輸液療法により膵臓を安静にし、疼痛管理、感染症予防を行います。重症例では集中治療室での管理が必要で、人工呼吸器管理、血液浄化療法、外科的治療(膵壊死組織除去術)が検討されます。胆石性膵炎では早期の内視鏡的治療が推奨されます。
慢性膵炎では、禁酒が最も重要で、疼痛管理には鎮痛薬や神経ブロックを行います。外分泌機能不全には膵酵素補充療法、内分泌機能不全にはインスリン療法を導入します。栄養管理では脂溶性ビタミン(A、D、E、K)の補給も必要です。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 急性疼痛(膵臓の炎症による激しい腹部・背部痛)
- 体液量不足(嘔吐、発熱、血管透過性亢進による脱水)
- 栄養摂取消費バランス異常(絶食、消化吸収障害による栄養不良)
ゴードン機能的健康パターン
栄養代謝パターンが最も重要なアセスメント項目です。急性期は絶食により栄養摂取が制限され、慢性期は外分泌機能低下による消化吸収障害が問題となります。脱水の程度、電解質バランス、血糖値の変動を継続的に監視する必要があります。
活動・運動パターンでは、激しい腹痛により活動制限が生じ、安楽な体位の工夫が必要です。前かがみの体位や側臥位で疼痛が軽減されることが多いため、体位変換時の配慮が重要です。
認知・知覚パターンでは、疼痛の程度、性質、持続時間を詳細にアセスメントし、適切な疼痛管理を行います。痛みの変化は病状悪化の指標にもなるため、継続的な観察が必要です。
ヘンダーソン14基本的ニード
食べる・飲むニードが最も影響を受けるニードです。急性期の絶食期間中は、口渇感や空腹感への対応が必要で、口腔ケアや精神的支援が重要となります。経口摂取再開時は、低脂肪食から段階的に進めていきます。
正常に排泄するニードでは、便性状の観察が重要です。特に慢性膵炎では脂肪便の有無を確認し、膵酵素補充療法の効果を評価します。また、血糖値の変動により多尿が生じることもあるため、尿量や尿糖の観察も必要です。
苦痛を避けるニードでは、疼痛の適切な評価と管理が不可欠です。痛みの強さをペインスケールで定量的に評価し、薬物療法と非薬物療法を組み合わせて対応します。
看護計画・介入の内容
- 疼痛管理:ペインスケールによる痛みの評価、鎮痛薬の効果判定、安楽な体位の工夫、温熱療法やリラクゼーション法の実施
- 栄養・水分管理:絶食期間中の口腔ケア、輸液管理、電解質バランスの監視、経口摂取再開時の食事指導(低脂肪・高蛋白・高カロリー食)
- 合併症予防:バイタルサイン監視、血糖値測定、感染症サインの観察、深部静脈血栓症予防のための下肢運動指導
よくある疑問・Q&A
Q: なぜ膵炎の患者さんは前かがみの姿勢を取りたがるのですか?
A: 膵臓は後腹膜に位置しているため、炎症が起こると背部痛が生じます。前かがみの姿勢を取ることで、膵臓周囲の圧迫が軽減され、疼痛が和らぐためです。この特徴的な体位は「膵炎体位」と呼ばれ、診断の手がかりにもなります。
Q: 急性膵炎で絶食が必要なのはなぜですか?
A: 食事摂取により膵液分泌が刺激されると、活性化した消化酵素がさらに膵組織を傷害し、炎症が悪化するためです。絶食により膵臓を安静に保つことで、自己消化を防ぎ、炎症の拡大を抑制できます。
Q: 慢性膵炎患者の便の特徴を教えてください
A: 脂肪便が特徴的で、色は黄色から灰白色、量が多く、悪臭があり、水に浮きやすい性状です。これは膵リパーゼの分泌低下により脂肪の消化吸収が障害されるためで、膵酵素補充療法の効果判定にも重要な指標となります。
Q: 膵炎患者への食事指導のポイントは何ですか?
A: 完全禁酒が最も重要です。アルコールは膵炎の主要な原因であり、少量でも炎症を悪化させる可能性があります。食事は低脂肪(1日30g以下)、高蛋白、高カロリーを基本とし、消化しやすい食品を選択します。膵酵素薬は食事と一緒に服用することが大切です。
まとめ
膵炎は膵臓の自己消化という特殊な病態により生じる疾患で、急性膵炎では激しい腹痛と重篤な全身症状、慢性膵炎では進行性の膵機能低下が問題となります。看護において最も重要なのは疼痛管理と栄養管理であり、患者の苦痛を最小限に抑えながら、適切な治療環境を整えることが求められます。
急性期はバイタルサインの厳重な監視と合併症の早期発見が生命予後を左右するため、継続的な観察と迅速な対応が不可欠です。慢性期では生活習慣の改善、特に禁酒指導と食事療法への患者・家族の理解と実践が、病気の進行抑制と生活の質向上につながります。
実習では、患者の表情や体位から痛みの程度を読み取り、根拠に基づいた看護介入を実践することで、膵炎患者への質の高い看護を提供できるよう心がけましょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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