疾患概要
定義
転倒とは、本人の意思に関係なく地面またはより低い面に身体が倒れることを指します。医療現場では「予期しない、または不注意による体位の変化により、意図しない状態で地面やより低い面に身体の一部が接触すること」と定義されています。転倒は疾患そのものではありませんが、様々な基礎疾患や要因が関与する重要な医療安全上の問題ですね。
疫学
高齢者施設では年間転倒発生率が約30-50%と非常に高く、急性期病院でも入院患者の約2-5%に転倒が発生しています。特に65歳以上の高齢者では、転倒による骨折が要介護状態につながる主要な原因の一つとなっており、社会的にも大きな問題となっているでしょう。日本では年間約5,000人が転倒・転落により死亡しており、その多くが高齢者です。
原因
転倒の原因は大きく内的要因と外的要因に分けられます。
内的要因としては、加齢による身体機能の低下、筋力低下、バランス感覚の低下、視力低下、認知機能の低下、薬剤の副作用(特に睡眠薬、降圧薬、抗精神薬)、疾患による症状(めまい、起立性低血圧、歩行障害)などがあります。これらの要因が複数重なることで、転倒リスクは著しく高まりますね。
外的要因には、床の段差や滑りやすい床面、不適切な履物、照明不足、手すりの不備、ベッドの高さ設定、車椅子のブレーキかけ忘れなどの環境要因があります。
病態生理
転倒は複雑な生理学的メカニズムの破綻により発生します。正常な歩行やバランス維持には、感覚系(視覚、前庭系、深部感覚)、中枢神経系(大脳、小脳、脳幹)、運動系(筋力、関節可動域)の協調が必要です。
加齢や疾患により、これらのシステムのいずれかまたは複数に障害が生じると、姿勢制御能力が低下し転倒に至ります。特に高齢者では、外乱に対する反応時間の延長、筋力低下による立ち直り反応の低下、複数の感覚情報を統合する能力の低下が見られるため、転倒リスクが高くなるのです。
症状・診断・治療
症状
転倒そのものは症状ではなく事象ですが、転倒により様々な症状が出現します。軽微なものでは打撲、擦過傷、挫傷などがありますが、重篤なものでは骨折(特に大腿骨頸部骨折、脊椎圧迫骨折)、頭部外傷、軟部組織損傷などが発生する可能性があります。
また、転倒後には転倒後症候群として、再転倒への恐怖、活動性の低下、抑うつ状態、社会的孤立などの心理的・社会的な問題も生じることがあります。これらの症状は患者さんのQOLを著しく低下させるため、注意深い観察が必要でしょう。
診断
転倒の診断は、転倒の事実確認、転倒状況の詳細な聴取、身体的・精神的な評価を総合的に行います。転倒リスクアセスメントツールとして、Morse Fall Scale、STRATIFY、転倒アセスメントシート J-MFSなどが使用されています。
評価項目には、転倒歴、年齢、認知機能、服薬状況、歩行状態、バランス能力、筋力、視力、血圧(起立性低血圧の有無)、足部の状態などが含まれます。これらの評価により、個々の患者さんの転倒リスクを数値化し、適切な予防策を立案することができますね。
治療
転倒の「治療」は予防が中心となります。多面的介入が最も効果的とされており、運動療法、環境整備、薬剤調整、教育・指導を組み合わせて実施します。
運動療法では、筋力トレーニング、バランス訓練、歩行訓練を個別に実施し、理学療法士や作業療法士と連携して取り組みます。薬剤調整では、転倒リスクの高い薬剤の見直しや減量を検討し、環境整備では手すりの設置、段差の解消、適切な照明の確保などを行います。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
・外傷のリスク状態:転倒に関連した
・身体可動性障害:筋力低下、バランス障害に関連した
・活動耐性低下:身体機能低下、不安に関連した
・不安:転倒への恐怖、再転倒リスクに関連した
・社会的孤立:活動制限、外出控えに関連した
・介護者の介護負担:患者の転倒リスクに関連した
・知識不足:転倒予防方法に関連した
・セルフケア不足:安全な移動方法に関連した
ゴードンのポイント
活動・運動パターンの評価が最も重要になります。患者さんの歩行能力、バランス能力、筋力、関節可動域を詳細にアセスメントし、日常生活動作における転倒リスクを把握します。また、過去の転倒歴や転倒時の状況、転倒への恐怖感なども併せて評価することで、個別性のある看護計画を立案できるでしょう。
認知・知覚パターンでは、認知機能の低下、見当識障害、判断力の低下が転倒リスクにどの程度影響しているかを評価します。薬物療法パターンでは、服薬している薬剤の種類と副作用、特に眠気やめまい、起立性低血圧を起こす可能性のある薬剤について詳細に確認します。
ヘンダーソンのポイント
「動く」のニードが中核となります。患者さんの移動能力、歩行の安定性、転倒予防のための環境調整の必要性を評価し、安全な移動方法を指導します。歩行器や車椅子などの補助具の使用が必要な場合は、適切な使用方法を指導し、定期的に点検することも重要ですね。
「安全」のニードでは、転倒による外傷防止と環境の安全性確保が重要になります。ベッド周辺の整理整頓、適切な照明の確保、滑り止めマットの使用、適切な履物の選択などを指導します。「学習」のニードでは、患者さんと家族に対する転倒予防教育を実施し、リスク認識を高めることが大切でしょう。
看護計画・介入の内容
・転倒リスクアセスメントの定期的実施と評価
・ベッドサイドでの安全確認(ベッド柵、ブレーキ、ナースコール)
・適切な履物の着用指導と確認
・移動時の付き添いや見守りの実施
・環境整備(照明確保、段差解消、手すり設置)
・薬剤の副作用観察と医師への報告
・筋力トレーニングやバランス訓練の指導
・起立性低血圧予防のための緩やかな体位変換指導
・転倒予防に関する患者・家族教育の実施
・多職種カンファレンスでの情報共有と連携
・転倒発生時の迅速な対応と記録
・心理的支援(転倒への不安軽減)
よくある疑問・Q&A
Q: 転倒リスクの高い患者さんに対して、どの程度まで行動を制限してよいのでしょうか?
A: 患者さんの安全確保は重要ですが、過度な行動制限は逆にADLの低下や心理的苦痛を招く可能性があります。まずは個別のリスクアセスメントを行い、必要最小限の制限にとどめることが大切です。センサーマットの使用、定期的な巡視、付き添い歩行など、制限ではなく支援的なアプローチを優先しましょう。また、患者さんや家族と十分に話し合い、理解を得ることも重要ですね。
Q: 認知症の患者さんが転倒を繰り返す場合、どのような対策が効果的でしょうか?
A: 認知症患者さんの場合、転倒予防の説明や指導の効果が限定的なため、環境調整と見守り体制の強化が重要になります。ベッドを低床式にする、床にマットを敷く、夜間の照明を確保する、トイレまでの動線を明確にするなどの工夫が効果的です。また、患者さんの行動パターンを把握し、転倒リスクの高い時間帯には重点的に見守りを行うことも大切でしょう。
Q: 転倒が発生した場合、どのような対応をすべきでしょうか?
A: まず患者さんの安全確保と状態観察を最優先に行います。意識レベル、外傷の有無、疼痛の程度、神経症状の有無を確認し、必要に応じて医師に報告します。無理に起こそうとせず、安全な体位を保持しながら詳細な観察を行うことが重要です。その後、転倒の原因分析を行い、再発防止策を検討します。転倒の記録は正確かつ詳細に行い、多職種で情報を共有しましょう。
Q: 転倒予防のための運動指導はどのような内容が効果的でしょうか?
A: 転倒予防に効果的な運動は、筋力トレーニング、バランス訓練、歩行訓練を組み合わせたものです。具体的には、太もも上げ運動、かかと上げ運動、片足立ち練習、歩行練習などがあります。ただし、患者さんの身体機能に応じて内容を調整し、理学療法士と連携して安全に実施することが重要です。無理のない範囲で継続的に取り組むことで、効果が期待できるでしょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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