疾患概要
定義
胃潰瘍・十二指腸潰瘍は、胃酸やペプシンの消化作用により胃壁や十二指腸壁に粘膜欠損が生じる疾患です。粘膜筋板を超えて深く達する欠損を潰瘍と呼び、それより浅い欠損はびらんと呼びます。両者をまとめて消化性潰瘍と総称することが多いですね。
疫学
日本における消化性潰瘍の有病率は人口の約10〜15%とされています。十二指腸潰瘍は20〜40歳代の男性に多く、胃潰瘍は40〜60歳代に多く見られます。男女比では、十二指腸潰瘍は男性が3〜4倍多く、胃潰瘍は男性がやや多い傾向にあります。近年、ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌治療の普及により、発症率は減少傾向にあるでしょう。
原因
主な原因として以下が挙げられます:
ヘリコバクター・ピロリ菌感染(約70〜90%)が最も重要な原因です。この細菌は胃粘膜に感染し、慢性胃炎を引き起こして胃酸分泌を亢進させます。非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)の長期服用も重要な原因の一つです。アスピリン、イブプロフェン、ロキソニンなどがこれに該当しますね。
その他の要因として、ストレス、不規則な食生活、喫煙、アルコール摂取、遺伝的素因なども関与します。
病態生理
消化性潰瘍の発症メカニズムは、胃酸・ペプシンによる攻撃因子と粘膜防御因子のバランスの破綻によるものです。
正常な状態では、胃酸分泌と粘液分泌、血流維持などの防御機能がバランスを保っています。しかし、ピロリ菌感染やNSAIDs服用により、このバランスが崩れ、攻撃因子が防御因子を上回ることで潰瘍が形成されるのです。
十二指腸潰瘍では主に胃酸分泌過多が、胃潰瘍では主に防御機能低下が病態の中心となります。
症状・診断・治療
症状
心窩部痛が最も特徴的な症状です。胃潰瘍では食事摂取時や食後に痛みが増強することが多く、十二指腸潰瘍では空腹時や夜間に痛みが強くなる傾向があります。
その他の症状として、胸やけ、げっぷ、悪心・嘔吐、食欲不振、腹部膨満感などが現れます。合併症として消化管出血が生じた場合には、吐血、下血、黒色便(タール便)、貧血症状などが見られるでしょう。
重篤な合併症である穿孔が生じた場合には、突然の激しい腹痛、腹膜刺激症状、ショック症状などが出現します。
診断
上部消化管内視鏡検査が最も確実な診断方法です。潰瘍の部位、大きさ、深さ、活動性などを直接観察できます。同時に生検を行い、ピロリ菌の検索や悪性腫瘍の除外も可能ですね。
上部消化管造影検査(バリウム検査)も診断に有用ですが、内視鏡検査に比べて診断精度は劣ります。
ピロリ菌検査として、血清抗体検査、尿素呼気試験、便中抗原検査、迅速ウレアーゼ試験などが行われます。
治療
治療の基本は薬物療法です。プロトンポンプ阻害薬(PPI)やH2受容体拮抗薬による胃酸分泌抑制が中心となります。
ピロリ菌陽性の場合は除菌治療が最優先されます。一次除菌ではPPI、アモキシシリン、クラリスロマイシンの3剤併用療法を7日間行います。
NSAIDs起因性潰瘍の場合は、可能であればNSAIDsの中止を検討し、PPIによる治療を行います。
合併症がある場合は緊急処置が必要になります。出血に対しては内視鏡的止血術、穿孔に対しては外科的治療が選択されるでしょう。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 急性疼痛:胃酸による粘膜刺激に関連した心窩部痛
- 栄養摂取消費バランス異常:食事摂取量の減少、消化管出血に関連した
- 出血リスク状態:消化性潰瘍による消化管出血の可能性
- 不安:症状の持続、再発への恐れに関連した
- 知識不足:疾患の理解、服薬管理、生活指導に関連した
ゴードン機能的健康パターン
栄養・代謝パターンでは、疼痛による食事摂取量の減少、出血による貧血の進行に注意が必要です。体重変化、食事内容、摂取量、消化吸収状態を詳細にアセスメントしましょう。
活動・運動パターンでは、貧血症状による易疲労感、活動耐性の低下を評価します。日常生活動作への影響程度を把握することが重要ですね。
認知・知覚パターンでは、疼痛の性状、程度、持続時間、誘発・軽減因子を詳しく聴取します。疼痛が患者の生活に与える影響も含めて評価しましょう。
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正常に飲食するでは、疼痛による食事摂取困難、出血リスクを考慮した食事内容の選択が重要になります。刺激物の制限、消化しやすい食品の選択などを指導する必要があります。
身体を清潔に保ち、身だしなみを整えるでは、貧血による易疲労感が入浴や整容動作に与える影響を評価し、必要に応じて介助を提供します。
安全な環境を維持するでは、出血による血圧低下、めまい、ふらつきに対する転倒予防策を講じることが重要ですね。
看護計画・介入の内容
- 疼痛緩和:処方薬の確実な投与、疼痛評価スケールを用いた疼痛アセスメント、非薬物的疼痛緩和法の指導
- 栄養状態の改善:栄養士と連携した食事指導、少量頻回摂取の励行、刺激物回避の指導
- 出血徴候の観察:バイタルサイン測定、便性状の観察、貧血症状の観察、異常時の迅速な医師への報告
- 服薬指導:薬物の作用・副作用の説明、服薬時間・方法の指導、服薬アドヒアランスの向上
- 生活指導:ストレス管理方法の指導、規則正しい生活リズムの確立、禁煙・節酒指導
- 患者教育:疾患の理解促進、再発予防のための生活習慣改善指導、定期受診の重要性の説明
よくある疑問・Q&A
Q: 胃潰瘍と十二指腸潰瘍の痛みの違いはなんですか? A: 胃潰瘍は食事中や食後に痛みが増強することが多く、十二指腸潰瘍は空腹時や夜間に痛みが強くなる傾向があります。これは胃酸分泌のタイミングと潰瘍部位への影響の違いによるものです。ただし、必ずしも典型的な症状を示すとは限らないため、症状だけでの判断は困難な場合も多いでしょう。
Q: ピロリ菌の除菌治療を受けたら、もう潰瘍にはならないのですか? A: ピロリ菌除菌により潰瘍の再発リスクは大幅に減少しますが、完全にゼロになるわけではありません。NSAIDsの服用、ストレス、生活習慣などの他の要因でも潰瘍は発症する可能性があります。また、除菌後も定期的な検査による経過観察が重要ですね。
Q: 潰瘍があるときの食事で特に注意すべきことはなんですか? A: 刺激物の回避が最も重要です。香辛料、酸味の強い食品、アルコール、カフェインなどは避けましょう。また、熱すぎる食べ物や冷たすぎる食べ物も胃に負担をかけます。消化しやすい食品を選び、よく噛んでゆっくり食べることも大切です。症状が強い時期は少量頻回摂取を心がけ、症状の改善に合わせて段階的に通常食に戻していくことが推奨されます。
まとめ
胃潰瘍・十二指腸潰瘍は、攻撃因子(胃酸・ペプシン)と防御因子のバランス破綻により発症する代表的な消化器疾患です。
病態の理解では、ピロリ菌感染とNSAIDs服用が二大原因であることを押さえておきましょう。十二指腸潰瘍は胃酸過多、胃潰瘍は防御機能低下が主体となる点も重要ですね。
看護の要点として、疼痛アセスメントと緩和、出血徴候の早期発見、栄養状態の維持が中核となります。患者さんの症状パターンを把握し、個別性を重視したケアを提供することが大切です。
患者教育では、服薬アドヒアランスの向上、生活習慣の改善指導、定期受診の重要性を伝えることで、再発予防につなげることができるでしょう。
実習では、患者さんの疼痛の訴えを丁寧に聴取し、食事摂取状況や排便の観察を通じて、全身状態の変化を敏感に捉えられるよう心がけましょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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