疾患概要
定義
胃がんは、胃の粘膜から発生する悪性腫瘍です。胃壁は内側から粘膜、粘膜下層、筋層、漿膜下層、漿膜の5層構造になっており、がんは通常粘膜の最も表面にある上皮から発生します。がんが深く浸潤するほど、また遠隔転移を起こすほど予後は悪くなるのが特徴ですね。
疫学
胃がんは日本人に最も多いがんの一つで、年間約13万人が新たに診断されています。男女比は約2:1で男性に多く、50歳代から増加し始め、60〜70歳代でピークを迎えます。近年、ヘリコバクター・ピロリ菌の除菌治療や食生活の変化により、発症率は減少傾向にありますが、依然として日本人のがん死因の上位を占めています。
原因
ヘリコバクター・ピロリ菌感染が最も重要な原因で、胃がん患者の約90%がピロリ菌感染歴を有しています。ピロリ菌は慢性胃炎を引き起こし、長期間にわたって胃粘膜に炎症を起こすことで、がん化のリスクを高めるのです。
その他の危険因子として、塩分の多い食事、喫煙、過度の飲酒、野菜・果物の摂取不足、遺伝的要因などが挙げられます。特に塩蔵食品や燻製食品の摂取は、胃がんリスクを高めることが知られていますね。
病態生理
胃がんの発症は、正常粘膜→慢性胃炎→萎縮性胃炎→腸上皮化生→異形成→がんという段階的な過程を経ることが多いとされています。
ピロリ菌感染により引き起こされる慢性炎症が、遺伝子変異を蓄積させ、最終的にがん化に至ります。胃がんは早期がん(粘膜・粘膜下層にとどまるもの)と進行がん(筋層以深に浸潤するもの)に分類され、進行がんでは リンパ節転移や遠隔転移のリスクが高くなるでしょう。
症状・診断・治療
症状
早期胃がんは無症状であることが多く、健診の内視鏡検査で偶然発見されることがほとんどです。症状が現れる場合でも、上腹部不快感、胸やけ、食欲不振など、胃炎や胃潰瘍と区別がつかない非特異的な症状にとどまります。
進行胃がんでは、上腹部痛、体重減少、嘔吐、嚥下困難などが現れます。特に体重減少は重要な症状で、短期間で著明な体重減少がある場合は注意が必要ですね。
さらに進行すると、貧血(慢性出血による)、腹水、黄疸(肝転移による)、呼吸困難(胸水貯留による)などの症状が出現することがあります。
診断
上部消化管内視鏡検査が最も重要な診断方法です。病変の直接観察と生検による組織診断が可能で、胃がんの確定診断に必須の検査となります。
上部消化管造影検査(バリウム検査)は、内視鏡検査が困難な場合のスクリーニング検査として用いられます。
病期診断にはCT検査、MRI検査、PET検査などが行われ、リンパ節転移や遠隔転移の有無を評価します。腫瘍マーカー(CEA、CA19-9)も補助的診断として測定されるでしょう。
治療
治療は病期により決定されます。早期がんでは内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)が第一選択となることが多く、開腹手術に比べて患者への負担が少ないのが特徴です。
進行がんでは外科的切除が基本となり、がんの部位や進行度に応じて胃全摘術や幽門側胃切除術が選択されます。リンパ節郭清も同時に行われます。
化学療法は、手術不能例や再発例に対して行われ、最近では術前・術後の補助化学療法も積極的に実施されています。放射線療法は胃がんでは限定的な適応となりますね。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 不安:がんの診断、予後、治療に関連した
- 急性疼痛:手術創痛、がんによる痛みに関連した
- 栄養摂取消費バランス異常:食事摂取困難、胃切除に関連した
- 感染リスク状態:手術、化学療法による免疫機能低下に関連した
- ボディイメージ混乱:胃切除、体重減少に関連した
ゴードン機能的健康パターン
栄養・代謝パターンでは、がんによる食欲不振、早期満腹感、体重減少を詳細に評価する必要があります。胃切除後は特に、ダンピング症候群、逆流性食道炎、鉄欠乏性貧血などの合併症が起こりやすいため、継続的なアセスメントが重要ですね。
活動・運動パターンでは、がんの進行による全身状態の悪化、手術後の回復状況、化学療法による副作用が活動能力に与える影響を評価します。
コーピング・ストレス耐性パターンでは、がんという診断に対する患者・家族の心理的反応、治療選択への不安、予後への恐怖などを丁寧にアセスメントしましょう。
ヘンダーソン14基本的ニード
正常に飲食するでは、胃切除による消化吸収能力の変化、食事摂取方法の変更、栄養状態の維持が最重要課題となります。少量頻回摂取、よく噛んで食べること、食後の体位などの指導が必要です。
身体を清潔に保ち、身だしなみを整えるでは、化学療法による脱毛、皮膚の変化、手術創の管理などが含まれます。患者の自尊心を保ちながら、適切なケアを提供することが大切ですね。
コミュニケーションをとるでは、がんの告知後の心理的サポート、家族との関係性の変化、医療チームとの効果的なコミュニケーションの促進が重要になります。
看護計画・介入の内容
- 疼痛管理:疼痛スケールを用いた評価、適切な鎮痛薬の投与、非薬物的疼痛緩和法の実施
- 栄養管理:栄養士と連携した食事指導、体重・栄養状態のモニタリング、補助栄養法の検討
- 感染予防:手術創の観察・管理、化学療法中の感染徴候の早期発見、清潔ケアの徹底
- 心理的支援:患者・家族の不安軽減、情報提供、意思決定支援、緩和ケアチームとの連携
- 退院指導:食事指導、服薬指導、定期受診の重要性説明、緊急時の対応方法指導
- 社会復帰支援:就労相談、社会保障制度の説明、患者会の紹介
よくある疑問・Q&A
Q: 胃を全部摘出しても普通に食事できるようになりますか? A: 胃全摘術後も工夫次第で多くの食品を摂取できるようになります。ただし、一度に大量の食事は困難になるため、少量頻回摂取が基本となります。また、ビタミンB12の吸収ができなくなるため、定期的な注射による補充が生涯にわたって必要になりますね。
Q: ダンピング症候群とはどのような症状ですか? A: ダンピング症候群は胃切除後に起こる合併症で、早期ダンピングと後期ダンピングがあります。早期ダンピングは食後30分以内に、動悸、発汗、めまい、腹痛などが起こります。後期ダンピングは食後2-3時間後に、低血糖症状として脱力感、冷汗、手の震えなどが現れます。食事内容の調整と摂取方法の工夫で症状の軽減が可能です。
Q: 化学療法中に注意すべき副作用は何ですか? A: 主な副作用として、骨髄抑制(白血球・血小板減少)、消化器症状(悪心・嘔吐、下痢、口内炎)、脱毛、末梢神経障害(手足のしびれ)などがあります。特に感染リスクが高まるため、発熱時の迅速な受診、手洗いの徹底、人混みの回避などが重要ですね。
Q: 胃がんは遺伝しますか? A: 胃がんの大部分は遺伝性ではありませんが、家族性胃がんと呼ばれる遺伝性のものも存在します。血縁者に胃がん患者が多い場合は、定期的な検査を受けることが推奨されます。また、ピロリ菌感染は家族内感染することがあるため、家族全員での除菌治療を検討する場合もあるでしょう。
Q: 手術後の食事で特に気をつけることは何ですか? A: よく噛んでゆっくり食べることが最も重要です。一口30回以上噛むことを心がけましょう。また、水分と固形物を同時に摂取しないことで、ダンピング症候群の予防になります。食後は30分程度右側臥位で休むことも効果的ですね。刺激の強い食品(香辛料、酸味の強いもの、極端に熱いもの・冷たいもの)は避けることも大切です。
まとめ
胃がんはピロリ菌感染を主要因とする日本人に多い悪性腫瘍で、早期発見・早期治療により予後の改善が期待できる疾患です。
病態の理解では、慢性炎症からがん化に至る段階的な過程と、早期がんと進行がんの違いを把握することが重要ですね。
看護の要点として、手術前後の疼痛管理、栄養状態の維持、感染予防、そして患者・家族への心理的支援が中核となります。特に胃切除後の食事指導は、患者のQOL向上に直結する重要な看護介入です。
患者教育では、術後の食事方法の指導、ダンピング症候群の予防法、定期受診の重要性を丁寧に説明し、患者の自己管理能力を高めることが大切でしょう。
実習では、患者さんの不安に寄り添いながら、食事摂取状況や体重変化を注意深く観察し、個別性を重視したケアを心がけましょう。がん看護では、治療だけでなく患者さんの尊厳を保ちながら、希望を支える関わりが求められます。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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