疾患概要
定義
緑内障は視神経乳頭の陥凹拡大と視野欠損を特徴とする進行性の眼疾患です。眼圧上昇により視神経が障害されることが多いですが、眼圧が正常範囲内でも発症する正常眼圧緑内障も存在します。一度失われた視野は回復しないため、早期発見・早期治療により進行を抑制することが重要な疾患です。40歳以上の約5%が罹患し、失明原因の第1位を占める重要な眼科疾患です。
疫学
日本では約400万人が緑内障に罹患していると推定され、そのうち約70%が正常眼圧緑内障です。有病率は年齢とともに増加し、40歳代で約2%、70歳以上では約10%に達します。男女比はほぼ同等ですが、閉塞隅角緑内障は女性に多く、開放隅角緑内障は男性にやや多い傾向があります。緑内障による失明者は年間約3,000人で、糖尿病網膜症を上回り失明原因の第1位となっています。早期発見により失明は予防可能であるため、定期的な眼科検診の重要性が強調されています。
原因
緑内障の原因は眼圧上昇が主要因とされてきましたが、正常眼圧緑内障の存在により、眼圧以外の要因も重要視されています。原発開放隅角緑内障では房水の流出抵抗が増加し、原発閉塞隅角緑内障では隅角閉塞により房水流出が阻害されます。危険因子として高齢、家族歴、強度近視、糖尿病、高血圧、片頭痛、睡眠時無呼吸症候群などが挙げられます。続発緑内障では炎症、外傷、薬物(ステロイド)、他の眼疾患が原因となります。近年、視神経の血流障害や酸化ストレスの関与も注目されています。
病態生理
緑内障の病態は視神経線維の損傷と網膜神経節細胞の死滅により説明されます。眼圧上昇により視神経乳頭部で機械的圧迫が生じ、軸索輸送が障害されます。また、視神経周囲の血流障害により虚血性変化も生じます。篩状板(視神経が眼球壁を貫通する部位)での圧迫が特に重要で、ここでの障害により視神経線維が選択的に失われます。病変は周辺視野から始まり、徐々に中心に向かって進行します。正常眼圧緑内障では眼圧以外の因子(血流障害、酸化ストレス、遺伝的脆弱性)が視神経障害に関与すると考えられています。
症状・診断・治療
症状
緑内障は自覚症状がほとんどないため「silent thief of sight(視覚の静かな盗人)」と呼ばれます。初期は周辺視野の欠損から始まりますが、両眼で補完されるため気づきにくく、症状を自覚した時には既に進行していることが多いです。進行すると視野の狭窄が著明となり、中心視野の残存により「のぞき穴から見ているような」状態になります。急性閉塞隅角緑内障では急激な眼圧上昇により激しい眼痛、頭痛、悪心・嘔吐、視力低下、充血、角膜浮腫による虹視(光の周りに虹が見える)などの急性症状が出現し、緊急治療が必要です。
診断
診断は眼圧測定、視神経乳頭の観察、視野検査の3つが基本となります。眼圧測定では21mmHg以下が正常ですが、正常眼圧緑内障も多いため眼圧のみでは診断できません。眼底検査では視神経乳頭の陥凹拡大(C/D比0.6以上)、神経線維層欠損、乳頭周囲出血を観察します。視野検査(ハンフリー視野計)では特徴的な視野欠損パターンを検出し、進行の評価にも用いられます。光干渉断層計(OCT)により網膜神経線維層厚を定量的に測定でき、早期診断に有用です。隅角検査では隅角の開放度を評価し、緑内障の病型分類に重要です。
治療
治療の目標は眼圧下降により視神経障害の進行を抑制することです。薬物療法が第一選択で、プロスタグランジン関連薬、β遮断薬、炭酸脱水酵素阻害薬、α2受容体作動薬などの点眼薬を使用します。プロスタグランジン関連薬は眼圧下降効果が高く、1日1回点眼で済むため第一選択となることが多いです。薬物療法で十分な眼圧下降が得られない場合はレーザー治療(線維柱帯形成術、虹彩切開術)や手術療法(線維柱帯切除術、緑内障インプラント手術)を考慮します。急性閉塞隅角緑内障では緊急的な眼圧下降治療と予防的レーザー虹彩切開術が必要です。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 感覚知覚変調(視覚):視神経障害に関連した視野欠損・視力低下
- 転倒リスク状態:視野欠損による視覚障害に関連した転倒の危険性
- 不安:進行性疾患への恐怖と将来への不安
ゴードン機能的健康パターン
健康知覚・健康管理パターンでは患者の緑内障に対する理解度と治療への取り組み姿勢を評価します。点眼薬の正しい使用法、定期受診の継続、生活習慣の改善など、長期的な自己管理能力が視機能保持に直結します。認知・知覚パターンでは視野欠損の程度と日常生活への影響を詳細にアセスメントします。読書、運転、階段昇降、家事動作など具体的な活動での困難さを把握します。役割・関係パターンでは視覚障害による職業や社会活動への影響を評価し、必要に応じて環境調整や支援体制の構築を検討します。
ヘンダーソン14基本的ニード
安全で健康的な環境を維持し、他者に危険が及ばないようにするでは視野欠損による事故や転倒のリスクを評価し、安全な生活環境の整備を支援します。段差、障害物、照明不足などの危険因子を特定し、改善策を提案します。身体の位置を動かし、望ましい肢位を保持するでは視覚障害に適応した安全な移動方法を指導し、必要に応じて歩行補助具の使用を検討します。学習するでは視覚障害に対応した学習方法や情報収集手段を提案し、拡大鏡などの視覚補助具の活用を支援します。
看護計画・介入の内容
- 点眼指導・薬物管理:正しい点眼方法の指導(手技、回数、時間)、複数点眼薬使用時の間隔指導、副作用の観察と対処法、点眼忘れ防止のための工夫、薬剤保管方法の説明
- 視機能評価・安全管理:視野欠損の程度評価、日常生活動作での困難さの把握、転倒・事故防止対策の立案、環境整備の提案(照明改善、段差解消、危険物除去)
- 心理的支援・疾患教育:進行に対する不安への共感的対応、緑内障の正しい知識提供、早期治療の重要性説明、視覚障害者支援制度の紹介、家族への疾患理解促進
よくある疑問・Q&A
Q: 緑内障は失明する病気なのでしょうか?治療で治りますか?
A: 緑内障は確かに失明原因の第1位ですが、早期発見・早期治療により失明は予防可能です。一度失われた視野は回復しませんが、適切な治療により進行を大幅に抑制できます。約90%の患者さんで生涯にわたり実用的な視機能を保持できるというデータもあります。重要なのは症状がなくても定期的な眼科検診を受け、早期に発見することです。治療の継続により、多くの患者さんが日常生活に支障のない視機能を維持しています。
Q: 点眼薬は一生続けなければいけませんか?副作用が心配です
A: 緑内障は慢性進行性疾患のため、基本的には生涯にわたる点眼治療が必要です。しかし、点眼薬による眼圧コントロールが良好であれば、視機能の悪化を防ぐことができます。副作用については、各薬剤により異なりますが、多くは軽微で継続可能です。プロスタグランジン関連薬では睫毛の伸長や色素沈着、β遮断薬では呼吸器・循環器への影響などがあります。副作用が強い場合は薬剤変更も可能ですので、必ず医師に相談してください。
Q: 日常生活で気をつけることはありますか?運動制限はありますか?
A: 特別な運動制限はありませんが、急激な眼圧上昇を避けることが大切です。逆立ちや頭を下にする体位、息を止めて力む動作(重量挙げなど)は眼圧上昇の原因となるため注意が必要です。適度な有酸素運動は眼圧下降に効果的とされています。日常生活では転倒予防が重要で、十分な照明の確保、段差の注意、夜間の外出時は懐中電灯の携帯などを心がけてください。また、定期的な眼科受診と正確な点眼が最も重要です。
Q: 家族にも緑内障の人がいます。遺伝するのでしょうか?
A: 緑内障には遺伝的素因があり、家族内発症が多いことが知られています。特に正常眼圧緑内障では遺伝的要因が強く、家族歴のある人の発症リスクは3-4倍高くなります。しかし、遺伝するからといって必ず発症するわけではありません。家族歴がある場合は40歳を過ぎたら年1回、できれば年2回の眼科検診を受けることをお勧めします。早期発見により適切な治療を開始すれば、視機能の保持は十分可能です。ご家族にも定期検診の重要性をお伝えください。
まとめ
緑内障は進行性で不可逆的な視神経疾患として、患者さんの将来の視機能と生活の質に大きな影響を与える疾患です。「サイレント・ディジーズ」として症状のないまま進行するため、早期発見の重要性は極めて高く、40歳以降の定期的な眼科検診が推奨されます。
看護の要点は適切な薬物管理と安全な生活環境の構築です。点眼薬による眼圧コントロールは緑内障治療の基盤であり、正しい点眼手技の習得と継続的な服薬管理が視機能保持に直結します。点眼指導では単に手技を教えるだけでなく、患者さんの生活パターンに合わせた服薬スケジュールの提案や、点眼忘れ防止の工夫など、個別性のある支援が重要です。
また、心理的支援も重要な看護の視点です。「失明するかもしれない」という不安は患者さんに大きな精神的負担をもたらします。正確な疾患情報の提供と希望を持てるメッセージの伝達により、患者さんが前向きに治療に取り組めるよう支援することが大切です。
視覚障害への適応支援では、現在の視機能を最大限活用できるよう環境調整や補助具の活用を提案し、患者さんが自立した生活を継続できるよう支援します。転倒や事故の防止は重要な安全管理であり、具体的で実践可能な対策を提案することが求められます。
実習では患者さんの視野欠損の程度と日常生活への影響を詳細にアセスメントし、個別性のある看護計画を立案することが重要です。また、家族への教育も含めた包括的なアプローチにより、患者さんが疾患と上手に付き合いながら豊かな人生を送れるよう支援していきましょう。緑内障は確かに深刻な疾患ですが、適切な管理により多くの患者さんが良好な視機能を維持できることを忘れずに、希望を持った看護を提供することが大切です。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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