疾患概要
定義
シェーグレン症候群(Sjögren syndrome:SS)は、涙腺と唾液腺の慢性炎症により乾燥症状(ドライアイ、ドライマウス)を主徴とする慢性自己免疫性疾患です。原発性シェーグレン症候群と他の膠原病に合併する続発性シェーグレン症候群に分類されます。外分泌腺だけでなく、肺、腎臓、神経系、血管系など全身臓器にも病変が及ぶ全身性疾患で、悪性リンパ腫の発症リスクが高いことも重要な特徴です。適切な治療により症状の改善と進行抑制が期待できる疾患です。
疫学
日本におけるシェーグレン症候群の有病率は人口10万人当たり約27人で、患者数は約3万人と推定されます。男女比は約1:14で女性に圧倒的に多く、特に40-60歳代に好発します。中年女性の約0.5%が罹患しているとされ、関節リウマチに次いで頻度の高い膠原病です。続発性シェーグレン症候群では関節リウマチとの合併が最も多く(約10-15%)、全身性エリテマトーデス、全身性硬化症との合併も見られます。診断までの期間が平均7-10年と長く、診断の遅れが問題となっています。悪性リンパ腫の発症リスクは一般人口の約40倍と高率です。
原因
シェーグレン症候群の原因は完全には解明されていませんが、遺伝的素因と環境因子の相互作用により発症すると考えられています。遺伝的要因ではHLA-DR3、HLA-DQ2、IRF5、STAT4などの遺伝子多型が関与します。環境因子としてウイルス感染(EBウイルス、サイトメガロウイルス、C型肝炎ウイルス)、細菌感染、ストレス、女性ホルモンの変動などが発症誘因となります。分子擬態により、感染病原体に対する免疫反応が自己組織を攻撃することで自己免疫反応が惹起されると考えられています。
病態生理
シェーグレン症候群では外分泌腺への慢性炎症細胞浸潤が病態の中核となります。CD4陽性T細胞、B細胞、形質細胞が涙腺・唾液腺に浸潤し、リンパ球性sialadenitisを形成します。Th1/Th17細胞の活性化により炎症性サイトカイン(IL-1β、TNF-α、IFN-γ)が産生され、腺房細胞の破壊と線維化が進行します。B細胞の異常活性化により自己抗体(抗SS-A/Ro抗体、抗SS-B/La抗体、リウマトイド因子)が産生されます。I型インターフェロンの過剰産生により炎症が持続し、外分泌腺機能が低下します。異所性胚中心の形成により悪性リンパ腫への進展リスクが高まります。
症状・診断・治療
症状
ドライアイでは眼乾燥感、異物感、眼痛、羞明、視力低下、角結膜炎を認めます。ドライマウスでは口腔乾燥感、摂食・嚥下困難、味覚異常、口腔内感染症、歯科疾患(多発性齲歯、歯周病)が出現します。唾液腺腫脹は特に耳下腺で反復し、圧痛を伴うことがあります。全身症状として関節痛・筋肉痛、易疲労感、微熱、皮膚乾燥を認めます。腺外症状では間質性肺炎、間質性腎炎、尿細管性アシドーシス、末梢神経炎、レイノー現象、紫斑、甲状腺機能異常が見られます。悪性リンパ腫では持続性発熱、体重減少、リンパ節腫脹、肝脾腫が出現します。
診断
診断は2016年ACR/EULAR分類基準に基づいて行われます。5項目(①唇腺生検での炎症性病変、②抗SS-A/Ro抗体陽性、③シルマーテスト≤5mm/5分、④不安定涙液層、⑤唾液分泌量≤0.1ml/分)の合計スコアが4点以上でシェーグレン症候群と分類されます。唇腺生検は最も特異度が高く、4mm²当たりリンパ球浸潤が≥1 focusで陽性とします。自己抗体検査では抗SS-A/Ro52抗体、抗SS-A/Ro60抗体、抗SS-B/La抗体、リウマトイド因子を測定します。機能検査ではシルマーテスト(涙液分泌能)、唾液腺シンチグラフィー、ガムテスト(唾液分泌能)を実施します。画像検査では唾液腺造影、唾液腺超音波検査、MRIにより腺構造を評価します。
治療
治療は対症療法が中心で、乾燥症状の改善と全身症状の管理を行います。ドライアイに対しては人工涙液、ヒアルロン酸点眼薬、ジクアホソルナトリウム点眼薬、レバミピド点眼薬を使用し、涙点プラグによる涙液貯留も有効です。ドライマウスには人工唾液、含嗽薬、セビメリン(唾液分泌促進薬)、ピロカルピンを使用します。全身症状に対してはヒドロキシクロロキンが第一選択で、メトトレキサート、生物学的製剤(リツキシマブ)も考慮されます。腺外症状では臓器別にステロイド、免疫抑制薬を使用します。悪性リンパ腫では化学療法を行います。口腔ケアと感染症予防も重要な治療要素です。
看護アセスメント・介入
よくある看護診断・問題
- 口腔粘膜の変調:唾液分泌低下に関連した口腔乾燥と感染リスク
- 視覚障害:涙液分泌低下に関連したドライアイ症状
- 栄養摂取不足:口腔乾燥による摂食・嚥下困難
ゴードン機能的健康パターン
栄養・代謝パターンでは口腔乾燥による摂食・嚥下困難の程度、食事摂取量の変化、体重変動、口腔内の状態(齲歯、歯周病、口腔内感染症)を詳細にアセスメントします。認知・知覚パターンではドライアイによる視覚への影響、眼症状の程度(乾燥感、異物感、疼痛)、日常生活動作への支障を評価します。活動・運動パターンでは易疲労感による活動制限、関節痛・筋肉痛の程度、全身倦怠感が日常生活に与える影響を把握します。
ヘンダーソン14基本的ニード
食べる・飲むでは口腔乾燥による摂食・嚥下機能への影響を評価し、適切な食事形態と水分摂取方法を指導します。味覚異常や口腔内痛により食事の楽しみが失われることへの対応も重要です。清潔で健康な皮膚を維持し、衣服で身体を守るでは口腔ケアの方法、ドライアイに対する眼のケア、皮膚乾燥に対するスキンケアを指導します。学習するでは疾患の理解促進、セルフケア方法の習得、症状悪化の早期発見方法について教育します。
看護計画・介入の内容
- 口腔ケア・摂食支援:適切な口腔清拭と保湿ケア、人工唾液・含嗽薬の使用指導、食事形態の調整(とろみ付け、軟菜食)、口腔内感染症の予防と早期発見、歯科受診の推奨
- 眼症状管理・視覚保護:人工涙液の適切な使用方法、点眼薬の使用スケジュール、眼の保護(サングラス、加湿器使用)、VDT作業時の注意点、定期的な眼科受診の重要性
- 全身管理・生活指導:易疲労感に配慮した活動調整、適切な水分摂取の指導、室内湿度の管理、ストレス軽減技法、悪性リンパ腫の早期発見のための症状観察
よくある疑問・Q&A
Q: シェーグレン症候群は治る病気ですか?症状は改善しますか?
A: シェーグレン症候群は現在のところ根治治療はない慢性疾患ですが、適切な治療により症状の改善と進行抑制は可能です。乾燥症状に対する対症療法は効果的で、人工涙液や人工唾液により日常生活の質を大幅に改善できます。セビメリンやピロカルピンなどの分泌促進薬により、残存する腺機能を活用して症状軽減を図ることができます。全身症状についてもヒドロキシクロロキンなどにより改善が期待できます。重要なのは早期診断と適切な管理により、腺機能の温存と全身合併症の予防を図ることです。
Q: 悪性リンパ腫になる可能性があると聞いて不安です
A: シェーグレン症候群では悪性リンパ腫のリスクが高い(一般人口の約40倍)ことは事実ですが、実際の発症率は約5%と決して高くありません。リスク因子として持続性発熱、急激な唾液腺腫脹、リンパ節腫脹、紫斑、低補体血症などがあります。早期発見のための定期的な検査(血液検査、画像検査)により、万が一発症しても早期治療が可能です。現在の治療法は進歩しており、早期発見・早期治療により良好な予後が期待できます。過度に心配せず、定期受診を継続し、異常な症状があれば早期に相談することが重要です。
Q: 口腔や眼の乾燥がひどく、日常生活に支障があります。どう対処すればよいですか?
A: 口腔乾燥に対しては、①こまめな水分摂取、②人工唾液・含嗽薬の使用、③無糖ガムやキシリトールタブレットによる唾液分泌刺激、④口腔ケアの徹底(軟毛ブラシ、フッ素入り歯磨き粉)、⑤加湿器の使用が効果的です。ドライアイに対しては、①人工涙液の頻回点眼、②保湿眼鏡の使用、③エアコンの風を避ける、④VDT作業時の休憩、⑤加湿器の使用をお勧めします。食事の工夫では水分を多く含む食品、とろみのある食品を選び、酸性食品や香辛料は口腔内刺激となるため避けてください。
Q: 他の膠原病を併発する可能性はありますか?注意すべき症状はありますか?
A: シェーグレン症候群では他の膠原病との合併が約30%で認められます。最も多いのは関節リウマチで、関節の腫脹・疼痛、朝のこわばりに注意してください。全身性エリテマトーデスでは顔面紅斑、光線過敏、腎症状、全身性硬化症では皮膚硬化、レイノー現象、逆流性食道炎に注意が必要です。注意すべき症状として、①新たな関節症状、②皮膚症状の変化、③腎機能異常(浮腫、尿の異常)、④呼吸器症状(息切れ、咳)、⑤神経症状(しびれ、筋力低下)があります。これらの症状が出現した場合は早期に医師に相談してください。定期的な検査により早期発見・早期治療が可能です。
まとめ
シェーグレン症候群は外分泌腺の慢性炎症による乾燥症状を主徴とする自己免疫疾患として、患者さんの生活の質に大きな影響を与える慢性疾患です。特に中年女性に多いことから、家事、育児、仕事などの多重役割を担う時期での発症により、日常生活に深刻な支障をきたすことが多い疾患です。
看護の要点は乾燥症状への包括的対処とセルフケア能力の向上です。ドライアイ・ドライマウスは単なる不快症状ではなく、視覚障害、摂食・嚥下障害、口腔内感染症、歯科疾患など様々な合併症を引き起こす可能性があるため、予防的アプローチが重要となります。
口腔ケアでは、適切な清拭方法、保湿ケア、感染症予防について具体的に指導し、患者さんが継続的に実践できるよう支援します。食事指導では、口腔乾燥に配慮した食材選択、調理方法、摂食方法について個別的にアドバイスを提供することが大切です。
眼症状管理では、人工涙液の適切な使用方法、環境調整(加湿、風除け)、定期的な眼科受診の重要性について指導します。VDT作業が多い現代において、適切な休憩と眼の保護は重要な生活指導となります。
全身管理では、易疲労感や関節症状に配慮した活動調整、ストレス管理、感染症予防について支援します。悪性リンパ腫などの重篤な合併症の早期発見のため、症状の変化に対する観察力を高めることも重要です。
心理社会的支援では、慢性的な不快症状による苦痛、外見の変化(口唇の乾燥、眼の充血)への不安、将来への心配などに共感的に対応し、患者さんが前向きに疾患と向き合えるよう支援することが重要です。
家族教育も重要な看護の視点です。家族の理解と協力は患者さんの療養生活に大きく影響するため、疾患の特徴、症状への対処法、環境整備の方法について指導し、支援的な家族関係の構築を促進します。
実習では患者さんの個別性を重視し、症状の程度、生活背景、価値観などを総合的に評価することが重要です。シェーグレン症候群は見た目には分からない症状が多いため、患者さんの主観的な体験を理解し、その人らしい生活の継続を支援することが大切です。適切な管理により多くの患者さんが症状をコントロールしながら充実した生活を送っています。希望を持って治療に取り組めるよう、患者さんとその家族を支援し、質の高い人生の実現に向けて包括的なケアを提供していきましょう。
この記事の執筆者

・看護師と保健師
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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