本事例の要約
これは膵臓癌末期で緩和ケア病棟に入院中、痛みのコントロールが困難であり、食事摂取量の減少と体重減少が著しく、残された時間をできるだけ自宅で過ごしたいという本人の希望を尊重した在宅緩和ケアへの移行支援が必要な事例である。介入日は入院14日目の5月15日である。
6.認知-知覚
A氏の意識レベルは、日中は清明であり、会話や意思疎通に問題は認められない。しかし、入院12日目頃から夜間を中心に見当識障害がみられるようになり、一時的なせん妄状態を呈している。これは入院による環境変化やオピオイド使用が誘因となっている可能性が高い。また、疼痛や全身状態の悪化、末期がんの進行に伴う代謝異常も影響していると考えられる。MMSE 29点と認知機能自体は正常範囲内であり、基本的な認知機能は保たれているが、身体的ストレスと精神的苦痛による一時的な認知機能の変動が生じていると判断する。
聴力については、やや低下しているものの日常会話は問題なく聞き取れており、コミュニケーション障害には至っていない。72歳という年齢を考慮すると、加齢による老人性難聴の初期段階である可能性があるが、現状では大きな支障はない。視力に関しては老眼があり近方視力低下のため老眼鏡を使用している状態である。遠方視力は問題なく保たれており、テレビ視聴などの日常生活活動には支障がない。
A氏の認知機能は基本的に保たれているが、身体的・精神的ストレス下での一時的な認知機能低下のリスクが高い状態である。特に夜間のせん妄発症リスクが高いため、環境調整と適切な薬物療法の継続が必要である。現在使用されているオランザピン2.5mgの効果を評価し、必要に応じて用量調整を検討する必要がある。また、リスペリドン0.5mgの頓用使用についても、効果と副作用のバランスを注意深く観察すべきである。
不安の状態については、A氏は「家に帰りたい」という思いを度々表出しており、予後への不安や死への恐怖を抱えていると考えられる。表情は痛みによるゆがみが見られることがあり、特に体動時や夜間に痛みが強くなることで不安が増強している可能性がある。また、病状の進行に伴い「もう長くないことはわかっていた。でも家で過ごす時間が欲しい」と語っていることから、残された時間への不安と希望が混在している状態である。
疼痛コントロールの不十分さが認知機能や情緒状態に悪影響を及ぼしているため、包括的な疼痛管理が必要である。A氏の疼痛は右季肋部から心窩部にかけての持続痛であり、NRS評価では安静時3~4/10、体動時6~7/10と変動がある。この疼痛パターンから、基本的な持続痛に対するフェンタニル貼付剤と突出痛に対するレスキュー薬(オキシコドン速放錠)の併用という現在の戦略は適切である。しかし、体動時や夜間の痛みが強いことから、フェンタニル貼付剤の増量(16mg→18mg)は妥当であり、さらにレスキュー使用のタイミングについても検討が必要である。特に予防的レスキューの活用を考慮し、体位変換や処置の前に予め投与することで痛みの増強を防ぐことが望ましい。また、アセトアミノフェン500mgの併用は非オピオイド鎮痛薬として相乗効果が期待できるため継続すべきである。神経障害性疼痛の要素に対してはプレガバリンが使用されているが、末梢神経障害によるしびれの訴えがあることから、用量の適正化(現在75mg 1日2回)も検討する価値がある。疼痛の性質や部位、増悪因子、緩和因子を詳細に評価し、痛みの日内変動や疼痛閾値に影響する心理的要因も考慮した総合的なアプローチが重要である。
在宅療養への移行を視野に入れ、家族への認知状態の変化に対する対応方法の指導が必要である。特に夜間せん妄の兆候や対処法、環境調整の方法、薬剤使用の判断基準について具体的に指導することが望ましい。また、せん妄予防のための環境調整として、日中の適度な活動と刺激の提供、夜間の静かな環境の確保、時計やカレンダーの設置による見当識の補助などを実施することが有効である。
知覚面では、腹部の痛み以外に末梢神経障害と思われる手足のしびれを時折訴えることがあり、これは化学療法の副作用の残存と考えられる。このしびれの程度や日常生活への影響について継続的に評価し、必要に応じてプレガバリンの用量調整を検討する必要がある。
A氏の疼痛や不安に対する非薬物的アプローチとして、リラクセーション技法の導入や音楽療法、タッチングなどの代替療法も検討する価値がある。特に在宅療養を希望しているため、家族が実施できる簡単なリラクセーション方法や疼痛緩和の補助的手段について指導することが望ましい。
せん妄の評価については、DST(Delirium Screening Tool)などの客観的評価スケールを用いて定期的にアセスメントを行い、早期発見と適切な介入につなげる必要がある。また、家族にもせん妄の兆候を理解してもらい、早期に医療者に連絡できるようにすることが重要である。
A氏は「学校の教え子たちに会いたい」「自宅の庭を最後にもう一度見たい」との思いを表出しており、これらの希望を実現するための認知・知覚機能の維持支援が重要である。疼痛コントロールと不安の軽減によって、これらの希望を実現する時間の質を高める看護介入を計画すべきである。
今後の経過観察では、疾患の進行に伴う認知機能の変化や疼痛による知覚の変調に注意し、定期的な再評価を行う必要がある。また、オピオイド増量に伴う中枢神経系への影響も注意深く観察し、せん妄の悪化や認知機能低下の徴候があれば、速やかに医師と連携して対応を検討することが重要である。
看護問題の明確化
#膵体尾部癌の進行に関連した疼痛
事例の目次
【ゴードン】膵臓癌 終末期の看護(0022)| 今回の情報
1.健康知覚-健康管理
2.栄養-代謝
3.排泄
4.活動-運動
5.睡眠-休息
6.認知-知覚
7.自己知覚-自己概念
8.役割-関係
9.性-生殖
10.コーピング-ストレス耐性
11.価値-信念
看護計画
この記事の執筆者

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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