本事例の要約
これは膵臓癌末期で緩和ケア病棟に入院中、痛みのコントロールが困難であり、食事摂取量の減少と体重減少が著しく、残された時間をできるだけ自宅で過ごしたいという本人の希望を尊重した在宅緩和ケアへの移行支援が必要な事例である。介入日は入院14日目の5月15日である。
4.活動-運動
A氏の日常生活動作(ADL)は著しく低下しており、機能的自立度評価表(Barthel Index)は40点と低値である。これは日常生活全般において介助を要する状態を示している。歩行は入院前は杖を使用して自宅内を移動していたが、外出時には妻の介助が必要であった。入院後の全身状態の悪化に伴い、現在は病室内の移動でも看護師の介助が必要となっている。Performance Status(PS)は3と評価されており、日中の覚醒時間の50%以上をベッド上や椅子で過ごしている状態である。この活動性の低下は、疾患の進行、疼痛、全身倦怠感、栄養状態の悪化など複合的な要因によるものと考えられる。
移乗に関しては、ベッドから椅子への移乗時に介助が必要であり、特に腹痛増強時には全介助となることもある。排泄については、日中はポータブルトイレを使用し一部介助を要する状態である。夜間は体動による疼痛増強を避けるため尿器を使用している。また、ポータブルトイレでの排便時には立ち座りや後始末に介助が必要である。入浴は入院後シャワー浴を週2回実施していたが、現在は全身状態の悪化により清拭のみとなっている。衣類の着脱については上着の着脱は自力で可能だが、ズボンや靴下の着脱には介助が必要である。これらのADL状況から、A氏は基本的な身の回りのことについても部分的または全面的な介助を要する状態にあり、在宅療養を希望する中で家族の介護負担が大きくなることが予測される。
運動機能については、全身倦怠感が強く、特に疼痛や呼吸困難感により活動が制限されている。筋力や関節可動域に関する具体的な評価は記載されていないが、長期臥床と低栄養状態により筋力低下や関節拘縮のリスクが高いと考えられる。72歳という年齢を考慮すると、加齢による筋肉量の減少(サルコペニア)の影響も受けている可能性が高い。特に急激な体重減少(発症前65kg→現在42kg)は筋肉量の著しい減少を伴っていると推測され、これが運動機能低下に拍車をかけている。また、長期間のステロイド使用や長期臥床による骨粗鬆症の進行も考慮すべきであるが、これに関する情報は不足している。
運動歴については具体的な情報がないが、職業としては元高校教師であり、5年前に定年退職している。退職後の生活習慣や運動習慣に関する情報収集が必要である。特に在宅療養に向けて、これまでの生活リズムや活動パターンを把握することは、限られた体力の中での生活の質を高めるために重要である。
バイタルサインについては、現在(5月15日)の状態として体温37.2℃、血圧105/60mmHg、脈拍88回/分・整、呼吸数20回/分である。SpO2は94%(室内気)と軽度低下しているが、酸素投与は行っていない。疼痛コントロールは改善しているが十分ではなく、安静時のNRSは3~4/10、体動時には6~7/10に上昇する。体動時の疼痛増強が活動制限の大きな要因となっており、適切な疼痛コントロールが活動性維持のために重要である。また、夜間に時折軽度の呼吸困難を訴えることがあり、この呼吸困難感も活動を制限する要因となっている。呼吸機能に関しては詳細な評価データはないが、腹水による横隔膜挙上、貧血、低栄養、長期臥床による肺機能低下など複合的な要因により呼吸機能が低下していると考えられる。
住居環境については、妻(70歳)と二人暮らしで、長男(45歳)は近隣市に家族と居住しているとの情報がある。しかし、自宅の具体的な環境(間取り、段差の有無、手すりの設置状況など)についての情報は不足しており、在宅療養に向けての環境調整を検討するためには詳細な情報収集が必要である。
血液データからは、赤血球数320万/μL、ヘモグロビン8.5g/dL、ヘマトクリット25.7%と貧血の進行が認められる。この貧血は慢性疾患に伴う貧血や低栄養に起因すると考えられ、倦怠感や活動耐性の低下に影響している。また、CRPは8.6mg/dLと炎症反応の上昇を認めており、悪液質の進行や潜在的な感染の可能性も考慮する必要がある。これらの血液データは全身状態の悪化と活動能力の低下が生理学的にも裏付けられていることを示している。
転倒転落のリスクは非常に高い状態にある。入院10日目に夜間トイレに行こうとしてふらつきにより転倒し、右大腿部に打撲を負った経験がある。この転倒リスクの要因としては、筋力低下、低栄養状態、貧血、オピオイドを含む複数の薬剤使用、夜間せん妄、頻尿などが複合的に関与していると考えられる。特に夜間のせん妄状態と頻尿の組み合わせは転倒リスクを著しく高めるため、夜間の排泄援助と環境整備が重要である。また、在宅療養に向けては自宅環境の安全評価と必要な環境調整(手すりの設置、段差の解消、夜間照明の確保など)が不可欠である。
A氏の活動・運動状態の改善と安全確保のためには、以下の看護介入が必要である。まず、疼痛コントロールの最適化を図り、特に体動時の疼痛を軽減することで基本的な活動をサポートする。また、現在の活動レベルを維持するために、ベッド上でも可能な関節可動域訓練や軽度の筋力訓練を取り入れ、廃用症候群の進行を予防する。日中の座位時間を確保し、可能であれば短時間の立位訓練も取り入れることで、筋力と持久力の維持を図る。
転倒予防策としては、ベッド周囲の環境整備(必要物品の配置、移動の障害となるものの除去)、夜間の適切な照明確保、ナースコール使用の徹底などが重要である。特に夜間のトイレ歩行が困難な状況であるため、ポータブルトイレや尿器の適切な配置と使用方法の指導を行う。また、せん妄対策として見当識を維持するための環境調整(時計やカレンダーの設置、日光の取り入れ)も有効である。
在宅療養に向けては、現在のADLを詳細に評価し、自宅での生活動線を考慮した環境調整と必要な福祉用具(ベッド、手すり、歩行補助具など)の導入を計画する必要がある。また、家族(特に妻)の介護負担を軽減するための具体的な支援方法の検討と指導も重要である。訪問看護や訪問リハビリテーション、福祉用具レンタルなど利用可能な在宅サービスの調整も、在宅療養の実現に向けて必要な準備である。
A氏の活動状態は疾患の進行に伴い日々変化する可能性があるため、疼痛の程度、倦怠感、呼吸状態、ADL状況、せん妄の有無などを継続的に評価し、状態変化に応じたケアプランの修正が必要である。特に在宅療養への移行を検討する際には、A氏の状態と家族の介護力のバランスを慎重に評価し、実現可能な療養環境を構築することが求められる。
看護問題の明確化
#疾患の進行と疼痛に関連した活動耐性低下
#せん妄状態と活動能力低下に関連した転倒リスク
事例の目次
【ゴードン】膵臓癌 終末期の看護(0022)| 今回の情報
1.健康知覚-健康管理
2.栄養-代謝
3.排泄
4.活動-運動
5.睡眠-休息
6.認知-知覚
7.自己知覚-自己概念
8.役割-関係
9.性-生殖
10.コーピング-ストレス耐性
11.価値-信念
看護計画
この記事の執筆者

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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