【ゴードン】膵臓癌 終末期の看護(0022)

ゴードン

本事例の要約

これは膵臓癌末期で緩和ケア病棟に入院中、痛みのコントロールが困難であり、食事摂取量の減少と体重減少が著しく、残された時間をできるだけ自宅で過ごしたいという本人の希望を尊重した在宅緩和ケアへの移行支援が必要な事例である。介入日は入院14日目5月15日である。

この事例で勉強できること

・膵臓がん終末期患者の包括的アセスメントと症状管理(特に疼痛、せん妄、消化器症状)の重要性
・終末期患者の「家で過ごしたい」という希望を尊重した在宅緩和ケアへの移行支援
・家族への教育と不安軽減を含めた退院支援計画の立案
・残された時間のQOL向上を目指した多職種連携アプローチ

今回の情報

基本情報

A氏は72歳男性である。身長は168cm、体重は現在42kg(発症前は65kg)と著しい体重減少がみられる。家族構成は妻(70歳)と二人暮らしで、長男(45歳)は近隣市に家族と居住している。キーパーソンは妻であり、献身的に介護に関わっている。職業は元高校教師で5年前に定年退職している。性格は几帳面で計画的、自分のことは自分でしたいという自立心が強い性格である。感染症は特になく、薬剤アレルギーとしてセフェム系抗生物質でじんましんの既往がある。認知機能は保たれており、MMSE 29点と正常範囲である。入院による環境変化やオピオイド使用による一時的なせん妄が時折みられるが、日中は会話や意思疎通に問題はない。

病名

膵体尾部癌ステージⅣ多発肝転移、腹膜播種)である。当初は膵体尾部腫瘍に対して膵体尾部切除術を施行したが、術中所見で腹膜播種が確認され、姑息的切除となった。術後の病理診断では中分化型腺癌であり、リンパ節転移も認められた。

既往歴と治療状況

既往歴として高血圧症があり10年前から内服加療中である。また2型糖尿病も5年前から指摘されており経口血糖降下薬で治療中であった。3年前に虚血性心疾患で冠動脈ステント留置術を受けている。治療状況として、膵癌診断後はゲムシタビン+ナブパクリタキセルによる化学療法を6コース施行したが、腫瘍マーカーの上昇と画像検査で肝転移の増大を認めたため、二次治療としてFOLFIRINOX療法を3コース施行した。しかし、全身状態の悪化と肝機能障害の進行により化学療法は中止となり、緩和療法へと移行した。現在はオピオイドによる疼痛コントロールを中心とした対症療法が行われている。

入院から現在までの情報

A氏は1か月前から腹痛の増強食欲不振を認め、自宅での疼痛コントロールが困難となったため5月1日に緩和ケア病棟へ入院となった。入院時、右季肋部から心窩部にかけての持続痛とNRS(Numerical Rating Scale)8/10の強い痛みを訴えていた。また黄疸(T-Bil 5.2mg/dL)と腹水貯留を認め、腹部膨満感が著明であった。入院後はフェンタニル貼付剤12mgオキシコドン速放錠10mg(レスキュー)による疼痛コントロールを開始し、徐々に増量しながら調整を行った。入院5日目に腹水穿刺排液(800mL)を施行し一時的に腹部症状は軽減したが、その後も腹水は再貯留傾向にある。

入院10日目頃から嘔気・嘔吐が出現し、CTにて腫瘍の十二指腸浸潤による通過障害が認められた。そのため経鼻胃管を挿入し減圧を行っていた。嘔吐症状は軽減したが、本人の苦痛軽減のため入院12日目に経鼻胃管を抜去した。その後も食事摂取量は著しく減少しており、現在は経口摂取と末梢静脈栄養を併用している。

また入院12日目頃から夜間を中心に見当識障害がみられるようになり、一時的なせん妄状態を呈している。現在も疼痛コントロールは不十分であり、特に体動時や夜間の痛みが強く、A氏は「家に帰りたい」という思いを度々表出している。入院14日目の本日(5月15日)、主治医からA氏と家族に予後が週単位から月単位であることが伝えられ、今後の療養場所について話し合いが持たれた。

バイタルサイン

来院時のバイタルサインは体温37.5℃、血圧112/68mmHg、脈拍92回/分・整、呼吸数22回/分であった。SpO2は95%(室内気)であったが、軽度の呼吸困難感を訴えていた。また、痛みによる表情のゆがみが見られ、安静時のNRSは8/10と高値であった。腹部は膨満し、圧痛を認めた。

現在(5月15日)のバイタルサインは体温37.2℃、血圧105/60mmHg、脈拍88回/分・整、呼吸数20回/分である。SpO2は94%(室内気)と軽度低下しているが、酸素投与は行っていない。疼痛コントロールは改善しているが十分ではなく、安静時のNRSは3~4/10、体動時には6~7/10に上昇する。腹部膨満感は持続しており、腹囲は入院時より2cm増加している。また全身倦怠感が強く、Performance Status(PS)は3となっている。夜間に時折軽度の呼吸困難を訴えることがあり、不安感も強い。

食事と嚥下状態

入院前の食事は3食とも妻が準備したものを摂取量は1/3~1/2程度であった。嚥下状態は良好で誤嚥の既往はなかった。発症前は晩酌としてビールを1本程度毎日飲酒していたが、腹痛出現後は中止していた。喫煙は20歳から1日20本の喫煙歴があったが、膵癌診断時に禁煙している。

現在の食事は流動食~軟菜食を提供しているが、摂取量は1~2割程度と著しく低下している。水分はとろみをつけることで1日500ml程度摂取可能である。嚥下機能自体は保たれているが、疲労感が強く、少量の摂取でもすぐに疲れる様子がみられる。

排泄

入院前の排泄は自立していたが、オピオイドの影響もあり便秘傾向であった。1日1回の排便があるよう酸化マグネシウムを服用していた。排尿は日中5~6回、夜間1~2回であった。

現在の排泄状況は、便秘が著明となり3~4日に1回の排便となっている。酸化マグネシウムに加え、センノシドも使用しているが効果は十分でない。また腹水の影響で頻尿がみられ、日中8~10回、夜間3~4回のトイレ歩行が必要となっている。疼痛倦怠感のため自力でのトイレ歩行が困難な状況であり、日中はポータブルトイレを使用し、夜間は尿器を使用している。

睡眠

入院前の睡眠は、腹痛により中途覚醒があるものの、特に眠剤は使用せずに就寝していた。就寝時間は22時頃、起床時間は6時頃で、日中の活動性は比較的保たれていた。

現在の睡眠状況は、疼痛不安により入眠困難が著明である。また夜間の排尿や体位変換時の痛みで中途覚醒が頻回にあり、睡眠の質が著しく低下している。就寝前にゾルピデム10mgを内服しているが、効果は十分でない。日中も傾眠がちであるが、断続的で浅い睡眠状態である。夜間のせん妄対策として、リスペリドン0.5mgを頓用で使用することもある。

視力・聴力・知覚・コミュニケーション・信仰

視力は両眼とも老眼があり、近方視力低下のため老眼鏡を使用している。遠方視力は問題なく、テレビ視聴などは可能である。聴力はやや低下しているものの、通常の会話は問題なく聞き取れる。知覚については、腹部の痛み以外に特記すべき異常はないが、末梢神経障害と思われる手足のしびれを時折訴えることがある。これは化学療法の副作用の残存と考えられている。コミュニケーションは明瞭な発語があり、会話によるコミュニケーションは良好である。ただし、疼痛時や疲労時には言葉数が減少し、非言語的コミュニケーションが増える傾向にある。信仰は特になく、宗教的な背景はないが、人生の終末期に差し掛かり自身の人生を振り返る機会が増えていると話している。

動作状況

歩行は入院前は杖を使用して自宅内を移動していたが、外出時には妻の介助が必要であった。入院後の全身状態の悪化に伴い、現在は病室内の移動でも看護師の介助が必要となっている。

移乗はベッドから椅子への移乗時に介助が必要であり、特に腹痛増強時には全介助となることもある。

排尿は日中はポータブルトイレを使用し、一部介助を要する。夜間は体動による疼痛増強を避けるため尿器を使用している。

排便はポータブルトイレを使用しているが、立ち座りや後始末に介助が必要である。

入浴は入院後シャワー浴を週2回実施していたが、現在は全身状態の悪化により清拭のみとなっている。

衣類の着脱は上着の着脱は自力で可能だが、ズボンや靴下の着脱には介助が必要である。

転倒歴は入院10日目に夜間トイレに行こうとしてふらつきにより転倒し、右大腿部に打撲を負った経験がある。それ以降は移動時には必ずナースコールを使用するよう指導している。

日常生活動作(ADL)評価では機能的自立度評価表(Barthel Index)は40点と低下しており、日常生活全般において介助を要する状態である。

内服中の薬

内服中の薬:

  • フェンタニル貼付剤 16mg/3日(疼痛コントロール)
  • オキシコドン速放錠 10mg/回(疼痛時 最大6回/日)
  • アセトアミノフェン 500mg 1日3回 毎食後
  • プレガバリンOD錠 75mg 1日2回 朝夕食後(神経障害性疼痛対策)
  • センノシド錠 12mg 1日2回 朝夕食後(便秘対策)
  • 酸化マグネシウム 330mg 1日3回 毎食後(便秘対策)
  • オランザピン 2.5mg 1日1回 就寝前(せん妄対策)
  • ゾルピデム 10mg 1日1回 就寝前(不眠時)
  • リスペリドン 0.5mg 頓用(夜間せん妄時)
  • アムロジピン 5mg 1日1回 朝食後(高血圧治療)
  • グリメピリド 0.5mg 1日1回 朝食後(糖尿病治療)
  • ファモチジン 20mg 1日2回 朝夕食後(胃粘膜保護)
  • メトクロプラミド 5mg 1日3回 毎食前(制吐剤)

服薬状況は入院前は自己管理していたが、体調悪化と疼痛増強に伴い、現在は看護師管理となっている。特にオピオイド製剤については厳重に管理され、疼痛時のレスキュー薬(オキシコドン速放錠)は本人の訴え時に看護師が評価をして投与している。内服は水分摂取量の減少に伴い嚥下困難が出現しているため、可能な限り口腔内崩壊錠散剤に変更している。フェンタニル貼付剤の貼り替えは看護師が実施し、皮膚トラブルに留意している。妻には在宅復帰に向けて薬剤の作用と観察点について指導を開始しているが、オピオイド管理への不安を強く訴えている。

検査データ

検査データ(入院時と最近の比較)

検査項目基準値入院時(5月1日)最近(5月14日)
血液学的検査
WBC3,500-9,000/μL10,800/μL12,600/μL
RBC400-540万/μL356万/μL320万/μL
Hb13.0-17.0g/dL9.2g/dL8.5g/dL
Ht40.0-50.0%28.3%25.7%
Plt15.0-35.0万/μL18.2万/μL11.5万/μL
生化学的検査
TP6.5-8.2g/dL5.8g/dL5.2g/dL
Alb3.8-5.0g/dL2.5g/dL2.0g/dL
T-Bil0.2-1.2mg/dL5.2mg/dL7.8mg/dL
AST10-40IU/L85IU/L105IU/L
ALT5-45IU/L92IU/L110IU/L
ALP100-325IU/L650IU/L820IU/L
γ-GTP7-80IU/L230IU/L310IU/L
BUN8.0-20.0mg/dL18.5mg/dL28.6mg/dL
Cre0.6-1.1mg/dL0.82mg/dL1.35mg/dL
Na135-145mEq/L138mEq/L132mEq/L
K3.5-5.0mEq/L4.2mEq/L4.8mEq/L
Cl98-108mEq/L102mEq/L95mEq/L
Ca8.5-10.5mg/dL9.2mg/dL7.8mg/dL
CRP0.3未満mg/dL4.2mg/dL8.6mg/dL
腫瘍マーカー
CEA5.0未満ng/mL35.2ng/mL52.8ng/mL
CA19-937.0未満U/mL4,526U/mL10,840U/mL
凝固系検査
PT-INR0.85-1.151.101.32
APTT25.0-38.0秒32.5秒42.6
尿検査
比重1.005-1.0251.0221.030
(-)(+)(++)
蛋白(-)(+)(++)
ウロビリノーゲン(±)(++)(+++)
潜血(-)(-)(+)
今後の治療方針と医師の指示

今後の治療方針としては、病状の進行に伴い積極的な治療から緩和ケアへと完全に移行することとなった。主治医からは予後について「週単位から月単位」であることが本人と家族に説明され、残された時間をどこでどのように過ごすかを中心に話し合いが行われた。医師の指示としては、疼痛コントロールを最優先とし、現在のフェンタニル貼付剤の増量(16mg→18mg)とオキシコドン速放錠のレスキュー使用継続が指示された。またせん妄対策としてオランザピンの投与継続と環境調整を行うこと、腹水コントロールについては利尿剤の使用を検討するが、患者の全身状態を考慮して無理な治療は避けることとなった。

在宅療養への移行について、医師からは必要な医療処置(疼痛管理、末梢静脈輸液)は在宅でも可能であると説明され、訪問診療医と訪問看護ステーションの連携体制を整えることが指示された。特に疼痛コントロールせん妄対策については在宅でも継続可能な方法を検討し、家族への指導を十分に行うこと、また緊急時の対応として緩和ケア病棟へのレスパイト入院の体制を整えることが指示された。

DNR(心肺蘇生を行わない)の方針については、すでに本人・家族の同意を得ており、在宅でも継続することとなった。A氏の強い希望である「自宅で過ごしたい」という意向を尊重し、可能な限りQOLを維持した在宅緩和ケアを提供する方針となっている。

本人と家族の想いと言動

A氏は予後の説明を受けた後、静かに涙を浮かべながら「もう長くないことはわかっていた。でも家で過ごす時間が欲しい」と語った。病気の進行を受け入れつつも、「学校の教え子たちに会いたい」「自宅の庭を最後にもう一度見たい」との思いを表出している。痛みに対しては「この痛みさえなければ家に帰れるのに」と繰り返し訴えており、疼痛コントロールへの強い希望が伺える。また「妻に迷惑をかけたくない」という思いから在宅療養への不安も抱えているが、「病院で死ぬのは嫌だ」という気持ちの方が強い。

妻はA氏の看病に献身的であり、面会時間のほとんどを病室で過ごしている。A氏の在宅療養の希望に対して「本人の望みなら叶えてあげたい」と前向きな姿勢を示しつつも、「家で看られるか自信がない」「痛みが強くなったらどうしたらいいか」と不安を抱えている。特にオピオイド管理や急変時の対応について繰り返し質問しており、医療者からの具体的な指導と支援を求めている。長男家族は遠方に住んでいるが、週末には面会に訪れ、「父の希望を叶えてあげたい」と妻をサポートする意向を示している。また長男は「子どもたちに最期の祖父の姿を見せたい」と話しており、家族全体としてA氏の残された時間を大切にしたいという思いが共有されている。

退院前カンファレンスでは、訪問看護師やケアマネージャーを交えた話し合いが行われ、妻からは「専門家に来てもらえるなら頑張れるかもしれない」との言葉があった。A氏と家族は互いを思いやりながらも、最期を自宅で迎えたいという共通の目標に向かって歩み始めている。

この記事の執筆者

なっちゃん
なっちゃん

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり

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