本事例の要約
アルコール性肝硬変による腹水貯留、全身浮腫の増強に加え、血液検査で肝機能の悪化を認めたため緊急入院となった。長年の飲酒習慣があり、これまでも禁酒指導を受けていたが継続できず、今回は黄疸の出現と食欲低下、倦怠感の増強により日常生活に支障をきたすようになったため入院加療となった事例。介入日は1月23日(入院2日目)である。
7.自己知覚-自己概念
A氏は几帳面で頑固な性格であるが、医療者には協力的である。几帳面な性格は医療指示への遵守に良い影響を与える可能性があるが、一方で頑固さは生活習慣の変更、特に断酒に関して抵抗を示す原因となっている可能性がある。これまでも禁酒指導を受けても1週間程度で再開していた経緯がある。A氏の「家に帰ればなんとかなる」という発言からは、問題を直視せず回避しようとする傾向や、現実的な問題解決よりも楽観的な見通しを立てる傾向がうかがえる。このような性格特性は、アルコール依存症に関連する否認の心理機制が働いていると考えられる。医療者に対しては協力的であることから、入院中の治療や看護ケアに対する受け入れは良好と考えられるが、退院後の自己管理については懸念が残る。A氏の頑固さや楽観的な見方に対して対立するのではなく、これまでの生活で培ってきた几帳面さを肯定的に評価し、その特性を活かした具体的な自己管理方法を共に考えることが有効である。また、医療者への協力的な姿勢を退院後の外来受診や自己管理への動機づけにつなげるような関わりが必要である。
A氏は現在、アルコール性肝硬変に伴う腹水と浮腫により体重が増加している。入院時は72kgであり、腹部の著明な膨満と両下肢の圧痕性浮腫(+3)を認めている。このような身体的変化は、自己のボディイメージに大きな影響を与えていると考えられる。特に、以前は建設会社で現場監督として働いていたA氏にとって、身体機能の低下やボディイメージの変化は自己概念に大きな影響を及ぼしている可能性が高い。現在、腹水による重心移動の不安定さがあり、移動時には看護師の付き添いを要する状態である。また更衣に関しても、特にズボンの着脱に介助を要するなど、日常生活動作にも影響が出ている。これらの変化がA氏の自己認識にどのように影響しているかについては、さらなる情報収集が必要である。特に、現場監督という身体活動を伴う仕事から体調不良による退職に至った過程での心理的変化や、現在の身体状態に対する受け止め方についての情報が不足している。腹水コントロールによる身体状態の改善を図るとともに、A氏が自分の身体の変化をどのように認識し、受け入れているかを確認する必要がある。また、63歳という年齢から考えると、加齢に伴う筋力低下が腹水や浮腫による身体負担をさらに増強させている可能性がある。身体機能の低下により自尊心が傷ついている可能性があるため、A氏ができることを見出し、それを強化するような関わりが重要である。ボディイメージの変化に対する心理的適応を促すためには、感情表出を促す会話や、同様の経験をした患者との交流の機会を設けることも有効かもしれない。
A氏の疾患認識については、「こんなに具合が悪くなるとは思わなかった」「もう二度と酒は飲まない」と話す一方で、「家に帰ればなんとかなる」とも発言しており、病状の深刻さに対する認識が不十分である可能性が高い。これまでも同様の発言を繰り返しながら断酒が継続できなかった経緯があることから、疾患の重症度や生活習慣(特に飲酒)との関連性についての理解が表面的である可能性がある。A氏は55歳時にアルコール性肝障害を指摘され、60歳時に腹水貯留を認め肝硬変と診断されている。その後も62歳時には食道静脈瘤を指摘されるなど、徐々に病状が進行しているにもかかわらず、断続的な飲酒を続けていた。血液検査では、T-Bil 4.2mg/dL、Alb 2.8g/dL、PT 52%、NH3 89μg/dLなど肝機能低下を示す数値を認めている。このことから、疾患の進行性や生命予後に関する認識、また飲酒継続によるリスクについての理解が不足していると考えられる。A氏の現在の疾患認識を詳細に把握した上で、疾患の病態や予後、特に飲酒継続によるリスクについて、具体的かつ視覚的な方法で教育することが重要である。例えば、検査データの推移をグラフ化して示したり、肝臓模型を用いて肝硬変の状態を説明したりするなど、理解しやすい方法を工夫する必要がある。また、断酒に対する動機づけを強化するために、断酒によって得られる具体的なメリットを示すことも有効である。さらに、アルコール依存症の側面も考慮し、精神科医や専門カウンセラーとの連携も検討すべきである。疾患認識の変化については、日々の会話や行動から継続的に評価していくことが必要である。
A氏の自尊感情に関する直接的な情報は限られているが、いくつかの状況から推測することができる。まず、A氏は建設会社で現場監督として働いていたが、体調不良により1年前に退職している。この職業的アイデンティティの喪失は自尊感情に影響を与えている可能性がある。また、「妻に迷惑をかけて申し訳ない」という発言からは、家族内での役割遂行が困難になったことに対する罪悪感や自己価値の低下を感じている可能性がうかがえる。さらに、アルコール依存の問題を抱えながらも「もう二度と酒は飲まない」と断言する一方で実行できない状況は、自己効力感の低下につながっている可能性がある。このような自己効力感の低下は、問題解決に向けた積極的な取り組みを妨げる要因となりうる。まずA氏の自尊感情を詳細に評価するために、これまでの人生における成功体験や価値観、現在の自己評価などについての情報収集が必要である。その上で、A氏が持つ強みや能力に焦点を当て、それらを治療過程に活かせるような関わりが重要である。例えば、現場監督としての経験から培われた管理能力や判断力を、自己の健康管理に応用できるようなアプローチが考えられる。また、小さな目標設定とその達成体験を積み重ねることで、自己効力感を高めていくことも有効である。家族、特に妻との関係性においても、A氏が果たせる役割を見出し、それを強化することで自己価値感を回復させる支援が必要である。自尊感情や自己効力感の変化は、治療過程における重要な指標となるため、定期的な評価を行うことが望ましい。
A氏の育った文化的背景や周囲からの期待に関する情報は非常に限られている。建設業という職業環境では、飲酒を含む社交の機会が多い可能性があり、そのような文化的背景が長年の飲酒習慣の形成に影響した可能性がある。また、建設現場の監督という立場は、部下をまとめる責任や判断力が求められる役割であり、そのようなストレスが飲酒行動を強化した可能性も考えられる。家族関係においては、妻がキーパーソンであり、毎日面会に訪れ「主人の体のことを考えると眠れない日もあります」と心配している。妻は「今回こそは本当に酒を止めてほしい」と強く願っており、この期待がA氏にとってプレッシャーになっている可能性もある。一方で、妻の支援は治療においては重要な資源でもある。この領域については情報が不足しているため、A氏の育った家庭環境、飲酒に対する価値観の形成過程、職業生活における人間関係、夫婦関係の歴史などについて、さらなる情報収集が必要である。
特に、飲酒行動に関連する文化的・社会的要因を理解することは、効果的な断酒支援策を立案する上で重要である。A氏の価値観や生活習慣の形成に影響を与えた文化的背景を尊重しつつ、健康的な生活習慣への変更を支援する姿勢が重要である。また、妻との関係性においては、妻の期待や不安を理解し、夫婦間のコミュニケーションを促進することで、互いの理解と協力関係を深めるような支援が必要である。さらに、退院後の生活環境における飲酒のリスク要因を特定し、それらに対処するための具体的な戦略を、A氏と妻の両方と共に考えることが重要である。文化的背景や家族関係の理解は継続的なプロセスであり、入院中から退院後の外来受診時まで一貫した観察と情報収集が必要である。
A氏の自己知覚-自己概念に関するアセスメントから、疾患の重症度や予後に対する認識不足と、アルコール依存に関連する否認の心理機制が存在している。これは、腹水や浮腫などの身体的症状がもたらすボディイメージの変化や、退職による社会的役割の喪失と相まって、A氏の自己概念全体に影響を及ぼしていると考えられる。
看護介入の方向性としては、疾患教育とリスク認識の強化が必要である。アルコール性肝硬変の病態、進行性、予後について、具体的かつ視覚的な方法で教育し、飲酒継続のリスクと断酒のメリットを明確に伝えることが重要である。また、自己効力感の向上支援も必要であり、小さな目標設定とその達成体験を通じて、自己効力感を高める。特に、A氏の几帳面な性格特性を活かした自己管理方法を共に考案することが有効である。さらに、心理的サポートの提供も重要である。ボディイメージの変化や役割喪失に伴う心理的影響に対して、感情表出を促し、適応を支援する。必要に応じて、精神科医やカウンセラーとの連携を図ることも検討すべきである。家族支援と協力関係の構築も欠かせない。妻の不安や期待を理解し、A氏と妻の両方に対して、退院後の生活管理における具体的な方法や役割分担を提案することが重要である。最後に、社会的支援の活用も考慮すべきである。断酒外来や自助グループなど、退院後に活用できる社会的資源について情報提供し、継続的な支援体制を整えることが必要である。これらの介入を通じて、A氏が自己の疾患と向き合い、健康的な生活習慣を獲得するための自己管理能力を高めることを目指す。また、定期的な評価と継続的な支援が重要であり、外来通院時にも自己概念の変化や適応状況について確認していく必要がある。
看護問題の明確化
#疾患に伴う身体機能の低下に関連したボディイメージの障害
#疾患に伴う否認の心理機制に関連した疾患認識の不足
#疾患に伴う身体症状と役割変化に関連した自己効力感の低下
事例の目次
【ゴードン】肝硬変 アルコール依存症 (0016)| 今回の情報
1.健康知覚-健康管理
2.栄養-代謝
3.排泄
4.活動-運動
5.睡眠-休息
6.認知-知覚
7.自己知覚-自己概念
8.役割-関係
9.性-生殖
10.コーピング-ストレス耐性
11.価値-信念
看護計画
この記事の執筆者

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
看護の攻略部屋wiki
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