本事例の要約
これは膵臓癌末期で緩和ケア病棟に入院中、痛みのコントロールが困難であり、食事摂取量の減少と体重減少が著しく、残された時間をできるだけ自宅で過ごしたいという本人の希望を尊重した在宅緩和ケアへの移行支援が必要な事例である。介入日は入院14日目の5月15日である。
11.価値-信念
A氏の信仰については、情報によると特になく、宗教的な背景はないと記載されている。しかし、宗教的な信仰がなくとも、人生の終末期に差し掛かり自身の人生を振り返る機会が増えていると話していることから、スピリチュアルな側面での意味づけや自己の人生の再評価というプロセスが始まっていると考えられる。このような生きる意味や人生の価値に関する問いかけは、終末期にある患者にとって重要なスピリチュアルケアのニーズを反映しており、A氏自身の内面的な成長や統合のプロセスを支援する必要がある。
A氏の意思決定を決める価値観や信念については、いくつかの特徴が見られる。「自分のことは自分でしたい」という自立心の強さが基本的な価値観として存在している。これは、自己決定権や自律性を重視する姿勢の表れであり、病気の進行に伴い身体的に依存せざるを得ない状況においても、可能な限り自分の意思を尊重してほしいという強い願いが感じられる。また、「病院で死ぬのは嫌だ」という発言は、最期の時をどのように、どこで過ごすかという点に対する明確な価値観を示している。これは単に場所の問題ではなく、最期の時間を自分らしく、自分の望む環境で過ごしたいという尊厳に関わる深い願いである。
A氏の目標としては、「学校の教え子たちに会いたい」「自宅の庭を最後にもう一度見たい」という具体的な希望が表出されている。これらの目標は、A氏の人生において重要な意味を持つ関係性や場所との再会や再確認を求めるものであり、人生を閉じる上での意味づけや統合の過程の一部と考えられる。教え子との再会は、A氏が高校教師としての職業的アイデンティティを大切にしており、自分の人生の意義や貢献を再確認したいという願いの表れである。また、自宅の庭を見たいという希望は、親しみのある場所や自然との結びつきを通じて、内的な平和や安らぎを得たいという精神的なニーズを反映している。
A氏は家族との関係性も重視しており、「妻に迷惑をかけたくない」という思いと「病院で死ぬのは嫌だ」という願いの間で葛藤がある。この葛藤は、自分の望みと大切な人への配慮のバランスを取ろうとする、A氏の価値観の複雑さを示している。家族との関係性や絆を大切にしつつも、自分らしい最期を迎えたいという強い願いが存在しており、これらを両立させるための支援が必要である。
A氏は予後について「もう長くないことはわかっていた。でも家で過ごす時間が欲しい」と述べており、自身の状態を現実的に受け止めつつも、残された時間をどのように過ごすかに焦点を移している。この姿勢は、死への受容プロセスが進んでいることを示唆しており、限られた時間の中で何を優先し、どのような体験を大切にしたいかという価値判断に基づいている。
看護介入としては、まずA氏の価値観や希望を尊重した意思決定支援が重要である。具体的には、在宅緩和ケアへの移行に向けて、A氏の「家で過ごしたい」という希望をチーム全体で共有し、それを実現するための具体的な計画を立案する。その際、A氏の自己決定権を最大限に尊重しながらも、家族の負担にも配慮したバランスのとれた支援を心がける。
次に、A氏の人生の振り返りや意味づけをサポートする関わりも重要である。傾聴と共感的理解を基本とし、A氏が自分の人生や現在の状況について語る機会を意図的に設けることで、内的な統合や平和を促進する。特に高校教師としての経験や思い出、人生の転機や成功体験などについて語ることを通じて、A氏自身が自分の人生の意義を再確認できるよう支援する。
また、A氏の具体的な希望(教え子に会うこと、自宅の庭を見ること)の実現に向けた調整も重要な看護介入である。教え子との面会については、体調や疲労度に配慮しながら可能な範囲で計画し、必要に応じて通信手段(手紙やメッセージなど)の活用も検討する。自宅の庭を見るという希望は、在宅療養への移行とともに実現できる可能性が高いが、その前にも一時的な外出許可を得るなどの方法を模索することも考えられる。
スピリチュアルケアの観点からは、A氏の内面的な問いや関心に寄り添い、必要に応じて対話の機会を提供することが大切である。宗教的な背景はないとされているが、人生の意味や死への恐れ、後悔や未解決の思いなど、スピリチュアルな次元での苦悩がある可能性に注意し、A氏が安心して自分の思いを表出できる関係性と空間を作ることが求められる。特に日本の文化的背景を考慮すると、直接的な言葉ではなく、象徴的な表現や行動を通じてスピリチュアルな苦悩を表現することもあるため、細やかな観察と洞察が必要である。
さらに、家族との関係性においても、A氏の価値観や希望が尊重されつつ、家族の思いとも調和するような支援が重要である。具体的には、家族カンファレンスなどの場を設け、A氏と家族が互いの思いや願い、不安などを共有できる機会を意図的に作ることで、相互理解と共通の目標設定を促す。この過程で、A氏が自分の人生を閉じる上での精神的な準備や、家族との関係性の締めくくりについても、必要に応じてサポートする。
加齢や終末期という状況下での価値観や信念の深化については、高齢者特有の発達課題としての「統合 対 絶望」の観点からも理解することが重要である。A氏は自分の人生を振り返り、その意味や価値を再評価するプロセスにあると考えられ、このプロセスを支援することで、A氏が自己の人生を肯定的に受け止め、穏やかな死を迎えられるよう援助する。
今後の経過観察では、A氏の言動や表情、態度などから、スピリチュアルな平安さの程度や未解決の思いの有無などを継続的に評価することが重要である。また、疾患の進行や症状の変化に伴い、A氏の価値観や優先順位にも変化が生じる可能性があるため、定期的に再評価し、その時々のニーズに応じた柔軟な対応を心がける必要がある。
看護問題の明確化
#疾患の終末期に関連した人生の意味と価値の追求
事例の目次
【ゴードン】膵臓癌 終末期の看護(0022)| 今回の情報
1.健康知覚-健康管理
2.栄養-代謝
3.排泄
4.活動-運動
5.睡眠-休息
6.認知-知覚
7.自己知覚-自己概念
8.役割-関係
9.性-生殖
10.コーピング-ストレス耐性
11.価値-信念
看護計画
この記事の執筆者

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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