本事例の要約
これは膵臓癌末期で緩和ケア病棟に入院中、痛みのコントロールが困難であり、食事摂取量の減少と体重減少が著しく、残された時間をできるだけ自宅で過ごしたいという本人の希望を尊重した在宅緩和ケアへの移行支援が必要な事例である。介入日は入院14日目の5月15日である。
10.コーピング-ストレス耐性
A氏は72歳の男性で、5月1日より緩和ケア病棟に入院している。入院環境については、腹痛の増強と食欲不振を認め、自宅での疼痛コントロールが困難となったことが入院の契機となっている。入院によって疼痛管理や症状コントロールなど専門的な医療ケアを受けることができる一方で、慣れない環境による精神的ストレスやせん妄リスクの増加が見られる。入院12日目頃から夜間を中心に見当識障害がみられるようになり、一時的なせん妄状態を呈していることからも、環境変化によるストレスが認知機能に影響を与えていることが推察される。また、A氏は「家に帰りたい」という思いを度々表出しており、入院という環境自体がストレス因子となっていることが考えられる。
仕事や生活でのストレス状況については、A氏は元高校教師で5年前に定年退職しており、現在は職業上のストレスはないと考えられる。しかし、膵体尾部癌ステージⅣという診断とその進行に伴う身体症状、治療の副作用、予後に対する不安など、疾患そのものが大きなストレス源となっている。特に著しい体重減少(発症前65kg→現在42kg)や腹水による腹部膨満感、嘔気・嘔吐、疼痛など身体的苦痛は、A氏の心理的ストレスを増大させている要因と考えられる。ストレス発散方法については具体的な情報が不足しているが、「自宅の庭を最後にもう一度見たい」という発言から、自然や庭いじりなどが一つのストレス発散法であった可能性がある。また、「学校の教え子たちに会いたい」という希望は、A氏にとって教師としての役割や人との交流が重要な精神的支えであったことを示唆している。
A氏の性格は几帳面で計画的、自分のことは自分でしたいという自立心が強い性格である。このような性格特性は、自己コントロール感の喪失を特に強いストレスとして感じる可能性がある。疾患の進行による身体機能の低下や依存度の増加は、自己決定権や自律性の喪失感につながり、A氏の自己概念やアイデンティティに影響を与えていると考えられる。また、几帳面な性格は、予測不能な疾患の経過や症状の変化に対応する際のストレスを増大させる可能性もある。
家族のサポート状況については、妻(70歳)が献身的に介護に関わっており、主要なサポート源となっている。長男(45歳)は近隣市に居住しているが、週末には面会に訪れA氏を支える姿勢を示している。家族間の関係性は良好であり、A氏の「家で過ごしたい」という希望に対して、妻は「本人の望みなら叶えてあげたい」と前向きな姿勢を示している。このような家族の存在と支援は、A氏にとって重要な心理的資源となっている。一方で、A氏は「妻に迷惑をかけたくない」という思いも抱えており、家族への負担感が新たなストレス源となっている可能性がある。
生活の支えとなるものについては、家族との関係性以外の具体的な情報が不足している。趣味や信仰、人生観など、A氏の精神的支柱となるものについての詳細な情報収集が必要である。人生の終末期において精神的な支えとなるものは、個人の価値観や人生経験によって大きく異なるため、A氏固有の「生きる意味」や「支え」を理解することが、適切な精神的ケアを提供する上で重要である。
A氏のコーピングスタイルとしては、自分でコントロールできることを大切にする傾向が見られる。このような特性を理解した上で、残された自律性を最大限に尊重しながら、A氏が主体的に意思決定に参加できるような関わりが重要である。具体的には、日常のケアやスケジュールにおいて可能な範囲で選択肢を提供し、A氏自身が決定する機会を保障することが、ストレスの軽減につながると考えられる。
看護介入としては、まず疼痛や身体症状の適切なマネジメントを通じて、身体的苦痛によるストレスを軽減することが基本となる。現在のフェンタニル貼付剤の増量(16mg→18mg)とオキシコドン速放錠のレスキュー使用を継続しながら、疼痛評価を丁寧に行い、A氏の痛みの訴えに迅速に対応することが重要である。
次に、環境調整によるストレス軽減が挙げられる。せん妄予防のためにも、病室内に時計やカレンダーを設置し、日中は自然光を取り入れ、夜間は静かで暗い環境を確保するなど、時間と場所の見当識を促す工夫が必要である。また、A氏にとって意味のある私物(写真や愛用品など)を病室に配置することで、環境の親密さを高めることも有効である。
さらに、A氏の心理的ニーズに応じた精神的サポートの提供も重要である。「家に帰りたい」という希望を尊重しつつ、現実的な在宅療養計画を医療チームと家族で協議し、A氏が参加できる形で意思決定を進めることが求められる。死への不安や未解決の思い(教え子に会いたいなど)についても、表出を促し傾聴する姿勢を持つことが大切である。
加齢によるストレス対処能力の変化も考慮すべき点である。高齢者はストレスへの生理的反応が遅延したり、回復に時間がかかったりすることがあるため、A氏の反応を丁寧に観察し、必要に応じて静かな環境や休息の機会を提供することが重要である。また、認知機能の変動によるコミュニケーション能力の低下も考慮し、シンプルで一貫性のある関わりを心がける必要がある。
在宅療養への移行を見据え、A氏と家族のストレス対処能力を強化するための準備も重要な看護介入となる。具体的には、疼痛管理や緊急時の対応などについての実践的な指導、利用可能な地域資源(訪問看護、訪問診療、レスパイトケアなど)についての情報提供、家族のレスパイトを確保するための計画立案などが挙げられる。妻の「家で看られるか自信がない」という不安に対しては、段階的な技術習得の機会を設け、成功体験を通じて自己効力感を高める支援が効果的である。
今後の経過観察では、A氏のストレス反応(睡眠障害、不安症状、せん妄の悪化など)を注意深く評価し、症状の変化に応じた介入を行うことが重要である。また、家族のストレス状態や疲労度についても定期的に評価し、家族全体のウェルビーイングを支えるアプローチを継続することが求められる。A氏の「自分らしさ」を尊重しながら、残された時間をどのように過ごしたいかという希望に寄り添い、その実現を支援することが、終末期におけるストレス緩和と生活の質向上において重要と考える。
看護問題の明確化
#疾患の進行に伴う身体機能低下に関連した非効果的コーピング
事例の目次
【ゴードン】膵臓癌 終末期の看護(0022)| 今回の情報
1.健康知覚-健康管理
2.栄養-代謝
3.排泄
4.活動-運動
5.睡眠-休息
6.認知-知覚
7.自己知覚-自己概念
8.役割-関係
9.性-生殖
10.コーピング-ストレス耐性
11.価値-信念
看護計画
この記事の執筆者

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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