本事例の要約
これは膵臓癌末期で緩和ケア病棟に入院中、痛みのコントロールが困難であり、食事摂取量の減少と体重減少が著しく、残された時間をできるだけ自宅で過ごしたいという本人の希望を尊重した在宅緩和ケアへの移行支援が必要な事例である。介入日は入院14日目の5月15日である。
9.性-生殖
A氏は72歳の男性であり、妻(70歳)と二人暮らしをしている。長男(45歳)は近隣市に家族と居住しており、A氏夫婦とは別世帯を形成している。A氏は膵体尾部癌ステージⅣという終末期の状態にあり、現在は緩和ケア病棟に入院中である。性-生殖に関する直接的な情報は限られているが、年齢と疾患の状況から考察を進める。
A氏は72歳という加齢に伴い、生理的な性機能の低下が生じている可能性が高い。高齢男性においては、テストステロン分泌の減少に伴う性欲の低下や勃起機能の変化が一般的に見られる。また、これまでの治療として化学療法(ゲムシタビン+ナブパクリタキセル、FOLFIRINOX療法)を受けており、これらの抗がん剤による性機能への影響も考慮する必要がある。抗がん剤治療は性欲低下や性機能障害を引き起こす可能性があるが、A氏の場合、現在は化学療法が中止され緩和療法へと移行している状態である。
疾患の進行による全身状態の悪化、特に著しい体重減少(発症前65kg→現在42kg)や全身倦怠感の増強、Performance Status(PS)3という身体機能の低下は、性生活への関心や活動に大きな影響を与えていると推測される。疼痛コントロールが不十分な状態や腹水による腹部膨満感、嘔気・嘔吐などの身体症状は、性的関心や表現を抑制する要因となっている可能性が高い。また、オピオイド使用(フェンタニル貼付剤16mg、オキシコドン速放錠10mg)による性欲低下や性機能への影響も考慮すべき点である。
A氏と妻の関係性については、妻が献身的に介護に関わっていることが示されており、夫婦間の絆は強いと考えられる。しかし、疾患の進行に伴い夫婦間の役割が「介護する者-介護される者」という関係性に変化している可能性があり、これが性的親密さにどのような影響を与えているかについての評価が必要である。終末期ケアにおいては、性的な側面だけでなく、スキンシップや言葉による愛情表現など、より広義の親密さのあり方に注目することが重要である。
更年期症状については、A氏は男性であるため女性の更年期とは異なるが、男性においても加齢に伴う「加齢男性性腺機能低下症候群(LOH症候群)」の可能性が考えられる。しかし、現在の状況では膵癌の症状や治療の影響が前面に出ているため、LOH症候群特有の症状を区別して評価することは困難である。
A氏の性-生殖に関する看護アセスメントとしては、終末期における親密さのニーズや表現方法に注目し、患者と配偶者がどのように親密な関係性を維持したいと考えているかを尊重することが重要である。具体的な看護介入としては、以下の点が考慮される。
まず、プライバシーの確保と夫婦の時間を大切にする環境調整が必要である。病院環境では難しい面もあるが、面会時には可能な限り二人だけの時間を確保できるよう配慮する。在宅療養への移行を希望しているA氏にとって、自宅という親しみのある環境で過ごすことは、夫婦の親密性を維持する上でも意義があると考えられる。
次に、非言語的コミュニケーションや身体的接触の重要性について配偶者と話し合う機会を設けることも考慮すべきである。終末期においては、性交渉というよりも、手を握る、マッサージをする、共に静かに過ごすといった親密さの表現が重要になることが多い。また、身体症状や治療(オピオイドなど)が性機能や親密さの表現にどのような影響を与えているかについて、必要に応じて情報提供を行うことも有用である。
A氏は「自宅の庭を最後にもう一度見たい」と希望を表出しており、このような患者にとって意味のある体験を配偶者と共有できるよう支援することも、親密さを深める一助となる。思い出の場所や活動を通じて、言葉によらない深いつながりを再確認する機会を提供することが重要である。
今後の経過観察では、A氏と妻の関係性や相互作用のパターン、非言語的コミュニケーションの様子などに注目し、親密さのニーズが満たされているかを評価することが求められる。また、在宅緩和ケアへの移行に際しては、夫婦の関係性や親密さに関する希望や懸念について、適切なタイミングで話し合う機会を設けることも検討すべきである。
情報収集の面では、A氏自身から性や親密さに関する直接的な訴えがない場合でも、適切な機会に「妻との関係性で大切にしたいこと」や「どのようなスキンシップが心地よいか」といった観点から、ニーズを把握する努力が必要である。ただし、このような話題は個人的かつデリケートな内容を含むため、A氏のプライバシーと心理的安全を最大限に尊重しながら進めることが不可欠である。
尊厳を保ちながらの終末期ケアという観点からは、A氏と妻が望む親密さの形態を尊重し、それを可能にする環境や機会を提供することが、全人的ケアの重要な一側面である。性を含む親密さの表現は人間の基本的ニーズであり、終末期においてもその重要性は変わらないという認識を持ちながら看護介入を計画することが求められる。
看護問題の明確化
なし
事例の目次
【ゴードン】膵臓癌 終末期の看護(0022)| 今回の情報
1.健康知覚-健康管理
2.栄養-代謝
3.排泄
4.活動-運動
5.睡眠-休息
6.認知-知覚
7.自己知覚-自己概念
8.役割-関係
9.性-生殖
10.コーピング-ストレス耐性
11.価値-信念
看護計画
この記事の執筆者

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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