本事例の要約
55歳女性の胃癌(stageⅡA)症例。
職場健診を契機に発見され、7月8日に胃全摘術およびルーY法を施行。
既往に高血圧、脂質異常症あり。
術後経過は良好で、術後5日目より氷片摂取開始、7日目から流動食を開始している。点滴は減量中で、疼痛コントロール良好、ADLも病棟内歩行が自立している。
退院は術後14日目を予定。早期の職場復帰を希望する患者に対し、食事への不安があり、夫は協力的で食事管理に関心が高い。今後は合併症予防に努めながら、段階的な食事進行と活動範囲の拡大を図り、補助化学療法の必要性を検討する方針である。
2.適切に飲食する
A氏は胃癌に対して胃全摘術とルーY再建術を施行した。術後は段階的に食事を開始しており、術後5日目より氷片の摂取を開始し、7日目から流動食(1食150ml)を開始している。現在の食事摂取状況は、嚥下機能に問題なく自立摂取が可能で、誤嚥予防のための上体挙上30度以上も保持できている。術後に食事を進めていく過程では、ダンピング症候群のリスクがあるため、30分以上かけてゆっくりと摂取することや、少量頻回に分けて食事をとることが必要である。
ダンピング症候群には、食後30分以内に発症する早期ダンピング症候群と、食後2-3時間後に発症する後期ダンピング症候群がある。早期ダンピング症候群は、食物が急速に小腸に流入することで起こり、動悸、めまい、冷汗、脱力感などの血管運動神経症状や、腹痛、嘔気、下痢などの消化器症状が出現する。また後期ダンピング症候群では、反応性の低血糖により冷や汗、動悸、手の震え、脱力感、意識レベルの低下などの症状を引き起こす可能性がある。胃全摘による消化・吸収機能の変化により、栄養状態が低下するリスクがあるため、食事摂取状況と症状の慎重な観察が必要である。術後の早期離床と栄養摂取は、筋力低下の予防や創傷治癒の促進、免疫力の維持に重要であり、計画的に食事を進めていく必要がある。
現在は「どのくらい食べられるようになるのか」「体重は戻るのか」という言動から、食事量の増加に対する不安を表出しており、心理的なサポートが必要な状況である。具体的には、最初は少量から始めて体調を見ながら徐々に増やしていけることや、1回の食事量は少なくても回数を増やすことで必要な栄養を摂取できることを説明する。また、妻も食事管理に高い関心を示しており、具体的な調理方法や食材選択についての情報提供を行う。体重減少に対する不安については、手術後の一時的な変化であることを説明し、適切な食事管理により改善可能であることを伝える。さらに、症状や不安な点があれば、その都度相談できる体制があることを伝え、安心感を提供する必要がある。
栄養量について、A氏の身長158cm、体重52kg(入院前58kg)から、標準体重は54.8kg(身長(m)²×22)となる。一般的な術後の必要エネルギー量は、標準体重×30kcal/kgで算出すると約1,644kcal/日となる。また、必要たんぱく質量は標準体重×1.2g/kgで約66g/日である。しかし、現在の体重は6kg減少しており、血液データでも総蛋白6.5g/dL、アルブミン3.5g/dLと低値を示している。これは手術侵襲による異化亢進状態や、術前からの食欲低下、絶食期間の影響と考えられる。そのため、必要栄養量の確保とともに、体重や血液データの改善を目指す必要がある。特に胃全摘後は、ビタミンB12の吸収障害や鉄分の吸収低下による貧血、脂肪の消化吸収障害、ダンピング症候群による栄養摂取量の低下などが起こりやすいため、栄養補助食品の使用も検討する必要がある。
A氏の必要水分量は、体重1kgあたり30〜35mlを基準に算出すると1,560〜1,820ml/日となる。現在の水分摂取は、点滴および経口摂取によって確保されている。術後7日目の水分摂取量は、点滴1,000ml + 流動食450ml + 水分摂取(実測値)であるが、翌日から点滴が500mlに減量される予定であり、その分を経口摂取で補う必要がある。
胃全摘後の水分摂取では、一度に多量の水分を摂取するとダンピング症候群を引き起こすリスクがあるため、食事と水分は分けて摂取し、1回量を制限してこまめに摂取することが推奨される。ダンピング症候群の症状については先述のとおりである。これらの症状により水分摂取が十分に行えなくなり、脱水のリスクが高まる可能性がある。そのため、1回の摂取量を150ml程度に制限し、食後30分は水分摂取を控えるなどの予防的な対応が必要である。
点滴は食事量の増加に応じて漸減し、最終的には終了する予定であるため、経口摂取量を慎重に観察し、必要水分量が確保できるよう調整していく。また、発熱や下痢などの症状が現れた場合は脱水のリスクが高まるため、水分のバランスを確認し、必要に応じて医師に報告して水分摂取量の調整を検討する必要がある。具体的なケアとしては、食事の30分以上経過後に水分摂取を促すこと、氷片や室温の水など温度を調整して飲みやすさを工夫すること、コップに目盛りをつけて1回量の目安を視覚的に示すこと、飲水チェック表を用いて摂取量を患者と共有することなどが重要である。また、口腔内を清潔に保つことで、水分摂取が促進されることもある。これらの工夫を通して、必要水分量の確保とダンピング症候群の予防を両立させていく必要がある。
A氏の身体状況について、身長158cm、体重52kg(入院前58kg)であり、術前から6kgの体重減少している。現在のBMIは20.8kg/m²で標準範囲内(18.5-25)である。今後、経口摂取が進まない場合、体重減少とともにBMIが低下する可能性があり、先述の通りに食事が進むように観察とケアが必要である。
必要エネルギー量は、Harris-Benedictの式から基礎エネルギー消費量が約1,200kcal/日となる。これに活動係数1.2(病棟内歩行可能だが活動は限定的)とストレス係数1.3(胃全摘術後)を乗じると、必要エネルギー量は約1,872kcal/日と予測できる。経口摂取が進まない場合、必要エネルギー量が確保できず、創傷治癒の遅延や免疫力低下、筋力低下などのリスクが高まる。また、たんぱく質必要量は、術後の創傷治癒を考慮し、体重1kgあたり1.2-1.5g(約62-78g/日)が必要である。
術後の体重減少や血液データ(総蛋白6.5g/dL、アルブミン3.5g/dL)の低下傾向から、現時点での栄養状態は不良であり、段階的な栄養摂取量の増加が必要である。そのため、食事摂取状況の観察を継続し、必要に応じて栄養補助食品の使用も検討する必要がある。また、状況に応じて、栄養士との連携も考慮する必要がある。
食事に関するアレルギーは、情報がないため、問題はないと考える。
A氏の退院後の食生活について、夫は「少量ずつ何回かに分けて食べさせた方がいいのか」「食材の選び方や調理法で気をつけることは」など、具体的な質問を積極的にしており、妻の食事管理に対して高い関心と意欲を示している。今後、退院に向けて夫婦での食事管理が重要となるため、栄養指導の際には夫の同席を調整し、自宅での具体的な食事の工夫や注意点について説明していく必要がある。特に、食事回数の調整方法、適切な食材選択、調理方法などについて、実践的な指導を行う必要がある。また、状況に応じて、栄養士との連携も考慮する必要がある。
以上から、A氏の栄養に関するニーズは、現時点で充足されていない状態である。胃全摘術による消化吸収機能の変化により体重が減少し、総蛋白やアルブミン値も低下している。現在の摂取カロリーは必要エネルギー量(約1,872kcal/日)を大きく下回っており、ダンピング症候群予防のため一度に摂取できる食事量も制限されている。また、食事量増加への不安を表出しており、心理的な負担も認められる。そのため、段階的な食事量の増加とともに、適切な食事指導や心理的サポートを通じて、必要な栄養量の確保を目指す必要がある。
看護問題の明確化
# 手術に伴う消化吸収機能の低下、活動量の低下、栄養状態の不良に関連した、必要栄養量確保困難のリスク状態
事例の目次
【ヘンダーソン】胃癌 術後7日目(0001) | 今回の情報
1.正常に呼吸する
2.適切に飲食する
3.あらゆる排泄経路から排泄する
4.身体の位置を動かし、また良い姿勢を保持する
5.睡眠と休息をとる
6.適切な衣類を選び、着脱する
7.体温を生理的範囲内に維持する
8.身体を清潔に保ち、身だしなみを整え、皮膚を保護する
9.環境のさまざまな危険因子を避け、また他人を傷害しないようにする
10.自分の感情、欲求、恐怖あるいは気分を表現して他者とコミュニケーションを持つ
11.自分の信仰に従って礼拝する
12.達成感をもたらすような仕事をする
13.遊び、あるいはさまざまな種類のレクリエーションに参加する
14.正常な発達および健康を導くような学習をし、発見をし、あるいは好奇心を満足させる
看護計画
この記事の執筆者

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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