本事例の要約
慢性心不全を基礎疾患に持つ患者が、急性増悪により救急搬送され入院した事例。患者は高血圧症と2型糖尿病の既往があり、自宅で突然の呼吸困難と胸部不快感を自覚し救急要請した。入院後は心不全治療とともに、患者の日常生活動作の拡大と再発予防に向けた指導を行っている。介入日は11月15日、入院後5日目である。
4.身体の位置を動かし、また良い姿勢を保持する
A氏の入院前の日常生活動作(ADL)は、ほとんどが自立していた。歩行は独歩で可能であり、杖などの補助具は使用していなかった。ただし、この半年ほどは階段昇降時や長距離歩行時に息切れを自覚することが増えており、心不全の症状が徐々に進行していたと考えられる。移乗動作は問題なく行えていた。全身の麻痺や骨折の既往については記載されていないが、足底の感覚がやや鈍い印象があるとの記載から、糖尿病性神経障害の初期症状の可能性がある。
入院後は急性心不全の症状が強く、安静臥床を指示されていたため、ベッド上での生活が中心であった。入院3日目からはトイレ歩行が許可され、看護師の見守りのもとでポータブルトイレやトイレまでの移動が可能となった。現在(入院5日目)は病棟内の歩行が許可されているが、まだふらつきがみられることがあり、手すりを使用して歩行している。このふらつきは、急性心不全による全身状態の低下、安静臥床による筋力低下、循環動態の不安定さなどが複合的に影響していると考えられる。72歳という年齢を考慮すると、加齢に伴う筋力低下や平衡機能の低下も背景にあると思われる。
排泄に関するADLについては、排尿は現在、日中はトイレで、夜間はポータブルトイレを使用して自立して行えている。排便も同様であるが、腹圧をかけると息切れが生じることがあるため、無理な力みは避けるよう指導されている。息切れは心不全の主症状であり、腹圧による胸腔内圧の上昇が心臓への静脈還流を増加させ、心負荷を増大させることが原因と考えられる。
入浴に関するADLについては、入院後はベッド上での清拭のみであったが、入院4日目からシャワー浴が許可された。現在は看護師の見守りのもとでシャワー浴を行っているが、長時間の立位では疲労感が強くなるため、シャワーチェアを使用している。これは心不全による易疲労性と、入院による活動量低下が影響していると考えられる。
衣類の着脱は自分で行えているが、かがむ動作や上肢を挙上する動作で息切れが生じるため、時間をかけてゆっくりと行っている。特に靴下の着脱は難しいことがあり、時に看護師の介助を必要とすることもある。これも心不全による呼吸困難と、加齢による関節可動域の制限や筋力低下が関連していると思われる。
ドレーンや点滴の有無については、入院時は酸素投与(2L/分 経鼻カニューレ)と静脈内点滴があったが、現在の状況については詳細な記載がない。治療経過から考えると、酸素投与は入院4日目に終了しているが、薬物治療継続のための点滴ルートが残存している可能性がある。点滴がある場合、移動時の制約となるため、ADLに影響を与える可能性がある。
A氏の生活習慣としては、入院前は仕事や趣味の付き合いで塩分制限や水分制限が守れず、暑さによる食欲低下で服薬が不規則となり、心不全が増悪していた背景がある。几帳面で真面目な性格であるが、自分の体調管理には無頓着な一面もあるとの記載がある。この生活習慣と性格傾向は、退院後のADL管理にも影響を与える可能性がある。
認知機能については、認知機能は良好で、日常生活に支障をきたすような認知機能の低下は認められないとの記載がある。会話の理解力も良好で、医療者の説明を理解する能力に問題はない。これは適切な自己管理指導を行う上で重要な情報である。
ADLに関連した呼吸機能については、入院時は呼吸数28回/分と頻呼吸であり、SpO2は室内気で88%と低下していた。現在は呼吸数18回/分、SpO2は室内気で96%と改善しているが、労作時の息切れは残存している。特に階段昇降や長距離歩行では息切れが出現するため、無理のない範囲での活動が指導されている。心不全による呼吸機能の低下は、ADLの制限因子となっている。また、A氏には45年間の喫煙歴があり、現在は禁煙して7年が経過しているが、長期喫煙による呼吸機能への影響も考慮する必要がある。
転倒転落のリスクについては、入院前の転倒エピソードはなかったが、入院中は環境の変化や体力低下により転倒リスクが高まっているため、転倒予防の指導が行われている。特に夜間のトイレ移動時には注意が必要とされ、必要時はナースコールで看護師を呼ぶよう説明されている。転倒リスク因子としては、高齢であること、安静臥床による筋力低下、心不全による易疲労性、足底感覚の鈍さ(糖尿病性神経障害の可能性)、不整脈(心房細動)による循環動態の不安定さ、夜間の睡眠薬(ゾルピデム)使用などが挙げられる。また、心不全治療に使用されるフロセミドなどの利尿薬は、夜間頻尿を引き起こし、夜間のトイレ移動の頻度を増加させるため、転倒リスクを高める可能性がある。
A氏の身体の位置を動かし、良い姿勢を保持する能力に関する看護介入としては、まず段階的な活動範囲の拡大が重要である。現在は病棟内歩行が許可されているが、疲労度や息切れの程度を評価しながら、徐々に活動範囲と時間を延長していく。次に、心不全悪化のリスクを避けながら筋力を維持・向上させるための運動プログラムが必要である。特に下肢筋力の強化は立位バランスの改善に有効である。また、日常生活動作の中で息切れを感じにくい動作方法の指導も重要である。例えば、着替えの際には座位で行う、動作間に休憩を入れる、呼吸と動作を調整するなどの工夫を伝える。
転倒予防に関しては、環境整備として病室内の障害物を取り除く、夜間は足元灯を点ける、ベッド柵を適切に使用するなどの対策が必要である。また、ポータブルトイレの位置を調整し、夜間のトイレ移動の安全性を高める工夫も有効である。転倒リスクの評価を定期的に行い、状態変化に応じた予防策を講じることも重要である。
退院に向けては、自宅環境のアセスメントと必要な住環境調整の提案が重要である。階段の有無や手すりの設置状況、浴室やトイレの構造など、安全なADL遂行に影響する要素を評価する。また、在宅でも継続可能な運動プログラムの指導や、日常生活の中で心負荷を軽減する方法(例:買い物は少量ずつ数回に分ける、重い物は持たないなど)の具体的な助言も必要である。
以上のことから、A氏の身体の位置を動かし、良い姿勢を保持するというニーズは、現時点では部分的に充足されている状態である。基本的なADLは自立または見守りで可能になりつつあるが、労作時の息切れやふらつきが残存しており、特に階段昇降や長距離歩行などの応用的ADLには制限がある。また、転倒リスクも存在するため、安全面への配慮が継続的に必要である。今後は、心機能の回復と並行して段階的に活動範囲を拡大し、筋力と持久力を向上させることで、より安定したADL遂行能力の獲得を目指す必要がある。同時に、退院後の生活を見据えた自己管理能力の向上と環境調整の支援も重要である。
看護問題の明確化
慢性心不全に伴う労作時呼吸困難に関連した活動耐性低下
心不全治療に伴う安静臥床に関連した筋力低下
加齢変化と複数疾患(心不全、糖尿病)に関連した転倒リスクの増大
事例の目次
【ヘンダーソン】慢性心不全 急性増悪[高血圧・糖尿病あり](0023)| 今回の情報
1.正常に呼吸する
2.適切に飲食する
3.あらゆる排泄経路から排泄する
4.身体の位置を動かし、また良い姿勢を保持する
5.睡眠と休息をとる
6.適切な衣類を選び、着脱する
7.体温を生理的範囲内に維持する
8.身体を清潔に保ち、身だしなみを整え、皮膚を保護する
9.環境のさまざまな危険因子を避け、また他人を傷害しないようにする
10.自分の感情、欲求、恐怖あるいは気分を表現して他者とコミュニケーションを持つ
11.自分の信仰に従って礼拝する
12.達成感をもたらすような仕事をする
13.遊び、あるいはさまざまな種類のレクリエーションに参加する
14.正常な発達および健康を導くような学習をし、発見をし、あるいは好奇心を満足させる
看護計画
この記事の執筆者

・看護師と保健師免許を保有
・現場での経験-約15年
・プリセプター、看護学生指導、看護研究の経験あり
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