本事例の要約

アルツハイマー型認知症と診断され5年が経過した83歳女性が、自宅で転倒し入院となった事例である。30年間小学校教諭として勤務していた患者は、夫の他界後に認知症症状が急速に進行し、長男夫婦との同居を機に医療機関を受診していた。入院後は環境の変化により見当識障害が悪化し、教師時代の記憶と現実が混在した発言が増加。さらに誤嚥性肺炎を合併し、食事摂取量が著しく低下している。長男の妻が献身的にケアを続けているものの、介護負担が限界に近づいており、今後の療養方針の検討が必要な状況である。20XX年1月15日入院、介入7日目の事例である。

7.体温を生理的範囲内に維持する

A氏の体温は入院時36.8℃であったが、入院7日目現在では37.8℃と上昇しており、誤嚥性肺炎による感染症の影響が認められる。これに伴い、呼吸数は18回/分から24回/分へと増加し、経鼻カニューレによる酸素投与（2L/分）下でのSpO2は93%となっている。両側下肺野での湿性ラ音の聴取は、炎症と分泌物の貯留を示唆している。高齢者は体温調節機能が低下しており、発熱時の体温上昇が顕著になりやすい一方で、重症感染症であっても発熱反応が乏しい場合もあることに留意が必要である。血液データからは、白血球数10800/μL、CRP2.6mg/dLと炎症反応が持続していることが確認できる。ただし、入院時（白血球数12500/μL、CRP3.8mg/dL）と比較すると若干の改善傾向が認められ、セフトリアキソンによる抗生剤治療が一定の効果を示している可能性がある。

現在の療養環境について、病室の温度・湿度に関する情報は不足しているため、高齢者の体温調節機能の特性を考慮した環境整備の観点から、これらの情報収集と調整が必要である。特に認知機能の低下により体温変化の自覚や表現が困難な状況であることから、環境調整は看護師による積極的な介入が求められる。また、アルブミン値2.8g/dLと低値であることは、栄養状態の低下を示すとともに、感染への抵抗力低下の一因となっている可能性がある。食事摂取量が3割程度に留まっていることも、体温維持に必要なエネルギー供給の観点から懸念される。

ベッド上での安静を要する現在の状態は、活動性の低下による体温調節機能への影響も考えられる。医師の指示にある30度以上のギャッジアップは、誤嚥予防に加えて、循環動態の維持にも寄与している。夜間の睡眠リズムの乱れは、体温の日内変動にも影響を与える可能性があるため、日中の覚醒を促し、生活リズムを整えることが重要である。

これらの状況を総合的に評価すると、体温を生理的範囲内に維持するというニーズは現時点では充足されていない。今後の看護介入としては、定期的なバイタルサインの測定に加え、肺炎の改善状況を示す臨床症状や検査データの継続的なモニタリング、適切な環境温度の維持、必要に応じた体温調節の援助、安全な経口摂取の確立による栄養状態の改善、そして生活リズムの調整が必要である。特に高齢者であることを考慮し、体温変化に対する反応が緩慢である可能性を念頭に置いた観察と介入が求められる。また、認知症による見当識障害が環境適応を困難にしている点にも配慮し、安心できる療養環境の提供と、必要に応じた説明や声かけを行うことが重要である。